孤狼と群狼

 俺には何もない。

 記憶も、仲間も…帰る場所さえも。

 ありとあらゆるモノを失ってきた。


 …ここはどこだ。

 気力が尽きるまで、ただ闇雲に森の中を歩いていた。不思議と歩いている間は何も考えずに済んだ。


 歩いて…疲れたら寢る。

 ただひたすらにそれだけを繰り返していた。


 そんな時、突如、森の空気が変わる。


 …なんだ?

 辺りを静寂が包み込む。


 木々のざわめき。鳥のさえずり。緑の臭い。

 その全てが止んだ気がした。


 そして刺すような視線だけがこちらを射抜いてくる。

  

 前方からずっしりとした足音が聞こえる。

 警戒しつつ様子を窺うと木々の間から恰幅かっぷくの良い大男が姿を現す。

「よお、兄ちゃん。なにもんだ?」


 男はボサボサの白髪を雑に後ろに掻き揚げ流しており、破れた布切れを腰に巻き、何やら獣の毛皮を羽織っていた。俺の2倍以上はあろうかという太い腕には斧が握られている。

 

 かくいう俺は丸腰だった。


「エウリオ王国の…脱走兵だ」


「くくっ、正直なガキだな」

 

 「…別にホントの事を言ってるとは限らないだろ」


「フェリン帝国の領土内で、わざわざ敵兵だと嘘を付く理由が俺には検討がつかないんだが?」

 

 大柄の男と会話をしつつ、俺は相手の様子をつぶさに観察する。


 気になるのはどことなく斧の持ち方が木こりの俺と似ていることだ。


「おっさんこそ、ただの木こりの癖に威勢が良すぎやしねえか?」


 俺の言葉が図星だったのか男は冷や汗を浮かべる。

 しかし、先程感じた視線は目の前の男だけのものではない。恐らく他にも仲間が潜んでいるだろう。


 空気は一触即発。相手が盗賊か敗残兵狩りかはわからないが、大勢ならばさすがに丸腰では部が悪い。


 あの時、ダルホスへハチェットを投げたのが悔やまれる。


 …悔やまれる?

 俺は何を今更と思った。悔やむ必要がどこにある。もう俺はには何も残ってないというのに…。


「いいぜ…殺せよ」

 俺は半ば投げやりになって両手を広げた。


「なんだてめえ。この世の終わりみてえな面しやがって。俺たちはエウリオ王国の侵攻で村を失った。それでも必死に生きようとしてるのに…胸糞わりい」


「おい…おめえら出てこい!」

 男がそう呼びかけると森から数名の男女が出てきた。そこには、老人から子どもまで幅広い年齢層が農具を武器として構えている。


 …そうか、こいつらは俺たちエウリオ軍が侵攻時に潰した村の生き残りか。


「どうした?殺す前に全員でいたぶるのか?」

 俺がそう告げると、恰幅かっぷくの良い男は怒りの形相でこちらへと向かって来る。


 俺はようやく全てが終わると思い…目を瞑った。


 直後、頬に衝撃が走る。


 一瞬何が起きたか分からず、吹き飛ばされた後に俺は殴られたのだと気付いた。


 仰向けに横たわる俺に向かって男が叫んだ。

「ありきたりな口説き文句だが…おめえさんの命は俺が貰った!死んだ身だと思って俺たちに力を貸してほしい。今は一人でも男手が欲しいんだ」


「俺はエウリオ軍の脱走兵だぞ?」


 そう言うと男は豪快に笑った。

「ガッハッハ!なら尚更一緒に来い。お前さんも追われる身だろ?」


「アンタらの村を襲ったのも俺たちだぞ」


「それがどうした?復讐なんかに走ったところで、失われた命は戻らねえ。俺は今ある命を守らなきゃあいけねえんだ」


 その言葉を聞いて、俺の胸に何か突き刺さった気がした。


 …確かに復讐なんかよりも…なんとしてでもリアスを救いたかった。


 しかし、その命はもうない。


 結局俺にはダルホスへの復讐しか生きる糧が残っていないのだ。


 今、風鳴かざなき砦に引き返しても殺されに行くだけだ。俺は誰よりも強くなりたい。有無を言わせだけの力が欲しい。


 …俺の想いに呼応するように風が揺らいだ気がした。


 目の前の恰幅かっぷくの良い男は、真剣な面持ちで俺の返事を待っていた。

「わかった…手伝うよ。生きていればまた機会が訪れるかもしれない」

 俺の目的まで彼らに伝える必要は無い。


「よし…それなら拠点まで来い!歓迎してやる」

 俺は男に連れられるがまま拠点とらやに向かった。

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 彼らと共に行動するようになり数日が経過した。 


 拠点にしている洞窟は苔むした岩壁に暗い口がぽっかりと空いた入口。中は少しカビ臭く、柔らかく大きな葉が特徴の舟連シウレンを重ねた簡素な寝床がいくつか用意されている。


 村の生き残りはわずか5名であった。


 リーダーと思われる白髪オールバックの大柄の中年男はグラースといい、俺の予想通り木こりをしていたそうだ。


 暗めの灰色でボロボロのフード付きローブを身に纏って、いつも椅子に座って寝ているシウバとかいう小柄な婆さん。

 この数日間でまだ言葉を交わしていないが、前任の村長だったらしい。


 15歳の少女のラウラ。きれいに手入れされている赤髪を流れるようにまっすぐ腰まで伸ばしている。赤黒い瞳と凛々しい顔立ちからは気の強さが窺える。天真爛漫でこの集団のムードメーカーだ。


 その妹のサリー。暗めの金髪をラウラと同じように腰までストレートに伸ばしており、7歳で引っ込み思案な性格。姉の背後にいつも隠れていつも人差し指を咥えている。姉妹だけあってふたりとも白のつなぎのスカートに焦げ茶で皮のベルトを巻いている。


 寡黙な少年のルイス。チクチクした銀色の短髪で16歳とのこと。幼少の時から声を発したことはなく鍛冶屋の息子らしい。背中には二本の柄の無い剣をいつも携えている。


 かくいう俺は風鳴かざなき砦攻略前後の記憶しか無く、当然、名乗る事などできなかった。


 俺の呼び名は今後の課題だな。







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