雷鳴と暴風
ダルホスは勢いよく食堂の壁を突き破り、宿屋の外まで吹き飛ぶ。
唖然とする周囲を横目に俺はリアスを抱きかかえた。
まだ息はある…とにかく手当しないと。
「凄いねキミ、
飛ばされた筈のダルホスが涼しい顔で、俺の前に立ち塞がる。身に纏っている
その手には先程リアスを斬りつけた剣ではなく、紫の鈍い光を放ち、歪に屈曲した剣…
「くっ」
俺は気圧され一歩も動けずにいた。
「早くそのゴミを降ろしなよ。久々の
リアスをゴミ扱いされ、俺の中の復讐心が再び顔を覗かせる。
再び俺の周囲で風が渦巻く。
ダルホスが
しかし、雷が俺を打ち抜く事はなかった。
周囲からは瞬く間に火の手が上がり、兵士や宿屋の主人は慌てて逃げ出した。
「雷を風でねじ曲げるなんて…馬鹿げた星の力だ。これは久々に楽しめそうだ」
ダルホスはこんな状況下でも戦闘を楽しんでいる。
「ふざけろ!」
俺は怒りのままハチェットをダルホス目掛けて投げつけた。
ハチェットは回転して周囲の大気を巻き込んでいく。煙、周囲の炎を喰らい巨大な火の玉となる。
「いいだろう。僕の全霊を持って打ち消してやろうじゃないか」
ダルホスが携えている
…しかし、火の玉もといハチェットの勢いが衰える事はなかった。
驚く事にダルホスの紫電をも呑み込みダルホスに直撃する。
「バカな!」
ダルホスが声を上げたのも束の間、激しい爆風が巻き起こる。
その衝撃で俺たちも宿屋ごと吹き飛ばされた。
気付けば
先の戦で砦の城壁は、ダルホスの雷で崩れさっていたのだ。
「ぐっ…」
俺は痛みを堪えて立ち上がる。すぐ脇にはリアスが倒れていた。
「リアス…大丈夫か?」
リアスは弱々しく返事をする。
「これ以上は…止めて…砦のみんなが…」
彼女はこのごに及んで周囲の心配をしていた。
俺はそこで…はっと我に返る。
何やってんだよ…これじゃあ奴と一緒じゃないか。周囲の犠牲を顧みず平気で他者を切り捨てる。
俺はいつの間にか、自分が最も嫌悪する
「リアス…ごめんな…とにかくここから逃げよう…」
俺はリアスを抱え、砦から離れようとする。
改めてリアスに目を向けると、彼女の胸から腹にかけて深い切り傷が刻まれていた。
彼女の薄緑のエプロンが赤黒く滲んでいる。
「待て!クソガキ!」
怒号と同時に、立ちはだかるように俺の眼前に雷が落ちる。雷の中から半焼して、纏っていたきらびやかな衣装が見る影も無くなったダルホスが立っていた。
「貴様!良くも僕の顔に泥を塗ってくれたな」
ダルホスは怒りに震え、つい先刻まで見せていた余裕は跡形もなく消し去っていた。
俺は迷った。ダルホスへの憎しみを優先するのか。リアスの命を優先するのか。
逡巡しているとダルホスが勢いよく斬りかかってきた。
「これ以上はダメ!」
突然、俺の腕に抱かれたリアスが叫び声を上げる。
次の瞬間、俺とリアスは空にいた。
突如風が巻き起こり俺たちを空へと打ち上げたのだ。
俺はその時理解した。ハチェットが巻き起こしていた風は俺の力では無かったのだ。
彼女…リアスの力だった。
リアスの風が俺の体を繭のように包む。
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気が付くと森の中にいた。
森ということは少なくとも
「リアス!」
俺は慌てて周囲を見回す。
彼女はすぐ側の大樹にもたれ掛かっていた。
俺は慌てて駆け寄った。
「リアス…」
リアスは消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。
「なんとか…逃げられて…よかっ…た」
「私ね…幼い頃に…一度死にかけたの」
「その時…流れ星が落ちて」
「私の中に…
夜空に瞬く星々は、神や精霊そのものである。
生まれ落ちる際に流れ星となり世界に降臨する。
記憶を失った俺ですら覚えている常識だ。
…役目を終えた精霊は…夜空を還り星々となる。
再び、この世界に降り立つその時まで…。
暗闇の中でリアスの体は次第に黄緑色に発光し粒子となる。
「…よかった」
彼女はそう呟いたのを最後に夜空へと還る。
俺はリアスの事はほとんど何も知らない。
生まれや育ち…なぜ敵である俺をあそこまで看病して助けてくれたのか…最後の言葉の意味。
それを考えたところで…ただ虚しさが込み上げてくるだけだった。
暗闇と静寂に包まれた森とは対照的に、夜空には満天の星空が煌めいていた。
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