6、清める風

「なんだと!あ、いいえ、ルシフェル様!それはいかがでしょうか!」

 すぐに、彼女はこの声量満点の反論にびっくりしてしまった。

 首を回らしてみると、そこには手をどこにやったらいいのかわからなく、そのままてを空中に止まり、狼狽えるミカエルの姿があった。机を叩きたいが、流石にルシフェルの前でそんな行動は取れないので、中途半端に、空中に止まってしまった。

「そんなに悪いことじゃないよ、ミカエルは考えすぎだ。しかしまあ、確かに君たちが私を尊敬してくれたから、私はここにいるのだ」

「それは俺の役目です!い、いいえ、今はそれではありません、どうか!考え直してください!魔族を天界になどっ!」

 何か大事な仕事でも話してるのかと思いきや、まさか自分のことであったとは…。ドゥランナーは少し端っこに寄ってみた、どんな顔を向けばいいのかがわからなかった。

 ミカエルは信じられず、また何か言いたそうな顔をするが、ルシフェルの柔らかな笑顔を見ると、何も言い出せなくなってきた。

「あの子はまだ小さい、私が責任を持って教育するから、そんなに気にすることはない」

「ですが…!」

 まだ文句が残っているように見えるので、ルシフェルは仕方ないとため息をした。そして部屋に入ったばかりのとき、ミカエルが渡してきた資料を手にする。

「とりあえず、今日は他の用事があったのではないか」

 仕事で彼の気を引こうとして、ルシフェルは資料に目を落とす。これでようやく自分が脱線したのを思い出し、ミカエルも敬礼のポーズを取った。手を下ろすと、資料の説明を始めた。

「はい!本日は軍を動かす許可をもらうために」

 事情が自分とは関係ないことになったので、やっと安心できると思ったところ、急に軍隊のことが聞こえて、ドゥランナーはまた緊張しながら耳を立てた。

 想像した通り、魔界の襲撃を備えるため、軍を管理しているミカエルが起案し、そしてルシフェルに確認してもらうために、今日、ここを訪ねたという。ルシフェルが何度もこの書類は彼自身が書いたものなのかを聞いたのは、少し疑問に思うが、自分が口を挟む余地はないとわかっている、だからドゥランナーはただ静かに、隣で聞いていた。

「わかった」

 椅子から立ち上がり、ルシフェルは顔を顰めた。

「2日後、関係者を集めて討論会を開く。この案はひとまずもらっておく、具体のことはまたベリアルと話してくる」

「え?あいつと、あ、いえ、あの方に相談するのですか……あーーえっと、ご検討ください」

 その名前を聞くと、ミカエルは露骨に舌打ちをした、ドゥランナーには難しい話で、よくわからなかったが、とにかく彼はあの長髪の男を嫌っているようだ。

 ルシフェルは少し考えると、六重天に住む数名の研究員と熾天使に連絡するようにと、ミカエルに命じた。彼は待ってましたと言わんばかりに、敬礼のポーズを取り、走って行った。

「ああ、ハハ、あまり緊張するな、あの子は確かに扱いにくいが、根はいい子だ」

「う…はい」

 やはりまだ少し怖いが、ルシフェルがそういうのならば、反対意見も出しつらく、ただ頷くしかなかった。

「そうだ。今からある人に会いにいく、一緒に来るか?」

「え、い、いいんですか!」

 天使長自ら会いにいく人物、それは天界での重要人物に決まっている、当然ドゥランナーも興味津々。なんせ芸術に満ちる五重天にもまだ足を踏み入れていない、ここでの毎日は、学府での勉強以外、ベッドに座り、ルシフェルの仕事する姿を眺めるか、六重天で散歩するしかない。しかし真面目な話をすると、六重天は研究員の実験室や、熾天使たちの住宅が主になっているため、子供が遊ぶのに適しているものがあるのかといえば、あまりないのかもしれない。今の生活があるだけでも、十二分幸せだと思っているが、ドゥランナーはまだ小さい、人類の子供で言うと10歳もないだろう、まだまだ遊びたい年頃の子供だ。

「うん、彼なら、君が居ても、気にすることはないんだろう」

 彼はこう言いながら、服の裾を整えて、ベッドから降りてきたドゥランナーの手を引いて、部屋を出た。そして、七重天の一番端、六重天への階段の隣になっている建築の前に止まった。

 ルシフェルがノックすると、宅邸の中から返事の声が響く。

 一分も経たないうちに、扉が開いて、声からして男らしい人物が現れた。片手はドアノブを握ったまま、彼は笑みを浮かべて、緑碧玉のように深い色をした目は、じっとこちらを見つめる。

「おや、こちらのお嬢ちゃんは?」

 薄緑のセミロングが柔らかく肩にかける、中性的な顔立ちと柔軟な表情、何故か、この人なら、どんな話でも聞いてくれるような感じを与える。よく見る制服には、若竹色の片肩マントが掛かっている、学生服と軍服が混ざった感じがある。ルシフェルとは少し違う感じを与える、というよりは今までのどの天使とも違う、全体から、まるで周りで清い風が舞い踊っているようだ。

「彼女は今面倒を見ている子だ。ドゥランナー、彼はラファエル、ぼくの親友さ」

「ふふ、それは、気恥ずかしい言い方ですね」

 彼は少し照れくさい微笑みをこぼし、後ろに一方引いて、二人を部屋の中に迎え入れた。

 ルシフェルも少し笑って、小さく邪魔すると言って、ドゥランナーと共に屋内に足を踏み入れた。

 ただ外見から見ると、この建物は豪華に彩られている、それだけで、ここに住んでいる者が、どれほど人々に愛されているかがわかるほど。屋根から入り口の扉まで、至るところに、明らかに違う人の手による装飾品が飾られている。推測ではあるが、多分この建物ができたとき、様々な人が送ってきたものだろう。そして部屋の主であるラファエルもそれを断りきれず、その結果、全てを飾ることにした、少なくとも、屋敷の外壁から見れば、そう思ってしまう。

 室内はとっても整理されていて、所々ものすごく綺麗にされているが、明らかに部屋のイメージとは合わないような時計や、景観植物もある。それらはきっと、外壁の装飾と同じ理由でここにあるだろう。

 ラファエルは彼らをソファに座らせて、子供でも飲みやすいように、ぬるめの紅茶を淹れた。そして、一人一人ティーカップを配り終わると、ドゥランナーのために、お菓子まで用意してくれた、彼女は目を丸くし、慌てて感謝の言葉を述べると、ルシフェルに顔を向けた。ルシフェルはおかしそうに笑い、彼女にあまり緊張するなと、頭をポンポンと撫でた。

 ドゥランナーが菓子を持って、ゆっくりと食べ始めると、ラファエルは真面目な顔して、口を開けた。

「やはり、魔界との戦争は、避けられないのですか」

「ああ、難しいだろう…議論は全く無効だったし、ここ数日も、魔界との関係はまた悪化している」

 またお堅い話を始めたのを見て、ドゥランナーも状況を弁えて、隅で丸くなっていた。

 ラファエルはなるほどと、厳しい顔で頷いた。そしてすぐ立ち上がって、テーブルから数枚の紙を手に取り、ルシフェルに渡した。

「先日、ガブリエルとリヴァイアサンと話し合って決めた作戦計画です。他言無用かもしれませんが、これも人員の損失を減らすため、我々が医療と防御を担う者として出した意見です」

「わかった、一度、ミカエルたち作戦部隊と協議する」

「それがいいでしょう」

 言い終えると、彼はさっきとは違う、人が良さそうな笑顔でドゥランナーを見た。

「そんなことより、今日の本命はこちら、ですね」

 ドゥランナーがそんな彼に少し困惑していると、隣のルシフェルも軽く笑った。

「さすが。君は天界の人口を管理している、だからこそ、頼みたいことがある」

 あまり人に頼らないルシフェルがこんなことを言い出すのは、いつになっても、彼に対してだけだろう、二人のこういう言わずともわかってくれるような関係を、ミカエルはよく思っていないが、それまでのこと。何故なら、ドゥランナーには詳しく説明していないが、ラファエルはルシフェルの親友であると同時に、ある意味右腕でもある。本来は風と医薬を司るだけのラファエルは、ルシフェルの支持で、巨大な権利を持つようになった。その中に、天界の人口管理も含めている。

「天使長の勅命ではなく?」

「ははは、そうだね…ぼくの、極めて個人的なお願い、だな」

 ルシフェルがそういっても、別に断ろうとしなかったラファエルは、軽く頷いた。

「具体的なことは聞かないでおきましょう。とにかく、この子に正規的な身分を作ればいい、ですよね」

 何故ルシフェルは自分を訪ねたのか、何も言ってないのに、すでに彼はわかっていた。ドゥランナーは彼らの間にある意味の相棒感を感じ、とても羨ましく思った。自分の力不足で、相棒どころか、迷惑をかけてばかりだったから。

 そのことで落ち込んでいると、まるで彼女の心を読んだかのように、ルシフェルが彼女の頭を撫でてみた。

「君が気にすることはない。君もいつかは、我らの一員になるのだ」

「…!はい!がんばります!ルシフェル様!」

「相変わらず愛されてますね」

 戦争は近い、天界の隅々まで不穏な空気が漂っていたが、この時、この隅でだけ、少し暖かく思えるものがあった、と、ラファエルは静かに思った。

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