第五話 後に紅葉はRTA走者かよと呟いた





 主人公たる鏡夜が気合いを入れて準備をし、入学式へ挑む。

 俺としてはできれば妖精なんていなくて、俺達の頭がおかしかったってだけだったら良かったのにと思うのだ。その方が死ぬリスクは少なくなるし、そもそもこんな平和な日本で理不尽な目に遭って死ぬとかほぼないと言っても過言じゃないのに。


 それでも、地獄はやってくる。



《入学式の途中ですがいくさのお時間でーす!》



(ひぇ……きちゃった……)



 生徒会と話をして確実にいるというのは分かっていたが、妖精の声が頭に響いた時点で前世の記憶は正しいのだと実感する。


 響いてきた声は、入学式のマイクの音からじゃない。

 まるで頭の中で響いたような幼い女の子だった。


 それは、ゲームでよく出てきた悪魔……じゃなくて、妖精のもの。

 夕青の最初のステージ。体育館の悪夢。視界が見えず聴覚が鋭い化け物との遭遇。そしてプレイヤーから見ればこの序盤のステージは難易度が高く、主人公がよく死ぬので有名だった。


 しかし、ゲームでは死んでも次のステージへ進むことができる。なんせ境界線の世界である条件を除いて死んでも生き残ることができる。

 ただその分、現実で不可解な霊的現象に悩まされ殺される可能性が高くなるので有名。境界線の世界ならともかく、現実で死ねばゲームオーバーとなるもの。


 だから、確実に生き残らないといけないと思っていた。こうして楽しそうな妖精の声が、鼻唄が頭に響くだけで身体が震えてしまう。


 ああ、最悪のゲームが始まったのだと分かって戦慄するのだ。


「なんだ、今の声……」


 それを呟いた声は鏡夜ではなく、少し離れた場所にいる新入生から発せられたものだった。たぶん別クラスの生徒だろう。

 それと同時にざわめく声も大きくなった。

 その様子を見るに、どうやら俺と同じく妖精の声が聞こえているようだ。


 ああ、これはゲームで見たことのある光景だ。

 それに感動なんてしない。むしろ恐怖が近づいてくるという意味で逃げたくなる。


 鏡夜の方を見れば、彼は周りを観察していた。先輩がいる方もじっと見つめ、何か考えているようだった。


 俺も周囲を見れば、困惑に満ちているのは新入生がほとんどだった。

 この学校の在校生たちはそれを当然の事のように受け入れており、教員や保護者は何故急に騒がしくなったのだろうかと首を傾けて戸惑っている様子が見てとれる。


 そうしてマイク越しに、校長が口を開いた。


「皆さん静かにお願いします。神無月鏡夜さん、前へどうぞ」


「はい」


 鏡夜も他の新入生と同じく内心では本当に妖精がいるのだとわかって動揺し、困惑に満ちているんじゃないだろうか。しかしそんな感情を表に見せず、威風堂々と壇上へ歩き出している。

 さすがの度胸。そして冷静沈着なその姿は本当に尊敬できる。

 俺だったら絶対にやらかす。やっぱりこんなに格好いいのって主人公だからだろうか。それとも神無月鏡夜だからだろうか。


《さーて、新入生の皆さん! 入学おめでとうございまーす! この学校に入学するからには、たーっくさん私に協力してもらいますからね!》


 妖精はとても楽しそうだ。その声を聞くだけで悲鳴が出そうな程度には怖いけど……。


《新入生をアップロード。クラス別アップロード。赤組と青組、黄組をアップロード!》


 アップロードとは、すなわち名前を刻まれるというもの。

 そうなってしまうと俺たちはもう妖精から逃げられることはない。


 学校の生徒でいる限り、きっと……。


 ざわめく周囲から真っ直ぐ鏡夜の方を見た。

 彼は真顔で壇上に上がり、ゆっくりと――――こちらを見たのだ。


《バトルスタンバイ。魔防結晶スタンバイ!》


 視界がぼやけていく。

 妖精が何かしているのだろう。周囲の空気が揺れ動くように感じた。

 遠くにいた先生たちがうっすらと消えていく。――――いや、実際には消えてはいないはず。


 でもまるで蜃気楼のように、先生たちの体が一気にかき消えてしまったんだ。

 それはすなわち俺たちが境界線の世界へ連れていかれたという証。


 彼らが消えたんじゃない。俺たちが消えたんだ……と、思う。たぶん?


(あれ、そういえば何で俺たちが消える側だったっけ?)


 何か、重要なことを忘れているような気がする。思い出せない部分がある気がする……のに分からない。なんだろうかこのもやもやは。

 うう、頭痛いような気がする……。


(いや、忘れていることならあまり意味はないはず。今必要なのはこれから来る化け物を退治することだけだ)


 今ある現実は本物で、俺の頭の中にある前世の記憶の通りに動いている。

 ――――すなわちこれは、本物だ。


 消えるかどうかとか些細な問題だろうと思考を切り替える。

 だってここからが本番だ。


 夕青のゲームが始まったのだと、体が震えてしまった。

 しかしそう思えたのは俺だけらしい。


「さて、みんな! 教室で話した通り、これから来るであろう妖精を引っ捕らえるよ!!」


「おう!」


 頼もしい声と共に数人が拳を握って気合いを見せる。彼らは皆、戸惑いはあったけれど事前に鏡夜から話をされていたのだ。

 俺がこれから起きるであろう未来の知識。

 生徒会で得た知識。


 それらを合わせて考えて────妖精から直接話をしておいた方が早いなと判断し、クラスメイトにも伝えていたのだ。


 別世界のこと。妖精のこと。いつの間に撮っていたのか、生徒会での会話を録音したものを取り出して聞かせつつ、本当にあると思わせることに成功させたのだ。

 あいつ絶対に悪いことするなら詐欺とか得意になりそうな程度には凄まじかったといっておく。



(妖精なんて存在いないって思うのが普通。俺は鏡夜に向かって必死に頼み込んでも半信半疑で生徒会がいなかったら無理だった。けど鏡夜はそれを信じさせることができた。正直言って、あいつの口車が怖い……)


 ここの序盤ステージではこれから出てくるある意味ラスボスな白兎という少女と友好関係を結べた方が良いことを伝えてたんだけど、鏡夜はそれよりも妖精を気にしていた。妖精の言いなりになっている部分に警戒していたのだ。



「さて、紅葉さんの言う通りだったら……きっとこのクリスタル……結晶から妖精が出てくる筈だ」


「でも捕まえて……それで、どうするの?」


「それはもちろん、ちょっとしたお話がしたいだけだよ」


 にっこりと笑った鏡夜に思わず一歩身を引いてドン引きする。

 もしも妖精より先に化け物が出てきたらと考えて入り口は椅子とかで開かないようにしておいたけど、本当に大丈夫だろうか……?


《なんだか楽しそうなことやっていますね~! でも毎年感じられてるはずの悲鳴や恐怖がないのは少し残念です。皆さんもう少し愉快な顔をしていたらいいのに》


 にっこりと怖いことを言う妖精が俺の目の前に現れる。

 その姿は写真と全く同じだった。手のひらサイズの小さな少女が羽を動かし空を飛んで楽しそうに笑っている。


 いつの間にか出現した妖精に周りが驚きの声をあげる。それと同時に鏡夜が片手を伸ばし妖精を捕まえた。



《ちょっと何するんですか急に! 女性を乱暴に扱うの駄目ですよ!》


「質問に答えてくれたら解放するよ」


《はぁ? 人間の分際で私を捕らえていい気になるだなんてふざけているんですか?》



 ゾッとするような声で彼女は鏡夜を嘲笑う。

 しかし鏡夜も負けてはいない。彼もまた妖精をギュッと握りしめたまま微笑んで言うのだ。



「人間の分際で、というがな。君が僕たち人間に助けを求めて境界線の世界へ無理やり連れてきては化け物退治を刺せようとしているだろう。それか餌代わりに喰らわせて……君は一体、過去何人の生徒を犠牲にしてこの世界を維持し続けているんだ? この地獄は、何時になったら終わるのかな?」


 それは、俺も知らない結末。

 境界線の世界で化け物と対峙しなくていい日が来るだなんて俺は思ってもいなかった。

 

 そういえばそうだ。妖精が始めたゲームなのだから、いつか終わりが来るはずだ。

 でもそれは一体、いつになったら終わるっていうんだ?



《………………ふふっ》



 妖精は何も言わずに笑う。嗤う。

 そうして、何かをしようとしたのだろう。あの星のステッキを手に────。



「神無月鏡夜! そのままそいつ握りしめていて!!」



 不意に聞こえてきた声は、まだ知り合ってもいない少女のもの。

 夕青レギュラーキャラクターの一人にして重要人物、海里夏かいりなつ。藍色の髪の毛をショートカットにしているボーイッシュな姿が特徴の少女。


 その彼女が鏡夜が手にしている妖精へ向けてカッターナイフを振り下ろす。

 夏の顔は憎しみの色に溢れていた。妖精を殺すことに戸惑いはない雰囲気だった。鏡夜の手が傷ついても構わないと思うぐらいの勢いがあった。


 妖精は殺されそうになっているのに何も言わない。ただ嗤っていた顔が一瞬で真顔になって、無言のままそれを見上げているだけだ。


「死ね!」


 刹那、妖精の頭からナイフが突き刺さったかと思いきやいつの間にか視界が歪み、世界が元に戻っていくのが見えた。

 周りは困惑している。いや他のクラスは化け物に喰われるなど何かあったのか悲鳴を上げたり気絶したりと阿鼻叫喚な感じだが────それよりも。


(……えっ、序盤のホラゲーステージって化け物出ないでアレで終わりなのか?)


 なんかいろいろ違い過ぎる展開に俺はただ困惑した。




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