第2話 仙境にて

 ここ仙崖郷はその名の通り切り立った巨大な崖が寄り集まったかのような巨大な岩山である。そしてその周囲には人骨めいて無機なる白砂が茫々たる海洋めいて広がるばかり……。


 この蟻塚めいた閉じた世界において、人々は多層的な階層社会を営んでいる。


 高貴なる身分の者は生まれついて麗かなる上層に、卑しき身分の者は凍てつく下層へと追いやられる。


 理不尽なまでの格差がそこには存在している。生活のあらゆる面に影を落とすこの格差ではあるが、その最たるものこそが〝容姿〟である。


 すなわち外見的な美しさ。そして若々しさこそが貴賤を分ける最たる印となるのだ。


 より高い序列にあるものは瑞々しく華やかな姿のまま、そうでないものは衰・老・病を得てみすぼらしい姿で永遠を生きる。


 それゆえに、人目を惹く美貌はそれ即ち最たる仙の証ともみなされる。美しさこそが仙とそうでない〝紛い物〟を見分ける印であると、人々は信じて疑わない。


 この少女の髪色と佇まいは、間違いなく仙崖郷の最上層に住まう者たち、すなわち「上澄み」のそれなのだ。


 が、それゆえに不可解であることも確かである。本来、そのような仙崖郷の最上層に住まう者たち――すなわち仙――は暖かくも甘い空気の中で、春の野を舞う蝶のようにして永遠を生きるという。


 それが、なぜわざわざこんな凍てつく最下層のひなびた安宿にまで下りてきたというのか。


「私、仙鬼になるの」

 

 玻璃はりの杯から薄桃色の唇を離して、ほぅと息を吐くように少女は言った。


 聞く者がいれば、それはまるで夢の中から語り掛けられるかのような魔魅のささやきかとさえ思われたことだろう。


「古い書で読んだのよ。かつて仙鬼たちは空気の薄い最下層まで下りて氣を練る修行をしたのだわ」


 少女は――それまでは妙悦なまでに芯の通った大人びた声を発していた少女は、やおら語調をやわらげ、年相応めいて指を立てながら得意げな声を出す。


「はぁ~。さようで……」


「んまぁ……。それに、あやかろうと思ってね」


 呆けたような相槌しか返さない店主を不満に思ったのか、少女は印象的なツリ目を細めてするりと席を立ち、伸びをした。


 一方店主は先ほどから「はぁ~……」と目を丸くしたまま呆けたような返事を返すばかり。


 それも無理からぬことであったかもしれない。なぜなら彼女の一挙一動が、まるで何世紀にもわたって人の心を奪ってきた工芸品のように、その目を奪い続けていたのだから。


「そろそろ行くわ。会計は――」


 その時だった。湿った闇を隔てるようにして、それが聞こえてきたのは。

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