逢魔が刻①

「では、お集まりの皆さん。桜月おうげつから北海ノースダークが氷で閉ざされる楓月ふうげつまでの約半年間、第十二師団の拠点防衛をよろしくお願いします」

 アイナの号令で各面々は頷く。


「地理に疎い方もいると思うので状況を説明するね」

 アイナはそう言って埃を被っていた机上に羊皮紙ようひしに記されたフェリン帝国全土の地図を広げる。

  

「エウリオ軍の侵攻で、フェリン帝国の領土は水光神みひか様の領域内である海底、海都の庭アクエガーデンまで縮小することが想定されるわ。サース端の風鳴砦かざなきとりでと道中の村々は現在、各師団長の援護の元、海都の庭アクエガーデン内まで撤退中よ。そのうち陸地は全てエウリオ王国に支配されるわ。あたしの千里眼で見る限りでは、まだ風鳴砦まで侵攻されてはいないけど時間の問題ね」

 アイナは自信満々に答える。


 その後の説明で海都の庭アクエガーデンとやらの地形を理解することができた。


 まず、海都の庭アクエガーデンノース端である第十二師団の拠点は北海ノースダークに面していてイース西ウースは険しいツララ山に挟まれている。


 陸地と繋がるサースは第六師団の拠点があり、エウリオ王国の侵攻を止める最終防衛戦とのこと。


 実質、ノースサースさえ防衛すれば海都の庭アクエガーデンが陥落することはまずないそうだ。


「とりあえず北海ノースダークは第二師団と第十二師団で防衛して、村民を海都の庭アクエガーデンまで避難させた後、残りの全師団でエウリオ軍の侵攻を迎え撃つ。我々の役目はエウリオ軍との戦に支障がきたさないよう此処を守り切ることだ」

 リーナ師団長が補足を入れる。


「ちなみに先ほどイース西ウース、それぞれのツララ山に向かった各師団から山の民たちは避難に応じなかったと使い鳥が来たわ…ツヴァイもツララ山の方が安全だからほっとけって言ってた。…正直ここも蛮族と逢魔さえ来なければ平和なんだけどね」

 アイナがそう言ってため息をつく。


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 星が巡り朝を迎える。

 本日は初の防衛任務だ。

 リーナ師団長に連れられ俺とアミーラ、ルイスは北海ノースダーク側の城門の外に出る。


「これが…北海ノースダーク


「そっか、クロムくんは北海ノースダークを見るのは初めてだったね」


 前方に筒状に水の空洞が伸びている。

 そして、その先端は暗い海に呑まれていて視界が不明瞭だ。


 …しばらく進むと暗い海で何かが蠢いた気がした。


「あの…リーナ師団長…なんかいるんだけど…」


「ああ、おそらく逢魔おうまだろう」


「逢魔ってどんな見た目なんですか…それに他の兵士たちは同行しないんですか?」


「そうだな、口で説明するのは難しい、とりあえず海に棲む化け物と思ってくれればいい。それと、一般兵が逢魔を倒そうと思ったら一匹あたり百の兵士が必要だ。それも最下級の逢魔での話しだ」


 リーナ師団長の説明と合わせてアミーラが続けて話す。

「多くの兵を失うと今後に響くから、逢魔は副官以上が対処するのが望ましいのよ」


 しばらく進んだところで、先導していたリーナ師団長が歩みを止める。


「よし、ここら辺でいいだろう」

 そう言ってリーナ師団長が白塚しらづかと呼ばれる白の直剣をかざす。


 すると…水の空洞の形が変化して円状に拡がっていく。


「師団長以上は水光神みひか様の加護領域かごりょういきの形状を変化させる事ができるのよ」

 俺が聞く前にアミーラが説明を入れてくれる。


「逢魔は陸地を喰らう生き物なの。人々が此処に住み着く以前から水光神みひか様は逢魔を抑えて下さっていたのよ。ただ、定期的に水光神みひか様の加護領域かごりょういきに穴を空けて水光神みひか様を休ませないと、加護領域がそのうち食い破られるの」



「領域に穴を空ける事によって逢魔をこの円状のスペースに誘導して定期的に始末しないといけない。逢魔の数を減らさなければ、いずれは物量で押し切られるからな。さて、お喋りはこれくらいにして、そろそろ来るぞ」


 リーナ師団長がそう言うと頭上の水の膜から巨大な何が降ってきた。

 俺たちは一斉に後方に飛び退く。


「よし、一旦領域を閉じた。ルイス、まずはお前からだ。一人で逢魔を仕留めろ!逢魔の中でも最弱のコイツを倒せなければこの任には付けないぞ」


 まてまて、この流れだと次は俺もこの訳わからん生物と戦わないといけないのか…。


 頭上から降ってきた逢魔が起き上がり、歩み出るルイスを睨みつけた。


 黄色に輝く縦長の目。魚のような蒼い鱗を纏い、ドラゴンのような爪。その全長は大人5人分ぐらいはありそうだ。


「クロム…次はお前だ。ルイスをよく見ておけ。逢魔は別名、海竜かいりゅうとも呼ばれている」


「ヴォォォォォォ」

 逢魔は今まで聞いた事もない種類の雄叫びをあげる。俺の僅かな記憶の範囲だが…。


 直後、ルイスのいた位置に鋭い爪が振り下ろされる。


 土煙が舞った時にはルイスは体を横に捻りながら逢魔のふところに入っていた。


 ルイスはいつの間にか背中から抜いた柄の無い双剣で、逢魔に十字の剣撃を浴びせる。


「すごい…」

 あまりに一瞬の出来事で俺はそれ以上言葉が出なかった。


 逢魔は吹き飛ばされるがすぐに起き上がろうと体勢を整える。

 …しかし、そんな逢魔の頭上から双剣が振り下ろされ、逢魔の頭部は見る影もなく押し潰された。












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