エピローグ それぞれの日常
猿田彦俊平
「俊平、戻ったのか。」
「オヤジ……。今まですまねぇ、俺、ちゃんとやり遂げたぞ。」
「そうか……。我が一族の役目を、果たしたか……。そうか、よくやった、俊平。お前は、立派になった。」
「オヤジ……。」
セスティアに帰ってきて、そう言えば家族に会っていないなと思った俊平は、家族が待つ居間に向かう。
そこには姉も母も父も揃っていて、俊平の顔を見るなり、母は泣き始める。
姉もホッとした表情を見せていて、父親は俊平の頭を撫でて、安心する。
「何があったのか、教えてよ俊平。あたし、選ばれなかったって知って、ちょっとショックだったんだからね?あたしじゃなくて、俊平を行かせる事になるなんて、って。」
「ねぇちゃん……。そうだ、土産話はいっぱいあるんだ。1人だけ、仲間が死んじまったけど……。でも、あいつは、蓮は、納得して逝ったと思う。俺達はまだ納得しきれてねぇ部分がある、ディンさんに、なんか方法はねぇのか、って憤る事もある。でも、蓮は自分の未来に納得してた、あいつは、すげぇ奴だよ。俺だったら、世界の命運だとか、世界の終末装置に自分がなったとか言われたら、心折れちまっただろうから……。そうだ、仲間にも会ってくれねぇか?清華、修平、大地、竜太、ディンさん、後セレンさん達にも。」
俊平は話し始める、自分の身に何が起きて、どんな冒険譚があって、そして何を得て、何を失ったのかを。
旅の中で、戦いの中で、父親があれだけ俊平に厳しくしていた理由もわかった、姉があれだけ修行に打ち込んでいる理由もわかった、それに任せていた母の気持ちもわかった。
俊平の中で、蟠りが解けたのだろう、今までのつんけんした態度とは違い、家族を家族として認識して、心を打ち明けて話をしていた。
「そうだ、朱雀から貰った武器なんだけどよ、蔵に入れておかなくていいのか?」
「朱雀様から賜った武具、それは私達一族が祀らなければならないものだ。俊平、お前が奉納するんだ。戦いを終えた、立派な戦士として、そして語り継ぐのだ、私達の一族が、また戦に向かわなければならない事になったら、その当代が困らぬ様にな。」
「……。もう、俺達を必要とする戦争は起きねぇらしいけどな。でも、語り継ぐって言うのは、賛成だ。ディンさんが、いつかまた俺達みたいなのに力を借りる日が来たら、そん時に困らねぇ様に、蓮みてぇに、犠牲を出さねぇためにも。」
一通り話を済ませると、俊平は、そう言えばと背中に背負っていた直刀を思い出す。
旅の間、ずっと武器を装備していたから、それが当たり前になってしまっていたが、本来この世界では不要な物だ、誰かに悪用されない様に、しまっておかなければ、と。
父親が俊平を蔵の方に誘う、俊平は、厳重に鍵の掛けられた蔵に足を運ぶ。
「ここからはお前1人で行くのだ、私はもう、入る権利が無いからな。」
「オヤジ……、わかった。」
蔵の前につき、父親が鍵を開けようとするが、開けられない。
この蔵の鍵は、その守護者の家系の当代しか開ける事は出来ない、つまり、代替わりをした、という事なのだろう。
俊平は鍵を受け取ると、魔力を籠めてそれをひねる、すると、結界が解けて、鍵が開く。
俊平は、ぼんやりと赤く明かりが灯っている蔵の中に1人で入る。
「我が戦士よ、我が守護者よ、良くぞ参ったな。」
「朱雀か?なんでだ?」
「ふん、我が魂の一部を持っておきながら、その質問が出てくるとはな。貴様はつくづく、愚か者よな。」
蔵の中央、神殿に祀る宝物がありそうな、豪奢な刀掛けが。
そして、朱雀の声が聞こえてくる、それは、何処からか。
「そっか、そういやそうだったな。これはあんたの魂の武器、そりゃあんたの声が聞こえてもおかしくはねぇな。オヤジが入らなかったって事は、そう言う事なんだろ?」
「ふむ、少しは賢くなったと見える。その武具を置いて、貴様の役目は真に果たされるのだ。さあ、捧げるが良い、我が魂、我が力、我が権能を。」
「わかった。」
俊平が刀掛けに聖獣直刀朱雀を納める。
刀が一瞬光り、そして柔らかな温かみを発する。
「確かに奉納したぜ、これで、あんたともお別れか。」
「何を言うか痴れ者、貴様がここに来れば、いくらでも話は出来る。ここは我らの世界の祠と対になる場所、我の魂を呼び出す事も、可能である故にな。」
「そっか。じゃ、また来るわ。そん時は、痴れ者だの愚か者だの言われねぇくらいすげぇ男になってやるよ。」
「……。楽しみにしておるぞ、我が守護者よ。」
「おう。」
俊平はそう言うと、蔵を後にして、鍵を掛ける。
今ならわかる、鍵がかかると同時に、結界が張られたのが。
その結界は、朱雀の守護者の当代にしか開けられない、いつか俊平も、自分の子供にこれを託すのかもしれない。
しかし、それは今ではないのだろう。
「俺、ここ継ぐ気はねぇけどよ、でも……。でも、あんたの事は、継いで行くからな。」
ダンサーになる、その夢は諦めたわけではない。
今なら、忍者としても一人前としてやっていけるだろう、むしろ、姉や父より高い身体能力を持っている、そして魔力を持っているのだ、継ぐのには、うってつけだろう。
だが、俊平は、一度持った夢を諦めたくはない、と、心に決めていた。
「俊平、なんかすげー変わったな。昨日と大違いだぞ?」
「ん?……。そだな、ちげぇかもしれねぇな。」
「なんかあったんか?」
翌日、俊平としては半年ぶりの、そして世間としては一日置いた、学校があった。
俊平は、懐かしいと言う気持ちに包まれながら授業を受け、そしてダンス部の部活に来ていた。
そこで、ダンスのキレと言うべきか、基礎能力の向上によってもたらされた、違いと言うのに、宏太が気づいた。
「……。」
「教えろよー、ダチだろー?」
俊平は思い出す、宏太は、ディンを化け物と言っていた側の人間だと。
友達である、親友である宏太、しかし、それを言ってしまったら、関係性が終わってしまう可能性がある。
だが、俊平は信じていた。
きっと、わかってくれると、きっと、受け入れてくれると。
変わったのは宏太の方ではない、自分自身なのだ、と。
「聞いて、くれるか?」
「おう!なんでも言いな!」
「例えばさ、俺がディンさんみたいに、魔法使ったり、戦ったりしてた、って言ったら、どう思う?」
「はぁ?いきなりどうした?熱でもあんのか?」
いきなりの告白に驚く宏太、それもそうだろう。
宏太からしたら、昨日まで一緒にダンスを頑張っていた俊平が、突然電波な事を言い出した、と認識されてしまっても、仕方が無いだろう。
「真面目な話なんだよ。宏太達からしたら、昨日の今日かもしれねぇ、けど俺、半年くらい、戦ってきたんだ。」
「はあぁ?えっと、頭でも打ったか?」
「……。」
真面目なトーンで話をしても、宏太は信じられないようだ。
それもそうだ、基礎的な身体能力が上がっている、と言っても、魔法を使っている所を見せていない、だから、信じろと言われても無理があるだろう。
『ファイアボール』
「うぉ!?」
「これで信じてくれっか?」
火属性の初級魔法、ファイアボールを発動し、手の上で転がす俊平。
宏太は、最初は俊平が手品か何かを使っているのでは?と怪しんでいたが、あまりに自然に手のひらの上で火の玉を転がしている様子を見て、何かを考える。
「……。」
「俺、ディンさんと同じ化け物なんだよ。ディンさん程強くはねぇけどさ、それでも、こう見えて仲間と一緒に世界守ってきたんだ。信じてくれるか?」
「……。世界なんて、守ってきたんか。そっか、そっか……。すげぇな、俊平。俺、あの人の事化け物だって言ってたろ?それってよ、怖かったんだ。得体のしれねぇ存在って言うか、あの人、自分は人間じゃねぇって言ってたろ?だから、怖かったんだ。お前の事なら、怖くねぇよ、ずっと一緒にやって来たじゃねぇか。俊平が何だったとしても、俺達はダチだろ?」
「……。サンキュな、宏太。」
宏太は、俊平の目を見て、そう言った。
俊平は、間違っていなかったな、とホッとする。
誰に否定されたとしても、誰に忌避されたとしても、自分は変えられない。
そして、宏太ならきっと、自分を受け入れてくれるだろう、と。
「じゃあさ俊平、どんな戦いがあったんだ?教えてくれよ、俺、興味ある。」
「どっから話すっかなぁ。まずな、こっちでいうと昨日の昼、ほら、あの俺達のストーカーいただろ?あの人、セレンさんって人なんだけどよ、あの人に違う世界に連れて行かれたんだよ。」
「別の世界?」
「この世界の裏側、ディセントって言うんだけどよ、なんていうか、昔の人達が住んでる、みたいな感じかな。それでよ、お前は戦う運命にある、なんて言われてよ。最初は驚いたんだぜ?なんも聞かされてなかったし、俺がディンさんみたいに力を持ってるなんて想いもしなかったからな。で、色々あってな……。」
俊平は語る、半年間と言う、長くて短かった旅の話を。
宏太は、驚きながらそれを聞いていた、しかし、俊平が嘘や夢物語を話しているとは思わなかった。
俊平の目はまっすぐで、真実を語っている、と。
そして、目の前で魔法を見せられたのだ、信じるしかない、と。
「んで、最後には蓮が死んじまってよ、それで戦いが終わったんだ。なんで蓮が死ななきゃならねぇんだ、って思った、でも、あいつはあいつなりに、答えを見つけたんだ。」
「そか……。その蓮っていう子はさ、お前達の事、大事だったんだろうな。それこそ、命を賭けられる位にさ。だから、俊平達は胸を張って生きていいと思うぞ?そだ、紹介してくれよ!仲間、いるんだろ?だったらよ、俺もダチになれると思うんだ。」
「良いぞ?あいつらが良いって言ってくれたら、だけどな。清華なんて、真面目が服着て歩いてる奴だから、驚くぞ?」
「もう驚きっぱなしだから、ダイジョブだろ。」
学校からの帰り道、旅に出る前と同じ、アイスを食べながら歩いている2人。
宏太は、俊平の仲間、と言う存在に興味があるらしく、会いたいと言っている。
「よ、俊平。」
「うぉ!?セレンさん!?あれ、整理は終わったんか?」
「一旦な。そんで、俺の世界だと一か月位経ったけどよ、ディンが言うには、一日しか経ってないなんて言うもんだからよ、まずはおめぇに会いに来た、ってわけだ。」
「あ、ストーカー野郎。って事は、この人がセレンさんって人か?」
アイスを食べながら歩いていると、目の前に急にセレンが現れる。
ディンが転移で飛ばしてきたのだろう、俊平を見ると、少し懐かしい顔を見ている様な雰囲気になる。
「そそ、この人が俺の指南役だったセレンさんだ。つえぇんだぞ?本業は鍛冶師でよ、鍛冶師ってわかるか?武器とか作る人なんだよ。でも強くてさ、あのピアス、武器になるんだぜ?すげぇだろ。」
「ほへー、ただの怖ぇ人かと思ったら、すげぇ人なんだな。その武器って、今どうしてんだ?持ち歩いてる訳にもいかねぇだろ?」
「家の蔵に封印してあるぞ?俺以外は入れない様になってっから、勝手に盗まれる心配もねぇってこった。」
「あの刀、大変だったんだぞ?四神の力と、賢者の石の特性を合わせて、なんてやった事も無かったからよ。でも、良い経験になったな。俺も鍛冶師として一人前になったって言うか、そんな感じだ。戦えるなんて思ってもいなかったから、最初ディンに稽古付けてくれ、って言われた時はビビったんだぜ?」
俊平は、セレンが自分を一人前だと思っていない、という事を知っていた、それは本人が言っていたからだ。
確か、竜神の武器を受け取った時だったか、そんな事を言っていた気がする、と。
「んで、そっちの小僧はいつもの連れか。俺はセレン、改めてよろしくな。」
「おっす!宏太だ!」
「元気だなぁ。ガキが元気だってのは、良い事だ。」
「それでセレンさん、弔いは済ませたんか?」
俊平は、セレンが元居た世界に戻ったらしたい事、つまり家族の弔いは済ませたのか、と問う。
セレンは頷くと、少し苦笑いをして、話をする。
「魔力の弾丸、賢者の石で造ったあれは、俺の家族の墓標だと思って置いてきたんだ。結局使わなかった、あれはな。でも、槌は必要だろ?武器造んのにも、これから先なんかあった時にも、あった方が良いだろうし、俺自身、これ身に着けてるとよ、家族が傍にいてくれる様な気がすんだ。だから、持ってきたってとこだな。」
「家はどうなってたんだ?」
「何も変わらず、だな。時間が経って、ちょっとボロくなってたけど、まあ住めないって程でもねぇ。何時だって帰れる、帰る場所ってのは、良いもんだ。」
「……。そか。セレンさん、こっちの世界の飯とか紹介するか?こっちって言っても、俺沖縄か東京しか行った事ねぇけどさ、ご当地料理、なんてのがあるんだぜ?」
「お、そりゃ良いな!飯ってのは美味いに越した事はねぇ、やっぱ、1人で食う飯ってのは、味気ないもんでな。宏太っつったか?そっちの小僧も、一緒にどうだ?」
「お!いいねぇ!じゃ、最初は何にする?」
帰って来た日常、果たしてきた責務。
それは、俊平にとって、かけがえのない日々だった。
日常も、戦いも、何もかもが。
俊平にとって、かけがえのない、大切な日々なのだ。
「……。蓮、見てっか?俺達、ちゃんと戻れたぞ。」
「俊平!さっさと行こうぜー!」
先に歩いていた宏太とセレンを追いかけて、俊平は空を見上げる。
蓮と一緒に遊ぶ、それは叶わない願いだった。
ただ、蓮の心は、俊平達の中に残っている、と。
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