7、小さなお手伝いさん

 ついに、天界と魔界の戦争が幕開けを迎えた。

 あれは数年後、ドゥランナーが学校から卒業し、できるだけのことで、ルシフェルの仕事を手伝うようになってからの、ある1日のことだった。

 戦闘に関わるものは全て三重天に集中していく、二、三回は会ったことがあるミカエルやラファエルも、当然その中に含まれている。特にミカエル、彼は第一戦の指揮を務め、定位置は天界ですらなく、そこから降りた魔界にある。総司令官のルシフェルだって、最前線からしばらく動けない。何故なら、彼がいる場所、そこはすなわち最後の防衛線、移動できるはずがない。

 確かにドゥランナーは何度も前線についていきたい、とせがんだが、流石に伝令兵以外与えられる仕事もなく、そもそもこのような幼い子供が行くようば場所じゃない。だから全員の、特にルシフェルの猛反対で、結局、七重天にある天使長の宅邸に残るように命じられた。

 そして、子供を一人だけ残すのも心許ないため、文官の身分で前線に出ることはないベリアルが、彼女の身周りの世話をする役になった。

 ベリアルが女性を嫌うのは、もはや最上級天使、すなわちルシフェルと七大天使の中での常識。しかしそれでも、女子供を一人にするのは酷なことである。だから、大天使長命令の重圧のもと、天界で一番人気とも言える書記官は、止むを得ず、子供の世話係を担ってしまった。

 どうせ適当にやっているだろ、と、誰もが思っていた。しかし、正にその逆。天使長の命令でよほど気合が入ったのか、それとも気まぐれなのか、このたった二週間足らずに終わってしまった戦争期間で、まさに細心を払って、ドゥランナーの世話をしていた。それこそ、長い間世話したルシフェルすら驚くほど。

 ルシフェルが魔界との休戦契約を無事に勝ち取り、神の最高傑作の一人であっても、流石に疲れ切った体を引きずって戻った時、部屋がさらに清潔になっただけでなく、ドゥランナーのためのクロゼットに、可愛さと軽やかさを兼ねた服も増え、自分の仕事場に至っては、やりやすいように整理整頓されていた。これらを見て、もはや言葉が出ず、ただその仕事っぷりを讃えなければと。

「あ、えっと…ご苦労だった」

 あの性格最悪、素行最悪、重要会議に遅刻するわ勝手に人界に行くわ、とりあえずマイナスイメージに満ちた書記官、ようやく今回のお留守番で、一部の天使の中での印象をガラッと変えた。

「は…その顔を見ると皮肉すら出てこないぞ、寝ろ」

「ルシフェル様…」

 ベリアルは呆れた顔で彼を見ると、ため息をした。ドゥランナーだって心配そうな表情を浮かべて、小さくその名前を口にした。

 戦闘とは突発事項がつくもの。当然と言えばそうだが、最高指揮官であるルシフェルに、休む時間はなく、たった10日ほどの戦争とはいえ、彼はほとんど寝ずに事務をこなしてた。柔らかい笑顔はこの屋敷を離れた時とは同じだが、流石にただ見ているドゥランナーでもわかるほど、今の彼に、休みが必要だ。

「まあ安心しろ、その間の仕事は私がやる」

 その言葉で、ようやく少しは安心ができたのか、二人の意見に従い、彼は重い足取りで二階の寝室に向かっていく。

 ルシフェルが休眠状態の入ったのを確認するした後すぐ、ベリアルは立ち去ろうとしたが、何かを思い出したかのように、また振り返った。ドゥランナーを数秒見つめると。

「君、料理はできるか」

 ミカエルからの情報によれば、この子は魔族であり、普通の食事を必要としないはずだが、念のために。

「え、その…できません……。あ、で、ですが!教えていただければ!」

 前半で既に諦めて、一人で厨房に入ろうとしたが、彼は目をしばしばさせて、しばらく手を顎に当てて考え込んだ後、ドゥランナーに手招きした。

「面倒事を起こすなよ」

「はい!」

 簡易的な厨房に足を踏み込み、ベリアルは貯蔵庫を開けて材料を確認した、そしてあからさまにため息をつく。

「とりあえず、口に入れそうなものを作るか」

 彼は残り少ない食料を取り出し、ドゥランナーに放り投げた。

 ドゥランナーは慌ててそれをキャッチすると、既にベリアルは台所に立っていた。

 天使長と言えば完璧、ではあるが、最上級の天使の間でこのような噂も広がっている、「天使長様の料理はまずい」と。多才、言って仕舞えば全能であるベリアルと違い、ルシフェルの実力の大半はリーダーとしての才能、一般人として生活するなら、面倒を見てくれる人がいなければ、今頃自然消滅していただろう。

「卵はそのまま割って鍋に入れる、そう。へー、基礎は悪くないじゃあないか」

 手取り足取りまではいかないが、少しずつ、彼は一番簡単な、料理と呼べるものをドゥランナーに教えた。これで少なくともルシフェルは自炊しなくて済む、あの料理のような謎の物体、食えたものではない。まあ、何でも文句つけずに食べれるルシフェルにとって、別に大した変化はないかもだが。

 彼女に素養はあり、少なくとも教える価値があると見て、それ以降、ベリアルは仕事の合間にここを訪れて、彼女に料理のいろはを教えた。ドゥランナーも小さなことではあるが、ついに自分にもできることがあったことに喜んで、わずか二ヶ月で大量なレシピを把握し、胃袋から心を掴むと言った様子で努力した。

 このようにお手伝いさんのような、ルシフェル専用の世話係のような生活を続けて、満足していると、ある日、ルシフェルは彼女に外出するから準備しておいて、と言っても外に出た。

 どこに行くのだろうと疑問に思ったが、それでもドゥランナーは大人しく着替えて、ポールハンガーにかけてある自分のカバンをきちんと持って、ドアの隣で書類を届けに行ったルシフェルを待った。

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