デイン・レイラ・アストレフ
「あれ、僕……。蓮と一緒に眠って……。」
「デイン様?どうかされましたの?」
「あぁ、ルミナ。僕、眠っていたと思うんだけれど……。」
「デイン様、人間の姿になっているじゃないカ!」
ドラグニート中央都市エレメント、その祠の中。
デインが目を覚ますと、いつもの感覚と違う、ドラゴンの姿ではなくなっている事に気づいた。
手を見ると、それは人間のそれで、まさかと思ったが、人間体に戻っている。
「私達の役目も、ここまでですわね。デイン様が竜神として、人間の姿を取り戻されるまで、それが私達が仰せつかった使命でしたもの。」
「ルミナ……。そうだったのかい?僕には、何も言わなかったけれど。」
「そうだゾ!おいら達はデイン様が人間に戻るまでの使い、つまりお役御免って事だナ!」
「ランド……。そっか、ありがとう、2人とも。ずっと、傍にいてくれて。」
ランドとルミナは、役目を終えた、と光に還っていく。
デインも、何故いたのかわからなかった2人、2人は、デインが竜の姿をしている間の、いわば傍仕えだったのだろう。
その役目を終えて、2人は消えた。
「テンペシア、ちょっといいかな?」
「デイン?人間体に戻れたのかい!?」
「そうみたいなんだ。」
「そうか、それは良かったね。ずっとドラゴン体のままで祠にいたら、心が病んでしまうと思っていたから。」
人間体に戻ったデインは、テンペシアの元を訪れた。
テンペシアは、自分達が人間体でも竜の翼を持っているのに対し、デインが完全に人間体に戻っている事に驚き、そして微笑む。
ディンによく似た顔立ちに、翡翠の瞳、そして茶髪のツンツン頭、前に見たデインそのもので、懐かしさすら感じる。
「それで、デインはどうしたい?」
「どうしたいって?」
「ここに残るか、セスティアに行くか。セスティアでは、あの戦いから二か月ちょっと経った位だけど、どうする?」
「行っても、大丈夫なの?僕、世界の守護神、なんて言われてるんでしょう?それなのに、他の世界に行っても大丈夫なの?」
デインの疑問は尤もだ、世界の守護神として祀り上げられた自分が、異世界に行ってしまう事、それは、世界の守護神を失う、という事だ。
それが許されるのだろうか、許されてしまって良いのだろうか、そして自分は、向こうの世界に行っても許されるのだろうか。
「大丈夫、僕達がいるから、世界は平気だよ。デインは、家族の所に行ってあげないと。皆、待ってんだろう?」
「テンペシア……。うん、ありがとう。僕、セスティアに戻るね。またこっちに戻ってくる事があるかもしれない、その時は、よろしくね?」
「いつでも戻っておいで、待っているから。」
テンペシアは、他の竜神達に伝えるべく、伝書を出す準備をする。
デインは、相変わらず仕事が早いな、と笑いながらそれを見て、そして世界を渡った。
「……。」
視界が戻ってくる。
ここは、懐かしい家だ。
半年しか過ごしていなかった、何千年も前の記憶なのに、鮮明に覚えている家だ。
「あれ、デインおじさん?」
「竜太……。」
「デインおじさん!」
「竜太……、ただいま……!」
家から竜太が出てきて、大声を出す。
涙を流しながらデインに抱き着き、存在を確認する。
「嘘じゃないよね……!?幻とかじゃないよね……!?」
「うん。僕はここにいる、なんでかはわからないけれど、帰って来たよ。」
「……、お帰り……!」
「ただいま。」
竜太の大声につられて、家族が玄関にやってくる。
デインは、とても懐かしい家族達に囲まれて、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、蓮が……?」
「多分だけどな。蓮が使った力、それの影響で、デインを人間体たらしめる力が戻ってきたんだろう。だから、目覚めたら人間体になってた、って事だろう。ただ、またドラゴン体になりたいからなれるとか、そんな都合のいい話でもなさそうだけどな。」
「そっか、蓮が……。」
もみくちゃの質問攻めの一日が終わり、そして翌日、ディンと2人で蓮の墓参りに来ていたデイン。
兄弟と言っても過言ではない2人、よく似ている2人は、蓮の墓の前で、少し話をする。
「俺達からしたら、あれから一年と二か月が過ぎたけどさ、蓮がいない生活ってのは、中々考えられないな。たまに聞こえてくるんだ、お兄ちゃん、って。まるで、蓮が傍にいてくれているんじゃないかって。そんな事ない、それはタダの幻覚だ、ってわかっちゃいるんだけどな。」
「……。きっと、蓮はディンの傍にいてくれているよ。僕には、なんとなくわかるんだ。蓮が、最期まで望んだ事、ディンと仲間達の無事、そして、一緒に暮らすという事。蓮は、その為に生きて、その為に死んでいった。蓮はね、世界の事なんて、これっぽっちだって考えていなかったんだ。僕に伝わってくる蓮の気持ち、それはずっと、ディンと仲間達に向いていた。だから、蓮はきっと、傍にいてくれているよ。」
「そうか。」
寂しそうな顔をしているディン、普段だったら、気丈に振舞うのだろう、そんな顔を子供達に見せる事はないのだろう。
しかし、デインにはそんな気遣いをする必要はないと考えいた、今のデインは、正しくディンより年上で、一万歳を超えているのだから。
取り繕った所で、ばれてしまうだろう、それは、デインが感情の機微に敏感だから、と言うのもあるだろうが、蓮を通じてディンを見て来たデインには、ディンの想いはばれているだろう、と。
「でも、蓮は最期まで希望を捨ててなかったよ。蓮は、最期の最期まで、希望を持っていた。それは、自分が生きていく事じゃなかったかもしれない、自分は死んでしまうけど、って言う希望だったかもしれない。でも、蓮は最期まで、きぼうを捨てなかった。ディンの為に、仲間の為に、最期まで、出来る事をしたいって、ずっと願ってたよ。」
「……。最期、蓮の心を読もうか悩んだんだ。俺は意識して、蓮の心を読まない様にしてた、ただ、最期の想いは、聞いておかなきゃならないと思ったんだ。ただ、それをする前に、蓮は逝った。だから、俺は蓮の想いを、最期まで知らなかったんだ。……。デインがそう言うのであれば、間違いではないんだろうな。良かった、蓮が最期、誰かを恨んだりしていたら、悲しいから。」」
墓参りを済ませ、車に乗って、少しドライブでもしようか、と考えながらディンは言葉を紡ぐ。
デインはわかっていた、蓮の心を。
それは、力を貸していたから、と言う理由でもあるが、蓮の気持ち、誰かの為に力を使う、という事が、よくわかっていたからだ。
「蓮はね、ディンにありがとうって、ずっと思ってたよ。助けてくれてありがとう、お兄ちゃんになってくれてありがとう、最期まで、我儘を聞いてくれてありがとうって。
「我儘、な。それは、我儘なのかなとは思うけどな。結果として、蓮は世界から破壊の概念の脅威を取り去った、歴代竜神王にすら出来なかった、偉業を達成した。それは俺の力があったからかもしれない、最終的に、俺が竜の心を持っていたからかもしれない。でも、きっかけを作ったのは、まぎれもなく蓮だ。あの子は、一千万年に及ぶ竜神王の戦いを、終わらせた凄い子だよ。俺は誇りに思う、蓮を、生涯忘れないだろうな。どれだけ生きたとしても、どれだけの孤独が待っていたとしても。」
「ディンは、最期には独りっきりになっちゃうって、言ってたもんね。ただ、それでも良いって。」
ディンは車を運転しながら、その事を考える。
今の自分は、数多の竜神の魂を受け継ぎ、融合した存在。
他の竜神より寿命が伸びていてもおかしくはない、そしてディンは、確証めいた物があった。
そして、世界を守り続け、ディンは独りで生きていくのだろう、デインや竜神達、竜太の方が先に逝って、自分は独り遺されるのだろう、と確信していた。
ただ、それでも良い、それを覚悟して戦ってきた、と。
「ディンはさ、色んな事をわかってて戦ってたんでしょう?本当は、蓮が帰ってこれない事も、わかってたんじゃない?」
「……。どうだろうな。竜神王としては、わかっていたかもしれない。ただ、俺としては、わかっていなかったのかもしれない。蓮に帰ってきて欲しかった、それは俺の個人的な感情だからな。」
「それでも、蓮を信じたかった、だよね。」
「そうだな。」
蓮がディンを最期まで信じていた様に、ディンも蓮を最後まで信じていた。
帰ってきてほしい、それはディンが抱いた、個人的な感情だ。
竜神王として動くのであれば、最初から蓮を封じたり、斬ったりすれば良かっただけの話なのだから。
「ディンは、変わらないね。僕の時もそうだった、最期まで諦めなかった。蓮は、それだけで嬉しいんだと思うよ。」
「そっか。」
もうすぐ家に着く、この話は一旦お終いだ。
デインは、これから先の人生を思う、蓮の事を忘れない、それはディンだけではない、守護者達も、デインも、蓮の事は忘れないだろう。
それは、最期まで戦った戦士への餞、弔いになるのだから、と。
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