4-9
ぼんやりとしていた記憶が、鮮明になっていく。
初めてちゃんと話した入学式のこと。
それから仲良くなって、一緒に勉強したり写真を撮っている間後ろで待ってくれていたりして誰よりも信頼における間柄になったこと。
そして、夏祭りでのあの約束のことも。
何でこんな大事なことをずっと忘れてたの……!
忙しさでそんな大事なことすらも忘れてしまっていた自分に、憎しみだけが募っていく。
普段見せない怒りの表情にはさすがに圭も目を丸くしていて、少し動揺しながら様子を窺っていた。
「えっと……。その子って誰?」
恐る恐る訊ねてくる言葉に一瞬耳を疑ったが、よく考えれば私経由でしか知らないから名前だけ聞いても合点がいかないのも納得だった。
「相川コハルだよ。中学の時いつも私の隣にいたでしょ。薄い桃色の髪で、身長が圭と同じぐらい高くて、にこにこしていた女の子」
「……そんな子いたかなぁ。それだけ目立つ容姿なら覚えていそうなんだけど」
特徴を交えて説明をするのだが、まだ頭に浮かんできていないのか渋い顔のままでお互いの記憶に食い違いが起きている。
確かに中学時代に大きく絡んだことはなかったが、隣にいて多少の会話には混ざってはいたのだから、知らないことはないはずだった。
「そもそもなんだけど」
眉がハの字に下がり、隠し切れない困惑の色で圭が話を続ける。
「美乃莉って、私と話す時以外って基本一人でいたよね」
何の悪気もなく、彼女はそう告げてくる。
それはまるで最初からいなかったかのような口ぶりで、コハルのことを無かったことにされようとして感情が昂っていく。
「……そんなはずない!」
感情任せに怒鳴ってしまい、圭含めて周囲を驚かせてしまう。自分でも今まで発したことのない声に返って冷静になっていくが、周りの奇異するような視線が私を貫いていた。
落ち着いて考えるように、自分に呪文をかけながら記憶を再度探っていく。
その途中で、受付でのやり取りが頭を掠めていた。
さすがに受付なら、卒業生のリストがあるかもしれない。
考えが浮かぶや否や、その場で方向転換してから急いで受付のところにまで戻っていく。いきなりの行動に圭は声を上げて引き止めようとするが、今はそれに構ってなんかいられなかった。
駆け足で正門まで引き返すと、ちょうど全ての確認が終わり撤収を始めているところだった。
「ごめん。急で悪いけど卒業生のリスト見せてもらえない?」
「はぁ……。構いませんけど」
訝しむ生徒会の子を尻目に、渡されたファイルを大急ぎで開いてクラス名簿のところまで捲り、指で名前を一つ一つなぞっていく。
けれど、その中に「小春」の名前もなければ「相川」という名字すら存在していなかった。
「誰かお探しですか?」
呆然とする私に、受付の彼女が話しかけてくる。その後ろには、飛び出した後を追いかけてきた圭が立ちすくみながらこちらを見ていた。
「あの、相川小春って人見てませんか? ここの生徒で、薄い桃色の髪をした女の子なんです」
半ば懇願するように前のめりになり、彼女に問い詰める。
「…………そのファイルは、当時の生徒名簿をそのまま使って作成してますので、そこに名前がなければいませんよ。そもそも、そんな目立つ髪をしていたら指導対象になっているはずですから知らないはずがないですよ」
けれど、返ってきたのは淡々とした現実だけだった。
「きっと記憶違いだよ」
圭が慰めようと言葉をかけてくれる。
けれど、その言葉は気休めにもならなくて、私にとっては気の間違いなんかで済ましていい存在じゃなかった。
ずっと傍にいて支えてくれた友達で。
今の道を進むきっかけをくれた人で。
——ずっと心を通わせ続けていたかけがえのない大切な人で。
目の前に突きつけられる現実を受け入れられずに、その場で踵を返して走りだす。
二人の静止の声にも止まらず、鈍った身体を酷使しながらただひたすらに足を動かしていた。
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