ファルカシュ・ジグモンド

「ふむ、この世界も幾分か懐かしいな。」

 ウォルフは、元居た世界、年輪の世界群の外側の世界に帰って来た。

 ……。

「暫しの休暇、了解した。それで、あんたさんは満足したのかね?あの世界を守る事に、随分と執心してたみたいだがね。」

 ……。

「成る程、神サマってのが何を考えてるのか、なんて事に興味はないがね、竜神王サンの感情、あれは人間に近しく、そして人間ではなかったな。」

 我が家の前で、暫し神と交信をするウォルフ。

 この姿は家族に見せた事はない、家族は、ウォルフが英雄として活動している事は知っていたが、神に使役されている、という事は知らなかった。


「あ!パパ!おかえりなさい!」

「パパー!」

「Oh!ただいま帰還した。」

「あなた、おかえりなさい。」

 玄関を開けて、リビングに入ると、妻であるミオンと息子であるレオ、そして娘のアンナが待っていた。

 ディンの次元転移と違い、ウォルフの世界移動は、正しく時間を経過させる、つまり、家族にとっては、ウォルフとの再会は一年半ぶりという事になる。

 普段から英雄として活動しているウォルフが家を空ける事はままあるが、ここまで長い間いなかった、と言うのは、珍しい事だ。

「パパ!あたし15歳になったんだよ!」

「僕も12歳!」

「そうか、それだけの時間が経っていたな。Umm,誕生日祝いは何が欲しいかな?」

 娘のアンナは13歳で、息子のレオは10歳だった頃に、ウォルフは年輪の世界群に行った。

 それだけの時間が経った、それだけ子供達が成長している、それはウォルフにとっては、喜ばしい事だ。

「あなた、今度はどんな世界に行ってきたの?」

「教えて!」

「僕もー!」

「Hahaha!本当にお前さん達は、探求心が強いな。それでこそ俺の子供だ。さて、何処から話すとするかね……。」

 ウォルフは、何処から話したものか、と暫し悩み、そして口を開いた。

「まず、俺が赴いた世界で誰と出会ったと思うかね?それは、彼の竜神王サマだったのさ。年輪の世界群の守護者、竜神王サン、その十代目だ。俺は構えた、俺は本来ここにいてはいけない存在、もしかしたら、粛清されるかもしれない、とな。しかしな、竜神王サンは、俺の話を聞いた後、なんと言ったと思う?」

「竜神王サンって、絵本の?」

「そうだ、あの絵本に書かれていた、神サマの事だ。そして、竜神王サンは口を開いた、俺に、守護者を育てる協力をして欲しい、とな。まさかと思ったな、得体のしれない外の世界の人間に、まさかそんな大役を任せる度量のある神サマだとは、思いもしなかった。年端の行かない青年、そうだな、見た目としてはアンナに近い年齢だったが、1500年も生きていた、って話も驚愕だった。そして、俺は竜神王サンと協力関係になった、そこで、俺にも想像のつかない、同じ様な役回りを与えられた仲間と出会った。中には妖精なんてのがいてな、外園君は確か、800歳と言ってたな。」

「妖精さんがいたのー!?」

 アンナとレオは、こうしてウォルフが世界を巡ってきた話を聞くのが大好きだった、そして、ウォルフもそれを語る事が趣味だった。

 最初は年下の妻であるミオンに話をしていたのだが、アンナが生まれてからは、還って来る度にその話をして、幼かったアンナの寝かしつけをしていたりした。

「そこから半年が経った。とある日、竜神王サンが、レオとそう歳の変わらない坊やを、連れてきた。こいつはなんだ?と聞いたら、何やら竜神の力を受け継いでいる、特別な坊やだ、って話だった。名前は蓮、この子は、最終的に大きな役目を背負っていた、だが俺達はそれをあまり知らなかった。とある存在に乗っ取られかけている、そしてそれをしてしまったら、世界にとっての敵になる、って話だった。こんな坊やが?と俺は思ったがね、その戦闘能力の向上の速さ、そして何より、時折見せる深淵の様な瞳、それが真実だと知るには、十分な判断材料がそろってた。そしてな、竜神王サンにこう問う事があった。蓮が、世界の敵になるのなら、その前に殺してやるのが優しさではないかね?と。その時、竜神王サンがなんて答えたか、わかるかね?」

「えーっと、子供だから可愛そう!とか?」

「概ね正解だ。竜神王サンは、こんな罪のない子供に、そうなる可能性があるから、と言う理由で死なせてはいけない、と言っていたな。大切な弟だ、とも。そうしてまた半年が経った、その間、俺達指南役と呼ばれた者達は、守護者と言われる青年達の監視をしていた。そして半年、とうとう戦争が始まったのだよ。俺達は、何も知らなかった守護者達を別世界へと連れていき、己の運命を伝えた。俺の担当は修平君と言う、西の守護者でな。アンナより少し年上だったんだが、何も知らない子供を戦場に連れていく、その道中をサポートして欲しい、それが竜神王サンから俺達に与えられた役目だった。」

 ウォルフは語りながら思い出す、最初は修平は魔物一体倒すのに苦戦していて、どう足搔いた所で守護者にはなりえない、と考えていた。

 それが、修行を付けていく内に、どんどんと強くなり、そして最後には、神を討ち世界を守った。

「パパは英雄なんでしょー?でも、なんで指南役になったのー?だって、パパだったら、自分で戦えたでしょー?」

「それは、あの世界の決まり事って所だな。竜神王が世界を守る、そしてそれぞれの世界の管轄として、守護者がいる。俺の仲間のうち2人も、別の世界の守護者でな。1人はリリエルちゃん、若い女性だったが、近接戦闘においては、竜神王サンの次に強かった。そしてセレン、あれは、戦士ではなく鍛冶師だと思っていたがね、竜神王サン曰く、彼もまた守護者だった、って話だ。それに、竜神王サンの息子もいたな。竜太、あの子は甘ったれだと思ってたが、旅の中で一番成長しただろう。」

 ウォルフの話を聞いて、子供達は目を欄々と輝かせている。

 ミオンも、ウォルフの話はいつも面白い、そして冒険劇には興味がある、と夕食を作りながら、耳を傾けていた。

「修平君、俊平君、大地君、そして清華ちゃん、蓮、竜太。6人の戦士、そして竜神王サンの手によって、世界は守られた。俺は英雄としてではなく、その指南役に徹する事になった、それが今回の顛末だ。だが、強い敵もいたな。魔法を使ってくる敵なんだが……。」

 ウォルフの話は続く。

 最初に修平と出会ったときの話、そしてそれからの冒険、守護者とは何をもって守護者というのか、と。

 いつか、自分の跡を継ぐかもしれない子供達に、その時が来たら、困らない様に。


「ふぅ、久々の休暇ってのも、中々乙なもんだな。」

 自室で煙草を吸い、バーボンを傾けていたウォルフ。

「しかし、竜神王サンよ。」

 ディンのやり方が正しいのか、間違っていたのか、それはわからない。

 結果として蓮は死んだ、それだけを切り取れば、失敗に終わった、間違っていた、と言う事になるだろうが、その代償を経て、ディンは破壊の概念を完全消滅させる事が出来た。

 それを見れば、蓮を眠らせたり、会った時点で殺さなかったのは、正解と言えるだろう。

「……。」

 しかし、ディンは打算的な考えを持たない、それがウォルフ達の共通認識だった。

 ディンは考えなしではない、一から十まで計算して動いていた、それは事実だ。

 しかし、こうなってほしい、と言う打算で動いていたわけではない、もしそんな思惑があったとすれば、それは蓮の事だけだろう。

 闇から帰還する、光に帰還し、ディン達家族と共に暮らして行く、それが、ディンが唯一打算的だった、と言える事だろう。

「蓮、お前さんはな。」

 バーボンを一口飲み、考えを続ける。

 蓮は、自分達では至る事が出来ない、英雄の到達点にいると考えていた。

 どんな英雄だろうと、破壊の概念などと言う、一千万年間も存続していた存在を消し去る事は出来ない、歴代の竜神王をもってしても出来なかった事を、蓮はディンの力を借りる事で、達成した。

 それは、どんな英雄よりも、語り継がれなければならない事だろう、世界は守られた、それは1人の少年の犠牲を持って、だと。

「……。」

 蓮は、最期に何を思ったのだろうか。

 これは、他の戦士達や、仲間の死を見ると、いつも考える事だ。

 何を思って死んでいったのか、何を思って生きていたのか、そして、何を思って戦いに身を置いていたのか。

 蓮は、ディンに頼まれたから、戦っていた、と本人が言っていた。

 怖いかもしれない、痛いかもしれない、でも、お兄ちゃんの為に、と。

 しかし、本心では気づいていたのではないだろうか。

 本能的な部分で、破壊の概念に乗っ取られかけている事に、気づいていたのではないだろうか、とウォルフは推察する。

 ならば、蓮は最初から犠牲になる事をわかっていて、そしてあの時、それを実行したのではないか、と。

「しかしな、蓮よ。」

 世界の為に犠牲になる、それは英雄も同じ事が言えるのかもしれない。

 ウォルフは英雄としては異質、自分は世界の為に動いているのではない、自分自身の意思決定で英雄として活動している、世界の為に犠牲になるつもりなど、さらさらない、と思っていた。

 ならば、世界の為に犠牲になった蓮、蓮は、間違っていたのだろうか。

 違う、どちらも間違ってはいない、そうウォルフは考える。

「あの時、最善の手は……。」

 蓮が取った最善策、それは世界を守る事だった、ただそれだけの事だ。

 ただ、蓮は世界を守るつもりなど毛頭なく、ただディンと仲間の為にそれをした、と言うだけで。

 ウォルフは、自分が同じ立場だったら、と考える、それは無意味な問いなのかもしれないが、結果として世界を守った大英雄の事を想うと、それも無意味ではないと感じる。

「……。」

 蓮は世界を守った、それは結果としてだ。

 蓮は、ディンを守りたかった、それが蓮の想いだ。

 蓮は己に記されていた運命に抗い、そして破壊の概念の干渉すら逆手に取った。

 それはきっと、蓮で無ければ出来なかった事だろう、とディンは言っていた。

 世界を恨みながら、憎みながら、しかし愛していた、それは破壊の概念に乗っ取られた、誰とも違う感情なのだ、と。

 蓮は、ディンの愛した世界を守りたかった、それがウォルフがセスティアで出した結論だった。

 ディンは世界を愛していない、人間を愛していないと口では言っているが、本心では違う、とウォルフは気づいていた。

 それに蓮が気づいていたかどうか、それはわからずじまいだが、恐らく、気づいていたのだろう。

「竜神王サンよ、お前さんは……。」

 ならば、蓮を斬ったディンの行動は、正しかったのだろうか。

 弟を守る、その意思表明からしたら、間違いだったのだろうが、世界を守る、と言う観点から見ると、それは至極正しい事だ。

 竜神王としては正しい、そしてディン個人の心としては間違っている、それが正解だろう。

「まったく、お前さんと言う男は。」

 本当にぎりぎりの所まで、ディンは個人的感情を優先していた、それは竜神王としては間違った行為なのかもしれないが、ウォルフにとってそれは、正解と言っても過言ではなかった。

 個人的感情で英雄を続けていうウォルフと、個人的感情で蓮を守ろうとしたディン。

 この両者には、英雄としては世界の為に殉じなければならない事と、竜神王としては世界を守る為に行動しなければならない、と言う意味合いで似ている。

 そういう意味では、ディンと蓮が取った行動、と言うのは、これからの自分の人生において、参考になる事象だ、とウォルフは考える。

 いつか、世界と自分の意思を秤にかける日が来たら。

 その時は、どうするべきなのだろうか、何を思い、どう行動するのか。

 2人を見ていると、それを考えさせられる。

「蓮に、竜神王サンに、乾杯だ。」

 気が付けば、グラスが空いていた。

 ウォルフはバーボンを注ぎ、乾杯の素振りを見せてから、一口飲んだ。

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