1-7
外に出れば運動部の掛け声がグランドから耳に飛び込み、渡り廊下や教室からは吹奏楽の演奏が流れてきている。そこには先程まで静まり返っていた様子は微塵もなく、青春を謳歌する人たちの掛け声で溢れていた。
正門を出た後も続く部活の熱気に当てられながら、隣にいる彼女へ視線をそっと向けてみる。階段で見せた笑顔は消えてしまい、再び緊張した様子でとぼとぼと歩いていき、十分もしないうちにまたあの鳥居の前まで戻ってきてしまっていた。
「じゃあ、私この裏に家があるので、この辺りで失礼しますね」
そう言って彼女は立ちとまって手を振り、今度こそ参道へ入っていこうとする。
小さく返事をしてから、去っていく背中を送ろうと力なく手を掲げていた。
このまま、何も話せないままでいいのかな。
公園で会った時と同じように、胸の鼓動が大きく脈を打つ。
また高まっていく鼓動に、どうしてそうなってしまうのか理由が分からず心の中がモヤモヤとしてしまう。けれど、このまま別れるとまた簡単に離れてしまって話すことがなくなるような気がして、そんな漠然とした不安が心を掻き乱していた。
「——待って!」
荒れる感情の波に少しでも抵抗したくなったのか、消えいりそうだった彼女の手を私は咄嗟に掴んでしまっていた。
急に後ろに引っ張ってしまい傾く彼女にまずは謝るけれど、そそれ以上の言葉はなくまた沈黙の時間になってしまう。
不思議そうな顔を向けてくるその子に何かを伝えたくて、ただ無心で口を動かし始めた。
「私、実は一度あなたのこと見かけたことがあって。三月の終わり頃に公園でなんだけど……」
いきなり何言ってるんだろ、私。
唐突に出会ったあの時の話を始めて、緊張もあってか言い方が何故かしどろもどろになりがちで、まるで自分がその子に告白みたいになって変に恥ずかしくなる。
相手もどうしたらいいのか分からず、しばらくきょとんとして話を聞いていた。
完全に変な子だ、これ。
訳の分からない話を披露し、全て話し終えた後は恥ずかしさで項垂れてしまっていた。
ろくに女の子の顔も見れないまま俯いていると、小さく笑う声がして心臓が飛び跳ねてしまう。
「……実は、気づいてました。カメラを向けていたことも」
思わぬ一言に顔を上げると怒ったり悲しんだりする素振りはなく、むしろ慈愛に溢れているかのような笑顔で私を見つめてくれていた。
覚えていてくれていたことに今度は違う羞恥心が生まれ、上手く目を合わせにくくなる。
その間を桜の花びらが優しく舞い降りてきて、つぎはぎになっていた空間を綺麗なものへと彩ってくれる。
それから、彼女はあの時のことを少しずつ話してくれた。
「でも、私って人見知りな性格だからあの時も声をかけられなくて、これからの生活上手くやっていけるか不安だったんです。だから、あの時声をかけてもらえて内心は嬉しかったです」
朗らかに話す彼女は、思っていた以上に可愛くて。
その表情に、その姿にもっと近づいてみたくなって。
今度は差し出すように、もう一度そっと手を伸ばしてみる。
「私、桜庭 ミノリ。よかったら、これからよろしく」
私の手を一瞥して、少し戸惑いをみせてはいたけど笑ってその手を握り返してくれる。
「相川 コハル、です。こちらこそよろしくね」
触れ合った瞬間に、柔らかな感触と体温が伝わってきて胸に心地良さを与えてくれる。
まだまだぎこちないやり取りだったけど、互い通じ合えていたことが今はとても嬉しくて、互いにただ微笑みあいながらこの時間がもう少しだけ続くことを願っていた。
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