セレン・ルベライト・カイル

「……。なんだか、懐かしいな。」

 戦いが終わり、セレンは元居た世界に帰ってきていた。

 家族が消え、そしてディンと旅立ってから、どれだけの時間がこの世界で経ったのか、それはわからない。

 ただ、ディンは世界移動には時間を使わないと言っていた、微量の時間は消費するが、ディンがその意思をもって発動しない限り、殆ど経過しないのだと。

 だから、ディンと竜太は何度もセスティアに行っていたが、帰るのは一年半前の、初めて指南役達が集合した日、となる。

 ただ、そうなると1つ難しい問題が出てくる、とはディンは言っていた。

「未来を変える事は許されない、なんてな……。」

 セレンが聞いていたのは、空白期間の未来を変えてはいけない、と言う事だ。

 ディンと竜太は、竜神王とその息子であるが故に、ある程度の時間移動には制約がない、そしてセレン達は、そんなディンの魔法を使い世界を超えていた為、その制約をある程度は無視出来る。

 ただ、未来を変えてしまったら、世界軸の移動が起こってしまう、それがディンの言っていた事だ。

「帰れるってんなら、蓮の事救ってやる事も出来たんだろうにな……。」

 家の玄関のドアを開けながら、セレンは思う。

 もしも、仮に蓮を連れてくる前に蓮を救い出す事が出来ていたら、蓮は生きていたかもしれない。

 しかし、空白期間の未来を変える事は許されない、つまり、蓮の事を知った後に、次元転移を使い半年前に戻って、そして蓮を救う、と言う行為は許されない、という事だ。

「ちょっと埃っぽいか?」

 制約、それは世界を守るうえで必要なものだろう、とセレンは考えながら、少し埃をかぶったリビングに足を運ぶ。

「親父、おふくろ、兄貴……。」

 家族は帰ってこれない、それを知った時は、ショックが大きかった。

 セレンの家族は、賢者の石と姿を変え、そしてセレンは、それを2つの道具に分けた。

 1つは槌、武器を鍛造する時に使っていた、セレンの仕事道具。 

 そしてもう1つは、ずっと腰の後ろにしまっていた。

「結局、こいつは使わなかったな。」

 小さなリボルバー、1発だけ弾丸の入った、リボルバー拳銃。

 その弾丸に、セレンは賢者の石を使っていた。

 何かがあった時の為に、となんとなくその形にしていた、拳銃の弾丸。

 結局使わなかった、使わなくて良かったと思いながら、そう言えばこれには3人の魂が宿っているんだったな、と思い出す。

「……。」

 昔使っていた車椅子を見つける、それは、セレンが幼い頃、体が弱く、あまり歩く事も出来なかったから、と父パトロックがあつらえた物だった。

 もう自分には必要ない、セレンは自分の足で立ち、そして行動する事が出来る。

 しかし、捨てる気にはならなかった、それは、かつての自分を思い出す、材料になるから、と。

「よし……。」

 庭に出て、セレンはスコップで軽く穴を掘る。

 30センチ程度の穴を堀り、そして、そこに賢者の石を使った弾丸を入れた。

「……。」

 穴を綺麗に戻す、丁寧に、丁寧に。

「後は……。」

 墓標が必要だろう、とセレンは考える。

 材木が工房の方にあっただろうか、と思い出し、そちらに足を運ぶ。


「親父……。」

 工房には、パトロックが造っていた武器が何個か置いてあった。

 それは、世界の勇者達に渡す為に鍛造した、と言っていただろうか。

「これ使うか。」

 材木を見つけ、また庭に戻る。

 槌を取り出して、形を整え、材木を墓標に変える。

「皆、ありがとな……。」

 作った墓標の前で、セレンは両手を合わせる。

 祈る様に胸の前に両手を組み、そして目をつむる。

「俺、生きていくから……。親父達がいなくても、頑張って生きてくから……。だから、見守っててくれ……。」

 槌に填めた賢者の石が、きらりと一瞬光った。

 セレンは、3人が、それを喜んでいると感じた。

 生きていく事、それは、3人が望んだ事なのだろう、と。


「パトロックさん、いますかー!」

「おうおう、なんだ?」

「あれ、セレン坊ちゃんじゃないか!パトロックさんは?」

「……。親父はもういない、いなくなったんだ。」

「えぇ……?でも、困ったなぁ。パトロックさんに、武器の鍛造をお願いしていたんだけれど……。」

 何日か経って、遺品整理を終えたセレンがした事は、パトロックが途中まで鍛造を終えていた武器の鍛造、この世界の勇者達が必要としているであろう、武器を制作していた。

 工房に籠り、まるでパトロックの真似をしているかの様に、寝食を忘れ、鍛造に打ち込んでいた。

 そんな所に現れたのは、セレンも知っている、勇者の育て役の男性だった。

 指南役、自分達がそうであった様に、勇者を引退し、次代の勇者を育てるべく動いていた男性、その男性が、パトロックがいない事に困ったと顔をしかめる。

「そう言えば、ルチルさんの姿も見えないなぁ。家の方に顔を出したんだけど、クォーツ坊ちゃんもいなかった。」

「3人とも、逝ったんだ。跡は俺が継ぐ、大丈夫だ。俺も、親父達にしこたま鍛えられてきたからな、武器なら出来てるぞ。」

「そうなのかい!?3人そろってだなんて、セレン坊ちゃんも残念に……。それで、武器っていうのは、パトロックさんにお願いしていたんだけれど……。」

「ほれ、これだろ?」

 セレンはぶっきらぼうに武器を渡す、それは槍だった。

 今度の勇者は槍使い、とは聞いていた、だから、真っ先にそれを仕上げたのだ。

「これは……。パトロックさんの武器と同等どころか、もっと強く仕上がっている……!坊ちゃん、いつの間に……。」

「俺にも色々とあったんだよ。親父を超える鍛冶師、になって見せるって決めてんだ。」

「これなら、勇者に渡せるよ!坊ちゃん、ありがとう。」

「おう。」

 男性はそう言うと、お代を置いて行ってしまう。

 この世界は死と言うのはありふれていて、魔王が勇者を殺し、勇者が魔王を殺し、殺し殺され、そして巡っていく、死に対する感情と言うのは、基本的にドライなのだろう。

 勇者の指南役ともなれば、魔王に殺される勇者の数も多いだろう、それだけ、世界は混沌としていた。

 だから、パトロックを始めとして、数々の武器商人がいて、それぞれの戦士や勇者達に合う武器を鍛造する、それがこの世界のルールだった。

 それを継ぐと言うのもありなのだが、しかしセレンは、一旦鍛冶師ではなく、1人の旅人として、活動がしたかった。

 だから、今パトロックが請け負っている分、その分を終えたら、一旦世界を離れようと思っていたのだ。


「1人で食う飯って、寂しいんだな。」

 武器を渡した後、数日ぶりの食事を取る。

 セレンは食事を作った事は無かったが、それもディンと外園がある程度教えてくれた、簡単な料理程度なら出来るスキルにはなっていた。

 ただ、1人で食事をする、と言うのが初めてなセレンは、少し寂しそうな顔を見せる。

「昔は……。」

 クォーツが大食いで、家族の分まで食べてしまって、そしてパトロックに怒られ、ルチルがそれを見越して量を多めに作っていて、がやがやと食事をして。

 そして、ディセントに行ってからも、誰かしらがが基本一緒だったセレンにとっては、1人での食事、と言うのは味気ない。

 食事は上手く出来ているが、味気ない、美味しいと感じない。

「……。」

 がやがやとした声が、聞こえてくる気がする。

 クォーツが先に食べてしまって、と言う光景、その幻を見た気がする。

「皆……。」

 泣かないと決めた、それは3人の為にはならないのだから。

 しかし、悲しい事に変わりはない、あの、少しうるさいとすら感じていた食卓が、懐かしい。

「……。さて、と。」

 さっさと食事を終え、食器を洗って、また工房に引きこもる。

 武器は後3つある、それを仕上げて、旅に出る為に。


「良し、これで全部納品したな。」

 一か月後、セレンは全ての武器を依頼者に納品した。

 パトロックの技術は素晴らしく、セレンの今持っている技術をもってしても、それを超えるのには時間がかかった。

 ただ、パトロックが作っていた原型以上の武器は造った、それは満足していた。

「ディン、聞こえるか?」

 工房を出たセレンは、家の鍵を閉めると、ディンを呼ぶ。

「やぁセレン、やりたい事は終わったか?」

「あぁ、そっちじゃどれくらい時間が経った?」

「殆ど時間は経ってないよ、一日って所だ。」

「そうなんか?そうだ、結界を張ってほしい場所があるんだけどよ、良いか?」

 ディンを庭に連れていき、何をしたいかを察するかどうかを確認するセレン。

「そうか、賢者の石だな。わかった、セレンは入れる様に、ひと払いの結界を張ろう。」

「ありがとな、ディン。話が早くて助かるぜ。」

 ディンが墓標を起点として、セレンとセレンが認めた者以外が入れない様に、ひと払いの結界を張る。

 セレンは、セスティアに行く前に、もう一度だけ、家族の死を悼んだ。

「じゃ、行こうぜ。セスティアって、どんな世界なんだろうな。」

「セレンの思った様な武器があるかって言われると、無いけどな。こっちじゃ、主な武器は銃とかだから。」

「それはそれで、見識を広げられるって事で良いかもな。」

 ディンが次元転移を発動する、セレンは世界を離れ、セスティアに向かった。


「紅芋タルト?なんだそれ。」

「セレンさん、紅芋タルト知らねぇのか?もったいねぇなぁ。」

「仕方ねぇだろ、セレンさんは別の世界の人なんだから。」

 場所は変わって、セスティアは日本、沖縄那覇市、国際通り。

 観光と言えばまずはここだろう、と俊平と宏太が連れてきた、セレンにとっては初めての世界だ。

 何度かセスティアには来ていた、それは俊平を監視する為であって、それ以外の事をしていなかったな、とセレンは思い出す。

「食ってみてくれよ、セレンさん。多分、美味ぇぞ?」

「ほうほう、異世界の飯、第一弾って所だな。……、ん、美味ぇ、こいつは美味ぇな。甘味なんて久々に食ったぞ?あっちいた頃は、外園がパイとか焼いてたから食ってたけど、戻ってからは、自分の飯しか作ってなかったからな。」

 お土産屋で紅芋タルトとちんすこう、そして飲み物を買い、近所の公園でそれを食べてみる。

 異世界である事は承知していたが、セレンの世界にはない、独特な味わいが美味だと言えるだろう。

 セレンはそれを食べながら、ペットボトルのお茶を飲んで、次にちんすこうに手を伸ばす。

「こっちは乾燥してんだな。」

「そうだぜ?ちんすこう、って名前でよ、名産品なんだ。」

「それじゃ、さっそく。」

 サクサクとした食感、クッキーとは少し違う食感だ、とセレンは考え、これはお茶が欲しくなる、と手を伸ばす。

 元々、工房に籠る事が多く、汗で水分を多く持っていかれる事が多かったセレンは、水分は取れる時にたくさん取っておく、と言うのが癖になっていた。

 ごくごくとお茶を飲み、時折ちんすこうや紅芋タルトを食べながら、笑う。

「美味ぇな。こっちの世界の飯を巡るってのも、ありかもしんねぇな。」

「セレンさん、どん位こっちいるんだ?」

「ん?特に決めてねぇよ。暫くはディンに頼んで滞在しようとは思ってるけど、何処までかって聞かれると、決めてねぇんだ。」 

 セレンは、美味い物を食べると頬が緩む、それを久々に感じながら、どうするかを考える。

 ディンが言っていた、この世界は銃がメインで、剣や槍などと言った、古風な武器は殆ど使われていないと。

 その製造方法も失われかけている、と言っていたから、探す為に旅に出よう、とは思っていた。

 が、それ以外の目的を持つ、それもありなのかもしれない、と考える。

「セレンさんってさ、鍛冶師、って事は、剣とか刀とか造ってたんだろ?どんな風に造るんだ?」

「そりゃおめぇ、炉の前に汗かきながら座ってよ、鉄とかを熱して、って感じだ。こっちの世界では違うんか?」

「宏太、ほらあれだ、日本刀のつくり方、って中学ん時習ったろ?あんな感じらしいぜ?」

「ほへー。そりゃすげぇや。」

 もぐもぐとタルトとちんすこうをセレンが食べている横で、宏太は物珍しそうにセレンを見ていた。

 話を統合するに、セレンは俊平が行ったという異世界から来たのだろう、とは予想はついたが、異世界にも自分達と同じ様な人間がいるのだな、と。

「なぁセレンさん、蓮の墓参り行ったか?」

「ここ来る前に、行ったな。中々綺麗な場所に立ててあったぞ?」

「そっか、なら俺も行かねぇとな。」

「蓮も喜ぶと思うぞ。」

 俊平は、経った一日しか経っていない、しかしセレンにとっては一か月ぶりだ、と言う話を聞いて、少し寂しそうにしていた。

 世界によって時の流れ方が違う、という事なのだろうが、セレンの世界での一か月が、こちらの世界での一日である、という事は、元居た世界に戻ったら、セレンは自分より先に死ぬ事になるだろう、と。

「うっし。次は何食わしてくれんだ?」

「お、おう。えっとな、ゴーヤチャンプルーの店とかどうだ?」

「ゴーヤ?ってなんだ?」

「緑色の野菜の事だぜ、芯がにげぇんだけど、肉と一緒に炒めて食うと美味ぇんだ。」

「お、そりゃ楽しみだ。」

 セレンは、蓮の墓を訪ねて、改めて思っていた。

 蓮は、自分の信念に従って生きて、自分の守りたい者の為に、死んでいったのだと。

 ならば、自分達は生きていこう、蓮が見たかった世界、蓮が命を賭けて守ったその命を、大切に守っていこう、と。

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