第28話 第一の試練(3)刃には刃を
「ランジェ、そんでどうすんだ? このまま走るのか?」
前から来るブレードを自分が受け止めるつもりなのだろう。べた足で先頭を駆けながら、マカが問う。
「こんなやり方、ますます許せない! 仙鬼の試験をなんだと思ってるのよ!」
盾約はマカにしか務まらない。マカを危険にさらしつつもそうするしかない憤慨も交えて、ランジェは怒声を上げる。
「し、しかし試験内容は試験官次第なんだ。君たち受験は初めてなのかい?」
再びヒートしかけるランジェをなだめるように、優男が言った。
「……そうよ、あなたは?」
「三回目さ。でも、こんなのは初めてだ。最悪だよ。なにせ今回の試験官はあの……」
そこで再びブレードが突き出してくる。まるで漆黒の花が見る見るうちに咲き乱れるかのような光景だ。上から横から四方から! 鎌首をもたげた刃が襲い来る!
「なんの!」
必然、先頭を行くマカが飛び出し、身体を張ってこれを止めることになる。
再び金属を搔きむしる様なが響き渡り、今度はわずかだが血しぶきが舞った。三者を狙う無数のブレードを、すべては受け止めきれなかったのだ。
「マカッ!」
ランジェは歯ぎしりした。このままではじり貧だ!
「だ、大丈夫かい?」
「おう! こんなの何でもねぇ。でもウデ、切れちゃうのは困ったなァ……もっと、こう……」
「彼のおかげでやり過ごせているが、このままじゃつかまるのも時間の問題だ。……なんとかしないと……」
優男がランジェに言う。ランジェは怖気を払うようにまなじりを決した。
「そうね。逃げるのはやめよ」
そうして三者は足を止めた。
「なら、この迷宮の謎を解く気なんだね? 僕もそう思っていたよ。多分、逃げたほうがいいっていうのは引っ掛けみたいなものなんだ。前の試験でも……」
「違うわよ」
しかし優男の言葉をランジェは否定した。
「逃げ回るか、謎を解けっていう二択はそれ自体がミスリードなのよ。こういう時選ぶべきは、第三の答えだわ!」
「はへ!? で、でもだね……」
予期せぬ返答に優男がへどろもどろになる一方、マカは満面の笑みでランジェに応える。
「へへ。なんかランジェっぽいな。それ!」
「でしょ?」
ランジェも不敵に微笑む。阿吽の呼吸とでもいうべきか、二人の方針はそれで決まってしまったようだ。
「し、しかし……三つ目の選択と言っても……」
「簡単よ。その怪物っていうのを倒してから、迷宮をじっくり攻略してやるわ」
「そんな無茶な……いや、しかし……ううむ……」
優男は苦悶の声を上げた。彼からすれば明らかに無謀な判断なのだろうが、かといっていまさら一人放り出されるわけにもいかない。それが傍からもありありとうかがえる有り様だった。
「どうするの? いやなら無理強いはしないわよ?」
「け、けど勝算はあるのかい? 僕にはとても利口な判断とは」
「おれはッ――」
そこで再び、群れ成す黒刃が地を割って姿を現す! まるで逆しまのギロチンの群れだ。優男の悲鳴が響く。あわや、彼の五体は両断――というところで、マカがその黒刃へ向かって跳んだ!
「それでいい!」
闇に、鮮やかな火花が弧を描く。全身をスピンさせるような動きで、マカはそれを、今度は硬質な剣戟音と共にはじき返したのだ。
先ほどまでとは明らかに違う。何が起こったのか!? 見れば、マカの両腕からは岩壁から伸びてくるのとよく似た、真っ黒なブレードが生えているではないか。
刃には刃を! それはまるでサメの背びれのような流線型の剣となって、両腕の装甲から伸びている!
「そ、それはッ……!?」
「へへ。真似してみたらできた。――もう押し負けねぇ! 邪魔してくる奴は、おれに任せろ!」
マカは得意げにブレードの伸びた腕を掲げる。その刃は魚のひれのように折りたたまリ、両腕の甲へコンパクトに収納された。
「見たでしょ? マカがいればできる! 私たちでサポートするわよ」
へたり込む優男に手を貸しながら、ランジェは確信を持った目を向ける。その真摯な視線に優男も曖昧にだが頷いてみせた。
「わ、分かったよ。僕もできる限り協力しよう……。どの道、この迷宮を一人で逃げ回るのは荷が重いからね。ならば――
言うや否や、優男は腰に下げていた
すると、やにわに足元の石畳はドロドロに融解し始め、辺り一帯は広大な沼地のように変容した。
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