第六話 夏は上機嫌に嗤う
入学式の後、化け物に襲われた恐怖からか友達など作らず早く帰らなくてはと逃げる生徒やら未だに恐怖で足が動かない生徒やらが目立った。
しかし青組は違う。鏡夜によって何が起きているのかを理解させ、彼さえいてくれたら何とかなるという感じで団結させた。
そのおかげでクラスメイトは比較的落ち着いた表情で帰ることが出来ている。
そんな青組はとても静まり返っていた。廊下の先から聞こえるざわめき声が嘘のように、まるでここだけが別世界かと思えるようなピリピリとした緊張感に包まれる。
俺と鏡夜と彼女の三人だけが残った教室で、向かい合った。
鏡夜は彼女に向けて口を開く。
「海里さん、妖精について何か知っているなら答えてくれても構わないかな」
「……まあ、ちょっとだけならいいよ。今は気分が良いから」
黙ったまま机に足を上げて行儀悪く俺たちを睨む少女、
藍色の髪をボーイッシュに短くまとめた、青組のクラスメイトにして中性的な見た目が特徴の少女。
スカートよりは短パンが似合いそうな彼女は――――実はゲームの中で重要人物でもあった。
彼女は強い。しかし謎が多く残された少女でもある。
なんせゲームのルート分岐によっては彼女は鏡夜を殺しに行く存在でもあるからだ。
海里夏ルートを何度もリトライし続けても、台詞選択を何度変えてもゲームの中の神無月鏡夜を殺してくる。そのため、海里夏ルートは最難関で協力プレイは本当にごくわずかなのだ。
なんせ夕青で鏡夜を殺しにはかからないが見殺しにはするキャラクターである。強いのに。戦ったら化け物にも勝つ実力を持っているくせに。
ある意味彼女のせいで防衛戦線を強いられてしまうのだ。
この子が何故サブヒロインなんだろうかと、ゲーム内の悪女で知られる紅葉秋音と同じく疑問に思ったプレイヤーが多数存在するほどの危険人物。
プレイヤーの中で鏡夜の魂を狙う死神説が唱えられたことがあったが、彼女自身がとあるイベントの台詞で「神様じゃない」と言っていたため、別の何かだということだけは明らかになっている。
たったそれだけの情報。
ただ人外で化け物とは違って理性があって――――神でもなく人を襲うわけでもない。
でも何故か、鏡夜が死ぬことを望んでいる。
それを悟らせず、夏ルートのイベントでも好意的に接してくれはするが鏡夜を救済することはせず。
ただ夏ルートでもそれ以外でも――――鏡夜が夏の目の前で死んだ瞬間とても嬉しそうな顔でフェードアウトし、真っ暗な画面の中聞こえてきたとても楽しげな「アハッ、ようやく死んだね!」というセリフを吐くのだ。
それに恐怖し泣いたプレイヤーがいた。
夕青が完結したというのにまだまだ謎の――――未発見な選択肢やルートの中に隠された情報が載っているのではと四苦八苦する夕青プレイヤーを生み出した元凶の一人だ。
そんな彼女が初めて戦おうとするのは、鏡夜が死なずに裏ボスルートの妖精戦へ移行した時。
妖精が悪ふざけで《人間がどこまで無様に足掻くのか私の手で確認させていただきますねー!》というセリフを吐いて始まったクリスタル防衛戦。
妖精が悪ふざけでわざと化け物を呼び出すその時だけ彼女は力を貸してくれた。
気まぐれだと言って、夕青で逃げるか命を使ってクリスタルを守るかの犠牲が前提の戦いの中で、彼女だけが化け物を殲滅することが出来た。
桜坂のように運動神経が優秀というわけじゃない。
明らかに化け物寄りで、自らを「人間じゃない」といったから。
「海里夏さん。貴方は妖精を殺したのか?」
「殺したわけじゃない。あいつは本体じゃないからね……でも、少しは力を削れたんじゃない?」
ハッ、ざまあみろ。
そんな顔で嘲笑する海里夏は何を知っているのか。
まさか俺と同じ前世の記憶があるんじゃ……。
「そこにいる紅葉秋音。アンタは何でここにいるの?」
「うぇ!? え、おれ……じゃなくて、私?」
「口調偽んなくていいよ。神無月鏡夜に何を言ったのかってことを聞きたい」
「何を言ったのかって……」
「嘘はつくなよ」
ポケットからカッターナイフを取り出した夏は笑う。
その狂気はゲームの中で見たものと同じ。
嘘を言ったら殺される。
ゲームで見たことのある、様々な状況下で殺されまくった神無月鏡夜のことを。
鏡夜は俺を見て頷く。
「……俺は、神無月鏡夜を見て思い出したんだよ。この学校で何があったのか。この世界がどういう世界なのかをな。だからそれを説明して……生徒会に行ってちゃんと証拠を見せてもらったんだ。そのあとのクラスでの話は海里夏、お前も見た通りだと思うぜ」
「ふうん。なるほど……今日、思い出したってことか……」
「…………夏さん、お前も俺と同じか?」
俺が質問すると、彼女は首を横に振った。
その目に嘘は見えない。
「私はただの海里夏。それ以上でもそれ以外でもない。私を偽るモノもない。それだけだよ」
「ええと……じゃあどうして妖精を殺そうとしたわけ? お前は何を知っているんだ?」
「死は全てを救う。でもあの妖精……いや、あのクソ害虫がやらかしているのは救いそのものじゃない」
「待て」
鏡夜が夏の言葉を遮る。
その目は細められ、恐ろしい雰囲気を漂わせていた。
いつもの猫かぶりを止めて本性そのままな状態だった。
「海里、死はすべてを救うが、妖精は救いじゃないと言ったな?」
「そうだよ」
「学校では何度も死亡事故、または事件が起きている。この学校で毎年、死者が出ている。その死は普通のものではないということか? やはり妖精は────」
「それ以上はここで話さない方が良いよ。私が言いたいこと、聞きたいことは終わったからもういいでしょ……」
海里夏が立ち上がり、鞄を持って扉へ歩こうとする。
それを鏡夜が止めた。
「まだ話は終わってないぞ。お前には聞きたいことが山ほどある」
「私にはないよ。それに私が話してもどうせ意味はない」
夏はそう言って、鏡夜の手を振りほどいた。
「妖精は死んでない。あいつは必ずアンタを狙うよ、神無月鏡夜」
それだけは覚えておきなよ、と。
海里夏は笑って去っていったのだった。
「……それで、どうするの?」
「……素でいい。素のままで話せ」
「じゃあ鏡夜って呼ぶよ。お前も猫かぶりやめたんだだいっだ! 頭叩かないで痛い!」
「ハハハハ。不愉快だなこの野郎。入学式早々本当に面倒なことになったなまったく!」
「八つ当たりやめい!」
眉間に皺をよせている鏡夜の雰囲気はあの爽やか王子とは全く真逆で元ヤンっぽい感じがする。いやキャラクター設定見た限りそういう不良要素は何もなかったけれども……。
「紅葉、ちょっと来い」
「はい?」
「お前の知識が無駄になる前に……これからについて話がしたい。海里夏についてもな」
鏡夜は俺の腕を掴んで笑った。
それに引き攣った笑みを浮かべつつも、俺は頷いたのだった。
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