第24話 出立(2)
ランジェがやってたように……。
マカが拳ではなく開手を構えると、ランジェとモンソンは共に目を見開き、その意図を察した。
――刺し氣の術か。
それはランジェがモンソンたちを捕縛するとき、または村人たちを治療するときに使用した勁技。
まるで人の経絡秘孔へ針を打つかのように。最小限の破壊で対象の内部に浸透し、そして必要な部位のみを破壊せしめる妙技である。
治療にも使える反面その扱いには注意が必要であり、一歩間違えれば思わぬ結果を招きかねない技だ。
確かに、今の状況でモンソンを傷つけずに門を突破するにはこれしかない。
しかし、そこでマカは再び構えを解いてしまった。
「やっぱり、できねぇよ……」
それを肌で理解していたからこそ、マカは
だが大岩に見様見真似の「金剛発勁」をぶちかますのとはわけが違う。一歩間違えば、モンソンは死ぬだろう。いや、一歩どころではなく半歩。それこそ針の穴を通すようなコントロールが必要になる。
「ランジェ! 意地悪言わねぇで手伝ってくれよ! おれじゃこんなの無理だ!」
マカは再び、必死に言い募った。こんなことが出来るのはランジェだけだ。ランジェはすごいんだ! だからおれなんかより……。
「そうね……わかった」
そう言うとランジェは一瞬だけ喜悦を浮かべたマカとモンソンの間に歩みだし――
「なら、これでどう?」
何を思ったのか、門の前で仁王立ちするモンソンの前に同じように立ちふさがったのだ。マカを真正面から見据えるように。
「おい!」
焦ったような声を掛けるのはモンソンだ。
「何よ? 一人でも二人でも同じことでしょ?」
「ランジェ……なんで」
マカはうろたえるのを通り越して絶望的な声を出した。
「業腹だけど、こいつが言ってることは正しいわ。これから、こんなことはいくらでもあるはずよ。だからマカ、逃げたらだめよ」
「ランジェ……でも、怖くねぇのかよ! おれがなにかヘマしたらって!」
「怖くないわよ。だってマカはできるもの。何を怖がるの?」
あっけらかんとしたまま、ランジェは言う。本当に何も怖くないというように、屈伸まで交えて。
「ランジェ……」
「それによく考えたら、このままじゃ私だけ試験素通りになるじゃないの。そういうの嫌」
「お前な……」
モンソンは何かを言おうとしたが、取りやめた。そしてただ、呆れかえったような顔でため息を吐く。
「ひよっ子のくせによぉ……」
お互い、相手の性格についてはわかり切っているのだ。ここで何か言ってもやめるような女ではない。
「マカはすごい目を持ってる。一度見た技を正確に再現することが出来るわ。それに、その力を正しくコントロールできるように修行もしてきた。なら、なんでできないと思う必要があるの?」
「でも、おれ……おれ、いままで、いっぱいヘマして」
「マカ!」
うつむくマカに、ランジェは強く呼びかけた。金色の瞳が跳ね上がる。
「マカはさ、私に仙鬼になれるってくれたよね。私、生まれてから一番うれしかった! だから私も、もう一回言うわ。マカは仙鬼になれる! こんなことで
その瞳をまっずぐに受け止めて、マカは放心したようにそれを見つめ返した。
そしてぐぐぐぅ――っと、全身を握り固めるみたいにしたあとで、
迷いの一切を、ランジェを信じるのに必要でないその他一切を、マカは己から切り離したのだ。それは傍目にも明らかだった。
その瞬間、彼の表情は、面貌は、そして異形の五体は、まるで花を装っていた捕食者が瞬く間に擬態を解き、その真の姿を現すかのような鮮やかな変容を遂げたのだ。
普段はまんまるに開いている瞳孔が一気に狭まり、まるで表情のない悪鬼のごとき面貌があらわになる。
両足は獰猛なスパイク状に変化し、地表を貪るがごとく爪を立てる。両腕は引き絞られたように萎縮し板バネのように変貌。
そして額の装甲がフェスカバーのように降りてきて視界を狭める。同時に何かがパキン、とねじ切れるような音を立ててマカの後頭部から落下した。
構えはランジェのそれを真似るように。伸ばした左足を前へ、重心は右足へ。姿勢はやや前傾。ゆるく突き出した左掌は指先を天へ。同様に丹田の位置に据えられた右掌は指先を地へ。
ゆるく、そしてしなやかに。天地の間を揺蕩うがごとき柔和な姿勢。見事なり!
そしてその弛緩した姿勢から、極限の緊張と共に繰り出されるであろう螺旋の一撃。
「……どいてもいいんだぞ?」
「うっさいわね」
狙いがわずかにズレるだけでも命はないだろう。モンソンとランジェも緊張感を増す。しかしこの稀なる異形を目にしても両者ともに動くことはない。
もはや待ったなしの――
始動は存在の炸裂としてのみ認識された。
足場を爆発させるほどの前進、そして影を置き去りにするかのような体さばきは目視することすらもかなわない。
気が付いた時には、巨大な右の掌底がランジェの眼前に突き出されていた。そして海底を練り歩くような重い旋風がゆっくりと彼女を包みこむ。
刺し氣! インパクトの瞬間を認識できないほどの!
「――――ッ!」
次の瞬間、わが身を顧みるよりも先に振り返った彼女が見たものは、わずか拳ほどの大きさにくりぬかれた門の穴だ。
門はその穴を起点としてバリバリと音を立てながらよじれ、捻じれるようにして崩壊してく。
螺旋状に突き入れられた勁力の余波だ! すなわち、開門は成った!
「で、――できたぁ!!」
ランジェに飛びつき、それからモンソンにも傷一つないのを確認して、マカは腰砕けに崩れ落ちた。異形の相貌は既に元の状態に戻っていた。
「やったあッ――じゃなくて。おほん。だから言ったでしょ? マカはできるんだって!」
「もうちょい素直に喜べ。しかしキモが冷えたぜ――あいや、ちょっと待て!」
モンソンが崩壊した門を見て声を上げる。
バラバラになった銅の扉は、散らばってもなお搾り上げられた雑巾か何かのように蠕動し、みるみるうち火を噴いて萎縮、さらには融解する。
それでもなお、渦巻く螺旋は絶えることがない。それらの小さな流体金属の渦は地表の石礫をも巻き込み、寄り集まって巨大化していく。
「さ、下がれ――ッ」
モンソンが叫ぶ。
それらは巨大な渦となってまるで流砂か蟻地獄のごとく大地をえぐり、さらには岩盤にまで到達し、それらのすべてを赤熱・融解させて巻き込んでいくのだ。
見る見る間に、古びた門があったはずの荒涼とした岩場にはまるでえぐり取られたような大穴が穿たれていく。
まるでメルトダウンだ。現れたのは地獄の釜のごとく煮えたぎる、奈落にまで通じそうなほどの深い穴である。一体、どこまで落ちて――否、マカの技の余波はどこまでこの大地を喰らおうとしているのか? それは誰にもわからない。
「お、おれまたなんかやっちまったのかな……?」
当然、これをやってのけたマカにさえわからないのだ。
それはただ、マカが起こした螺旋上の勁と銅の扉との摩擦の余波でしかなかったはずなのに。
「そ、そんなこと――ないわよ! 合格よ合格! そうでしょ!?」
「ま、まぁな。その点は問題ねぇ。文句なしの合格だ! ただ……なぁ?」
そうして、三人はしばしの間地獄の釜のごとく鳴動し続ける大穴を見つめていた。
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