第13話 奇襲。龍縛の網!

「あ、ああ……」


「わ、わしらは知らんぞ……貴族の娘さんがこんなところまで下りてくるから……」


 それを見ていることしかできない村人たちは投網を駆けられて地に転がったランジェをみて苦悶交じりの嗚咽を漏らした。


 自業自得だ。自分たちにはどうすることもできない……口々にそう唱えなければ直視に耐えない光景であったのだろう。


「……あんた達、上の街の人かしら?」


 ランジェは網をかけられたまま、重苦しい声を出した。現状、身に覚えのない仕打ちだが察するのは容易だった。


「すいやせんねぇ! お嬢様。手荒なやり方になっちまったぁ」


 慇懃無礼……というにも余りある礼を取りながら顔中毛むくじゃらの偉丈夫がランジェを見下ろしてきた。


 他にも二人、左右からランジェに網をかけてきた男たちがいる。


 顔面のほうは粗雑な作りだが……身なりはこの村の人間のそれとは異なる。無駄に華美で、虚勢を張るかのように歌舞いた装い。


 十中八九、ならず者の類だ。


「けどねぇ? あんた様がわりぃんですぜ? 人様の土地に土足で入り込んで残酷な仕打ちをしなさるもんだ」


「さっきのを聞いてたわけね? 私、なにかおかしなこと言ったかしら?」


 ランジェは静かに身を起こしながら言った。見た目は恐ろし気な男たちだが、明らかに仙ではない。となればランジェの敵ではないはずだ。


「どぉんな場所にもねぇ? ――そこにはそこの流儀ってもんがあるんだよぉ! 解るかぁ? お嬢様よぉ!!」


 一変、髭面の男はランジェの頭を大きな手で押さえつけながら、恫喝どうかつするかのように声を裏返した。


 ランジェもいよいよ眉根を寄せた。――こういう、理不尽な暴力や恫喝で相手を意のままにしようとする輩が最も許せない。


「何が仙鬼になる、だ。夢みたいなことばかり言いやがって! こういう現実を知らねえで何でもできると思ってる餓鬼ガキが一番始末に負えねぇぜ! てめぇはもう終わりだよ! アラカンとまとめて売り飛ばしてやる!」


「アラカン? マカのこと知ってるの? ――なら、なおのこと逃げたらほうがいいんじゃないの?」


 ランジェは鼻で笑うように言った。もっとも、本当の意味で逃がすつもりなどなかったが。


「私もね、あんたみたいな、人生途中でひん曲がったような輩が一番嫌いなのよ! ――人の夢に嫉妬して、誰かを嘲り笑うことだけは得意なやつがね!」


 ふん! と、ランジェは満身の力で自らを束縛している網を破り捨てようとした。


 ミリミリミリ! 網が軋みを上げる。問題はない。たとえ鋼が編み込まれていても仙たる己から自由を奪うことなど出来はしない。


 出来はしない――はず、なのに。


「――なに、これ……ッ!?」


 網はいくら破ろうとしてもほつれることすらなかった。見たところ絹糸か何かを編み上げただけのか細く流麗な代物としか見えなかったのに!


「バヒ! バヒヒヒィィッ!! てめぇこそアラカンを知らねぇのか?」


 髭面の男が、そして縄をかけている手下たちがこれ以上ないくらいの猿叫をキャッキャ、キャッキャと響かせて笑い転げた。


「それはアラカンを捕らえるための特製の網なんだよぉ、バヒヒヒィ!!」


 ランジェは目を見開いた。網は破れぬばかりか先ほどよりもきつく彼女の身体に食い込み、さらには赤く奇怪な光を伴って脈動しているではないか。

 

 これは、この網は、まさか!

 

「あの化け物には痛い目にあわされたことがあってなぁ。特別なコネを使って手に入れたのさ。この血蚕けっさんの網縄をな!! ――知ってるか? あの街の官吏の長はな、てめぇの屋敷の地下に特製の牢獄を持ってるんだ」


 血蚕けっさんとは仙崖郷の一部で飼育されているという肉食の蚕蛾かいこがのことである。


 それが吐く血色の絹糸はいかなる神獣にも切ることが叶わぬといわれ、龍をはじめとした神獣・妖獣を捕らえ飼いならすために用いられるといわれる。


「ヒヒッ……座敷牢ってやつだなぁ。そこで珍しい獣を飼いならすのがお好きなのさ。例えば、物見遊山で降りてきたバカな貴族とかな?」


「……う、く」


 自由を奪われた身体がさらにきつく、ひとりでに締め上げられていく。


「特に桃色の髪の貴族の小娘なんかは喜ぶだろうなぁ!? バヒヒィ! お前さん、目立ちすぎだぜぇ?」


 そうか、街に逗留した時から自分は目を付けられていたのか……マカを追って街を出た時点で追手が掛かっていたのだ! この界隈はすでに人の法さえ届かぬ場所ということか。


「ゆ――行方知れずっになった私を幽閉して、後になってからとでも言って恩赦をもらうってこと? ……正気の沙汰じゃないわね!」


「そらぁ逆だなぁ! 小娘ぇ、てめぇが知らねぇだけなんだよ! 現実ってやつをなぁ!! ――なにが仙鬼になるだ。ありゃあアラカンどころじゃねぇ化け物の巣窟だぞ? 何を夢見てやがる」 


「……ッッ!」


 言い返してやりたかった。しかし網はいまや荒縄めいて寄り集まり、ランジェの豊満で円い肢体を輪切りにせんばかりに締め上げる。


 夢琉々吽ムるるんッ! っと、まるでプリンのような彼女の身体はなんとも痛々しく締め上げられ、のけぞり、白い肌はいやおうなく朱に染まっていく。


 ままならぬ吸気を懸命に行おうと、唇を虚空に乞いあえぐその姿は、この世の者とも思わぬれほどに、残酷な美を体現してしまっている。


「……いやしかし、それにしても期せずしていい光景ですなぁ兄ぃ」


「なんかエッチだよね? ねらった? ねらったの?」


 二人の手下が、締め上げられ痛々しくも地面に横たわるランジェに好色な視線と侮蔑的な言葉を投げかける。


 それが身体的な苦痛以上に以上にランジェを頬を、五体を仄赤く染め上げてく。


「バヒヒィィ! まったく小娘のくせに生意気な身体してやがるからよぉ! 不可抗力だわ! 不可抗力ゥ! バッヒヒィ!」


「ひ、……卑怯ものッ!」


 そして髭面の男は地面であえぐランジェの言葉を聞いて爆笑した。


「その卑怯者相手に、手も足も出ねぇのはどこのどなた様だぁ? ああッ!? その様で仙鬼になるとか本気で行ってたのかぁ!?」


 身動きすらとれぬ状態でさらに怒鳴りつけられ足蹴にされて、ランジェは奥歯を鳴らした。――まさか、まさかこんな無様をさらすことになるなんて……。


「なにやってんだよ、お前ら」


 そこで、――岩殿の奥からマカが姿を現した。


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