急襲
まだ夜も明けぬ早朝に、老婆の
「敵襲〜!」
俺たちは突然の叫び声に飛び起きた。
状況が分からず困惑する中、グラースだけは真っ先にシウバの元に向かい声を掛ける。
「婆様。方角は?」
「
「お前らはここに残っていろ。ルイス一緒に来い」
そう告げるとグラースは傍らに置いてあった斧を持ち洞窟から飛び出していった。
困惑する俺を
どうしたものかと考えあぐねていると、シウバが俺に向かって手招している。
「あんたも行きな…場所はこの子が教えてくる」
シウバが手をかざすと突如、俺の倍以上の大きさがあろうかという灰色の狼がどこからともなく現れた。
「なっ!」
身構える俺にシウバが笑いながら説明する。
「大丈夫じゃ。この子は
…なるほど、これで納得がいった。グラースと出会った時の刺すような視線、森が静まり返ったのはこの
「敵ってことは十中八九、エウリオ軍か」
俺はすぐに黒いフード付きのマントを羽織った。すると背後からマントの
驚いて振り向くと不安そうな表情のラウラが、大きな蒼い瞳を潤ませていた。その後ろで起きたばかりのサリーが眠たい目を
俺はラウラの栗色の頭を撫でて、
「大丈夫」とだけ言葉を残し洞窟を後にした。
…それは自分に対しての言葉だったのかもしれない。
神を尻の下に敷くのは恐れ多いが…俺は
…暫く進むと、金属がぶつかる音が聴こえてきた。その音の
まだ薄暗い森の中で、ルイスが双剣でエウリオ軍の騎士の鎧を切り裂いている。
いや…切り裂いているというよりは、想像もできない
ルイスの剣捌きは鮮やかで、50人はいるであろう騎士を相手取っている。
サリーがあの時に言った“助けて”の対象にルイスが入っていなかった理由がようやく分かった。
ルイスにはそもそも助けなんて必要なかったのだ。
一方、グラースも人に対しては振り慣れない斧を振りなが…いや、グラースは斧を持ったまま拳で敵を制圧している。
「アイツ…斧なんていらないんじゃないか」
二人の無事を確認してとりあえず安堵のため息をつく。
そこで
エウリオ軍の騎士たちがフェンリルの姿を認めると一瞬、怯んだ。
すかさずグラースとルイスは畳み掛けるように攻撃を繰り出した。
不覚にも…ここで俺は自分が武器を何も持ってこなかった事に気付く。
俺はグラースから、ただのお荷物と化している斧を受け取るべく、
それでもエウリオ軍の数は多く、グラースの元へ辿り着く前に俺たちは劣勢を強いられていた。
「グラース、斧をこっちに投げろ!」
俺がそう叫んだ瞬間、グラースに一本の剣が突き立てられる。続け様に他の騎士たちも剣を突き立てた。
「グラース!」
俺と
…グラースは全身から血を流し横たわっている。
放心状態になりかけた俺に、グラースが斧を手渡し叫ぶ。
「
悔やむのは後だ…。
入れ替わるように俺は受け取った斧で騎士たちを牽制する。
不思議と斧の感覚が手に馴染む。
そんな傍らで
次の瞬間グラースが雄叫びを上げる。
その声は人のそれではなく、獣に近かった。
グラースの体が白い体毛で覆われ次第に大きくなる。服は裂け、爪は鋭く目つきは獰猛な獣そのものだった。
「グルルル…」
唸り声を上げる白い獣からはグラースの面影は微塵も感じられない…。
人狼と化したグラースは騎士たちに飛び掛かり、鋭利な爪で鎧ごと引き裂く。
それでも騎士たちは怯まず捨て身覚悟でグラースに剣を突き立てる。
戦場は
やはり素人の付け焼き刃の斧で、経験のある騎士たちを倒そうなんて…ましてや、その筆頭を務めるダルホスを倒すなんて夢のまた夢。
「全軍、下がれ!」
誰かの叫び声に応じて騎士たちが一斉に距離をとる。そして、敵の大軍の中から一人の豪傑がこちらへと向かってきた。
黒の鎧に黒の兜。身に着けている物は初めて見るがその顔には見覚えがあった。
…アイツは!
リアスが死んだあの晩、酒場でダルホスと盃を酌み交わしていた大男だ。
「その漆黒のマントでようやく思い出した。まさかあの奇襲小隊に生き残りがいたとは…そして、あのダルホス様に傷を負わせるとは対した奴だ。一騎打ちを申し出たいところだが、貴様に手を出せばダルホス様に殺されかねない」
「なにを言ってるんだお前は?」
「ダルホス様が直々にここまでお前を追ってきたということだ。それよりこんなところでゆっくりしていていいのか…拠点の守りが手薄になってやしないか?」
その言葉と同時に
俺が振り返ると
…まさか!
「グラース、ルイス…ここは任せた!」
俺は慌てて
今までに幾度と味わった…仲間が死んでいくあの感覚。
ここでもまた俺は命を天秤にかけられていた。
…すまないグラース、ルイス。なんとかこの場を凌いでくれ。
再び森の中を灰色の影が走り抜けていった。
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