12、音楽会という未知
そのようなドゥランナーにはわからないことを考えていたら、二人は、まるで宮殿みたいに豪奢な建築の前まで来ていた。
「着いたぞ、ここで間違いないな」
バアルゼブルはドゥランナーの手を引いて、チケットを係員に渡した。相手は普通のお客さんだねと、至って普通にチケットを切ろうとした、が、手に持っているハサミで切り込みを入れようとするその時、チケットの隅の文字に気づいた。
『スペシャルVIP』
マンモナースのコンサート特有のものではあるが、見たこともない標識に戸惑い、普通の客として扱うこともできず、かと言って正しい対処の仕方もわからない。
というか、伝説とも言えるスペシャルVIPって、こんな髪がボサボサな青年と、幼い少女でいいのか?
係員は沈黙した。
驚くのも無理はない、バアルゼブルだけではなく、マンモナースの交友範囲内に、彼が自画自讃する演奏に興味を持つ者はあまりいない、そもそも彼らは文化人であっても、芸術に興味がある者すら、片手で数えるほどしかいないだろう。
だがそれでも、演奏家マンモナースの音楽といえば、天界では『幻の音』と謳われ、数十年、長い場合は何百年に一回しか、コンサートをやらない。たまに広場で無料の演奏を披露するが、そういう時、観客たちは狂ったように彼に金貨や宝石を、所持金がなくなるまで投げる、一般人から金持ちまで、狂熱的なファンが存在する、一種の伝説とでも言える。
そしてこのVIP席といえば、2種類がある。片方は財産の大半を差し出したファン。もう片方は、マンモナース本人がわざわざチケットを親友に配ってると聞いているが、正直ここの係員は誰も見たことがない。友達選びに間違っていたじゃないか、って思われてるくらい。だから惜しいことに、毎回のVIP席は半分しか埋まらない。
その係員は慌てて一礼をして、上級の管理者を探しに行った、最終的には、劇場のオーナーが汗まみれで走ってきて、営業スマイルすらままならないまま、作り物めいた笑顔で彼らを迎え入れた。
導かれた先に、2階に設置された、小さくておしゃれな部屋、専用のウエイターまで付いてる、明らかに一階の観客たちとは待遇が違う。
優雅な衣装を包むウェイターは彼らの名前を聞いて、瞬く間に、お菓子や飲み物を用意された、なんでもマンモナースが手配したそうだ。
バアルゼブルはこのような、過剰として言いようがないサービスに呆れているが、ドゥランナーは珍しいものを見るように、手すりのところで跳ねながら、下の観客席を見つめた。
少し早すぎたようで、観客はまだ揃っておらず、一階はそれなりに閑散としている。幕開けまでまだ時間はあるが、バアルゼブルはこのような場面が不慣れで、居ても立ってもいられない感じ。
そんな時だった。部屋の扉が軽くノックされ、そして誰もが反応できていないその時、木製で小綺麗な扉は、バンっと騒がしいほど大きな音を立てながら開かれた。
「来てくれたんだ!ようこそ、僕のコンサートへ!」
いつも通り癖のある髪形の青年が、身に纏うのは、大粒な宝石を飾ったネックタイ、金色の刺繍が施された赤紫の礼装、中には真っ白のスラックス、そして華やかな演出ができる、フリルの付いたシャツ。天界らしい清らかさも表現できる上、高級感も失わない、以前バアルゼブルの研究室に寄った時より、ずっと正式感がある服装。
「マンモナースさん!ご招待ありがとうございます!」
音に少し驚きはしたが、マンモナースの姿を確認すると、ドゥランナーは早足で駆け寄った。劇場の美しさに心を打たれ、2日前の、彼の衝撃的な登場を忘れたようだ。
「まあね、別に大したことはないよ!でもありがとう、これで、ここの奴らもわかるだろう、僕の友達は架空じゃないって」
マンモナースは手を伸ばして、ドゥランナーに抱きつこうとしたが、黙っていたバアルゼブルが「貴様は何をしようとしている」と言いたげに、まるで下水道に潜みネズミを見るような目で、キッと彼を睨んだ、その金の瞳はいつにも増して金属のような冷たさを帯びた、背を向けているドゥランナーは見えていないが、間違いなく、それは今までどの場面よりも、不親切な表情だ。
ルシフェルやベリアル以外、ほぼ近づく者がいない理由がそれだ…。
心の中でツッコミながら、マンモナースの笑顔が瞬く間に凍りつき、はすぐさま冷や汗をかきながら、元々立っていたところまで戻った。
「アンタね…その目で人を殺せるって言われたことない?」
それでさらに睨まれた。
「あはは…と、とりあえず、楽しんでいてくれ!あ、でも、終わった後は見送ることできないから、ごめんね」
いつも通り愛想のいい笑顔で投げキッスをして、マンモナースの姿は扉の向こうに消えた。
二人がその逃げる姿を見届けると、ドゥランナーの関心は再び一階に戻った。この時、席はすでにほぼ埋まっており、騒々しさすら感じるような人の数だった、噂通り、この不真面目そうなマンモナースは、確かに天界の人気者らしい。
10分後、劇場内段々と暗くなってきた、歓声も鎮まり、公演が始まったようだ。バアルゼブルも小声でドゥランナーの名前を呼び、隣に座らせた。
舞台に明かりが灯ると、そこには先ほど見ていたマンモナースと、いつの間に設置したのかすらわからない楽器の数々。
ほぼ同時に、柔らかく耳を撫でるような竪琴の音がホールに響いた、彼以外、舞台に立っているのは助手らしい二人の係員、だが彼女らは別に何かをすることはなく、全ての演奏はマンモナース一人が行っている。
どの音楽家でも起用する讃美歌から、オリジナルの新曲。一番得意という竪琴以外にも、最近人気のある弦楽器、庶民の中で流行りの管楽器、天界にあるあらゆる楽器を全部応用し、コンサートを盛り上げた。
腐れ縁で友とは言える関係だが、彼の音楽活動に全く詳しくないバアルゼブルにとって、それはかなり驚くことだった。なぜなら知り合いの間で、彼の竪琴以外を評価するものはいない。
ほんとに、意味のない領域で万能だな。
バアルゼブルはまるで自分の兄弟のように、誇らしさを感じた。
流石に短い休憩を挟んだが、美しい音楽は終始ホールの中に溢れていた、3時間にも及ぶ長い演奏、どの曲でも、音が止まる度、響き渡るような拍手と歓声が轟く。芸術に心得がないバアルゼブルでも、時々賛嘆の声を漏らしていた、始まる前から興奮していたドゥランナーはさらに、感動していたようだった。
公演が終わった後、確かに彼の言う通り、二人に構う時間はなかった。アンコールが終わるや否や、彼の退場すら待たずに、熱狂的なファンたちは波のように舞台の周りを囲った、こう言うのは礼儀に欠けているとは思うが、本人も気にしていないし、むしろ大歓迎といったところだ。
「は…相も変わらず」
ため息はついているが、バアルゼブルも財布を取り出して、中から昨日手に入れたばかりの宝石を取り出した。彼はドゥランナーにそろそろ帰ると伝えると、それを舞台に投げた。
ファンたちに囲まれ、まんざらでなさそうに笑うマンモナースは、突然背後から金貨とは違う、宝石らしい快い響きが聞こえて、さっと頭を上げた、ちょうど最後に彼を一瞥したバアルゼブルの姿が見えた。
たちまち手を振ってみたが、バアルゼブルはその得意げな顔にフッと笑い、階段で待っているドゥランナーの元へ去っていた。
帰り道で、ドゥランナーは止まらずに今日の感想を話していた、バアルゼブルもそんな彼女が微笑ましくて、小さく笑いながら話を聞いていた。
思えば、ドゥランナーの先生になってから、自分も研究や学問以外のものに触れて、視野が広まった、ある意味で、自分にとっては貴重な成長要素になった。
研究室に戻ると、ドゥランナーは晩餐を用意しながら後ほどの勉強内容について色々と聞いてきた。遊びに耽ることなく、勉強にも興味津々な生徒を見て、バアルゼブルは適当に答えつつも、喜びを隠しきれずにいた。簡単に問いかけに応じながら、彼は、明日のことに思考を飛ばした。
「明日、連れて行きたいところがある」
「ほんとですか!楽しみです!」
食事の後片付けも終わり、今日の授業も終わると、明日に向けて、簡単の準備を済まし、徹夜に灯り続ける研究室の明かりは、先日よりも早く消された。
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