第6話 初めての挫折


「は、ぁ……」


 漏れるのはただ、溜息だ。何と己は小さいのだろう? 矮小な存在なのだろう? 


 ランジェはしゅん、とその場に座り込んだ。


「……」


 それを、アラカンは伺うように這いつくばったまま見上げてくる。


「……なんであんたが謝るのよ。あんたの勝ちじゃないの」


 自分はもう戦えない。ランジェは半ば、投げやりに言った。本来なら我が身を惜しみ、萎えた足で逃げ去るべきだったが、彼女のプライドがそれを許さなかった。


 相手にもされていなかったのだ。


 本気で、全身全霊だった。自分の積み上げてきた、すべてを出した。なのに、この相手は、ランジェの積み上げてきたものになど興味さえ持っていないのだ。


 本気で打ちかかったランジェを敵とさえ思っておらず、その上まだ平身低頭して穏便にとさえしている。


 こんなもの、ふてくされるのも無理はないではないか。少なくともランジェはそう思う。


 同時に自分でもこの態度はよくないとも思う。自分から負けを認めたりして、何をされるのかわからない。ひどいことをされるのかもしれない。相手は見るからに人間ではないのだから。それでも彼女は逃げるという選択を選べなかった。


 どこか自暴自棄な気分だった。どうとでもなれと言うような、あるいは自分の不甲斐なさを罰しようとでもするような。


「おい――おい、泣くなよ」


「泣いてない」


 涙がこぼれただけだ。ずっと仙鬼になるために努力してきた。技を身に付け、自信もあった。夢だった。


 自分を証明したかった。けれど、現実は厳しくて。こんな場所にいる、よくわからないやつ相手に、手も足も出ない。


 なんて、なさけない。

 

「自分に腹が立ってるだけ。――もう、好きにしなさいよ」

 

 一方的に追い立て、一方的に攻撃しておいて、このありさまだ。何をされても文句は言えない。


 相手はケダモノ。殴られるか、殺されるか。それとも生かしたままそれ以上の恥辱を味あわされるか。


 ランジェはキッとアラカンを睨んだ。


「さぁ!」


 翡翠と玻璃が放射状に入り乱れるかのような、仙崖郷でも二つとない至宝のごとき瞳が、巨大な異形の眼光をぶつかり合う。


「ええっと……じゃ、じゃあ――」


 アラカンが応えたので、ランジェはひっ、と身を固くした。――ちょっとまってよ。ほんとに何かする気?


「じゃあ、ちょっと来てくれ」


 言って、アラカンはこの場を立ち去るよう促してくる。態度はあくまでも穏便だ。


「……動きたくない」


 が、ランジェは己の言葉とは裏腹に、むすっとして言った。


 この上どこぞに引き回されるのは、なんだか嫌だった。好きにしろと言っておいてなんだが、彼女は現在、少々気が立ってめんどくさい状態にあるのだ。


「うぇ!? そんなぁ……。うーん。だってさ、ここいるとさ、みんなが落ち着かねぇと思うからさ、だから」


 子供のようにぐずるランジェに、アラカンは申し訳なさそうに言った。つぶやくような、弱々しい、相手をうかがうような声だ。


 なによ、勝ったくせに! 簡単に勝っておいて、そんなピンピンしてるくせに!


 気遣うような声を出さないでよ!


「みん、な――って、何よ」


 ランジェは捨て鉢気味に言った。するとアラカンは背後を振り返った。


 ランジェもつられて目を凝らす。すると、その先の闇の向こうに、いつくかの松明と、その篝火を反射して点々と瞬く無数の瞳が居並んでいた。


「……なに、この人たち」


 この極寒の最下層には、もう人なんで住んでないはずだったのに。


「みんな、怖がるからさ。頼むよ」


 申し訳なさそうに、アラカンは繰り返した。

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