外園

「ふむ、やはり時折外の空気を吸わないと、体調に異変が出てしまいそうですねぇ。」

 ディンが買った一軒家、外園が今は独りで住んでいるのだが、その二階、自室のベランダで、パイプに火を点ける外園。

 セスティアに来てから二か月、時折こうしパイプを吸うか、食料を買いに行くか、程度しか外出をしていなかった、それだけ研究や勉学に集中していた、という事でもあるのだが、外園としても、籠りっぱなしは体に悪い、とは考えていた。

「そう言えば、こちらの世界のパイプの葉も見てみなければ……。」

 まだ、ディセントにいた頃のパイプの葉が残っていた為、それを吸っていた外園だったが、こちらの世界のパイプの葉は、また違う味わいがあるのだろうか、と疑問を持つ。

 ディンに渡されたスマホを取り出し、近所にパイプの葉を扱っている店がないかどうか、を調べる。

「越谷、と読むのでしょうか。こちらにありそうですねぇ。」

 日本一広いと噂の商業施設の中に、スモーキングカフェなるものがあるらしい。

 そこにはパイプの葉も売っていたり、葉巻が売っていたりする、と言う情報を得た外園は、営業時間内に行ってしまおうか、と外出の準備をする。

 もう七月に入って、そろそろ梅雨が明ける頃だろう、と天気予報ではやっていた、梅雨と言う単語はこちらに来てから初めて聞いた外園は、雨が降りやすい時期の事を、日本では梅雨と呼んでいる、という事を学んだ覚えがある。

 今日はカンカン照りで、軽装でなければ汗が酷くなってしまいそうだ。

「ディンさんは今日は……。」

 今日は土曜日、ディンは休日だったはずだ。

 最近は悠輔や竜太が専ら差し入れをもってきてくれる為、ディンに会っていないな、と思い出した外園は、ディンに電話をしてみる。

「もしもし?外園さんから連絡なんて、珍しいな。」

「ご無沙汰しております、ディンさん。いえ、パイプの葉を買いに行こうと思いまして、ディンさんのご予定を伺いたく。」

「空いてるけど、何処まで行くんだ?」

「越谷、と言う街に店がある様なのです。」

「越谷か、なら車出すよ、すぐ準備するから、出て待っててくれ。」

 そう言うと、ディンが電話を切って、外園も外出の準備をする。

 チノパンに半袖のワイシャツ、鼈甲の眼鏡は外せない、それに、買い物袋と財布を入れたサコッシュを首から下げて、それで準備は終了だ。

 パイプの火を消した後、家の前でディンが迎えに来るのを待つ。


「よ、外園さん。一か月位会ってなかったか?」

「そうですねぇ。私が引き籠っているものですし、悠輔君や竜太が差し入れに来てくれていますから、ご無沙汰ですね。」

 ディンが車で迎えに来る、外園は助手席に座ると、シートベルトを締めて、車のクーラーが涼しいな、と感じる。

「車、と言うのも、初めて見た時には年甲斐もなく心がときめきましたね。ディセントでは、基本的に馬車か徒歩、そして蒸気機関での移動でしたから。まさか、人間は蒸気機関より優れた、電気や石油と言った物を使う様になっていた、と言うのは驚きました。」

「そうだな、向こうでは車なんて走ってなかったからな。」

 車の中は、ディンのお気に入りのバンドの歌を流していて、ディンは時折鼻歌でそれを歌いながら、外園と喋っていた。

 外園は、そう言えばこちらの世界の流行りの曲、と言うのも聞いた事が無いな、と思い出し、スマホにメモをする。

 このメモは、外園が調べたい事をリスト化しており、勉学以外の事でもだいぶ溜まってきた、そろそろ消化したい所だ、と外園は考えていた。

「ディンさんは何と言いますか、意外と俗世に紛れて生きているのを拝見して、驚きましたよ。」

「まあ、こっちではな。外園さんも、耳隠してるから、問題は起こってないだろ?」

「ええ、耳はジパングにいた頃も隠していましたし、慣れたものです。ただ、パイプに火を点ける時に、ついつい火種を魔法で作ってしまいそうになりますので、それだけは注意しなければなりませんね。今はマッチを使っていますが、ディンさんのお使いになられているジッポライター、と言うのにも興味はあります。」

 外園は、人間社会に擬態する為に、耳を幻惑魔法で隠していた。

 エルフの特徴である尖った耳では、好奇の視線に晒されるだろう、とディンから指摘を受けていて、セスティアについてまずしたのが、その魔法だ。

 外園は、一度かけた魔法を半永久的に掛け続けられる、それは簡単な魔法に限るが、外園の意思で解除しない限り、それは自動的に効果を上書きし、解けない、と言う仕組みだ。

 白い髪の毛は、趣味で染めている、と言えば問題はないとディンが言っていたし、エメラルドグリーンの瞳も、外国人とのハーフだ、と言えば問題ないだろう、とディンに言われ、そこに関しては幻惑魔法を使わなかった。

「ディンさんは車では煙草を吸われないので?」

「子供達も乗るからな、子供には煙あんまり良くないって言われるんだよ。」

「そうでしたか、それはそうですね。」

 道中、他愛ない会話をしながら、ドライブを楽しむ外園。

 いつかは運転免許を取って、自分で運転をしたい、と思っていたが、それももう少し先の話だろう。


「さて、どちらが良いか……。」

「俺はパイプって吸わないからな、外園さんの直感で選んでくれ。」

「ふむ、ではこのバージニアのブロークンフレイクと言うのをいただきましょうか。」

 店につく、大型商業施設の端にあるこの店は、ディンも時折来ていて、煙草を吸いながらカフェを楽しめる、と言う趣の店だ。

 外園は、店員にいくつかの種類の葉を見せてもらい、バージニアと言う、一般的な葉っぱを選ぶ。

「それに、アイスコーヒーを一杯お願いしますね、ディンさんは何かお飲みになられますか?」

「そうだな、俺もアイスコーヒーを。」

 店員から葉の缶を受け取り、飲み物をカウンターで受け取って、一息つく。

「それで、外園さんはこっちでの生活に慣れたか?」

「はい、ある程度は常識と呼ばれる知識も得ましたし、不自由はなく過ごさせていただいていますよ。コンビニエンスストア、と言う真夜中もやっているお店、と言うのが目新しいですね。」

 コーヒーを飲みながら、外園はこの世界に来てからの驚きの連続を思い出す。

 クェイサーの都市で見た様な、電気が当たり前の様にあり、そして車、電車、狭いが人口の多い都市、コンビニ、スーパー、等々、目新しい物ばかりで、覚えるのが楽しい、と言った風だ。

 勉学に関しても、発達した科学に気軽に触れられる、と言う参考書をつぶさに読んでいて、これがセスティアでの常識、特に日本においては、義務教育と言う制度があり、ある程度の学習に関しては保証がされている、という事に衝撃を受けていた。

 外園が通おうとしているのは大学、来年の春からの入学を目指していて、そこまでに、日本でいう高等学校までの学問を全て修めておこう、と励んでいた外園は、凄まじい速度で知識を得ていた。

 一日一回はテレビを点けて、ニュース番組を見ているのだが、このテレビと言う受信装置にも驚いた、と最初は考えていて、初めてみた時は、小人か何かが箱に詰まっているのではないか?と疑問を持った程だった。

「妖精としてはまだまだ若輩者ですが、人間としては何世代もの間、生きてきたつもりだったのですがね。まだまだ、私の知らない事が多い、と言うのは実感しました。そう言えば、ウィスキーを取り寄せたのですが、スコッチ、と言うのが美味しいと感じますね。確かウォルフさんは、バーボンと言う種類を飲まれていたのだとか。ディンさんは相変わらず、お酒は飲めないのですか?」

「酒は強くならないな。ちょっと飲む機会は増えたけど、そこまで飲む方じゃないから。ビールが飲めない位、って言ったら、なんとなくわかってくれるか?」

「ビール、苦みの中にうまみがある、エールの現代版、でしたか。私も何度か缶ビールと言うものを手に取りましたが、あまり合わない様でして、ウィスキーを飲んでいます。ただ、セスティアでは、とりあえず生、と言うビールを最初に頼むという風習があるのだとか。」

「何処で知ったんだ?そんな事。」

 所謂宴会、飲み会と呼ばれる場所では、ビールが最初に飲まれる事が多い、と外園はsリサーチしていたが、自分はウィスキーの方が性に合う、と考えていて、その文化には馴染めなさそうだ、と感じていた。

 しかし、飲めない訳ではない、少し苦手だが、我慢する程でもないし、ディンの様にアルコールに弱い体質、と言う訳でもない。

 人間社会に馴染む為には、必要な知識として認識していた。

「テレビでやっていたのですよ。CM、と言いましたか、とりあえず生でー、と言う単語が、何回か出てきたものですので、調べたのです。」

「あー、ビールのCMか。それなら、確かに知る機会はあるかもな。」

 外園は、買ったばかりのバージニア葉をパイプに詰め、マッチで火を点ける。

 外園の持っているパイプは、セスティアでは主流の木材で出来た物ではなく、陶磁器製のものだ。

 ドラグニートで購入して何百年か、ずっと大切に使い続けている、それは、キュリエが選んでくれた、形見の様な物だった。

 外園が、かつて父がパイプを吸っていたのを覚えていて、それを真似したい、とドラグニートで探した時に、キュリエが店を見つけてくれて、そして白い陶磁器製の物を購入した。

 その後、ウィザリアにてキュリエは死亡、と言うよりも外園が殺めたのだが、それでも、キュリエを忘れない為にも、とこのパイプは大切に使っていた。

「ふむ、あちらのものよりも、万人受けと言いますか、吸い心地の良い葉ですね。これは、色々と試し甲斐がありそうです。」

「大学行ったら驚かれるぞ?パイプなんて吸ってる大学生、俺は見た事がないよ。」

「それでも、私箱のスタイルが慣れていますので。」

 そんな話をしながら、ディンと外園はゆっくり休憩する。

 ディンの仕事柄、土日でも電話はかかってくるのだが、今日はスマホが鳴らない、平和な日だ、と。


「さて、と。」

 勉強を一日のノルマ分こなした外園は、パソコンに向かう。

 ノートパソコン、使い方は一か月程度でマスターした外園は、ワードファイルを開き、カタカタと打ち込み始める。

「彼らは、今どうしているのでしょうかねぇ。」

 大地はディンの家にいる、と言うのは知っていたが、生憎と時間が合わず、まだ会っていないし、他の守護者達も、夏休みと言う休みの期間になったらこちらに遊びに来る、と言っていた、それまでは会えないだろう。

 外園はたまにしかスマホを見ない、会話の流れを切るのが好ましくない、と見るだけにする事が多く、グループチャットにもあまり参加していない。

 ただ、リリエルとセレンは世界を旅してまわっているとの事で、写真が送られてくる、ピノからも、花や水辺の写真が送られてくる。

 それを微笑まし気に眺めながら、外園は書き記している。

「今日は……。」

 守護者達の戦いの記録、それを小説に認める、と言う作業をしていた外園。

 まずは、ディンと自分が出会った時から、指南役達が集合し、そして半年が経って、蓮が来て、竜太がトンファーを使う修行をしている傍らで、蓮が基礎鍛錬をしている、と言う所を書いていた。

 外園が見た記憶、そして、守護者達が語った記憶。

 それらを統合して、一冊の本にしようという考えだ。

 ディンが言っていた、いつかディセントに帰りたくなったら、文明などは持ち込めないが、本位なら持ち込めるだろう、と。

 その時の為に、大衆に守護者達の戦いと、蓮の雄姿を広め、世界を守った存在を語る為に、外園は小説を書き続ける。

「ふむ。」

 ディンは、完成を楽しみにしている、と言っていた。

 ディンは立場上、他世界の事をあまり話が出来ない、したとしても、ごく身近な子供達にだけだ、と言っていた。

 だから、史実としてではなく、ファンタジー、物語としてなら、セスティアで広めても問題はない、と外園は言われていた、それをするのもありだろう、と考える。


「さて、そろそろ夕食を……。」

 三時間程集中していた外園は、そう言えば今日はアイスコーヒーしか口にしていなかった事を思い出す。

 そろそろ買い出しに行かなければ、半額シールと言う、値段が半分になる魅力的なシールを追い求めて、スーパーマーケットに行かなければ、と外園は家を出た。

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