旅の終着
「戦いは終わった、君達は無事に、鎮魂の儀をやり遂げた。良くやってくれた、世界は、守られたんだ。」
「……。ふざけんな……。」
「おい、俊平……。」
「ふざけんな!蓮がいなくなっちまったんだぞ!死んじまったんだぞ!それなのに……、それなのになんであんたは平気な面してんだ!」
蓮の消滅を見届けたディンは立ち上がり、戦士達に労いの言葉を掛ける。
しかし、戦士達はそんな事より、と怒り、俊平がディンの胸倉を掴み、怒鳴る。
「ディンさん、貴方は正しいのでしょう。蓮君が破壊の概念に乗っ取られてしまったら、世界を滅ぼす存在となってしまう、それは間違いではなかったのでしょう。貴方は、それに対する対抗手段を打ってきた、それも正しいのでしょう。しかし……。結果として、蓮君はいなくなってしまいました。ならば、何故最初から蓮君の危険を摘み取ってあげなかったのですか?」
「……。破壊の概念は、一千万年間竜神王と戦ってきた相手、完全消滅をさせられる相手じゃなかった。そして蓮は、種を植え付けられていた。そうだね、確かに、危険因子を摘み取る事が出来ていれば、蓮はそもそも戦う必要すら無かった。でもな、清華ちゃん。それは出来なかったんだ。」
「どうして……?蓮君を、こんな所で殺すのが、ディンさんの役目だった、って言うの……?」
清華と修平は泣きながら、ディンに問う。
ディンは、俊平に胸倉を掴まれたまま、苦々し気な顔を一瞬して、そして哀れみを持った目になる。
「どうして、何の罪もない子供を、世界を滅ぼしうる存在になりかけているからって、その場で殺せると思うんだい?俺は、蓮の事を、あの日初めて知った。デインから聞かされた、蓮の過去の事も、知っていた。蓮は、何も悪くはなかった。破壊の概念が干渉をしたのは、俺がこの世界に戻って来る前、竜太も生まれる前だ。それにデインが気づいて、力を与えた、その結果、蓮を俺が知るに至った。……。その時、蓮は泣いていたんだ。どうしてか、それは、初めて優しくされた、ただそれだけの事だったんだ。物心付いた頃には虐待を受けていて、学校では虐められていて、人身御供にされて。そんな中で、初めて優しくされた、ただそれだけで。」
「それが……、蓮をその場で、殺さなかった……、理由と……?」
「ただそれだけだったんだ。あんなにも無垢な存在を、俺は殺す事が出来なかった。結果として、そうしなければならない日が来るまでに、なんとかしてやりたかった。君達と引き合わせたのも、その手段の一つだ。ただ、結局それは、遅すぎたんだ。デインの力と、皆の光をもってしても、蓮は救えなかった。蓮は選んだんだ、自分が犠牲になる代わりに、破壊の概念を完全消滅させる道を。結果、世界は守られた、破壊の概念は、蓮の死をもって完全消滅をした。俺はね……。俺は、蓮を誇りに思う。哀れな子だった蓮が、あんなにも世界を憎んでいた蓮が、誰かの為を思って自らの道を進んだ、その事をね。」
「だからって……!だからって、悲しそうな顔位してみろよ!あんたは!あんたは悲しくねぇのか!蓮にとって、あんたは兄ちゃんだったんだろ!?弟だったんだろ!?なら、なんでそんな面してられんだよ!」
大地の問いに答える、そして俊平は一通り怒鳴った後、その場に崩れ落ちる。
「俺だって……、あんたが正しい事位わかってんだ……!でもよ……、でもよ……!蓮が、仲間がいなくなっちまったんだぞ……!」
「君達の感情、それは正しいものだ。ただ、俺が人間としての感情をあまり持ち合わせてないだけで。覚悟をしていた、蓮を斬る事をそもそも想定してた、それをしていたかしていなかったかの違いだけだ。俺だって悲しい、蓮に死んでほしくはなかった、生きていて欲しかった。ただ、それはもう叶わない願いなんだ。」
「ディン君……。貴方は、蓮君の意思を継いだのね……。世界ではなく、大切な人を守りたいと願った、蓮君の最期の意思を……。」
リリエルは、静かに涙を零しながら、言葉を紡ぐ。
蓮の意思、それは、大切な人達を守りたい、と言うディンの意思と同じだった、蓮にとって大切な人達とは、ここにいる戦士達や指南役達の事だった。
破壊の概念に乗っ取られれば、皆を殺してしまう可能性がある、皆と戦いたくはなかった蓮が、選んだ道なのだと。
その結果、破壊の概念は消滅した、残滓は残っているだろうが、本体としては完全に消滅した。
蓮の想い、蓮の願いが、破壊の概念と言う、究極の破壊装置を、砕いたのだ。
「僕は……。蓮君と、一緒に暮らすのを楽しみにしてました……。きっと、戻ってきてくれるって、信じてました……。でも、蓮君が選んだ道なら、僕達はそれを受け入れてあげないといけないと思うんです。苦しい、辛い、悲しい、父ちゃんだってそう思ってる。でも、蓮君は、それを望まなかった……。蓮君は、破壊の概念に乗っ取られる事よりも、ここにいる全員を守る事を選んだんです。だから、僕達がそれを否定しちゃいけない、そう思うんですよ。」
竜太は、ぽつぽつと涙を零しながら、戦士達に話す。
自分自身、蓮と一緒に暮らす事を楽しみにしていた、デインの時の様に、また一緒に暮らせると思っていた。
しかし、蓮は、その道を選ばなかった。
破壊の概念に干渉された者として、最善の選択をしてしまった。
それが、破壊の概念の完全消滅、そして自身の死だった、と言うだけだと。
「蓮は、あの子は、長きにわたる竜神王と破壊の概念の戦いを終わらせた、真の英雄だ。英雄の前に涙は似合わん、英雄には、凱旋が必要だろう。お前さん達もそうだ、守護者として、立派に勤めを果たしたんだ。今のお前さん達に、涙は似合わんよ。蓮の為にも、胸を張って生きろ。それが、英雄への手向けだ。」
「俺もよ、蓮が死んじまったのは辛ぇよ。でも、蓮が選んだ道だってんなら、俺はそれを否定は出来ねぇ。俺達がそれぞれ、守護者だった様に、蓮も、きっと守護者だったんだろうさ。それは世界に対してじゃない、俺達にとっての守護者だった、だろ?ディン。」
ウォルフは、ここまで感情が揺らぐ事も珍しい、と自身の胸の内を思いながら、しかし、英雄を迎える作法を教える。
ウォルフにとって、仲間の死は当たり前の様なものだ。
ただ、蓮の様な子供が、立派に勤めを果たし、散っていく、と言うのは、悲しいのだろう。
セレンもそれは同じ、世界にとっての守護者である自分達が、世界の為に生きていくのと同じ様に、蓮はここにいる皆の為に死んだのだ、と。
「悲しい、苦しい、その気持ちは、失ってはいけないと思いますがね。……、私も、年甲斐もなく苦しいと思っています。蓮君は、ひたむきで愛らしい子だった、救われてほしいと願ったのは、私だけではないのでしょう。しかし、蓮君は、自らの命より、大切なものを見つけてしまった。それが、私達の事であり、貴方達の事なのですよ。皆さんの気持ち、それは蓮君にとって、嬉しいものでしょう。しかし、蓮君ならこうも言ったはずです、笑っていてほしいと、笑顔でいてほしいと。」
外園は、まるで村が滅んだ時と同じ、それと同等の喪失感に包まれていた。
あの時は自分が原因だ、と言う自責の念もあったが、今回は違う。
純粋に、蓮の死を悼んでいた。
誰の責任でもない、強いて言うのであれば、破壊の概念が蓮に干渉していなければ、起こらなかった事なのだ、と。
「皆、想いはある。それがきっと、蓮への手向けになる。さぁ、顔を上げるんだ。君達はディセントの守護者、そしてこの世界は、無事に守られた。帰ろう、セスティアへ。」
ディンがそう言うと、俊平達は涙を拭う。
涙ではなく、誇りを。
悲しみではなく、誉を。
指南役達の言いたい事、蓮は立派に役目を果たした、そして自分達も、千年に及ぶ継承を経て、役目を果たした。
ならば、胸を張らなければ、と。
「やぁ、蓮。君は、本当に優しい子だった。」
「デインさん……?」
「僕の力、破壊の概念に一度干渉されて、その弱点を知っていた僕の力を使って、蓮があの存在を砕くきっかけになる、とまでは僕もわからなかったよ。」
「……。デインさんが、力を貸してくれたおかげで、僕はお兄ちゃん達を守れたんだよね?もう、みんなは大丈夫だよね?」
「うん。もう、皆は大丈夫。これからもディンは戦う事を止めないと思う、破壊の概念が完全消滅したとしても、その残滓が残っているから。撒かれてしまった種、それが芽吹いて、新たな破壊の概念を生み出さない様に、ディンは戦い続ける。でも、きっと大丈夫。ディンなら、きっと負けないよ。蓮の事だって、ずっと忘れない。僕も、蓮の事は忘れないよ。僕の愛しい戦士、僕と同じ、破壊の概念に干渉された小さな子供、そして、僕の大切な子。もうお眠り、眠いだろう?」
「うん……。ねぇデインさん、隣にいてくれる?僕が眠るまで、となりに……。」
「僕達は一緒だ、蓮。お休み、蓮。」
「ここが、セスティアに戻る道なのか?」
「そうだ、アンヴィ、セスティアとディセントを繋ぐ大穴、ここは竜神達の手によって封印されてたんだけどね、今回だけは特別に、だ。」
タルタロスを出た一行は、ディンの転移で、モノケロス諸島、と言うディセントの南端の島々の中央、アンヴィに来ていた。
ここから飛び降りれば、セスティアに帰る事が出来る、ディンの次元転移でも良いのだが、千年前の風習に倣って、と言った所だ。
「ピノさん達も、セスティアに向かわれるのですね?」
「うん、あたしも行くし、明日奈もお父さんの所に連れて行って上げないとね。今は眠ってるけど、起きたらお父さんがいた、なんて素敵じゃない?」
「セレンさんはどうすんだ?」
「ひとまず一旦は元居た世界に帰る、んで、整理整頓だけして、セスティアに行こうと思ってるぞ?遺品整理とかしないままこっち来ちまったからさ、墓位は立てておきてぇんだ。」
アンヴィの大穴を眺めながら、眠っている明日奈を無限の若木の種で作った揺り籠に乗せて、ピノは楽しそうにしていた。
明日奈の父に会う、それも楽しみだが、セスティアで水巡りをするのも楽しみだ、と。
セレンは、一旦は自分のいた世界に戻りたい、とディンに言っていた。
家族が消えた直後にこの世界に来た為、生死不明だった家族の墓を立てたり、整理する時間が必要だ、と。
「リリエルさんは、旅に出ると仰られていましたよね?」
「えぇ。まずはセスティアを巡ろうと思ってるわ。ディン君が許可を出してくれているし、その後は色々な世界を回ろう、だなんて思っているわね。」
「ウォルフさんは、もう元居た世界に戻っちゃうんですか?」
「それがだな、もう少しはこっちにいても良いとお達しがあった。俺もセスティアに赴くとするぞ?少しの時間だろうがな、お前さん達のいた世界ってのも、見ておきたい。」
「外園さんは、学びたいって言ってましたもんね。」
「そうですねぇ。しがらみを抜けて、広い世界を見て回りたいのですよ。しかし、その前に1つだけしておきたい事があるので、セスティアに赴くのはその後に、ですね。」
ウォルフは、戦争が終わったら即帰還、と思っていたのだが、破壊の概念がいなくなった結果の世界を見て欲しい、とウォルフを派遣した神に言われて、セスティアに行く。
外園は、一回だけグローリアグラントに行って、アリサ達の魂と再会を果たしてから、セスティアに行こうと思っていた様子だ。
「じゃあ、ここで一旦お別れなんですね。」
「またすぐに会えますよ。皆さんの事を物語に描く、と言う新たな目的も出来ましたから。」
「物語?なんでだ?」
「この世界を救った守護者達、その物語、その記録は、誰かが付けなければならないと思うのですよ。無論、竜神様達が記録としては残すのでしょうが、それだけでは、少し寂しいと思いましてね。」
俊平の疑問は尤もだ。
外園は、この世界で体験した事、未来を変えた守護者達の事を、物語にして編纂しようと思っている事を伝えると、4人はわからないと言う顔をする。
それは、外園の個人的な感情だ。
千年前の戦争の事は、歴史には残っているが、殆どその実態が明かされていなかった。
だから、ではないが、セスティアで世界の研究をしながら、物語を紡ぎ、後世に遺そうと考えたのだろう。
「それじゃ、外園さんとセレンは一旦お別れだな。セスティアに行きたいと思ったら、念じてくれればすぐに応じるよ。」
「おう、分かった。んじゃ、湿っぽい別れ、ってわけでもねぇんだ、またな、皆。」
そう言うと、セレンはディンの次元転移で元居た世界に飛んでいく。
セレンがいなくなると、少し賑やかさがなくなるな、と一行は少し寂しい気持ちになる。
「それでは、私も。ディンさん、お伝えした通りにお願いしますね。」
「分かった、それじゃ外園さん、また。」
「はい。」
次いで、外園を転移でグローリアグラントに飛ばし、残ったメンバーは少し寂しいと感じていた。
また会えるのはわかっていた、だが、蓮を失った直後である事もあり、仲間が傍にいないと言うのが、少し心地悪いのだろう。
「さて、行くか。皆、飛んでくれ。」
ディンの号令で、一行は大穴へ飛び込む。
落下していくかと思いきや、すぐに視界が暗転し、意識を失う守護者達。
時間を遡って、あの日へと帰っていく。
「アリサ、テイラット、トリムントス、いますか?」
……先生?……
……先生だ!……
……先生、ずっと会いたかったよぉ?……
「私は……。私は、許されないのだと思っていました。あの日から、ずっと。」
グローリアグラントの地に降り立った外園は、ディン達がセスティアに帰るのを感じ取りながら、3人の魂と話をしていた。
……先生、世界は守れた?……
「そうですねぇ……。何処からお話を始めましょうか。」
思えば、200年間、長い旅をしてきた。
フェルンを脱し、世界を周り、そして、守護者達の雄姿を見守った。
そんな外園の話を、3人の魂は楽しそうに聞いていた。
……先生、行ってしまうの?……
「はい、いつかは戻ってくるかもしれませんが、あちらの世界の話も、いつか皆さんに出来たらな、と思っています。」
外園は、一旦は満足だ、とディンに念じ、セスティアへと向かっていった。
3人の魂は、転生を待ちながら、いつかまた会える日を楽しみにしている、と最後に伝えた。
「ん……。」
俊平は、目を覚ます。
「ここ……。」
そこは、セスティアの自室のベッドだった。
外を見ると暗くなっている、朧気ながら、確か最初に旅立った時は昼寝をしていた気がする、と思い出す。
「夢、じゃねぇんだもんな……。」
あの冒険の旅は夢だったのだろうか、と一瞬悩むが、魔力の流れを感じる、それは夢ではなかった。
「そういや、時間は殆ど経たねぇんだっけ。」
竜太が言っていた、世界を渡る際の時間の経過の仕方、それはセスティアに住んでいるものに限定された事だが、異世界で時間が経ったとしても、セスティアでは殆ど時間が進まない。
という事は、竜太やディンは一年前に戻ったのだろうか、と考える。
会いに行こう、連絡先は聞いている、とスマホを取り出し、俊平はまずはと3人に電話を掛けた。
「ここは……。」
「清華か……?」
「お父様……!はい、私は、無事に役目を全うしました。犠牲はありましたが……、それでも、世界を、守ったのです。」
「大義だった。話を聞かせてくれ。」
剣道場に戻ってきた清華は、父が1人で剣道場にいるのを見て、少し泣きそうになる。
戻ってきたのだ、ここは、自分達のいるべき世界なのだ、と涙を流す。
「泣くな、清華。お前は、勤めを果たしたのだろう?」
「はい……、お父様……。」
父玄隆が、清華の頭を撫でる。
清華は、少しだけの悲しみと、やり切ったのだと言う達成感で、玄隆に話を始めた。
「綾子!」
「お兄ちゃん!」
「修平!戻ったか!」
「じいちゃん!」
空手道場で話をしていた綾子と修平の祖父の元に、修平が現れる。
伝承を聞いていた祖父と、その話を聞いていた綾子は、修平が戻ってきた事に安心して、そして喜ぶ。
「修平よ、強くなったな……。もう、河伯流はお前が継ぐ事になるだろう。儂の出番はここまで、ご先祖様の言い伝えを守れた事を、誇りに思うぞ。」
「お兄ちゃん、世界を守ってきたんでしょう?お話、聞かせてよ!」
「えーっとな、何処から話せば良いかな……。」
喜び合って、手を取り合う3人。
修平は、日常が戻ってきた事を理解し、嬉しそうに笑った。
「……。」
「兄ちゃん……?」
「空太か……。」
「兄ちゃん!」
寺に戻ってきた大地は、夜遅くになっている事を確認し、月を眺めていた。
そこに、弟の空太がやってきて、大きな声で呼ばれ、そして抱き着かれる。
「兄ちゃん、帰ってきてくれたんだ……!」
「うむ……、帰って来たぞ……。」
一日もたっていないはずなのに、わんわんと泣きながら大地の無事を喜ぶ空太。
父宋憲から色々と話を聞いていたのであろう、だから、帰ってきてくれたのが嬉しい、と。
「僕、兄ちゃんがいなくなっちゃったら、って……。」
「心配をかけたな……。」
「でも、無事だったから、よかった!兄ちゃん、どんな冒険だったの?」
「そうだな……。」
月を眺めながら、大地は語り始める。
4人の守護者と、そして世界の守護者、蓮の物語を。
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