心月大地

「空太よ、行ってまいる。」

「うん、気を付けてね、兄ちゃん。ちゃんと、時々帰ってきてよ?」

「うむ。」

 帰還から一か月、父宋憲を説得した大地は、旅に出る準備をしていた。

 スマホの触り方や電車の乗り方、飛行機の乗り方を学び、タクシーや外での作法も人通り学び、そして準備が出来て、今日から旅立ちと言うわけだ。

「僧衣以外、と言うのも良いのだな。」

 夏が近い、という事もあり、五分丈のチノパンに、白いTシャツに白に模様の入った半袖パーカー、と言う、今までとはまったく違う服装になった大地は、晴れ晴れとした気持ちで寺を出た。


「羽田空港行の便は、どちらになるか?」

「はい、羽田空港行ですね。第一ターミナルで伺っております。」

「うむ、感謝する。」

 稚内空港に到着した大地は、手続きをして、飛行機に乗る。

 初めての飛行機、高い所、と言うのも、初めての経験だ。

 いつの間にか、言葉の間、と言うべきか、言葉がすらすらと出てくる様になっていた大地は、旅を楽しもう、と思っていた。

「これが、空か……。」

 飛行機が発進し、どんどんと上空へと飛んでいき、雲の上、青い空の下を飛んでいる。

 窓側の席を取っていた大地は、この光景を遺しておきたい、と、旅が始める前に買ったカメラを不器用に構え、写真を撮る。

 ついでの如くスマホでも写真を撮り、守護者達のグループチャットにそれを送る。

 ーお!大地とうとう出発か!ー

 ー気を付けるんだよ!ー

 修平と俊平から返事が返って来る、2人は今頃学校の昼休みの時間だろう。

 学校に通いたい、と願っていた大地だったが、こうして旅を優先したのは、蓮の事があったからだ。

 蓮は、幼くして亡くなった、こういった景色を見る事もなく、世間を知るまもなく。

「素晴らしいな。」

 それがあったから、と言うと少しこじつけな様な気もするが、大地は旅を優先したい、と父宋憲と言い合いになった。

 最初は反対していた宋憲だったのだが、大地が無事に役目を果たしてきた事、そしてこれ以上大地を縛り付けてはいけない、と周囲に言われ、折れた形だ。

 金銭的な面、でいえば、たいそうな量の額をディンから受け取っていた、だから問題はない。

 目の前の景色に心奪われ、そしてしたかった旅に出たという実感を感じていた。


「あ、大地さーん!」

「竜太、待たせてしまったか?」

「いえ、さっき到着した所です。」

 羽田空港に到着して、集合場所まで迷いながら歩いていると、竜太がこちらにやってくるのが見えた。

「竜太よ、少し大きくなったか?」

「はい、僕が帰って来たのは、お話した通り一年前ですから。少しは、身長も伸びたんですよ?大地さんくらいにはなれないとは思いますけどね。」

「それで良いのだ、お主は、そのままで良い。」

 一か月ぶりに会った竜太は、少し身長が伸びていて、顔つきも何となく大人びていた。

 そう言えば、自分達と竜太とディンとでは、帰った時間が違ったのだ、という事を説明されたな、と思い出す。

「東京とは、人が多いのだな。圧倒されてしまいそうだ。」

「そうですかね?でも、大地さんの過ごされてた所って、人が少ないですもんね。」

「うむ。あまり、人だかりが出来る事もなかった。」

 めまぐるしく動く東京の人間を見て、人酔いしてしまいそうだ、と大地は思いながら、竜太の後ろをついていき、電車に乗る。


「そうだ、飛行機の中の写真、見ましたよ?綺麗ですよね、空。」

「しかし、竜太は見慣れておろう?空を飛べるのだからな。」

「結構違いますよ?僕は父ちゃんと違って、雲の上までは飛べませんし、自分で飛んで見る空と、飛行機から見る空って、結構違うんですよ。」

「そうなのか、それは勉学になった。」

 電車に乗って、坂崎邸に向かう途中。

 今日は平日、まだ午後三時頃だが、人はたくさん乗っていて、2人は運良く座れた、と思いながら、大地は車窓から都会の景色を眺め、驚いていた。

 テレビで見た事はあった、しかし実際には見た事が無かった、高層ビルや都会の街並み。

 それらが、大地の心を奪っていく。

「大地さんと会うの、ずっと楽しみにしてたんですよ。一年前に帰ってきて、ずっと。父ちゃんに、歴史を歪める事になるから行くな、蓮君の所に行くのも駄目だ、って言われて、ちょっと悲しかったです。」

「そうだったのか。蓮の墓は、ディン殿が作ったのだろう?確か、そう言っていなかったか?」

「はい、家のすぐ近くの霊園に頼んで、作ってもらってます。遺骨とかはないので、剣が埋葬されてるんですけどね。」

 それは行かなければならない、と大地は考える。

 遺骨がないからと言って、冥福を祈りに行かない理由にはならない、そして、蓮の武器は、蓮の魂を基にディンが造った、と言っていた、つまり、蓮の魂の一部が、そこには埋葬されているという事になるだろう。

「僕の弟達も、悠にぃも、大地さん達に会いたがってますよ。」

「そうか、それは有難いな。」

 電車に揺られ、旅の思い出を思い起こす大地。

 色々な事があった、色々な事があって、様々な出会いがあって。

 そして、自分達は今を生きている、と。


「ただいまー。」

「お邪魔致す。」

「竜にいちゃ、おかえりー!お兄さんが大地さん?」

「お初にお目にかかる、心月大地と申す。お主は?」

「僕は陽介だよぉ!竜にいちゃと一緒に戦ってたんでしょぉ?お話聞かせてよぉ!」

 坂崎邸について、そう言えば檀家以外の家に訪問するのは初めてだな、と緊張していた大地を、小さな小学生の男の子が迎える。

 末弟の陽介、今は小学3年生になった、まだまだ小さい子供なのだが、大地程の巨漢にも、物怖じせずに話しかけてくる。

「竜兄さん、お帰りなさい。初めまして大地さん、五男の大志です。」

「お初にお目にかかる。今日から、暫し世話になる。」

「はい、お願いします。」

 玄関で話をしていたら、五男の大志が出てきて、中に入ったら?と促す。

 大地は、そう言えば竜太は兄弟が多いのだった、と思い出し、招き入れられる。


「君が大地君か、中々強い魔力を持ってるな。竜太とディンが褒めるだけはあるな。」

「お主は?」

「俺は悠輔、この世界の守護者の1人だ。確か、学年は一緒だけど、そうか、大地君は学校に通って無かったんだっけか。」

「うむ、学校、と言う場所には、生憎と縁がなかった。」

「まあ、気持ちはわかるけどな。俺も、学校は行ってたけど、特別な存在として、鍛えられてたから。って言っても、だいぶ昔の話、今では普通に高校生してるけどな。」

 夜七時、そろそろディンが帰って来るだろう、と竜太が話をしていて、竜太の弟達に戦いの思い出を話していると、竜太を大きくして、髪型を少し変えた、と言う風貌の、ブレザーを着た青年が帰ってくる。

「お主が悠輔殿か。話には聞いておる、なんでも、一度死んで蘇ったのだと。」

「それも一昨年とかの話だけどな。堅苦しいのは無しだ、同い年なんだし、同じ力を持った人間同士、仲良くしようぜ?」

「有難い提案だ。悠輔、悠輔は、幼き頃より、特別な訓練を受けていた、と聞き及んでいるが、何をしておったのだ?」

「そうだな、剣道柔道空手、護身術から車の運転まで、何でもやったな。中学一年の時に事件が起きて、その時に俺の中で眠ってたディンが目を覚ました。あんまり覚えてないんだけどな、一回殺されて、世界軸を渡って、一昨年復活した、って感じだ。」

 大地は、自分が特別な訓練を受けていたわけではなかったが、幼少より棍を振っていた事を思い出す。

 あれは、遠い先祖の魂が覚えていた記憶だ、と玄武が言っていたが、悠輔はそうではなく、何も知らされずに、訓練を受けていた、と言うのに驚く。


「ただいま。お、大地君、お久しぶりだね。」

「ディン殿、久しい。」

「ん?大地君、前に比べてハキハキ喋る様になったね。」

「そうか?儂は変わらぬと思っておったが、ディン殿がそう言うのであれば、そうなのかも知れぬな。」

 悠輔と話をしていると、ディンが帰ってくる。

 ディンの仕事は、青少年の保護、と言っていただろうか、学校に通っていなかった大地は、ホットラインの手紙なども読んだ事がなかったが、テレビでたまにディンの事はニュースになっていたり、話が出たりはしていた、だからなんとなく仕事内容を知っている、と言った所だ。

「蓮のお墓はお参りしたかい?」

「まだ、行っておらぬな。明日、参ろうかと思っておる。」

「そっか、蓮も喜ぶよ。」

 大地にとっては一か月ぶり、ディンにとっては一年ぶりの再会。

 ディンは、探知を定期的にしていて、大地や守護者達が何かをしてしまった時に備えていたのだが、今の所、俊平と修平が説明の為に使っただけ、と言うのを知っていて、安心していた。

「リリエル殿や、セレン殿は、旅に出たと言っておったが、そう言えば、外園殿は、どうしているのだ?」

「今は大学に入る為に猛勉強中だよ。ここの近くに一軒家が空いてたから、そこを買って暮らしてるよ。たまに顔を出すけど、ずっと勉強ばっかりしてて、飯食べるのもたまに忘れる、って言ってたよ。」

「そうか。」

 リリエルやセレンとは定期的に連絡を取っていた、と言うか、守護者達のグループチャットに参加しているのだが、外園が中々反応をしない、したとしても既読を付けてお終い、と言う状態だった為、少し心配していたのだ。

 ピノから明日奈の様子も送られてくる、今は、明日奈の父と共に外国に旅行に行っているのだとか。

「外園殿は、勤勉なのだな。」

「外園さんは、そもそも研究者体質だからね。学ぶ事に生きがいを感じてる、そんな人なんだよ。スマホの使い方も、いの一番に覚えたから、学習能力も高いんだろうな。」

「外園さん、この前差し入れ行ったら、部屋中参考書だらけだったぞ?俺が入ってきたのも気づかなかった、って言ってたし、それ位集中してるんだろうな。」

 悠輔が、料理を作りながら話に入ってくる。

 悠輔と外園は面識がある、と大地は認識し、仲が良いのは良い事だ、と考える。

「さ、ご飯できたぞー。」

「はーい!」

 そんなこんなを言っている内に、11人前と言う大量の料理を仕上げた悠輔が、点呼を取って皆に食事を運ばせている。

「何か、手伝うか?」

「お客さんはゆっくりしててくれ、最初だけだけどな。暫く家にいるんだろ?なら、そのうち手伝ってもらう事になるかもな。」

 ディンを筆頭にして、竜太、浩輔、佑治、大志、大樹、陽介、源太、雄也がいて、大人数での食事になる。

 がやがやとした食卓、それは、大地にとっては初めて経験する事だ。

 それぞれの関係性や、何故一緒に暮らしているのか、そんな事を聞きながら、大地は食卓を楽しげに眺めていた。


「蓮よ……。」

 翌日、今日は土曜日という事もあって、大地はディンに連れられて蓮の墓参りに来ていた。

 花を添え、祈り、題目を唱え、墓を少し綺麗にする。

「そうだ、大地君。皆が来るまではここにいるって言ってたな。一か月位だけど、そこからはどうするんだ?」

「まずは、日本各地を回ろうと思っておる。そこから、世界を回れたら、と。儂は、蓮が見れなかった景色を、見る義務がある、と思っておる。蓮が果たせなかった願い、蓮が見たかった景色、それを見て回ろうと思っておるのだ。」

「そっか。それは、蓮も喜ぶよ。」

 六月の梅雨入り前、少し暑さが強くなってきた、快晴の天気の中、ディンと少し話をする。

「ディン殿、ディン殿は、蓮を斬る可能性を、最初から考えておった、それは間違いではないのか?」

「そうだな。もしもの事があったら、蓮を斬らなきゃならない、それは俺にしか出来ない、そして俺の役目だったから。ただ、そうしたくなかったから、蓮を旅に同行させたんだ。結局、俺の思惑も外れたけどな。」

「……。蓮は、幸せだったのだろうな。兄として、最期まで自身の事を考えてくれた、それだけで。」

 ディンは驚いた顔をする。

 大地は人の勘定の機微に敏感だ、とは思っていたが、まさか自分にそう言う言葉を掛けてくるとは思っていなかった、と。

「まったく、皆成長してるんだな。まだまだ子供だと思ってたけど、存外に大人になってるじゃないか。そうだな、蓮はきっと幸せだったさ。皆と一緒にいられて、仲間がいて、最期には仲間に看取られて。幸せだったと思う、それは、俺だけの力じゃない。」

「そうか……。ディン殿は、強いのだな。」

「そんな事ないよ。本当に強かったら、最初から蓮の事より世界の事を優先すれば良かっんだ。ただ、俺が個人的な感情として、それをしなかったってだけだ。それは、ある意味弱いともとれるな。ただ……。蓮にとって、最良の事は、してあげられたのかな、とは思ってる。」

 ここには蓮の遺骨は残っていない、蓮の体は、光となって消えてしまったのだから。

 ただ、ここには連の生きた証、蓮の武器が眠っている。

 蓮が寝食を共にした武器、それは、蓮の生きた証と言えるだろう。

 大地は、もう一度蓮の冥福を祈り、墓を後にした。

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