第四話 何故皆が受け入れているのかが分からない


「妖精がいるかいないかはともかく、学校の中でも警戒は怠らない方が良い、か……」


「か、神無月くん?」


 ブツブツと何かを呟く鏡夜に俺は首を傾けた。

 俺をチラッと見た鏡夜がまた何かを考えるように顎に手を当てる。生徒会の先輩たちにも注目されているのに、考えることに夢中らしい。


 やがて、写真に写る妖精を指差しつつ生徒会長に向かって話す。


「妖精が行うゲームについてですが、そのゲームの参加者は生徒だけなのでしょうか。それとも先生も関わっていますか?」


「いいや、先生は参加していない。この夕日丘高等学校に通う生徒のみだよ」


「なら、考えられるとしたら……未成年だから、か?」


「何か気になる点でもあるのか?」


「いえ、少し……何故夕日丘高等学校の生徒が狙われるのかなと思っただけですよ」


 先輩たちの追求から逃れようとしてか、鏡夜は愛想笑いを浮かべている。

 それに少しだけ苦笑した。


(なんで学校の生徒が……って理由はなぁ。まあ前世でだったらホラーゲームの舞台だってだけしか考えられねえし……そういえば何で妖精ってここの学校で住み着いているんだ? 神様に仕事を命じられた場所がここだったからとかか?)


 夕青は3作品まで出たというのに、妖精について真相が語られていないため何も分からない。ただ不可解な現象。理不尽な殺意に襲われる部分を好む人が多かった。そして物語の真実は語られず卒業したため終わった……と、思う。新しい作品が出るとか噂があったけれどその前に俺死んじまったし、何が起きたのか所々覚えていないのがちょっとな……。


 ただ彼らの話を聞いていて思うのだ。

 ……もう少しだけ、ちゃんとゲームを細部まで覚えていたら良かったと。


 そんな俺の心境なんて気づかない鏡夜は彼らに向かって苦笑する。


「それにしても怖いですね。妖精なんて存在のせいで人が死んでいるだなんて……僕だったらその妖精の頼み事なんて聞かず逃げるか隠れるかぐらいしますよ」


「ハハハ。ああ、逃げられるならどんなにマシか分からないだろうな、新入生のお前たちには」


「マシ……ということは、何か逃げられない理由でもあったのですか?」


「何かあったなんてものじゃない! あの化け物共からは逃げられないんだよ。境界線の世界でずっと隠れているわけにはいかないし、奴らは俺達のことすら餌と認識している。毎度毎度、ゲームをやるたびに死にかけてるよ。ああ、卒業するまでの間……喰われるかもしれない恐怖を何度味わっていることか……!」


 それは、悲痛の叫び声だった。

 彼らは青ざめ、身体を震わせている。


 もしかしたら過去、化け物に喰われてしまった経験があるかもしれない。もしくはそれを目撃してしまった被害者だろうか。

 俺の前世の記憶が本当に現実になってしまう。そう思うと心が揺らぐ。主人公に何とかしてもらおうと思っていても、本当にできるかどうかが分からなくて怖い。死にたくはないけれど、彼らの顔を見ていると死が間近に迫っているように錯覚する。


 この部屋の中では、鏡夜だけが冷静だった。


「卒業するまでの間、ということは、卒業したら逃げられると?」


「ああ。歴代の生徒会で生き残った人が教えてくれたんだ」


「……ではそれ以外、妖精から逃げることは出来ないのでしょうか?」


「い、いいや出来ない……出来ないさ。ゲームから離脱することすらね……あの世界で生き残るためには、妖精が作り上げた結晶を化け物共から守り抜く必要がある。人よりも大きな結晶だが、砕けば己の命と等価になるらしくてな……」


「結晶?」


「そうだ。しかし、その結晶は俺たちと同じく、化け物共にとって極上の餌でもあるんだ。厄介なことにな。匂いやら何やら……とにかく自分の命を守るための鬼ごっこの連続だよ。おかげで夕日丘高等学校の生徒たちは皆早く走れるようになっちまったよ……はぁ……」


「結晶が砕けたら死にますか?」


「境界線の世界だったら死ぬ。現実だと死にかける目に遭うって程度かな。……よほどの不幸がない限り死ぬことはあり得ない。どうにも不運になりやすくなるらしくてな。それに生き残ったら妖精が褒美をくれるんだ。それを飲むと気が楽になれるし、現実で死ぬような目に遭うことも少なくなる」


「死んだら、現実で死ぬような目に遭う……」


 不意に鏡夜が俺の目を見た。

 しかしすぐに生徒会長の方へ顔を戻す。


「もしかしてそれって全部、妖精から聞きましたか?」


「あ、ああ……毎回、入学式で新入生が来るたびに説明しているらしい。歴代の生徒会にも記録されているよ」


「ふむ。……紅葉さん」


「ふぇ!? え、何急に……どうしたの神無月くん?」


 こちらをじっと見つめる鏡夜が言う。


「君のその知識は何処から与えられたの? 一体誰から聞いたんだ?」


 うわ、言いにくい質問止めてくれよ……。

 んーでも俺の知識は前世のゲームからだし、そのゲームの中で誰に説明されたかって言うと、チュートリアルも含めて……。


「妖精がいろいろとはなしてくれた、かな……」


 ご丁寧にゲームパッケージのあらすじやら何やら、全部妖精が説明口調で記載してあったんだよな。ホラーゲームなのになんだか明るくて……でもちょっと毒舌な台詞が異様で、それに目を奪われて勝った人もいるぐらいだしなぁ。

 いろいろと考えていると鏡夜は俺から生徒会長へ向かって苦笑し、頭を下げた。



「……ああ、何度も質問してしまいすいません。自分の命に関わるものだと急に言われては戸惑いますから」


「まあそれが正しいな……」


「……先輩方はたくさんの知識を持っている。というのに新入生の人にはまだ何も説明しないのですね。入学式に毎回、何かが起きていると言っているのに」


「通過儀礼だよ。それに信じちゃくれないだろう。君のように……それと、あの世界ではどうやら決められたクラスごとに移動されられるらしくてな。後輩を助けるために移動することすら難しい。いろいろ試してはいるが……我々が死ぬような目に遭うのだけは極力避けなくてはならない」


「ええ、そうですよね。人間、誰しも自分の身が一番かわいいものです」


 にっこりと笑った鏡夜が俺の腕を掴んでくる。

 そうして「そろそろ時間ですし、勝手で申し訳ありませんが教室へ戻りますね」と言って挨拶を済ませた。


 廊下へ出ていこうとした鏡夜がふと何かを思いついたかのような態度で振り返る。


「そうだ。最後にあともう一つだけ、夕日丘高等学校の生徒が新しく転入、もしくは別の学校へ転校した場合はどうなるのか聞いても?」


「転入してきた生徒はそのクラスのゲームに巻き込まれたらしい。転校した生徒は死んだよ。全員ね」


「……そうですか」





 何だか妙な空気のまま、俺達は生徒会室から離れて自分たちの教室へ向かう。

 本当はまだ喋り足りない。まだ話したいことがある。彼らも俺に聞きたいことがいっぱいあるらしいが、それはまた今度と約束を交わしておいた。その約束が良い方向に結べばいいんだが……。


「えーっと……とりあえず、私の言ってることは本当だって信じてくれた?」


「……実際に妖精をこの目で見るまでは信じ切れない。でも一応納得は出来る。君が何に怖がっているのかもね」


 鏡夜が立ち止まって俺に言う。

 一歩前へ先に歩いてしまった俺は後ろへ振り返り、鏡夜を見つめた。


「助けてほしいって言ったね」


「うん」


「君は最初に、君の知識が妖精に狙われる可能性があるといっていた」


「そうだよ! 入学式の最中に妖精が境界線の世界に連れて行く。未来でどうなるか私は全て知っている! だからその……こんな知識さえ持ってなければ……妖精に会ったらおれ……私はきっと頭を弄られる。そうなったら最悪、廃人になるかもしれない……」


「頭を……そうか……しかし……」


 鏡夜が顎に手を当てて考え込む。

 それは数秒、一分と彼が話すのを待つ時間が長くなると感じる程度には。


「────面白そうだ」


「……え、なに?」


「なんでもないよ」



 鏡夜は何故かとっても悪い笑みを浮かべて、俺を見て言うのだ。



「これから何が起きるか紅葉さんは分かるかい?」


「ま、まあ一応は……」


「ならそれを教えてくれ。────大丈夫だよ。全て僕に任せて」



 その自信満々な顔。嘲笑しているのかと思えるような歪んだ口が、何を思って俺にそんなことを言うのか。猫かぶってるくせに本性が少し垣間見えてておかしく思えてしまう。


 それでも彼の顔を見ていると、少しだけ安心してしまうのだ。


 ああ、これでもう大丈夫なんだろうって。


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