坂崎竜太
「帰って、来たんだ……。」
守護者達が帰ってくる一年前、竜太とディンはセスティアに帰って来た。
戦いは終わった、それはホッとしている。
だが、これから一年間、守護者達と会う事は禁じられている、だから、寂しい。
「竜太、お帰り。」
「悠にぃ……。うん、ただいま。」
悠輔が出迎えてくれる、悠輔は、竜太が寂しそうな顔をしているのに気づくと、あたまを撫でる。
「……。少し、大きくなったか?」
「え……?」
「竜太は強くなった、それは能力だけの事じゃない、心が強くなった。それに、身長も少し伸びたしな。」
「悠にぃ……。あはは、そうかな。」
悠輔は、心を読む事が出来る。
ディンほど正確にではないが、集中すれば、人の心の内を覗く事が出来る。
竜太の心境、寂しいと言う気持ち、それも理解していた。
ただ、それ以上に、竜太の甘ちゃんだった考えが少し変わっている事に気づき、それを褒めたのだ。
「竜太、中入ろうか。」
「父ちゃん……。うん、そうだね。」
凱旋、と言う程仰々しいものでもない。
ただ、竜太は一年半ぶりの我が家、そして家族達との再会を、喜んだ。
中学三年になり、野球部の部長になった竜太。
部長として後輩達に気を使っていたり、佑治が野球部に入ってきて一緒に野球をしたりと、充実した日々を送っていた。
「そう言えば、今日って……。」
部活帰り、家に帰って来て思い出す、今日は、守護者達をディセントに送った日だ、と。
という事は、今日の夜には守護者達は帰ってくる、それを楽しみにしていた竜太は、足早に帰路に就く。
「あら、竜太君。元気だったかしら?」
「リリエルさん!ウォルフさんと外園さんも!」
帰路に就くと、3人が丁度こちらに来たところだったらしい、竜太は、嬉しそうに声を上げる。
「貴方達は一年位経ったんだったかしら、お久しぶりね。」
「はい!会いたかったです!」
「竜太よ、お前さんは相変わらずだな。」
「竜太君がお変わりない様で、安心しましたよ。」
再会の言葉を交わし、そして家に招き入れる。
竜太とディンにとっては一年前、そしてリリエル達にとってはさっきぶり、その認識の齟齬はあったが、今は再会出来た事が嬉しい、と。
「竜太よ、少し良いか?」
「はい、何でしょう?」
「いや、組み手をして欲しい、と思っておってな。戦いはもう終わった、もう儂達を必要とする戦いは起こらない、と言うのはわかっておるのだが……。だが、鍛錬を続けていていないと、何かあった時に困ると思うのだ。」
「わかりました、組み手ですね。」
大地が坂崎邸に宿泊を始めて一週間、日曜日だった今日は、竜太も部活が無かった。
だから、大地と東京観光にでも、と思っていたのだが、その前に朝の運動がしたい、と大地から申し出てきた。
竜太も、帰ってきてからは専ら、悠輔やディンとの組み手で体をならしていた、その気持ちはよくわかる、と大地の願いを聞く。
「棍はいりますか?」
「うむ、あれば有難い。」
「はい、どうぞ。」
竜太が転移で棍を出し、大地に渡す。
それは、何時だったか竜太か渡された最初の武器、鉄心六尺棒だった。
「懐かしい、な。」
「僕は木剣で行きますから、怪我だけしない様に気を付けましょう。」
庭に出て、2人は構える。
お互い、能力の開放は行っていない、ただ単純に、身体能力だけでの組み手なのだが、そもそも封印していたとしても魔物とやり合うだけの力を持っている竜太と、その竜太に修行をしてもらい、そして魔力を持っている大地の組み手だ、普通の人間同士の組み手とは、訳が違ってくるだろう。
「行くぞ。」
「はい!」
2人が動く、その速度は、常人離れした速度だった。
大地が棍で攻撃を繰り出し、竜太がそれを木剣で受け止め、そしてカウンターを繰り出し、そして大地がそれを防ぐ。
大地にとっては、一か月と少しぶりの錆落としだ、高揚感ではないが、戦いに集中する事で、感情が昂る。
竜太も久しぶりに大地と修行と言うか、組み手をする事が懐かしく、そして何処か楽しいと感じていた。
「ふぅ、相手をしてくれて、感謝する。」
「いえ、僕も良い運動になりました。」
十分程組み手をしていたら、見物客がいた。
竜太の弟達は、竜太とディンの組み手や、悠輔と竜太の組み手を見るのが好きで、良く見物をしていたのだ。
勿論、能力を使っての修行には立ち会った事は無いが、能力なし、組み手だけ、と言う時は、良く見物していた。
「大地さん!汗拭くの使って!」
「大樹、感謝する。」
「竜もほら、これ。」
「ありがとう、浩。」
大地は大樹から、竜太は浩輔から、タオルを受け取って汗をぬぐう。
そろそろ六月も半ばを過ぎ、本格的に梅雨の時期がやってくるが、今日はまだ天気は良い方だ。
出かけ日より、と言うのに丁度良いかと言われれば、少し蒸し暑いが、しかし、軽装で出かけるのであれば、問題はないだろう。
「じゃ、行きましょうか。」
「うむ。」
大地と竜太は汗を拭うと、出かける準備をして、東京に遊びに出かける。
「何度見ても、素晴らしい景色だ。」
「東京駅、ってあんまり来る事ないですから、ちょっと迷いそうですね。」
「まるで迷路にいる様だ、とは感じたが、そうなのか?」
「はい、僕もあんまり出かける人じゃなかったですから。」
東京中心、東京駅まで来た2人は、若干迷いながら、観光を楽しんでいた。
竜太が東京駅の映える場所に立ち、それを大地が写真に撮って、守護者達のグループチャットに投稿する。
すぐに反応が返ってきて、早く会いたいと3人は言っていた。
リリエルとセレンは今、日本各地を回っている所らしく、時折、その写真が送られてくる事もある、竜太はそれを見て、自分もいつか旅に出るのも良いかもしれない、と考えていた。
外園は相変わらず引き籠って勉強をしていて、見かねている悠輔が差し入れに時折行ったり、竜太に差し入れを持たせて、竜太が外園宅を訪れていたりしていた。
大学に早く入りたい、と言う外園は、こちらの世界での言語や学習に没頭してていて、あまり余裕がない、と言うのが現状だ。
「カフェでも入りましょうか。」
「そうだな。」
駅のすぐ近く、個人経営の喫茶店に入り、一息つく。
「ご注文は?」
「僕アイスココアでお願いします。」
「儂はそうだな……。この、アイスコーヒーと言うのを1つ頂きたい。」
「かしこまりました。」
カフェは人混みが少なく、ゆっくりと話が出来そうだ。
「大地さん、コーヒー飲むんですか?」
「いや、飲んだ事が無いのでな、初の試みだ。」
竜太は、そうかと頷いて、コーヒーとココアが来るのを待ちながら、口を開いた。
「ほら、蓮君がいなくなってから、七か月が経ちましたよね。ただ、世間は行方不明のまま、って言う話にして、それ以来何も言わなくなっちゃって……。僕、蓮君がいなかったら、今頃この世界だって危険だったのに、って思うんです。だけど、父ちゃんは、蓮君の事を公表しない、って決めてたみたいで。なんでだろう?って聞いてみたら、蓮君の死体が無い事とか、蓮君が化け物と呼ばれる可能性とか、そう言う事だ、て言ってました。」
「そうか、それで……。蓮がいなくなってしまった事、それは儂達の秘め事、と言う達しがディン殿から会ったのは覚えておるが、そう言った理由だったのだな。」
「はい。だから、僕達だけでも、蓮君の事を覚えておこう、って思ったんです。蓮君は、決して化け物なんかじゃない、蓮君は、この世界群を守った、立派な守護者なんだって。」
竜太は、ディンが世間に公表しない事は、竜神の掟に引っ掛かるからだ、と考えていた。
蓮は、デインの力を使っていた、デインは、ここセスティアでも認知されているが、しかし、他世界の事は認知されていない、大地達が周囲に話す事は許されても、竜神である自分が知らない人間に話すのは、許されていないのだろう、と。
悲しい事だ、世界を守った守護者が、ただの行方不明扱いされている、という事実は、悲しい事だ。
ただ、それを守らなければ、世界が崩壊してしまう、それは竜太の望むところでも、蓮の望む結果でもない、と考えていた。
「どうぞ、アイスコーヒーとアイスココアになります。」
「あ、ありがとうございます。」
「感謝する。」
そんなこんな話している内に、飲み物が提供される。
「では、頂くとしよう。」
「苦いですよ?」
大地は、初めて飲むコーヒーをまずはミルクと砂糖無しで飲んでいる。
一瞬険しい顔になるが、大地は平気な様子で、二口目を飲む。
「どうですか?」
「確かに、苦い。苦いが、茶と少し似ているだろうか?」
大地は、昔から渋茶を好んで飲んでいて、その影響か、苦みに対する耐性は高い様子だ。
竜太は、アイスココアを飲みながら、大地のそういった面を見るのは初めてだな、という顔をする。
「大地さんって、良くも悪くも世間離れしてましたから、ちょっと心配だったんですよ。ほら、飛行機ならともかく、電車にも乗った事ないって言ってましたから、大丈夫なのかなって。でも、意外と大丈夫そうで、ちょっと安心してます。」
「そうか、それは、心配を掛けたな。」
お茶をしながら、話をする2人。
竜太は、ここ一年間心配していた、大地が世間離れをしていた為、旅に支障が出ないか、と。
だが、その心配はなさそうだ、そもそも大地は、学習能力は高い方だ、と言うのは知っていた、だから、ここまでこれた、という事で、安心していた。
「ふー。」
東京を観光して、夜帰って来て、風呂に入っていた竜太。
大地は今頃、陽介辺りに質問攻めにあっているだろう、それはそれで微笑ましい光景だ、と竜太は安心していた。
「蓮君……。」
蓮の事を公表しない、蓮が力を持ち、そして世界を渡り、世界を守った事、それは竜太達だけが知っている事だ。
守護者達の周りの人間はある程度話を聞いているのだろうが、それ以上は言わない様にとディンに釘を刺されている、だから、蓮の事が誰かに知られる事は、これからもないのだろう。
それで良いのだろうか、と竜太は一年間悩んでいた、納得していると言いながら、たまにこうして思い返すと、悩んでしまうのだ。
「でも、父ちゃんも……。」
それを言ってしまったら、そもそもディンが世界を渡り、世界群を守っている事、そして守護者達の事も、公表はしていない。
それは、守護者達を世間から守る為でもある、それはわかっていた。
ただ、蓮の事になると、別の感情が湧いてくる、と言うべきか、蓮の事位は話しても良いのではないか、と考えてしまう。
それが間違っているのはわかっている、不公平であり、共に世界を守った者として、蓮の尊厳を守らなければならない事もわかっている。
「……。」
一度だけ、蓮の様子を見に行った事があった。
九か月程前だろうか、虐待を受け、いじめを受け、島の人身御供として扱われていた蓮を、見た事があった。
歴史を変えてはいけない、とディンにきつく言われていた為、接触する事はなかったが、しかし、蓮を見ていると、胸が苦しくなる、と竜太は思っていた。
ディンが、そう言った子供を1人でも守ろうとしている事もわかっている、ただ、ディンは受け身でしか活動が出来ない、本人の意思でディンの所に連絡をしない事には、保護出来ない、そのルールも知っていた。
「……。」
そのルールを変えてしまったら、ディンは人攫いになってしまう、それはわかっていた。
ただ、蓮の様な犠牲を産まない為にも、自分に出来る事はないのだろうか、と竜太は考えていた。
もう、この世界には魔物は現れない、セスティアに魔物は現れない、ならば、人間の為にその力を使うのも、間違いではないのではないか、と。
ディンには反対されそうだが、いつか大人になったら、蓮の様な子供を、1人でも助けられる大人になりたい、それが今の竜太の夢だった。
夢、と言うよりは、蓮を見て来た者としての、責務でもあるだろう、と。
「そろそろ上がろうかな。」
竜太は、将来を考える、未来を考える。
これから先、何が起こって、自分達がどういった立ち位置になって、世界と向き合っていくのか。
それはわからない、自分は人間とは違うから、とディンの様になるのかもしれない。
ただ、それはまだわからない、竜太が人間の為に力を使う、そんな未来が待っているかもしれない。
今はまだその時ではない、ただ、将来どう身を振るべきか、を竜太は少しずつ考え始めた。
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