第三話 彼らはそれが真実だと言う





 生徒会の役割は学校をより良くすること。それ以外は何もない。妖精について調べられてはいるがあまり深くは分からない。それが前世の記憶を持つ俺の認識だった。

 なんせ夕青のゲームでは一年生として生き延びてクリアするまでを1とし、続編が二年生。そしてその次の夕青3が三年生のお話となっている。


 通称『夕青2』では鏡夜の行動次第によって鏡夜は生徒会の一員になることも可能となる。そこでは過去学校で起きた生徒の死亡数や日記ファイルが閲覧できるようになる他、妖精の伝承なども軽くではあるがアーカイブとして記録することが出来た。

 伝承については────大昔、この土地で人間に悪さをした妖精が神様によって仕置きをされてしまい、仕事を命じられるようになった、という程度の御伽噺しか書かれていない。


 閲覧できること以外、生徒会に入ってもメリットはない。しいていえば別シリーズとして有名になった夕赤や夕黄などの主人公と少し会話が出来るといった点ぐらいだろう。


 ゲームの中での先輩たちとはほとんど関わることはない筈だった。

 同年代、同クラス。それと妖精との戦いにおいて関わる人。レギュラーキャラクターの家族程度。


 一年生の時の先輩なんてモブみたいなもの。これから会いに行く生徒会長も見た目が黒髪に眼鏡を付けた平凡そうな顔つきをした男性。生徒会の他の人も特徴はあまりない。

 だからあまり目立たないと――――思っていたんだけれど。




「新入生のくせに何故妖精について知っている。まさか奴の関係者か?」


 俺たちを椅子に座らせ、こちらを怪しむ先輩達。

 真向かいにいるのが生徒会長なのだろう。

 絶対に逃がさないというつもりなのか、扉に2人配置されている。


 側にいる先輩がなんか武器片手にこちらをじーっと見つめているんですがなんか殺意漲ってませんか!? ってか釘バッドとか愛用してるの意味わからねえし、何で生徒会にそれ隠してるんですかね!?

 まあ化け物退治には必須ですよね分かりますけど!!?


 殺伐とした空気に当てられてなのか、猫をかぶっていた筈の鏡夜の雰囲気が鋭くなる。

 眉をしかめて彼らを睨みつけた。


「ははっ、どういうつもりですか先輩方。いるかどうかすら分からない妖精の話を聞くだけでこんな歓迎をされるつもりはありませんが?」


「いるかどうかすら分からない、だと? ……妖精にまだ会っていないのか?」


「そもそも妖精っているのでしょうか。僕はこの学校に妖精がいるという……まあちょっとした話を聞いて、それを確かめにここに来ただけですよ」


 普通ならそろそろ入学式だし、忙しいから後で話をしようと言って追い返されるのが普通だと思う。しかし彼らは違った。

 訝しげな眼で鏡夜を見る。その雰囲気はとても緊迫としているように感じた。


「そこの……ああ、新入生代表として挨拶に出る……神無月、だったな。お前、誰に話を聞いた」


「あ、えっと……わ、私、ですが……」


 ひぃ。全員がこっち向いてるの怖い……。

 釘バッドは仕舞ってくれたけど、何かあったら即座に武器を出されそうで本当に怖い。


 俺はただ慌ただしく視線を動かし、冷や汗をかくことしかできない。


「君も新入生のはず……だな。何故妖精について知っていた? 在学生に兄弟でもいるのか?」


「いえそうじゃなくて……ええと、あの。ちょっと信じられないかもしれないんですが、私の中に……ええと、妖精について記憶があると言いますか。なんかホラーゲームみたいな知識が突然頭の中で出てきたと言いますか……」


 流石に前世の記憶があるとは言いにくい。この世界が俺の前世で作られたホラーゲームの世界であり、主人公が俺の隣にいる鏡夜だとか信じられないだろうし。俺だってこの世界が作りものだったとか信じたくない。


 でも必要だったらそれは言わなきゃならない。俺が目指すのは生き延びるということ。そのために頭がおかしいとか思われても仕方がないと言えよう。ただ今話してもちょっと無理があるなと思ったから言わなかっただけだ。


 しかし、それでも生徒会の彼らは俺の発言に驚いたような顔をした。


「きみの名前は?」


「も、紅葉秋音ですが……」


「紅葉さん、いくつか質問に答えてくれないか。あと質問する部分を記録しても構わないよな?」


「は、はぁ」


 遠回しに威圧し、拒否権はばいとばかりに言ってくる生徒会長にドン引きしつつ頷いた。

 俺が頷いたこともあってか、生徒会の人々が動く。ノートを取り出した女性の先輩がいて、カメラを取り出した人もいる。鏡夜は彼らの言動を見て、何かを深く考えていた。


「妖精の名前はなんだ?」


「ユウヒ、ですよね」


「妖精がどのような悪さをするか知っているか?」


「境界線の世界に生徒を連れて行くこと。それで、化け物を退治してくれと頼まれることでしょうか」


「その世界で特徴的なのは?」


「クリスタルですね。白い結晶の」


「……全部終わって元の世界に帰ってきたら時間はどうなってる?」


「時間は止まっているので、何も変化はありません」


「……紅葉さん、君は本当に一度も妖精に会ったことがないんだね?」


「実際にはまだ会ってませんけど……」


 答えるたびに深刻そうな顔をしていく生徒会の人々に少し戸惑う。

 記録を取っている人も小さなため息を吐いていた。疲れたような顔で俺を見た彼らは、なんだか怖がっているような感じがした。


 一度も妖精に会ったことがない筈の俺にではない……きっと彼らの恐怖心は妖精に向けられているのだろう。


 確かに裏ボスを怖がるのは分かる。俺もあの妖精怖いって思うし。……でも何か引っかかる。もしかして俺の知らない何かが起きているのだろうか。

 それを聞きたくともなんだか聞けるような空気じゃないため尻込みする。そんな俺らを見てか、時計を見た鏡夜が口を開く。


「入学式まで時間がありませんし、単刀直入に聞きます」


 一歩前に出た鏡夜は生徒会長をじっと観察しつつ、言う。


「正直言って、紅葉さんや先輩方のいうことが本当かどうかすら分からない。僕はそれを確かめに来ただけ。ですが、あなた方のその反応は……本当に妖精がいるように感じてならない。この学校には一体何かあるのでしょうか? 先ほど質問した妖精の事。化け物の事について教えてもらうことはできますか?」


 問いかけてきた鏡夜に対し、生徒会の人々はお互い顔を見合わせつつ困った顔をしている。そりゃあそうだろう。だってこの学校に何かあると言ってもどう説明したらいいのか分からない。

 ゲームの設定通りだとすれば――――境界線の世界だなんて夢か現実か分からない場所だし。夢を見ていたと思われる可能性だってあるし。


 それに彼らから見れば、いつか必ず妖精と遭遇し、境界線の世界へ強制転移させられる。だからいつか分かるというだけでいいのだから。


 しかし、生徒会長は鏡夜の問いかけに動く。

 本棚の中にある青色の大きなファイルを引き抜きつつも言う。


「これを見てくれ。この夕日丘高等学校で起きている真実。……言っておくが、作り物なんかじゃないぞ」


 生徒会長が取り出したファイルから複数の写真を引き抜き、机の上に並べていく。


 それらは赤黒く汚れていた。写真も少しだけ破れている部分もあるらしい。

 ――――その汚れは、まるで血のようでもあった。


 写真は三枚。そのうち一枚は真っ赤で何も分からないが、目玉のようなものがこちらをじっと見つめているのが分かった。

 真っ赤で気味の悪い、大きな目玉だった。その目玉の後ろ側に、人間の形を舌黒くて影のような生き物がたくさんいる。


 もう一枚は映りが悪いが、手のひらサイズの小さな小人が透明な羽を付けて空を飛んでいる写真だった。小人は顔立ちとその体つきから見て女の子のようだった。黒髪をまとめて頭のてっぺんでお団子にしている。可愛らしいエプロンドレスを身にまとい、ファンタジーチックな星型の杖を握っている。それとアクセサリーか何かなのか、月模様の首輪をつけているのが写真から分かる。

 その妖精が写真から赤い目でこちらを見つめ、小さな唇を舌で舐めているその姿は……夕青のゲームを知っている俺から見れば思わずゾッとするようなものだと感じた。


 そして最後の一枚は少し汚れが目立つが他の二枚の写真よりはっきりと映っている。その中に化け物がいた。

 舌が長く、目がない化け物。人型に近いが四つん這いになって壁に張りついている。鋭い爪があるのか、後方の壁が傷ついているのが分かった。

 ゲームでよく見た、嗅覚が鋭いのが特徴の化け物だろう。それはどうやら写真を撮っている人物を殺そうとしているらしく、舌を伸ばしこちらへ前足を伸ばしていた。作り物とは思えないほど躍動感のある写真だ。


 その三枚の写真を見た鏡夜が息を呑んだ。


「これは……」


「歴代の生徒会が命をかけて残した写真だ。……文字通りな」


「写真を撮った時に死んだ、ということですか?」


「いいや違う。妖精は……どうにも、この学校に在籍する生徒以外に介入されることが嫌いらしくてな。こういう超常現象の証拠となるものを全て壊そうとするんだ。超常現象っぽくな。過去、人のいない教室で火災が起きたこともあるらしい」


 酷ければ事故が起きたという。死人が出る一歩手前だったと、彼らは青ざめた顔で首を横に振った。


「だから我々はこの写真を全て生徒会室にしまうことにした。外に出そうとする気さえ起こさなきゃ妖精も手出しはしないからな」


「現実世界でも介入なんて……妖精はあの境界線の世界から出ることが出来ないはずじゃ……」


「ああ、本当によく知っているんだな紅葉さんは」


「いや、あの……」


「君の言う通りだよ。妖精は境界線の世界から出ることが出来ない。生徒会に残された記録からもそれが分かっている」


 ただ、と。

 生徒会長は口にする。


「妖精は自分の定めた領域。その中でなら好き勝手に動くことが出来るらしい」


「定めた領域……」


 確か、妖精が住まう境界線の世界だろうか。

 それとこの学校も含めて彼女の領域だったはず。そこで好き勝手出来るから、現実世界でも自由に影響を与えることが出来るってことか?


(いや待て。俺は何でそれを知らない? ぼんやりとしか思い出せていないのがいけないのか。ゲームの中でまだ重要な何かを忘れているような気がする……)


 少しだけ頭が痛くなったような気がした。


「警戒すべきは境界線の世界だけに限られない。学校にいる間は常に警戒を怠るな。歴代の残した記録全てがそう記されている。気を付けてくれ。────妖精に隙を見せてはならない。今もここで、この会話を聞いているかもしれないからな」


 生徒会長の言葉に、背筋がゾッと凍り付いたような気がした。



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