リリエル・アステリア・コースト

「……。」

「お、リリエルさん達、待ってたぞ?」

「あら、ディン君。そう言えば、貴方達は一年前に帰って来たんだったかしらね。私からしたら、さっきぶりなのだけれど、そう懐かしそうな顔をされると、錯覚を起こしそうだわ。」

 セスティアに飛んだリリエルは、ウォルフと外園と共に、セスティアにおけるディンの住居、坂崎邸に来ていた。

 ディンは待ちわびていたと言う顔をしていて、懐かしいものを見る目で3人を見ていた。

「あ、リリエルさん!ウォルフさんに外園さんも!」

「竜太君、元気だったかしら?」

「hahaha!竜太、お前さん、少し気が抜けているな?」

「竜太君、ディンさん、お久しぶりです。」

 ディンと竜太にとっては、一年ぶりの再会、そして3人にとっては、地続きになっている時間の差。

 その差の中で、竜太が少し大きくなっている事に、リリエルが気付いた。

「竜太君、少し身長が伸びたかしら?」

「はい、5センチ位しか伸びませんでしたけど……。」

「まだまだ成長期は続くのですから、そう悲観せずとも良いでしょう、竜太君。」

 今いるのは坂崎邸の庭なのだが、中からがやがやと声が聞こえてくる。

「そう言えば、貴方達には家族がいたんだったわね。」

「おーい、ディン、再会は出来たのか?」

「あら、貴方は?」

 庭で話していると、1人の青年が庭に出てくる。

 その青年は、竜太を大きくして、髪型をソフトモヒカンにした、と言う感じで、髪型が違くなければ、身長の違う双子か何かだと勘違いするだろう。

「初めまして、俺は悠輔。ディンの仲間が来るって言うもんだから、楽しみに待ってたぞ?」

「貴方が……。初めまして、私はリリエル。元復讐者、とでも言えば良いのかしらね。」

「Oh!ウォルフと呼んでくれたまえ。」

「外園と申します。貴方が悠輔さんですね?確か、陰陽王と呼ばれた存在の生まれ変わりで、この世界を守護している存在の1人だ、と伺っております。」

 悠輔は、こういった事も初めてではない、と臆する事なく挨拶をする。

 3人は、この人間が、ディンがさんざん語っていた、悠輔かと認識をした。

「さ、中に入ってくれよ。家族を紹介しないとな。」

「私達を見て驚かないかしらね?」

「大丈夫だよ、こういうのに慣れてる子達だから。」

 そう言って、ディンと竜太、悠輔は3人を家へと招き入れる。

 リビングには、大小様々な坊主頭が揃っていて、これがディンの守りたい家族か、とリリエル達は認識した。


「それで、これがスマートフォンだ。タッチすると反応する、試しに俺に電話を掛けて見てくれ。」

「こうかしら?」

「そうそう、飲み込みが早いってのは有難いな。」

「ふむ……。通信装置、と言いましたか。セスティアは文明が進んでいるのですね。」

 再会の晩餐をして、翌朝、ディンからこの世界での動き方や、諸々を教わっていたリリエルと外園。

 ウォルフは仕事柄他世界に行くのに慣れている、大体の事は把握している、という事なので、子供達の話相手になっていた。

「おじさんのそれって、銃なのぉ?」

「そうだぞ陽介君よ、こいつはマクミランTAC-50、俺の愛銃だ。」

「すごーい!」

 そんなウォルフと末っ子の陽介の会話を聞きながら、今はスマホの扱い方を聞いている。

 便利な通信装置、と言うと、リリエルの世界では軍が使っていた大きな通信装置程度しか知らなかった、固定電話は普及していたが、携帯電話を通り越してスマホ、と言うのに驚いていて、そして楽しんでいた。

 異世界の文化に触れたい、と思っていたリリエルにとって、これは大きな一歩になる、と言う事だ。

「それで、後は通帳と金の降ろし方と、電車の乗り方とか……。」

「ねぇディン君、一旦私のいた世界に戻っても良いかしら。」

「ん?あぁ、構わないよ。」

「ありがとう。レクチャーは後で受けるわね。」

 リリエルはそう言うと立ち上がり、世界を飛ぶ。

 ふと思いたった、と言うか、やるべき事を残していたな、と。


「……。ここは変わらないわね。」

 リリエルが飛んだ先、それはリリエルの過ごしていた世界。

 ここでやる事を終えてから、旅を楽しもうと考えていたのだが、ディン達の勢いに任せて、忘れる所だった、と。

「さて、何から始めましょうか。」

 独裁者をリリエルが暗殺し、そして世界を離れた為、情報が足りていない。

 まずは情報収集をして、そこから動き出さなければ、とリリエルは行動を開始した。


「そんな事になっていたのね。成る程、なら私が暗殺したのは、結果として世界を守った事になるのかしらね。」

「リリエル……!貴様、何を……!」

「この世界に暗殺者はもういらない、貴方も、私も、もう不要の存在なのよ。やっと安定してきた世界を、また混乱させられたら困るの、だから、私は貴方を最後のターゲットに選んだ。」

「最後……!?貴様、暗殺者以外の存在になれると思っているのか!?俺が手塩にかけて育てた、貴様が?笑わせるなよリリエル、貴様は生涯殺す事を止められんよ!そう仕向けたんだからな!」

 一か月が経ち、リリエルは情報を仕入れて、暗殺者の師匠が待つアジトへと足を運んだ。

 目的は、人生最後の殺し、安定してきた世界、安定した統治者によって制定された国家を維持する為、その反乱分子となりえる師匠を殺す事。

「貴方がシードルを殺す様に命じた時、私は何の疑いもなく殺したわ。確かに、私は生涯この罪から逃れられない、この罪は、私が背負わなければならない物なのだから。でも、私は守護者、貴方の様な世界を混沌へと誘う存在を、そのままにしておく気はないの。」

「気がふれたかリリエル!」

「いいえ、私は知ったのよ。復讐、そして暗殺以外の道をね。哀れな貴方と違って、それ以外の道を選ぶきっかけを貰ったの。貴方は、貴方以外の暗殺者を、全て潰していた。もう、殆どの暗殺者は残されていない。なら、貴方を殺せば、それで終わりだと思わない?」

 暗殺の師匠は、その体躯に似合わず俊敏な動きを見せるが、それはリリエルからしたら、牛歩で歩いているのと変わらない。

 一瞬で背後を取り、そして。

「さようなら、貴方は、ここで終わりよ。」

「リリエル……!がは……!」

 師匠が息絶えたのを確認すると、リリエルはアジトに火を点ける。

 リリエルが過ごしたアジト、忌々しくも、懐かしいアジトが、燃えていく。

「これで良かったのよね、シードル。」

 建物が焼けていく、崩落を確認すると、リリエルは過ごしていた村へと向かった。


「……。これは、貴方達が遺してくれた、希望。私は、ちゃんと使えていたのかしらね。」

 両親の墓の横に、シードルの墓標を立てたリリエル。

 その墓標の中には、妖刀アコニートが眠っている。

 ディンが言っていた、アコニートには3人の魂が宿っていると。

 ならば、遺骨の代わりにはなるだろう、それは、魂の居場所なのだから。

「私は生きていく、もう暗殺者としてじゃない。これは、私が守護者と言われるのにふさわしい存在になれる様に、貴方達に還すわ。……。ありがとう、お父さん、お母さん、シードル。貴方達の意思が無かったら、私は今頃、死んでいたわ。……。だから、さようなら。」

 もう人を殺さない、その決意。

 生涯暗殺者として終えると思っていた、その命の在り方、それが変わってしまったのは、良い事と言えるのだろうか、それとも悪しき事なのだろうか。

 それは、死ぬ時までわからないだろう、生涯をかけて、知っていく事なのだろう。

 リリエルはそう信じて、世界を飛んだ。


「なぁリリエルさん、あんた格闘術強いんだろ?ちと稽古付けてくれよ。」

「あら、悠輔君、貴方は私より強いと思うけれど?」

「それは獲物を持った時、だろ?なら、格闘戦ならあんたの方が上だと思うんだ。」

 セスティアに戻ってきて、ディンから一通り物事のレクチャーを受けた、そして今日からホテルで過ごす事になる、と言う時に、悠輔が話を振ってきた。

 リリエルは、竜太の時にも感じたが、悠輔や竜太の双子の兄の浩輔と話している時も、まるでシードルといる様な気になってしまう。

 そんな悠輔が、格闘術の訓練を申し出てきた、それは、恐らく異世界の戦士と、どれだけ渡り合えるかを確かめたいから、だろう。

「良いわよ、格闘術限定、武器はなしで良いかしら?」

「あぁ、それで頼む。」

 庭に出る2人、それを見学しようとぞろぞろ後ろからついてくる子供達。

 ディンは仕事があるからと出かけていて、竜太はどれ位の実力差があるのか、興味が尽きない様子だ。

 他の子供達も、悠輔が戦う所や、異世界の戦士達が戦う姿を見たい、とはしゃいでいた。

「さ、行くわよ。」

「おう。」

 子供達の目では追えない速度で、格闘戦を繰り広げる2人。

 リリエルの見立てでは、悠輔の能力はディンの第三段階開放と同じレベル、つまり今の竜太と同じレベルだと思っていたのだが、その観察眼は、まだまだ衰えてはいない様子だ。

 これ程の使い手がいるのであれば、清華達が訓練をしたい、と思った時にも、十分すぎる相手になるだろう、とリリエルは安心していた。


「それで、外園さんはまだ部屋にお勉強?」

「Umm,彼の熱心さには時折心配すら感じるがね、まあ性分と言う奴だろう。」

 清華と会った日の夜、ホテルのディナーに来ていたリリエルとウォルフ、セレンは、外園が部屋から出てこない事を案じていた。

 いくら妖精と言えど、缶詰で居続けていたら、体に不調を起こすだろう、たまにはリフレッシュをしないといけない、と。

「私、呼んでくるわね。」

「お、任せた。」

 リリエルは席を立ち、外園が泊っている部屋に向かう。

 エレベーターに乗り、そう言えばエレベーターと言うのも目新しい物だったな、などと感慨に耽る。

「外園さん、ご飯はいらなの?」

 外園の部屋をノックし、問いかける。

「リリエルさんですか、いやはや、覚える事が多いというのは大変ですな。」

「夕食のお誘いだったのだけれど、迷惑だったかしら?」

「おお、もうそんな時間でしたか。すぐに支度をしますので、少々お待ちください。」

 部屋の中がバタついた、と思ったら、外園が鍵を開けて出てくる。

「貴方の格好、中々様になってるわよね。」

「リリエルさんも、この世界に似合っていますよ。」

 チノパンにワイシャツと言う格好で出てきた外園は、そう言えば眼鏡を忘れていた、と一旦部屋に引っ込み、すぐに出てくる。

 外園のトレードマーク、鼈甲の眼鏡は、やはり掛けていてこそ外園だな、とリリエルは感じる。

「さ、行きましょうか。」

「はい。」

 2人でエレベーターに乗り、レストランに向かう。

「そう言えばリリエルさん、武器はどうされたのですか?」

「清華さんにも聞かれたけれど、置いてきたのよ。あれは、私にはもう必要のないものだから、あるべき場所に置いてきたの。」

「そうでしたか。いやはや、周りが見えなくなってしまうというのは、私の悪い癖ですねぇ。」

「ひたむきで良いんじゃないかしら?寝食を忘れる程、って言うのは感心出来ないけれどね。」

 共に戦ってきた仲間同士、絆はある。

 昔の様に壁を作っているわけではない、これが本来のリリエルの性格なのだろう。

 本来の性格、天真爛漫とは言わずとも、ポジティブな性格だったリリエルは、それを取り戻しかけていた。

 外園は、それを知って安心していた、仲間として、心配していたからだ。


「蓮君……。」

 少し日が過ぎ、リリエルは旅を始める時期になった。

 まずは、この日本と言う国を回ってみよう、と思ったリリエルは、その前に蓮の墓参りに来ていた。

 蓮の墓は、ディンが誂えたものだ、両親と一緒では、蓮が浮かばれないだろう、とディンが購入した墓に、ルミナ&ウィケッドが眠っている。

「貴方は、本当に良い子だったわね。」

 蓮の墓に手を合わせ、1人語るリリエル。

 これからも定期的に来ようとは思っていた、しかし、一旦ここから離れる、だから、と。

「……。」

 蓮は、いつだったか両親が語った、天国に行ったのだろうか。

 地獄に連れていく様な酷な事にはならないだろう、きっと天国で楽しんでいるだろう、とリリエルは希望的観測を持っていて、だからこそ、次に蓮が転生してきた時に、幸せになれる様にと願っていた。

「また、来るわね。」

 花を飾り、墓石を綺麗にして、リリエルは去った。

 これから待つのは、希望の旅だ。

 リリエルの人生、それが良かったのか悪かったのか。

 それは、これから決まる事なのだ。

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