逢魔が刻②

 ルイスは涼しい顔でこちらに向き直る。


 …エウリオ軍なんか相手にならない訳だ。ルイスの強さは人の枠からは大きく外れていた。


 ルイスの獲物は鈍刀どんとうと剣らしい。刀身を厚くすることにより、斬れ味は落ちるがその分、打撃力は増す。剣というよりは棍棒に近い。


「おいクロム、何をぼさっとしている。次は貴様の番だ、油断していると死ぬぞ」

 リーナ師団長が加護領域かごりょういきを緩和させ、逢魔おうまを呼び込む。


 ルイスが仕留めた奴と同種の逢魔が水の膜をすり抜け進入してきた。


「大丈夫だよクロムくん。死にたてほやほやなら私が生き還らせるから」

 アミーラがさらっとえげつない事を言う。


 俺はハチェットを構え、リーナ師団長との特訓を思い出す。


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 数日前。

「おい、クロム。加護星かこぼしの強みは他者に加護を分け与えれる事にある。だが、他者に与えるにはまずは己が使いこなす必要がある」


 正直、俺はいつ加護星になったのか覚えていない。

 リアスに看病されてからなのか、リアスを失ったあの瞬間なのかは分からない。


 それでもダルホスと初めて対峙したあの時に風を感じた。


 俺はあの時の感覚を思い出し風を起こす…。


「…駄目ですね」

周囲の風はうんともすんともいわない。


「シウバ婆様の伝言では貴様は普通に風を使いこなしていたと聞いてるが…それにツヴァイト総帥に斬られかかった時もハチェットを呼び寄せていたではないか」


「確かに普通に使ってた気がするんですけど…どれも逼迫ひっぱくした状況だったからあんまり覚えてないんですよね…」


 そう告げるとリーナ師団長は顎に指を当て考え込むような仕草をする。


「…となれば状況を再現する他ないか」


 そう言い終えた瞬間、リーナ師団長が間合いを詰め斬りかかってきた。


「…ちょっ」

 俺は反応できずに目をつぶる。


 次の瞬間、聞き慣れた金属音が鳴り響きリーナ師団長の一閃は俺のハチェットにより受け止められていた。

「やはりな」


「ちょっと、もしハチェットが来なかったらどうするんですか!」


「アミーラ副官がいるから真っ二つになっても大丈夫だ」


「いやいやいや、全然大丈夫じゃないでしょ」


「貴様は気付いていないかもしれぬが、このハチェットは貴様が私の剣を見切っていないにも関わらず、かつ私の剣に間に合う速度で間に入ったのだぞ。更には全てを両断するツヴァイト総帥の剣を受けても、ただのハチェットにも関わらず両断されなかった。全自動で防御するのか、貴様が無意識の内に反応してハチェットを操作しているのかのどちらかだろうが…いや後者はないか」


 リーナ師団長は一人で納得しているが、俺にはさっぱり分からん。


 俺はとりあえず滞空しているハチェットを手に取る。


「そうですね。確かに自分で操作してる感はあんまりないです」


「たぶんだが…命の危機を感じた時にハチェットが護ってくれるのだとは思う。もとより風精シルフは平和的な精霊だったからな」


「リアス…」

 俺は彼女を失ったあの時の事を思い出す。

 あんな思いはもうしたくない。


「まったく…貴様からは事あるごとに違う女性の名がでてくるな」


「あれ?リーナ師団長ってば嫉妬して…」


 そう言いかかった瞬間、リーナ師団長がオーガ形相ぎょうそうで斬り掛かってきた。それを再びハチェットが反応して受け止める。


「ちょっと…冗談ですってば!」


「うるさい。私は正直、貴様のような不誠実な男は嫌いだ。それでも総帥のご命令だから止むなく…あとシウバ婆様の遺言もあるから止むなく…」


 これでわかった。悲しいお知らせだがリーナ師団長は本当に俺の事がキライなんだろう。

 女性に好かれる事も俺の覚えている範囲ではそんなに無かったが、ここまで嫌われる事も無かった。


 剣から彼女の葛藤が痛いほど伝わってくる。

 シウバの遺言とやらが気になったが今はそれどころではない。

 目前のリーナ師団長は本気で俺を真っ二つにしようとしている。


 俺は命を賭した戦いに集中する。

 気が付けば半日が過ぎていた。


「とりあえず、それくらい扱えれば充分だろう。加護は神や精霊の特性が色濃く反映される。風精シルフは物体に風をまとわせる事が得意な精霊だ。矢に纏わせ、風の影響を受けずに飛距離を伸ばしたり、剣に纏わせ相手の攻撃を受け流したりしていたと文献に残っている」


「確かに、ハチェットを投げて手元に戻したり、風を纏わせダルホスを吹き飛ばしてたっけ…」


「同じ属性の神や精霊でも、加護の内容によっては能力や扱い方が大きく変わるからその事も頭に入れとくといい」



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