ディン・レイラ・アストレフ
「ふー……。」
仕事の休憩時間、今は職員が牛丼を買ってきてくれる、という言葉に甘えて、ディンはタバコを吸っていた。
学生達は今日から夏休み、もうそろそろしたら、守護者達が集まる予定だ。
リリエル達も一旦日本に帰ってくる、外園も勉強の手を止めて、食事会には参加したいと言っていた。
生憎とウォルフは参加出来ない、ディンは、ウォルフを通じてとして限定だが、年輪の外側の世界に繋がる権限を得たが、それを個人的な事で使う訳にもいかない、ウォルフの生存を気にしていて、それを確認する為に、時折ウォルフと通信を行っている程度だ。
NPO法人最後の場所、それはディンが設立した、青少年保護の法人だ。
ディンの頒布したホットラインの電話にかけてくる子供達がいて、そしてその子供達と会い、必要な場合は保護して、巣立ちの家と言う施設に迎え入れる、そんな法人だ。
「ん、電話。」
スマホが鳴る、ディンがディスプレイを確認すると、ディンが連携して罪を犯した人間の逮捕をしたり、逆にディンが異世界がらみの揉め事があった際に動く、特別捜査課の村瀬警部だった。
「もしもし、村さん?」
「ディン、お前が連れて来たという、異世界の人達なんだが、今はどうしている?」
「外園さんは勉強漬け、リリエルさんとセレンは世界を旅してる、ピノは日本に戻ってきてるな。」
「……。本当に、良かったのか?蓮と言う少年の事を、公表しなくても。」
村瀬は、最近ディンと会ったり、電話をするたびに聞いてくる、蓮の事を世間に公表しなくていいのか、と。
明日奈の時は、警察が行方不明者として探していた所を、ディンが異世界に飛んだと説明し、明日奈の父にも同様の説明をして、捜索願を取り消した、という事があった。
ただ、蓮の場合、蓮を捜索して欲しいと言う人間はいない、捜索願も出されていない、島の人間からしたら、厄介者の夫婦が殺されて、その息子である、島の人身御供は行方不明、だとしても、問題はないと言う事なのだろう。
誰も、蓮の事を気にかけない、誰も、蓮がいなくなった事を苦心しない。
いじめっ子達は、次のターゲットを探している、と言うのがディンの目に映った事実で、蓮がいなくなった事は、七か月経った今、誰も気にしていないのだ。
「蓮の事を公表するって事は、世界に広く異世界の存在を知らせてしまう事になる。そうすると何が起こるか、想像したんだ。多分、宗教が興って、死んで異世界に転生しましょうだの、なんだのって話が湧いてくるんだろうさ。人間って言うのは、都合の良い妄想に取り込まれる事が往々にしてある、だから、蓮の事は公表出来ないよ、村さん。」
「それはわかっているんだがな……。世界を守った英雄、その存在を知るわけでもなく、感謝するわけでもなく、ただ普通に生きていく、と言うのが、少し居心地が悪くてな。ディンの事も、デインの事もそうだが、人間は基本的に、悪辣なのだと思い知らされたよ。そうだ、デインは帰って来たんだろう?元気にしているか?非番の時にでも、行こうと思っているのだが。」
「デインも皆も喜ぶよ。村さんと会いたがってるから。」
そうか、と村瀬は電話越しに照れる声を出す。
普段の村瀬は、顔に仮面を付けているかの様に、表情を変えない、と言うのが、部下からの印象なのだが、少し本心を覗いてみると、熱血で情のある、いい男、と言うのがディンの評価だ。
事実、まだ特別捜査課にいなかった頃、竜太や悠輔の家族が殺された事件の担当者から、ディンや悠輔、竜太の監視役になった時も、子供達が国によって無茶苦茶にされてしまわない様に、と言う想いから、その役目を選んだと言う経緯があった。
「そうだ、ディン。例の、世界を脅かす存在、と言うのは、今どうなっているんだ?」
「破壊の概念は、その存在の残滓を残して消えた、種を撒いた人間や生物の中に、微弱に残ってる。それを芽吹かせてしまったら、また破壊の概念が活動を開始するかもしれないな。大丈夫、そんな事、俺がさせないよ。蓮の魂に誓って、俺の誇りに誓って。蓮の犠牲、それを無かった事にはしたくない、だから、今でも俺は戦ってる、って言えるだろうな。」
「そうか……。無理だけはするなよ?お前が死んでしまったら、悲しむ人が沢山いるだろう?」
「大丈夫、死にやしないさ。」
破壊の概念、その存在の完全消滅、それは、破壊の概念の個としての存在が、と言う意味合いだ。
まだ、破壊の概念に干渉された存在達は沢山いて、その中に破壊の概念の残滓が残っている、それを対処する為に、ディンはよく異世界に飛んでいた。
これはディンの推測でしかないのだが、それを放置してしまっていたら、また破壊の概念が生まれてしまう気がする、と考えていて、それを許す事は、蓮を無駄死にさせたという事になってしまう。
それを防ぐ為にも、子供達の為にも、ディンは異世界を飛び回り、破壊の概念に干渉された存在の観測と、救済を行っていた。
「そうか、ディンが死なないというのであれば、それは信じるべきなんだろうな。」
「そうしてくれると助かるよ。」
村瀬は、ディンが一度死んでいるのを見ている、そして、ディンが竜と化した姿も、目の前で見ている。
そんなディンの言葉を信じる、それはなかなかに大変なことかもしれないが、結果として、ディンは今生きている、だから信じるに値する、と言うのが村瀬の考えだ。
「じゃ、そろそろ飯だから。」
「わかった、近いうちによらせてもらおうか。」
電話が切れる。
ディンは、煙草を吸いながら、社員が牛丼を買ってくるのを待つ、その間、少し考え事をしていた。
「リリエルさん、旅の方はどうだ?気に入った場所とか、見つかったか?」
「そうね、自由の女神像、と言う大きなシンボル、あれはなかなかに良かったわね。」
「言葉も通じるから楽だろう?」
「そうね、本当に貴方の魔法は使用用途が多岐にわたる、って言うのを実感しているわ。」
仕事が終わり、帰りの車の中で、リリエルと電話していたディン。
ディンの使う魔法の中には、名前がついている訳ではないが、翻訳を出来る魔法があった。
音声を自動的に脳内で変換し、聞き取って、そして自分の発言も、自動的に相手に合わせて翻訳し、その土地の言葉に変える、と言う魔法があって、それがあったから、世界の違うリリエルやセレンなどと会話が出来ていた、と言う話だ。
それをリリエルとセレン、外園にも掛けていた、外園はそのうち解除して欲しい、自身の語学力で何とかしたい、と言っていたが、リリエルとセレンは、色々な世界を旅してまわりたいと言っていた為、その魔法を享受している。
リリエルは今、アメリカにいて、麻薬カルテルが云々と言う話をたまにディンは聞いていた。
麻薬、と言うのも懐かしい、とリリエルは言っていたが、こちらの世界では、基本的に使ってしまったら犯罪、その世界にいる以上は、その世界に準拠しなければならない、と言うディンの言葉に従っていた。
「文化の違い、って言うのかしらね。私の髪色なんて、日本では染めないとならないから、って言う理由で、視線が痛かったりもしたけれど、こっちだとあまりそれも感じないのよね。私が西洋風な顔立ちをしてる、って言うのもあるんでしょうけど、日本より過ごしやすいわ。ただ、犯罪の多さには辟易するけれど。」
「そうだな、日本は比較的、犯罪が少ない国だからな。アメリカだと、ストリートチルドレン、って言う子達がいたり、黒人差別が残ってたり、ウォルフさんが旅をし始めたら、苦労しそうな話もあるな。」
「肌の色で人間を分ける、なんて馬鹿な話よね。まあでも、異質なものとして認識してしまう、と言うのなら、わからなくもないけれど。」
リリエルは、銀灰色の髪色は生まれつき、なのだが、日本において銀灰色と言う髪色は、染めなければ絶対と言っていい程無い。
それを言ったら、アメリカでも基本は茶か金色なのだろうが、文化の違い、ファッションとして見られるかどうかの違い、と言うのがあるのだろう。
ディンも、たまに不良か何かと勘違いされる事がある、赤茶髪、と言うのも、日本では珍しい部類に入るからだろう。
「まあ、概ね旅は楽しんでいるわ。今度そっちに行ったら、お土産でも買っていこうかしら?」
「アメリカ土産って言うと、何があるかね。」
「さぁ、まだ来てからそんなに経っていないもの。」
「それもそうか。それじゃ、俺はそろそろ家につくから。」
「えぇ、また。」
電話が切れる、ディンはそろそろ家に着く、今日の夕飯当番は佑治で、確かカレーと言っていただろうか。
そう言えば蓮も、カレーが好きだと言っていたな、と思い出す。
少しだけ寂しい気持ちになりながら、ディンは車を走らせた。
「アリナ……。」
ここは精霊の治める世界、アリナと言う守護者が生きた世界。
人間は滅んでしまった、人間同士の争いによって、致命的にその生存数を減らしてしまい、衰退の一途を辿っている。
ただ、ディンにとってそれはどうでも良い事だ、今は、アリナの墓に用事があって来ただけだ。
「アリナ、お前は……。」
誰にも知られていない、誰も立ち入る事の出来ない、精霊の湖畔の畔に、アリナの墓はあった。
ディンが墓に花を添える、そして、暫し考える。
「……。」
アリナも、蓮も、世界の為に死んでいった。
他にも世界の為に生きた守護者達は見て来たが、世界の為に死んだ守護者は、今まで中々見た事がなかった。
違う、世界の為ではない。
2人とも、自分の守りたい者の為に、死んでいったのだ。
「アリナ、俺はな。」
世界の為に生きるつもりなど毛頭ない、それは今でも変わらない。
人間は醜い、世界は疎い、その気持ちは変わらない。
ただ、変わるものもあった、それは、蓮と言う少年を見て、変わった事だ。
「俺は……。」
醜い存在だと思っていたとしても、それを尊いと思う事もある、それを尊いという人達がいる。
ディンは、自分は他者に影響を受けない、受けるとしたら、それは家族だけだと思っていた。
だが、アリナと蓮、この2人の死は、ディンの思考に変化をもたらした。
それは、竜炎では守れない魂がある事、竜炎と言う、竜神が持つ最大の加護でさえ、守れない事があるという事、そして、竜炎に焼かれる事は、必ずしも良い事ではない、と言う事だ。
竜炎は、その魂を守る魔法であり、肉体が死に絶えた時、魂を輪廻の循環から外し、そしてそれを加護として与える魔法だ。
「……。」
アリナに使ったそれは、破壊の概念の前には通用しなかった、そして蓮は、竜炎に焼かれる事を選ばず、魂の循環に還った。
それが正しいとも間違っているとも思わない、ディンにとって、それは加護であるというだけで、それが必ずしも正しいとは思っていなかった。
ただ、安らかに眠ってほしい、これ以上魂が摩耗して、という事が起こらない様に、守るという意味を込めて、ディンは竜炎を発動していた。
「俺はさ、世界より守りたい物がある、って言ったろ?それは、お前達の事でもあるんだよ。」
ディンが守りたい存在、それは家族であり、それぞれの世界の守護者達だ。
無垢な魂、それは守護者が持つ、特有の状態だ。
だから、ディンはリリエルやセレンが守護者だと気づいた、リリエルの場合、その時は闇に隠れていたが、無垢な魂である事に変わりはなかった。
だから、仲間として共に戦った、悠輔や子供達がそうである様に、アリナ達守護者がディンと共闘する様に、仲間となったのだ。
「ただ、世界を守るって言うのも、存外に悪くない事だ、って思ったんだよ。」
それは、竜神王としては持っておかなければならない感情であり、第一にしなければいけない感情であり、ディンが忌避していた感情でもあった。
ただ、結果として世界を守った蓮に対して、世界などどうでも良い、と言うのは、酷なのだろう、とディンは考えていた。
蓮は世界の事をどうでも良いと言っていた、しかし蓮は、世界を守る道を選んだ。
そんな蓮に敬意を表する、と言う意味合いもあって、ディンはそれを言葉にする事を止めた。
「また来るよ、その時は、もしかしたらお前は、転生してるかもな。」
破壊の概念によって摩耗させられた魂が、どれ位の時間を掛けてそれを癒し、転生してくるのかはわからない。
ただ、予感はしていた。
いつか、アリナや蓮の転生者、魂の生まれ変わりと、出会うだろうと。
その時にはもう、守護者だとか、戦う運命だとか、そう言った物が無い様に、無くても良い様に。
ディンはこれからも戦う、いつか、平和な世界を夢見て。
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