鈴ケ峰清華

「帰ってきてから一週間が経ちましたか……。」

 清華達がセスティアに帰ってきてから一週間、世界は何も変わっていなかった。

 まるで、ディセントと言う世界が滅びかけたと言う事など、無かったかのように、世界はいつも通り回っていた。

「これが、ディンさんがいつも体験されている事なのですね……。」

 華道の帰り道、着物を着ていた清華は、そう言えば、暫くは剣道着だった為、少々動きづらいな、と思い返す。

 向こうでは、風呂に入れない日が続く事も多かった、そのはずみで、風呂に入るのを忘れそうになったり、剣道の稽古では二刀流の構えを取りそうになったり、若干私生活に弊害が出ている。

 二刀流に関しては、道場での稽古時間の後に、父相手に行っていて、父を圧倒する程度には強くなっていた、もうこの世界で、清華より強い相手、となると、ディンか竜太、そして陰陽王の生まれ変わりである、悠輔位しか残っていないだろう。

 電話番号は交換していた、そう言えば俊平から、戻ってきた翌日に電話がかかって来たな、と思いながら、他の面々はどうしているのか、と歩きながら考える。

 五月の日和、暖かくもまだ少し涼しい風に撫でられながら、清華は、冒険の日々を思い出す。

「お電話、でしょうか……?」

 ふと、小物入れのカバンに入れていたスマホが鳴る。

 清華はスマホを取り出すと、知らない番号からの着信だった。

「もしもし?どちら様ですか?」

「清華さん、元気だったかしら?」

「そのお声は……、リリエルさん?」

「えぇ、このスマートフォンって言うの、便利なのね。遠くにいる人にもすぐに電話が出来るなんて、私達の世界では軍人が使っている程度だったわよ?」

 声の主、リリエルは、こちらの世界の文明に触れて、驚いている様子だった。

 スマホの使い方もディンから教わったのだろうか、少し嬉しそうな声で、清華と話をする。

「清華さん、この後時間あるかしら?」

「はい、今日は剣道の方はお休みですので、この後でしたらお時間はあります。」

「そう、なら、お茶でもしない?って誘うのが良いらしいわね。ディン君に聞くのは恥ずかしかったけれど、こっちの世界での作法はわからないものね。」

 リリエルからの誘いがあるとは思わなかった清華は、くすくすと笑ってしまう。

 ディンにリリエルが作法を聞いている姿を想像して、そして顔を赤らめているであろうリリエルを想像して。

 愉快、と言う程ではないが、微笑ましい光景だなと。

「リリエルさんは転移魔法を使えるのですよね?でしたら、私の方に来ていただく事は出来ますか?丁度良い喫茶店があるので。」

「えぇ、分かったわ。」

 そう言うと電話が切れ、そしてリリエルが目の前に現れる。

「お久しぶり、と言う程でもないかしらね、清華さん。あら、随分と可愛らしい服装ね。」

「ご無沙汰しておりました、リリエルさん。それで、こちらの世界はどうですか?」

「驚く事ばかりね。通信もそうだし、このスマートフォンって言うのは、手紙もすぐにお送れるのでしょう?本当に、軍がそれを知ったら、のどから手が出る程欲しがるでしょうね。」

 清華が剣道着以外を着ている所、と言うのは、ふろ上がりの湯浴み程度だったリリエルからしたら、今の清華の服装、訪問着と言うのは、綺麗に映っているのだろう。

 少女らしい恰好だ、とリリエルは褒めていて、清華も、リリエルがジーパンにシャツと言うラフな格好でいる事に驚いていた。

「リリエルさんのお洋服と言うと、美しかったあの服装しか思いつきませんでしたが、現代慣れした格好なのですね。」

「これね。あの格好じゃ、こっちの世界では浮くから、って、ディン君が寄こしてきたのよ。ジーパン、って言ったかしら、蹴りの威力をそがれそうでちょっと抵抗はあったのだけれど、着てみると結構楽ね。」

 服装を褒められたと認識したリリエルは、少し恥ずかしげに笑う。

「そう言えば、リリエルさんの武器はどうされたのですか?太もものスホルター?に付けていらっしゃったと思いましたが。」

「あぁ、アコニートの事ね。そうね、それを話すのも良いんだけれど、先にお店に入らない?立ち話って、ちょっと苦手なのよ。」

「はい、そうですね。こちらに、良い喫茶店があるのですよ。」 

 清華とリリエルは、連れだって喫茶店に向かう。


「いらっしゃいませー。あら、清華ちゃんじゃないの!」

「こんにちは、玲香さん。」

「そっちの人はどちら様?お友達?日本人じゃなさそうね!」

「初めまして、私はリリエル、貴女は清華さんのお友達なのかしら?若いのに働いてるなんて、偉いわね。」

 喫茶店につく頃には、少し日差しが暑くなってきていた。

 喫茶店は冷房が効いていて、涼しい。

 そんな2人を出迎えたのは、清華の高校の友人、玲香だった。

「あなたがリリエルさん!?清華ちゃんから話は聞いてるわよ!なんたって、すっごい強い人何でしょ?」

「清華さん、話をしていたの?」

「はい、少しだけですが、何も話さないでいきなり強くなった、は無理があると思いまして。玲香さんも、最初は驚かれていました。しかし、私の事を受け入れて下さったのです。」

「だって、友達でしょ?清華ちゃんがどんな事してたって、私達は友達だもん!って、こんな話してたらまた店長に怒られちゃう!お席の方にどうぞ!」

 そう言って、玲香は清華達を席に案内する。

 リリエルは、戦いや旅の事を話せる相手がいてよかった、と少しホッとしていた。


「注文何にするの?」

「私はアイスティーを。リリエルさんはどうされますか?」

「そうね、私はコーヒーを頂こうかしら。ミルクとお砂糖もお願い。」

「ご注文、承りましたー!」

 席について、注文を済ませる2人。

 リリエルは、少し懐かしいものを見る目で清華を見ていて、それが清華はこそばゆかった。

「それで、アコニートの事だったかしら。そうね、あの武器は、置いてきたわ。私の世界の戦争も終わった、終わらせてきた、だから、私が武器を持つ理由も、もうないと思ってね。武器を手放す、なんて暗殺者からしたら常軌を逸していると思われそうだけれど、もう私は暗殺者でも、復讐者でもないのだから。」

「そう、だったのですか……。しかし、リリエルさんが、平和を、と言うのは、嬉しいです。ずっと、戦われてきたのですから。」

 アイスティーとコーヒーを受け取り、リリエルはミルクと砂糖を入れ、一口飲む。

「あら、美味しいわね。ディン君に貰ったのは、ここまで美味しくなかったわね。」

「そうなのですか?そう言えば、リリエルさんは、戦いが終わった後、どうされていたのですか?」

「そうね、こっちの世界に来て、一旦は私の元居た世界に戻ったのよ。それで、戦争が終わった事を知って、後始末をして、そしてアコニートを置いて、こっちに戻ってきたの。それが三日前だったかしら、それ以降は、ディン君が宿を取ってくれているわ。」

 ディンがとった宿、ホテルは、東京にある帝国ホテルだ。

 それ位の贅沢は許されるだろう、世界を守った戦士達の、その指南役達なのだから、とリリエルとウォルフ、セレンと外園は、そこに泊まっていた。

 外園はこれから大学に入る為の準備をする、こちらの世界の諸々を覚えたら、勉学に励みたいと言っていた。

 リリエルとセレンは旅に出る、そしてウォルフは、あと少しだけこちらにいられる、とホテルを満喫しながら観光をしていた。

「皆さんにもお会いしたいです。俊平さん達とは、夏休みに会おう、と約束をしているのですが、ウォルフさんは特に、こちらにいられる時間は少ないのでしょう?」

「そうね、そう言っていたわ。後どれ位いられるかはわからない、軽い休暇だと思っておく、なんて言ってたわね。」

 それぞれの生活があり、それぞれの世界があり、それぞれの日常がある。

 清華もそれはわかっていた、ただ、仲間と一緒にいたい、と言う気持ちが強かった。

「そうそう、ディン君の家族にも会ったのよ。」

「ディンさんのご家族ですか?竜太君だけではなく?」

「えぇ。彼、子だくさんって言うか、陰陽師の子供達と一緒に暮らしているらしいのよ。お父さんしてたわよ、あっちでの威厳が丸潰れな位、子煩悩って感じだったわ。」

「それはそれで見てみたいですね。ディンさんは、常に気を張られていた方ですから、緩んでいる姿と言うのも、見てみたい気がします。」

 リリエルが気を張っていない姿、と言うのも見た事はなかった、清華は、これが本来のリリエルの性格なのだろうと感じ、微笑む。

 リリエルは、何かを背負っている様な気配と言うべきか、何かに捕らわれている気配がなくなっていて、パッと見普通の十代の少女と言った感じだ。

 ただ、能力の高さは変わらない、星の力、と言うリリエルの力は、きっと生涯もつもののなのだろう。

 それは自分達も同じ、封印したわけでもなく、記憶を忘却したわけでもない、つまり、いつでも魔法は使える状態だ。

 ただ、それを使わずにいられる平和、と言うのを、噛み締めていた。


「あら、随分と喋っていたわね。お代は?」

「はーい!千五百円になりまーす!」

「はい、わかったわ。これでいいかしら。」

「一万円のお預かりですね!」

「よろしいのですか?」

 リリエルが財布から一万円を出し、自分が出す気でいた清華は、驚く。

 リリエルがこの世界の通貨を持っている事にも驚いていたし、リリエルが他人の勘定を出すタイプとも思っていなかった、と。

「良いのよ。ディン君から、生涯掛けても使いきれない、って話なくらい頂いたもの。指南役としての報酬、として、この世界の通貨を貰ったの。」

「そうだったのですか……。では、ごちそうさまになります。」

「えぇ。」

 支払いを済ませ、リリエルと清華は店を出る。

 もう夕方になっていた、長話など前のリリエルだったらありえなかっただろう、そもそもが、人と会話する事に意味を感じていなかった頃のリリエルだったら、喋るという行為自体をしなかっただろう。

「リリエルさんはこの後どうされるのですか?」

「そうね、宿に戻るって言うのもありだけど、もう少し散策でもしましょうかね。」

「私もご一緒してもよろしいでしょうか?」

「そうね、1人で散策するのも良いけれど、貴女が一緒なら、退屈しなさそうね。」

 店を出た2人は、清華おすすめの場所を巡り、そして夜まで話をして、解散した。


「ふぅ……。」

 屋敷に戻ってきた清華は、これからどうするかを考えていた。

 剣道場を継ぐのもあり、そしてそうするつもりだったのだが、自分は邪道と呼ばれる二刀流の使い手、父が剣道をメインとして使っていたとしても、それを戻す事が出来るかどうかがわからない位に、清華は二刀流がデフォルトになっていた。

「清華、剣道の方はどうだ?」

「お父様……。それが、二刀流をしていた期間が長く、剣道に戻れる気がしないのです。」

「そうか……。私達のご先祖様は、二刀流をしていたのだったな。そうか……。ならば、自分の道場を開いてみるのはどうだ?」

「私が、道場を、ですか?」

「そうだ、剣道ではなく、剣術道場として、二刀流を極める、それもありなのではないか?」

 父玄隆からの提案に、清華は驚く。

 千年間守り続けた、鈴ケ峰の剣道の技術、それを捨てて、二刀流を教える事は、許されるのだろうか。

 しかし、自分がもう、剣道と言う道に戻れないのも、事実だ。

「学校を卒業したら、考えてみます。私はまだ学生、学業を疎かにする訳にはいきませんから。しかし、それもありなのかもしれませんね。」

 日本でも、何か所かは二刀流の剣術を教えている道場はある。

 ならば、清華が新たに二刀流の剣術道場を創設したとしても、おかしくはないだろう。

「本来ならば、剣道の道を進んでほしい、と思っていたのだがな、実戦で覚えた事、と言うのは、中々抜けてはくれないだろう。ならば、それを極めてみるのも、良いのではないかと思うのだ。」

「……。はい、お父様。ありがとうございます、私の事を考えてくださって。」

 清華が感じていた忌避感、女の身でありながら、剣道を血反吐を吐く程に鍛えられいた理由、それもわかった。

 それがわかって、帰ってきてから、清華は父によく話しかけていた。

 道場以外では会話の少なかった親子だったが、今ではその蟠りも解けた。

「お前の行く未来だ、お前はもう自由なのだからな。」

「はい、お父様。」

 二刀流の剣術道場を創設する、それは1つ、夢として持っておこう。

 清華はそう考え、今日あった事を父に話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る