第16話 転落の故

「…………Om/Aumオーン!」


 ――ゾンッ。〝這入った〟


 ランジェは呪言と共に、掌を押し込むようにして痩せた女の背中に添える。


「これでどう?」


「はい――楽になりました。すごく、ああ、すごく楽に……」


 村人たちが歓声を上げた。


「すごい。たちまちに治った!」


「いったい何をやったんじゃ!?」


「今のは「刺し氣の術」よ。……要するに」


「た、頼む……おれたちの身体も治してくれよぉ……」


 ランジェは言いながら簡易的な診療所の隅に転がされている三人のならず者たちを見下ろした。


 一応にされている状態だが、たとえ縛られていなかったとしても起き上がることさえできないはずだ。


「要するに、こいつらにやったのと同じことをしたわけね。ケイの力を針のようにして身体に打ち込んだのよ」


 ランジェは冷ややかな目のまま、ならず者たちに歩み寄る。


「研ぎ澄まされた勁は針のように他者の内部へ浸透し、本来は触れ得ぬものをも貫くことが出来る。そうして体内の氣の流れを正すことも、または逆に阻害することもできるわけね」


 とはいえ、これは対処療法でしかない。病気を根幹的に治癒させる効果があるわけではいのだ。だからこそ、ランジェはこの村の人間にも丹薬づくりの技を身につけさせたいと考えている。


 ――そのためにも、


「でも、今までみたいな生活を続けてたらまた病気になるだけだから気を付けてね」


「お、おおい! 聞いてんのかよ、この貴族の小娘……バヒ!?」


「節制を怠らなければすぐに戻るわよ。……というか、あんた達氣の流れがガタガタよ。普段から不摂生だからそんなに効くのね」

 

 ランジェは床に転がされているヒゲ男を爪先で小突きながら鋭い視線を向けている。


「ど、どのくらいで元に戻るんだ?」


「さぁ? 山賊まがいの生活を続けるなら一生治らないかもね」


「ぐぅ……ッ!」 


 髭面の男はこの上なく絶望したようなうめき声を漏らす。


「それが嫌なら、あんた達も生活を改めることね」 


「へっ。そ、そんなことできるわけが……」


「どうせだから、薬師になってこの村に住めばいいわよ。ちゃんと生計を立てられればあんた達も山賊みたいな真似しなくていいでしょ?」


「む――無駄なんだよ! この界隈にはオレらだけじゃねぇ! もっとやばい輩も大勢いるんだ! それに役人連中だって勝手に村なんて作ったらいい顔しねぇだろうが!」


 ――これだから考えの足らねぇ青二才は! と、髭面の男はここぞとばかりに喝破した。


「な・に・か、言ったかしら?」


「ババヒヒィ!?」


 しかしランジェは取り合わず、その顔面を踏みつけ、さらにぐりぐりと踏みにじる。その足さばきは執拗であり、まるで私怨が目に見えるようであった!


「あわわ……兄ぃ、気をしっかり……」


「いや、でもこれはこれでエッチじゃない? いいなぁ……」


「ったく……。だいたい『青蓮洞ブルー・アブドメン』って言ったら音に聞こえた「名門」じゃない。さっきの遁甲術だって、マカがいなければ誰かは逃げられてた。……あんた達けっこう頑張ってたんでしょ? それがなんで」


「せ、仙崖郷は一度落ちたら這い上がるのは容易じゃねぇ縦社会だ!」


 踏みにじられながらも髭面の男は歯を食いしばって食い下がる。


「不名誉なレッテルを張られたら一生それが付きまとう! とかな!」


「……」


 ランジェは足を退けて、その言葉に聞き入った。


「あとは……もう、どうしようもなかった。へッ! ならよぉ! どうせならよぉ! 上に上がれねぇなら一番下まで落ちて、そこで好き勝手やってやろうと思って何が悪い!? まぁ、貴族のお嬢様にはわからねぇだろうがな!」


「言い訳しない!」


 ランジェは再び勢いをつけて顔面を踏みつけた。何事に付け、結果が出てから言い繕ったところで、それは言い訳にしかならない。


 しかし、男は足裏を顔面で打ち破らんばかりに受け止め、気を吐き続ける。


「お前みたいな貴族にはわからねえさ! どうせ試験に落ちても何とかなると思ってやがるんだろ? 貴族にとっては仙鬼の試験もそんなもんだろうからな! 俺ら貧民とは違うぜ! 一世一代の賭けだったんだ!」


「別に何度でも挑戦すればよかったじゃないの! 何なら今からでも挑戦はできる! どうしてしないのよ!?」


「遊び気分でいる貴族をいくらも目にしたからだ! 奴らは大した試験も受けず仙鬼になりやがる! わかるか!? コネだよ。実力じゃなく縁故関係で試験を素通りするような下種どもがうようよ居やがるんだ!」 


 ランジェは再び足をどけた。そしてわずかに、身を引いた。


「なんだ? 理想が崩れたか? 思ってたのと違うか? それとも自分もいざとなったらコネでどうにかしてもらおうと思ってたのがバレて気まずいのか?」


 髭面の男はそれ見たことかと喝破する。


「……わないで」


 しかし、ランジェが返したのはそんな言葉だった。


「ああ? 何だって?」


「マカには、そんなこと言わないで!」

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