結城明日奈、ピノ・フィッツジェラルド・エヴァンス

「ん?何事かな?」

 明日奈の父は、玄関口の方から声が聞こえる、と夜なのにどうしたのかと玄関へ向かう。

「あ!あなたが明日奈のパパね?」

「如何にも、明日奈は私のむす……。」

「ほら明日奈、パパよ?」

「あす……な……?」

 玄関には、小学生程度の身長の少女、そして、巫女服に身を包んだ、二十歳ちょっとの女性がいた。

「貴方が私のお父さんなの?」

「あすな……!あすなぁ……!」

「あらあら、泣いちゃった。」

 明日奈の父は、写真でディンから見せてもらっていた、明日奈が大きくなった姿だ、とすぐに気づく。

 明日奈に抱き着き、涙を流しながら、何度も何度も名前を呼ぶ。

「ごめんなさい、明日奈パパ。明日奈、記憶がなくなっちゃってるのよ。ただ、あなたがパパだって事は、教えておいたわよ。」

「記憶が……?いや、良いんだ……!明日奈……!良く帰ってきてくれた……!」

「お父さん……。」

 明日奈の父は、一瞬だけ悲し気な顔をする、そして、喜びながら涙を流す。

 明日奈と一緒にいた時間、育てた時間自体は6年間と言う短い間だったが、それからずっと、明日奈が帰ってきてくれたら、と願っていた。

 ディンから写真を渡されて、成長しているのも知っていた、例外的に、明日奈が別の世界にいる事も伝えられていて、それでも元気でやっているなら、と思っていたが、やはり帰ってきてほしいと言う願いは消せなかった。

 記憶、幼い頃の記憶が無くなってしまったとしても、また思い出は作っていけばいい、また一緒に過ごせれば、と。


「それで、君は明日奈と一緒にいてくれたのかい?」

「そうね、あたし達、友達だって約束したの。明日奈が記憶を無くしたとしても、ずっと友達だって。」

「……。それは嬉しい、明日奈にとっても、君の存在は大切だったんだろうな。……。明日奈は、勤めを果たしたんだね。私はそれが誇らしい、私は明日奈の生みの親ではない、ディン君から、明日奈の出生に関する事も聞いていた、だから驚きはしないが……。ただ、役目を果たした事、それを忘れてしまっている、と言うのは悲しいかな。」

 明日奈とピノを客間に通して、ピノから大体の話聞いた明日奈の父。

 ピノは、悲しい気持ちがなくなったわけではない、ただ、明日奈の為にも笑顔でいよう、と笑っていた。

「それで、君はこれから先、行く当てはあるのかい?異世界から来た、という事は、住む場所などもないんだろう?」

「そうね……。ディンにお世話になるのも一個ありだとは思ってるけど、そしたらここから離れた場所に住む事になる、ってディンが言ってたし……。」

「え?ピノちゃん、離れ離れになっちゃうの?私、ピノちゃんがいないと不安だよ……。」

「……。ピノちゃん、君も一緒に暮らすかい?私は独り身でね、神社を守る仕事はあるが、部屋に空きはあるし、何より明日奈を見てくれる人がいてくれるのなら、嬉しいと思うんだ。」

 ピノと明日奈の言葉を聞いて、明日奈の父は提案をする。

 ピノは、それが出来るのなら有難い、と嬉しそうな顔をしていて、明日奈もピノと離れなくて済むのは嬉しい、と言う顔をしている。

「良いの?じゃあ、お世話になろうかな。明日奈の隣にはあたしがいてあげないとだし、よろしくね、パパ。」

「パ、パパ!?」

「明日奈のパパとか、明日奈のお父さん、って言うのめんどくさいじゃない?だから、っパパで!」

 ピノがそう言うと、明日奈の父は困った顔をする。

 吝かではないが、大きな娘が増えたな、と。

「さ、今日は休むと良い。明日奈の部屋は……、そうか、覚えていないんだったね。こっちだよ、明日奈。」

「お父さん、よろしくね!」

「……。これからは、ずっと一緒だ、明日奈。」

 明日奈を部屋に連れていき、ピノを客間に泊らせ、明日奈の父は少し安心した顔で、布団の中に入る。

 明日奈が帰ってきてくれた、記憶がなくなった、と言うのはショックだったが、それでも帰ってきてくれたのだ、と。


「パパ!こっちも良いお水よ?」

「ピノちゃん、パパと呼ばれると心臓に悪いと……。」

「良いじゃないの!明日奈のお父さん、なんて毎回言うのめんどくさいし、明日奈パパって言うのも長いし、パパでいいじゃない!」

「ピノちゃーん!そっちのお水はどうー?」

 一か月半が経ち、ヨーロッパを巡っていたピノと明日奈、そして明日奈の父は、アルプス山脈の麓の街にやってきていた。

 ここの水が美味しい、と事前情報を仕入れていたピノが、無理を言って2人を連れて来たのだ。

 明日奈の父は、神社をある程度の期間預けられる相手を見つけ、2人の旅についてきていた。

 相変わらずパパと呼ばれると心臓に悪い、とは言いつつ、なんやかんやそれも受け入れてきていた。

「うんうん、そうなの?あなた、良い子ね!」

「ピノちゃん、どうかした?」

「この子がね、いつかは綺麗に咲いて、ミツバチに蜜を上げたいんだって!」

 ピノの能力は封印をしていなければ、使わないわけでもない。

 ドリュアスが遺してくれた無限の若木の種も、ずっと持ち歩いている、それを使う事はなかったが、そしてこの世界では能力を基本的に隠している、それはディンにきつく言われていたからなのだが、しかし、人気がない場所では、植物と話をしていたりする。

 明日奈と父は、ピノの能力を知っていたから、それを見て驚く事もなかったが、一般人から見たら、植物に話しかけてる電波系少女、と言う風に見えてしまうだろう。

「……。お水美味しいわねぇ。雪解け水だからかしらね?」

「来れて良かったね、ピノちゃん。」

「えぇ、やっぱり、世界中回って、どんな花が咲いてるのとか、どんなお水があるのかとか、そう言うの研究しようかしらね?」

「ピノちゃんの将来の夢かい?」

「私、元々は女神だった、ってディンが言ってたの。この世界にやってきた事は想定外って言うか、本来ならありえなかった事なんだと思うけど、来たからには意味があると思うのよね。だから、そう言うのもありかなって。」

 外園の様に研究者になるか、と問われると、否と答えるだろう。

 しかし、この世界を巡って、そして色々な場所の花と水を観察して、と言うのは、性に合っているかもしれない、と。

 その場合、明日奈は父の元にいてもらおうと思っていた、明日奈まで自分の夢につき合わせる事はない、せっかく親子が再会出来たのに、いつまでも水を差しているのも、野暮だろうと。

「明日奈、美味しいと思わない?」

「うん、日本の水も飲めるけど、ここの水はとっても美味しいね。」

 いつかは、人間ではなくなるかもしれない、とディンから言われていた、女神としての素質は残っている、それが覚醒して、元居た世界における女神、ニンフとして神格化する可能性は、無くはないと言われていた。

 そうなった場合、ピノは仮想現実に戻るのか、と聞いたが、それはないとディンは言っていた。

 仮想現実、そこは常人やこの世界群の存在には、本来干渉や介入が許されていない、ディンですら行く権限のない世界、そしてその世界は、新たな秩序を敷いていて、そして新たに女神や神を生み出しているだろう、それがディンの考えだった。

 そこにもう一度ピノが戻ろうとしても、弾かれてしまうのが一番可能性は高いだろう、だから、この世界で生きていくか、ディセントに戻るか、どちらかを選ぶ事になるだろう、と。

 明日奈が死ぬまでは、そうするつもりはない、生涯共に友達として過ごすつもりなピノだが、明日奈がいなくなってしまった後は、その時に身の振り方を考えようと思っていた。

「ピノちゃん、こっちにも綺麗な花が咲いているよ?」

「あら、ホント?綺麗だわぁ。」

 いつか来る別れ、それは今ではない、希望はきっとある、とピノはディンに伝えていた。

 もしも、女神としての権能に覚醒したとしても、それは変わらない、と。


「明日奈、本当に貴女は……。」

「明日香さん、あなたはそれで良かったのか?」

「はい、竜神王様。私の役目は果たされました、明日奈の役目も、一族の宿命も、果たされました。最期まで、明日奈は戦った、それを見守れた、それだけで良いのです。」

「……。あなたの魂は、酷く摩耗している。そろそろ輪廻に還らないと、魂が転生に耐えきれなくなってしまうよ。だから、逝くんだ。明日奈の事は、俺達に任せてくれ。」

 ここは明日奈の生まれた世界、明日奈が生まれて、その日に滅ぼされた、その一族の墓を、ディンは立てていた。

 それは、子供達の遠い親類だからと言うのもあるが、いつまでも墓標も立てず、魂がそこいらをうろついている状態、と言うのは、駄目だと感じたのだろう。

 明日奈の母、明日香は魂を明日奈から離し、この世界に戻ってきていた。

「竜神王様、明日奈は、貴方達の為に戦った。それは間違いではありません、そして、世界の為に、全てを失った。しかし、あの子には未来がある、ピノちゃんが傍にいてくれる、だから、私の役目はここでお終いなのです。」

「明日奈に、何か伝える事はあるか?」

「……。母は、ずっと貴女を愛しています。父も、ずっと貴女を見守っています。私達は、貴女の為に生きた事を、誇りに思いましょう。そう、お伝え願えますか?」

「わかった、必ず伝えよう。」

 それを聞いたディンは、明日香の魂を成仏させるべく、魂を循環へと導く魔力を発動した。

 それは、デスサイドをグローリアグラントへと帰還させた、転生の儀に似ている魔力だ。

 ただ、ディンのそれは魂を具現化させたり、その場で転生させたりする力ではない、魂を、その世界毎の輪廻に還し、また新しく生まれてくる為の準備をさせる、いわば弔いの意味合いが強い魔力だ。

 戦いに疲れた戦士、守護者、そして、魔物に殺されてしまった人々を弔い、輪廻の循環に迎え入れ、また転生出来る様に、と言う力、それは、歴代竜神王が、本来は破壊の概念によって失われた命に向けて使う力、弔いの魔力。

 現在、と言うより過去では、竜神王の系譜であるレイラ、アイラ、ライラ、ケシニアと言った女性の竜神達が使っていたのだが、その力も継承しているディンにとって、それを発動するのは難しい事ではない。

「それじゃ、さよならだ。世界を愛した人達よ。」

「竜神王様、何卒、明日奈をお願いいたしますね。」

「あぁ、任せてくれ。」

 ディンが魔力を発動する、明日香の魂、そしてこの地に漂っていた、明日奈の一族の魂が、昇天していく。

 きらきらと、まるで流れ星が地上から天空に昇っていくかの様に、煌めきながら、昇天していく。

「世界は守られた、あなた達の犠牲は、無意味じゃなかったよ。」

 昇天していく魂を見ながら、ディンは一言呟いた。

 世界の為に命を懸け、そして死んでいった者達。

 破壊の概念によって運命を狂わされ、昇天する事を許されていない者達。

 そんな人達を、ディンは世界を回って昇天させていた。

 もう、そんな事に巻き込まれる存在は現れない、もう、いたちごっこになる事もない。

 ならば、弔ってやるのが道理だろう、と。

 ディンは、明日奈の生まれた世界を去る。

 またいつか、再会出来る事を信じて。

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