束の間の居場所

 グラースらと共に生活するようになって半月は経とうとしていた。


 共に生活して分かったが、彼らは盗賊でも敗残兵狩りでも何でも無かった。


 ただ生きているだけであった。食料、水の確保。薪や資材の確保。それだけで1日が過ぎていった。


 明天二めいてんにの刻。 

 まだ辺りは薄暗い中、俺は川で水汲みをしていた。


 水辺から五里先に風鳴かざなき砦があるため、目立たない漆黒のマントを羽織っている俺が水汲みの担当になったのだ。


「…まったく俺は何をやってるんだ」


「ホントよ、油を売ってないでさっさと水を汲みなさいよ」


「なっ!」

 突如、背後から聞こえてきた女性の声に慌てて振り向く。


「ふふっ。エウリオ軍って腰抜けの集まりなのね。こんなカワイイ女の子にビビるなんて」

 視線の先にはいかにも町娘といった身なりで、細く絞った赤い髪を揺らしながら笑うラウラが立っていた。

周囲にカリアの花の爽やかな甘い香りが漂う。


「なんだお前か…」


「なんだとは何よ。それに私にはラウラって立派な名前があるんだからね」 


「相変わらずうるさい奴だ。それで何の用だ?」


「まったく、相変わらず愛想ないわね。なにって偵察に決まってんでしょ」


「偵察って…俺のか?」


「それもあるけど…風鳴砦が近いじゃない。エウリオ軍がいないか見張ってるのよ」


 確かに先ほどラウラに声を掛けられるまで、俺は彼女の気配に気付いてなかった。口を開けば騒がしいが、存外ラウラには隠密の才能があるかもしれない。


「何よ、押し黙ってないで何とか言いなさいよ。黒死鳥クロム


「クロム?」


「死体を漁る黒い鳥よ。それも忘れちゃったの?格好だけじゃなくて、性格も根暗なあんたにお似合いの名前じゃない。呼び名がないといろいろと不便だし」


「…確かにお似合いかもな」

俺は特に怒る訳でもなく愛想笑いを浮かべる。


「ああも、まったく…!アンタと話してるとこっちまで暗くなるわ。私は別のとこを偵察してくるからヘマして見つかんないようにね」


 ラウラはそのまま何処かへと去っていった。


 いったいなんだったんだ…。


 俺は桶いっぱいに水を汲むと拠点の洞窟へと戻った。


「よう!他の奴らとは仲良くやってるか?」

 拠点の洞窟の入口を潜るやいなや、グラースの渋い声が響く。


「それなりです」


「そうか、それは良かった!」


 何が良かったのかは分からないがグラースはやけに上機嫌だ。


 ふと、洞窟の隅を見やると俺の存在に気付いたサリーが、座ったまま眠りこけているシウバの背後に身を潜めるのがわかった。


「えらく嫌われたもんだな」


「ああ、サリーのやつは引っ込み思案なんだ。許してやってくれ」


「いや…俺も不要な交流は避けたいから構わない。そういえばルイスは?」


 彼は声を発さないが故に、不在に気付かないこともある。


「ルイスの奴は狩猟にいってるよ。鍛冶屋の息子らしいが、俺らの中で狩猟が一番上手いのはルイスなんだよ」


「そんで、見掛け倒しのグラースは薪割りか…」


「ガハハハ!確かに俺は見掛け倒しかもな」

 グラースは俺の皮肉に対して、さして気分を害す様子もなく豪胆に笑っている。


 こうしてみる日々の生活もぎりぎりの状態だ。

 ここでの生活も悪くは無いが…俺にはリアスと散っていった仲間の仇を取る以外に、生きる目的なんざ無かった。


 自分が何故、騎士に志願したかすらも覚えていない…。あるのは戦とリアスの記憶のみ…。


 赤天四せきてんよんの刻。

 高々と昇った太陽も徐々に傾きかけてきた。


 手持無沙汰となった俺は、グラースから手斧を借りて薪を割っていた。木こりをしていた頃の記憶が残ってて良かったと自虐気味に心の中 で笑う。


「おにちゃんは…悪い人…?」


 そんなことを考えていると、ウェーブがかった桃色の長い髪の間から、不安そうな表情を覗かせているサリーが話し掛けてきた。


 悪い人…か。

 エウリオ王国からすれば国に反旗を翻した悪者だろうな。なんたって英雄を殺そうってんだから。


 …ただ。

「サリーとっては良い人だよ」


 善人か。村の侵略に加担した騎士が善人とは…自分で言ってて反吐が出る。

 俺とダルホス、何が違うってんだ。俺の手も既に汚れているじゃないか。それなのにダルホスにだけ、仲間を殺した罪を清算させようなんて…ちゃんちゃらおかしい。


 そんな自己嫌悪に陥っていると、サリーが突然抱きついてき、俺の腹に顔をうずめる。

「おにいちゃん…。サリーたちを…たすけて。ラウラねえちゃんもグラースおじちゃんも…ばあさまもみんな助けて」


 何故かルイスの名前だけ出なかった事に違和感を覚えたが…些末な事だと思いかぶりを振る。


「わかったよ。皆まとめて、俺が命に変えても助けてやる」


 サリーは顔を上げて首を振った。

「イノチは変えちゃダメだよ。クロのおにいちゃんはサリーが守ってあげるから」


 サリーの言葉で、俺の中の罪悪感と復讐心、愛着心がせめぎ合いなんだかむず痒くなる。


「わかった。俺がピンチの時はサリーが助けてくれ。その代わり命は大事にな」


 俺を庇ってサリーが死ぬなんてそれこそゴメンだ。もうこれ以上、喪う訳にはいかない。


 俺の決意と共に周囲の風も呼応するように吹き上がる。




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