第8話 一緒に行こう
マカは洞窟の中で火を焚き、ランジェと相対するようにそれを囲んだ。しばらくの間、二人でとろけるような灯りを見つめていた。
「なぁ、ランジェはあれか? 姫なのか?」
無言のままそわそわしていたかと思うと、唐突にマカが言った。
「な、何よいきなり」
だってさ、と少年は続ける。
「ランジェはおれが見た人間の中で、一番きれいだ。だからさ、なんか姫みたいだなと思った!」
そう、あっけらかんと言って。マカは勢いづいたように、分不相応に巨大な両腕を軽々と振り上げ、身振り手振りも添えて語った。
その言葉があまりにも率直だったからか、あるいは金の瞳があまりに純真に見開かれていたからか。さしものランジェも、これには
「……そーいうの、面と向かって言うのは
それは、じっさい彼女にとって幾千万回と聞き及んだ賛辞であった。しかし、ここまで他意のない、まっすぐな言葉を向けられると妙に気恥ずかしかった。
ランジェは少しだけ赤らんだ顔を背けつつ、渋るような声を漏らす。
「そーなんか? 姫じゃねぇのか」
マカは不思議そうに首をかしげる。
「まーね。姫みたいな子と一緒に育った、ってだけ。……私は違うの」
はぐらかすランジェに、マカは続けざまに問う。
「違うのか? じゃあ仙鬼なのか?」
「仙鬼は知ってるんだ?」
今度はランジェのほうが感心したような声を上げる。
「おう! おれの母ちゃんは仙鬼だったって、祖父ちゃんから聞いたんだ! ほんとだぞ!」
この発言にランジェはさほどの驚きを見せなかった。信じがたいは信じがたいが、マカが半魔――おそらくは魔仙と人間のハーフ――だというなら、可能性としてはそれしかない。
「そっか。……そりゃあまぁ、そうよね。魔仙を追って仙崖郷の外へ行けるのは仙鬼だけだもの」
「そうなんか? やっぱ仙鬼ってスゲーんだな!」
マカは興奮気味に大きな目玉を輝かせる。ランジェも微笑み返す。
「……そうよ。だから私は、仙鬼になって外へ行ってみたいの」
「なって?」
「そう、私はまだ仙鬼じゃないわ。でもこれからなるの。今度ね、仙鬼になるための試験があるのよ。それに合格して、仙鬼になって外の世界を見に行く!」
「そっか。やっぱすげぇなランジェは」
「……なーに他人事みたいに言ってんのよ。あんたも一緒に行くのよ?」
「いっしょ? なんでだ?」
「あんたも試験を受けるの。私と一緒に仙鬼になるのよ」
さも当たり前のように言ったランジェの言葉に、マカはあらん限りに大きな目と相対的に小さな口を開いて、それから飛び上がった。
「んお、おお、おおおおおれが!? ――んや、でもおれこんなだしッ」
「立派に仙崖郷に住んでるじゃないの。それに、あんた強いじゃないの」
「んにゃ、それは――そうかも知んねぇけど」
慌てすぎたのか、頭が重かったのか、そのままごろんと後ろに転がったマカは、猫のように這いつくばったままもごもごと情けない声を出す。
「ふぅん。――自分が強いっていう自覚はあるんだ?」
ランジェはそれを面白そうに眺めながら、焚火越しにマカへにじり寄る。
「んや、その……えっと」
「んふ。いいわよ。ほんとのことだし」
ランジェは一変、蠱惑的に微笑んだ。ほんのいたずら心だ。しかし下手に謙遜されるよりは、こうして認められたほうがずっと好ましい。何よりランジェが救われる。
「……むかしさ。祖父ちゃんに言われたんだ。おれは腕力が強ぇから、絶対に人を殴ったりしちゃいけねぇって。だから……」
「そう? でも、仙鬼になりたいっていうのは否定しないのね?」
マカは虚を突かれたように「あうあう……」とうめきを上げ、そしてランジェの視線からの荒れようとするかのように洞窟の天井まで一気に飛び上がってしまった。
そのままべたりと天井にへばりつき、目下のランジェをさかしまに見上げるようにして、伺うような上目ずかいの視線を向けてくる。
まるで、どうしていいのかわからないと全身で物語るかのように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます