3-7

 悲しみと冷たい現実が私達を覆い、淀んだ空気が纏わりついて身体をどんどん鈍くさせる。消え入りそうなコハルとの糸に成す術が浮かばず、力なく腕が垂れ下がっていた。


 その勢い余って肩から下げている鞄に、手が擦れるように触れる。

 中には、私の大切なものが入っていた。


 それを一瞥して、再びコハルに視線を向ける。顔にはまだ不安が残り、瞳には抑えていた涙が今にも溢れそうだった。

 


 ——私は、あなたにそんな顔をして欲しいじゃない。

 この想いは簡単には変えることはできないけど、コハルのことを忘れたくて話をしたんじゃなくて、これからも、また会う時も笑っていてほしい。



「……それなら」


 ゆっくりと深く息をして、顔を上げて目と鼻の距離にまで近づく。

 少し動揺する彼女をよそにその右手を取り、ショルダーバッグにある荷物をその掌にそっと乗せる。


「これ、預けるね」


 その上に、緑色のナイロンケースをそっと置いて無理矢理にでも口角を上げてそう告げていた。


「これ、ミノリのカメラ……」


 普段人には触らせることのない私の大事なものに、それまで冷ややかだった態度も驚きにかき消され私とケースを何度も確認するように顔を向けていた。


「中には今まで見てきて綺麗だったり面白かったりするのが何枚も入っていて、私の中学生活の全てがそこに詰まってる。いつか夢を叶えて取りに戻ってくるから、それまでコハルが大切に持っていてよ」

 

 そうしたら、コハルとの三年間は消えずに彼女が持っていることになって、お互いに忘れるなんてことはないから。

 半ば私のエゴみたいなもんだけれど、これで繋がりが消えずにいるのならこんなやり方でもいいんじゃないかなって思うと、自然と表情が柔らいでいった。

 想いを聞いていたコハルはしばらくきょとんとしていたが、まだ納得していないところがあるようで悲しげな表情をみせている。


「……必ず、取りに行くから!」


 彼女の抱える気持ちを払拭しきれるほどの自信はないけれど、それを覆い隠す勢いで声を張り上げて笑ってみせる。

 すると、少しは気持ちが届いてくれたのか険しかった表情がようやく形を潜めてくれた。


「分かった。預かっておくね」


 気持ちを落ち着かせるように息を吐くと、手の中にあるカメラを大事そうに握っていく。そして、持っているポーチの中へそっと仕舞い込んでいた。


「ねぇ、私からも一つお願い聞いてもらってもいい?」


 冷たい雰囲気もようやくなくなり、ほっと一安心してたところでコハルからも私に提案があるようだった。

 なにかと気にはなったけれど小さく頷いて了承すると、コハルは私の両肩に手を置いてしっかりと見つめてくる。



 それから目を瞑り——

 気づいた時には、私たちの唇は重なっていた。



 柔らかい感触が最初に伝わり、その後に彼女の温もりが広がって全身が浮遊するような不思議な感覚に陥っていく。

 隣では連続で破裂音が鳴り続け、それに負けないほどに心臓の鼓動が耳を突く。

一分にも満たないうちに顔は離れていき、私の唇には確かなまだ熱が残されていた。


「ミノリ、好きだよ」


 突然の告白に、頭が真っ白になる。

 外の暑さは違う熱が身体中を巡ってきて、普段はかかない汗が頬をつたい身も心も硬直されていった。


「でも、今は何も言わなくていいよ。もし、また帰ってきて私のことをまだ覚えていたら、その時にこのキスの返事を聞かせて」


 寂しくなる気持ちを押し殺しているせいなのか、優しく告げてくるコハルの声は上擦っていた。

 それに負けないように笑ってみせて、向けられた好意に嘘がないことを暗に示していた。

 


 何で、私なんだろう。

 何処を好きになってくれたんだろう。

 そもそも経験したことのないことだから、何て答えるのがいいのかなんて分からない。


 ——私は。

 私は、何て答えたらいいんだろう。



 好きでいてくれることは嫌ではないし有難いけれど、どう受け止めればいいのか分からない。

 その返事を今求めていないコハルは、伝えたい全てのことを言うと私には見向きもせずにずっと花火を眺めている。


 次第に、花火の勢いは緩やかに弱まっていき最後の一発が宙に舞い光の粉を散らしていく。

 その光の全てが夜空へと消えていき、私たちの中学生最後の夏は幕を降ろしていた。

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