第19話 修行(1)

「――というわけで、あんたたちにも協力してもらうからね」    


「何がというわけで、だ! てめえよくも人をこんなあなぐらに――ンバヒッ!?」


 ランジェは三度、横になっていた髭面の男の顔面を踏みつけた。


「兄ぃぃぃっ! お、おいたわしや!」


「……いいなぁ。兄ぃ狙ったの? ねぇ狙ったの?」


 石壁をくりぬいて作った簡素な牢獄の中である。陽も差さず穴の中は冷たく薄暗い。そんな中に手下たちのすすり泣くような悲鳴がこだまする。


「さっさとしなさいよ。そろそろ「刺し氣の術」も解けてきたでしょ? 転がしとくのもなんだから役に立ってよ」


 ランジェは居丈高に言い放った。本来聞く者の耳朶を慰撫して止まぬ鈴の音のごとき美声は、しかし時としてこの上なく酷薄な響きを伴って下々の者たちの心胆を凍り付かせる刃たりえるのである。


「て、てめぇ……本当にアラカンを仙鬼にするつもりなのか?」


「そうよ」


「酷な話だ……言うほど簡単なことじゃあねぇんだぞ?」


「大きなお世話よ。……けど、やっぱりマカのこと心配してくれてるのよね?」


「……」


「だから、それに免じてあんた達にも更生のチャンスを上げるわ。第一歩として、村の人たちに読み書き教えてあげて」


ッ! なんで俺らが――ンバヒィ!?」


「言っとくけど……これ、最後のチャンスだからね? これ以上何かするっていうならこのあなにそのまま埋めるからね?」


 ランジェは美貌を青ざめさせながら、例によって髭面の顔面を踏みにじった。


「ちゃんと仲良くしなさいよ? 苦情の一件でもあったらやるからね? 私本気だからね?」


「ンバババババ……」


「お、教えます! 誠心誠意教えますからぁ!」


「まー、こんなとこに居るよりはいいかもねぇ」


 再三念を押したうえで、ランジェは踵を返した。これだけ念を押しておけばよからぬ考えも浮かばぬというものだろう。


 こっちはこっちでやることが目白押しなのだ。――思えば、ただ仙鬼になる修行に来たはずが、どうしてこうなった――と思わなくもないが、今はそんなことを想い煩っている場合ではない。


 じっさい少しでも人手が増えるのはありがたいことだ。村人に薬師の技術を仕込みながら、最下層全体のならず者たちを〝平定〟する間に、ランジェとマカは仙鬼の試験への対策も行わなければならないのだ。


「おーい、ランジェ~」


「お~い」


「おーいおーい!」


 子供たちと共に出迎えるマカにランジェも手を振った。


 特に、ランジェの村人への教示はなかなかに難航している。もともと学のある人間が少なく、まずは読み書きから教えなければならないのがなかなかに難しい。


 あの三人組が力になってくれればよいのだが……。


 そうしてランジェが忙殺される一方、マカはすこぶる元気だった。夜な夜な荒野の荒くれ者の相手をしながらも、精彩を欠くことはない。


 〝アラカンは健在だった〟最下層のならず者どもはその影におびえててんやわんやの様子だ。


 街の官吏も〝ランジェの言伝て〟で沈黙した今となっては、もはや逃げ場もないといったことだろう。


 そもそも、マカがその気なら腕力一つで最下層を平定するくらい難しいことではないのかもしれない。ただ、その発想がなかっただけなのだ。


 そんな怪力無双のアラカンは――暇を持て余して村の子供たちの相手をしていることが多くなっていた。


 ここはマカに周囲の岩山を均して作ってもらった「修練場」だ。


 大人たちが快癒した順から丹薬づくりに取り組み四苦八苦する間、子供たちはマカと一緒になってここで体術の真似事をして遊んでいる。


 いや、遊んでいるなどといっては失礼か。


「あれ? ――それって」


 今も立派に経過観察中だ。健全なのは何よりのことである。ランジェも彼らを見て顔を綻ばせた。


 子供は病の癒えるのも早く、最初はだらけで青ざめていた彼らの顔は、今や血の気が通い健康的に輝いている。


 そして、彼らはそのあどけない顔に、アラカン、つまりマカに似せた妙な仮面をかぶっていた。


「どうしたのそれ?」


「つくった~」


「うん。つくった」


 と、子供たちは口々に応えて、呵々カカと満面の笑みを浮かべて見せる。その後ろでマカは恥ずかしそうにランジェを見上げた。


「ふぅん。じゃあ、あんたたちもアラカンね?」


「うん! マカが仙鬼になったらさ、代わりに〝アラカン〟やるんだ!」


「やる!」


「危ないわよ?」 


「練習するもん!」


「する!」


 彼らはこの村で生れたのだという子供たちだ。

 

 この子たちにとっては仙鬼よりもアラカンが身近な憧れなのだろう。

 

 なんだかうれしくなって、ランジェも子供たちの頭を鷲づかむようにしてなでさすった。


 ――やっぱり、マカはすごいんだよ。私なんかよりもずっと――


 子供たちは笑い転げながら駆け出していき、見様見真似の蹴りや軽業を繰り出した。


 ……そして、この子たちにとってはこの村が故郷なのだ。決してそこを追われるような事態にしてはならない。


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