河伯修平

「帰ってきて二週間、かぁ……。」

 修平は、戦いが終わってから二週間、日常に少し違和感を感じていた。

 あの修行や戦いに満ちていた日々こそ本物で、こちらでの生活は違う、と言う、漠然とした違和感に悩まされていた。

 平和なのは良い事、自分達はそれを勝ち取った、と言い聞かせているのだが、自分自身が、それに納得しきれていない部分がある。

 それに、と。

 蓮の死、それもまだ、受け入れきれていない、蓮が死んでしまった事は事実だ、そしてそれによって、ディンは破壊の概念に勝った、世界を守るという大業を為した。

 それはわかっている、ただ、修平の心が、蓮の死を受け入れてくれない。

「はぁ……。」

 まるで旅に出る前の様に、学校の屋上でため息をつく修平。

 風色の丸い瞳は、佐世保の美しい海を見つめているが、心ここにあらず、と言った風だ。

「よ、修平どうしたんだ?」

「あ、健成……。えっと……。」

「まだこっちの生活に戻ってこれないか?」

「あ、うん……。半年位って言っても、命懸けで戦ってきたからさ、それをしない毎日、って言うのが違和感なんだ……。」

 長い付き合いの親友、健成は、修平が悩んでいる内容が変わっただけで、悩みは尽きないのだな、と考える。

 以前は、ずっと妹の綾子の事を悩んでいた、それが、二週間前にそれは吹っ切れた、その代わり世界を守ってきて、と言われて、大変に驚いたのだが、修平が道場で魔力を使った所を見せて、それは信じていた。

 ただ、戦いの後遺症とでも言えば良いのだろうか、良くも悪くも命を懸けていた頃と比べてしまうと、日常と言うのは平凡で、つまらないと感じてしまう事もあるのだろう。

「って言ってもなぁ、戦いは終わったんだろ?修平達が勝って、世界を守ったって言ってたじゃんか。それでも不満なのか?」

「不満っていうか、そうじゃないんだけどさ。修行してないと落ち着かないって言うか、ほら、学校通うのも久しぶりだからさ、居心地が悪いって言うか……。」

「修平は昔から、じっとしてるのが苦手だったもんなぁ。それが、戦い打の修業だので大きくなっちゃったんじゃないか?きっと戻ってこれるさ。俺には戦いの怖さとか、それこそ死ぬかもしれないなんて経験もした事ないし、わかんないけどさ。でも、修平はきっと、戻ってこれると思うぞ?」

「そうかな……。」

 修平の不安、それは社会に迎合出来なくなってしまうのではないか、という事だ。

 戦いに身を置いていた、世界の存亡に関わった、などと言う人間は、自分達位のものだろう。

 それこそ、外国で戦争をしている人間達は似た様な事を言い出すかもしれないが、それとも規模が違い過ぎる。

 世界を守り、神を相手に立ち回り、と言う経験をした事がある人間、と言うのは、正しく自分達だけだろう、と。

「そうだ、綾子ちゃんはどうなんだ?修平、帰ってきてからべったりしなくなったよな。」

「ん?えーっとね、教えられたんだ。甘やかすのと、優しくするのは違うんだって。自立心を奪う、って言われたんだ。」

「誰にだ?」

「俺の指南役をやってくれた人。まだこっちにいるのかな、連絡取ってみようかな……。」

 健成は、修平が妹びいきと言うか、妹命だったのが、ここ二週間で変わってきたな、と言うべきか、いい方向に無関心とでも言えばいいのだろうか、あまり干渉していないのを見て、少し安心していた。

 自立心を奪う、と言ったウォルフの言葉を知っているわけでもなく、ウォルフと知り合いでもないが、それを言ってくれる相手がいて良かった、と。

「ま、時間が解決してくれるさ。そろそろ五限始まるし、行こうぜ?」

「うん。」

 何時だったか、テレビで見た、帰還兵の話。

 戦争が当たり前で、それが無いと自分がいる意味が無い、という風に言っていた、その言葉が、今の修平の状態になってしまっているのではないか、と健成は考えた。


「ただいまー。」

「お兄ちゃん、おかえりなさい。お客さんが来てるよ?」

「お客さん?」

 帰路についた修平を、車椅子の綾子が迎え、そしてリビングに客が来ている事を伝える。

 修平は、誰が来たのか、と疑問符を浮かべながら、リビングに向かう。

「やあ修平君、元気だったかね?」

「ウォルフさん!まだ向こうには帰らなくて大丈夫何ですか?」

「いや、もう帰るのだよ。だから、君に挨拶をと思ってな。」

「そう、なんですか……。帰っちゃうんですね……、でも仕方がないのか……。」

 ウォルフの顔を見て、顔が明るくなったかと思ったら、今度は帰還の話を聞いてしょげている修平。

 本来の修平、感情が顔に出やすい、と言うのは、修平本来の性格だ。

 ウォルフは、それを見て少し安心する。

「何か悩んでいる、と妹ちゃんから聞いたがね、なんでも今の生活が居心地が悪いんだとか。」

「そう、なんですよ……。戦いとか、修行とかが当たり前だったから、今の生活で良いのかな、って……。」

 リビングのテーブルに座っていたウォルフの目の前に座り、深刻そうな顔で話す修平。

 ウォルフは、そうなるんじゃないかとは考えていた、帰還兵の様に、或いはトラウマになっていたり、元の生活に違和感を持つ事になるのではないか、と。

「Umm,お前さんの悩みってのは、昔経験をした事があるな。英雄として、初めての戦争から帰ってきて、そして悩んだ。俺の生活はこれで良いのか?争いのない世界で生きていけるのか?それとも、もう戦争に首を突っ込まないと生きていけないのか?なんてな。」

「ウォルフさんも、そう言う時期があったんですか?」

「そうだ、修平君よ。しかしな、それも全ては、時間が解決する問題だ。俺の場合、一年と経たずに次の戦争に派遣されたもんでな、そんな事を考える暇すらなくなったが、お前さん達は違うんだ。これから先、お前さんの力を必要とする戦争はなくなる、とマナの意思が言っていたんだろう?ならば、日常に帰還するべきだ、と俺は思うがね。」

「そう、ですよね……。」

 ウォルフの言葉を聞いて、修平はさらに悩む。

 時間が解決してくれる、と言うのなら、どれだけの時間悩めば良いのだろうか、何時になったら解決してくれるのか、と。

「なに、お前さんは1人で戦ったわけじゃないだろう?お前さんと一緒に戦った、仲間がいるだろう。俊平君達に聞いてみるのもありかもしれんぞ?同じ悩みを持つ者同士、何か解決の糸口が見つかるかもしれん。本当なら、俺が面倒を見てやりたい所なんだがな、生憎と退去の時間が迫っている。ただ、一言だけ残すとしたら、そうだな……。守護者として生きていく、それは苦しい道かも知れん、だが、それをしてみるのもありかもしれんな。」

「守護者として……。」

「それでは、俺は退去の時間だ。これから会う事もないだろう、これが最期だ。修平君、お前さんと出会えた事は、俺の人生の中でも勲章になるだろう。英雄として戦ってきた事は何度もあるがね、守護者を育てる、なんて経験をしたのは、金輪際無いだろうからな。互いに、生きようじゃないか。」

「あ、ウォルフさん……。本当に、ありがとうございました。ウォルフさんがいなかったら、俺、死んでたと思います。ディンさんは育ててくれたかもしれないですけど、でも、俺にとって、師匠はウォルフさんです。本当に、ありがとうございました。」

 修平がそう言い終えると、ウォルフは満足そうに笑い、そして光に包まれ消えていった。

 修平は、早速実践してみよう、と自室に行き、スマホを手に取る。


「……、ってウォルフさんが言ってたんだけど、俊平君はどう?日常に戻ってきて、何か居心地悪いとか、そう言う事って、無い?」

「そうだなぁ……。俺は以外と無いけど、無いって言うと嘘になるな。社会と一枚壁があるって言うか、俺達ってもう、普通の人間じゃねぇんだよな、って言う気持ちはある。」

 一番話が出来そうな俊平に電話を掛けた修平は、俊平が少しでも同じ悩みを持っている事に、少し安心する。

 自分程ではないが、そう言った悩みがある、それは、共に戦った仲間として、共通の悩みなのだろう、と。

「セレンさんがこっちいるだろ?だから、なんかディセントの感覚が抜けねぇって言うか、なんかそんな感じはあるんだよな。あれは全部夢だったんじゃねぇかとか、逆に今こうしてんのが夢なんじゃねぇかとか、そう言うのは寝る前に考えちまうな。」

「向こうで暮らす、とかは考えたくないんだけどさ、こっちの生活があるってわかってるし、こっちにも大切な人達がいるし、手放したくはないんだけどさ。戦いがあって、修行をして、って言う日がさ、意外と悪くなかったんじゃないかって、思っちゃうんだ。」

「ディンさんに6人がかりで喰らい付いたりな。もう二週間も経っちまった、って言うか、まだ二週間しか経ってねぇんだもんな……。俺達、ずっと一緒に行動してたろ?だから、皆がいねぇ生活に違和感って言うか、あの清華の厳しさとか、大地の無口なとことか、そう言うのが懐かしいって思っちまうんだよな。」

「俺も。最初、俊平君と清華ちゃん、仲悪かったもんね。委員長、って言ってさ、清華ちゃんが怒ってた事もあったっけ。」

 今となっては懐かしい、出会ってすぐの記憶。

 ジパングで出会い、そしてソーラレスに行き、ドラグニートに渡り、ソーラレスでひと悶着あり、そしてフェルンに行って。

 思い出と言うのには少し生々しいかもしれないが、修平にとって、それは思い出だった。

「何だろう、良い思い出だった、って思っちゃうよね。勿論、蓮君の事は苦しいけど……。でも、一緒に戦ったの、思い出だよね。」

「そだな。大切な思い出だな。俺達にしか出来ねぇって言われた時なんて、ホントに絶望したぜ?でも、あん時のセレンさんの言葉が無かったら、俺は戦えなかったと思うんだ。そだ、ウォルフさんはもう帰っちまったのか?」

「うん、さっき、元居た世界に帰ったと思う。もう会う事もないだろう、って言ってたよ。」

「そっか、ウォルフさんって、リリエルさんとかセレンさんと違って、また別の世界から来たんだもんな。……。寂しいな。」

 寂しい、それはそうだ。

 指南役として指導してくれた、師匠と二度と会えない、死別したわけでもないのに、もう二度と会えないというのは、死別とはまた別の寂しさがある、と修平は感じていた。

「早く夏休みになんねぇかなぁ。お前らと会うの、むっちゃ楽しみだぞ?」

「俺もだよ。皆とずっと一緒にいたから、今こうして違う場所にいるのが、信じられない位だもん。」

「大地の奴、そろそろ旅に出始めるって言ってたじゃん?だから、会うのも少し大変だと思うんだよ。でも、会いてぇな。」

「そうだね。」

 SNSを通じて、グループチャットをしている、大地が最初は使うのに戸惑っていたが、二週間も使っていれば慣れるのだろう、ここ数日は、だいぶん返事も早くなってきた。

 そんな大地が、そろそろ旅に出る準備をしている、親を説得して、旅費はディンが払う、と言っていただろうか。

 修平達の持っている口座にも、ディンから多額の振り込みがあった、それは、守護者として世界を守ったのに比べれば些末なものだが、とディンが送ってくれたのだ。

 修平は、それを道場の修繕に使おうと思っていた、それでも簡単には使いきれない額を受け取っていたが、それは将来の為に取っておこうと考えていた。

「俺もさ、高校出たら東京出ようと思ってるからよ、ディンさんから貰った金、独り立ちの資金にしようと思ってんだ。一億もあっからよ、使い切る方が難しいとは思うけどよ、せっかくの気持ちなんだから、有難く使わせてもらおうと思ってんだ。」

「俊平君がプロダンサーになるところ、早く見たいよ。それじゃ、今日は切るね。」

「おう、またな。いつでもかけて来いよ、バイト中は出られねぇけどな。」

 電話を切る、修平は、静かになった部屋で、独り考える。

 皆、同じ様な悩みを持っていて、戦争が終わった実感と共に、それで良かったのか、と悩んでいた。

 蓮の犠牲があって勝利した、その蓮の犠牲は、世界にとっては良い事なのだろうが、修平達にとっては、辛い事だ。

 今度、竜太にも電話を掛けてみよう、竜太は、ずっと戦ってきたのだから、そういう意味では違う感情を持っているのかもしれないが、蓮に対する気持ち、それは一緒だろう、と。

「おにいちゃーん、ご飯だよー!」

「はーい!」

 少しだけ、気持ちが軽くなった気がする。

 話してよかった、と思いながら、修平は部屋を出て、リビングに向かった。

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