蓮の未来

「竜太君!なんでそっちにいるんだよ!竜太君だって、蓮君が斬られるのは嫌だろ!?」

「……。嫌ですよ。でも……、でも、それしか方法が無いんです。僕は、次の竜神王として、育てられてきました。だから、父ちゃんがそれしかないって言ったって事は、それしか方法はないっていうのは事実なんです。」

「リリエルさん!貴女は蓮君を弟の様に思われていたのではないのですか!なら!」

「……。そうね、弟の様に思っていたわ、それは事実よ。だからこそ、なのよ清華さん。弟に、世界を滅ぼす存在になんてなって欲しくはないの、だから、今こうして貴女達を止めている。間違っているのかもしれないわ、一緒に、ディン君と戦って、蓮君を助けるのが正しい形なのかもしれない。でも、私は蓮君を元に戻す方法を知らない、知っているのはディン君だけ。なら、それに賭けるしかないと思わないかしら。」

 激しい攻防、指南役達は若干手を抜いているが、戦士達は本気で戦っている。

 奥義を発動し、指南役達を殺す勢いで行かないと、そもそも戦えない、と理解していた。

 だから、迷う暇は無かった、迷っていたら、蓮がディンに斬られてしまう、それをよくわかっていたから。

 ディンはやるだろう、やってしまうだろう、それを理解していた、ディンと言う男を、正しく評価していたからこそ、止めるにも本気を出さなければならない、と。

「セレンさん!あんただって蓮の事大事に想ってたんじゃねぇのか!」

「大事に思ってたぞ?だから、ディンに任せるしかないんだ。俺達は、破壊の概念に干渉された者達、その脅威を払いのける力はない。あるのはディンだけ、ディンが蓮を斬って、初めてそこで蓮が帰ってこれるかどうかがわかる、だから任せるしかねぇんだ。」

「竜太よ……。お主は、この事を知っていたのか……?」

「……。はい、知っていました。父ちゃんから、なんで蓮君を旅に加えたのか、それに、なんで皆さんには言えなかったのか、それも。僕だって嫌です、蓮君が乗っ取られる前になんとかなってくれたら、なんて思ってました。でも……。こうなっちゃった以上は、もうどうしようもないんです。後は父ちゃんが破壊の概念から蓮君を救い出せるかどうか、それにかかってるんです。だから、今は皆さんを向かわせる訳にはいきません。」

 戦いの中、どうにか言葉で説得出来ないのか、どうにかしてこの不毛な戦いを終わらせる事が出来ないか、と戦士達は考えるが、指南役達が折れる気配は微塵もない。

 皆、蓮の事を大切に思っていた、大切な仲間だと思っていた、だからこそ、蓮が世界を破壊する存在になる前に、何とかしなければならないと思っていた。

 その方法は、もうディンしか知らない、戦士達も、指南役達も、蓮を破壊の概念の干渉から解き放つ方法を、知らないのだ。

「本気で行くぞ!」

「はい!蓮君を斬らせる事は、出来ません!」

「わかってる!」

「……、うむ……!」

 戦士達は、全身全霊をもって、指南役達に立ち向かう。

 蓮を斬らせない、蓮を救う、その為に。


「蓮……。」

「おにい……、ちゃん……。痛い……、よ……!」

「蓮、すぐに楽にしてやる。」

 戦いを暫し眺めていたディンだったが、本来の目的を遂行するべく、蓮に剣を向ける。

 蓮は、酷い頭痛の中で、何故ディンが自分に剣を向けているのか、と考える。

 わからない、お兄ちゃんとして慕っていたディンが、弟として慕ってくれていた自分に剣を向けている理由、それは何なのか。

 何かに支配されそうになりながら、蓮は必死になってそれを考える。

「おにい……、ちゃん……。」

「蓮……。お前は、大切な弟だ。だからこそ、世界を破壊する存在にするわけにはいかないんだ。お前は世界を憎んだ、それは間違いじゃないだろう。ただ、だからって、世界を滅ぼして良いって事じゃないんだ。……。何時だったか話したな、竜神王って言うのは、最終的に世界を守らなきゃいけないんだ、って。その為には、手段を選んではいけない、それをしてるのは、俺個人の感情としてだ、って。今まで俺は、個人の感情として、蓮を破壊の概念から救おうとしてたんだ。ただ、もうそれは出来ない、蓮は今、破壊の概念に乗っ取られているんだ。だから……。後は、蓮が帰ってこれる様に、今は蓮を斬らなきゃならない。」

「破壊の……、概念……?」

 蓮は、自分を支配しようとしている存在の事を知る。

 そして、思い出す。

 自分は一度、破壊の概念によって操作された事がある、と。

「お父さんと……、お母さんを……、殺したのは……。」

「そうだな。蓮はあの時、破壊の概念に乗っ取られかけてた。ただ、あの時は間に合ったんだ。」

「じゃあ……、僕は……。」

 ディンは、最初から蓮の危険性に気づいていて、そして、それでも兄弟として接していた、それに気づく。

 ならば、あの時斬っていれば、こうはならなかったはずだ、と。

「お兄ちゃん……、お兄ちゃんは……、僕を、好きだって、言ってくれたよね……?」

「あぁ、大好きだ。大切な弟、大切な存在、たった一年間の関わりだったとしても、俺達に絆はあった。確かに、そこに絆はあったんだ。」

「そっか……。嬉しい、なぁ……。」

 蓮は、痛みの中で笑って見せた。

 ディンが蓮を最初に会った時に斬らなかった理由、封印しなかった理由は、こんな子供が、まだ未来のある、将来の待っている子供が、世界の為に殉じる、と言うのが許せなかったからだ。

 ならば、個人的感情として許す範囲で、助けたいと願った。

 蓮が破壊の概念に乗っ取られない未来、帰ってこれる居場所を作る為に、この旅に加えた。

「ねぇ……、お兄ちゃん……。」

「なんだ?」

「お兄ちゃんは……。お兄ちゃんは、竜神王様なんでしょう……?世界を守る、凄い人なんでしょう……?僕は……、世界なんて、どうでも良かった……。お兄ちゃんがいて、皆がいてくれて……、それだけで、良かったんだ……。でも、お兄ちゃんは……、守らなきゃいけない、人達がいるんでしょ……?」

「……。お前の事も守りたかった、蓮も、大切な人、守りたい子だったから。」

 蓮を、闇が包んでいく。

 しかし蓮は、まだ乗っ取られていない。

 自分の意思で、自分の心を持って、今ここにいる。

「ねぇ、お兄ちゃん……。お兄ちゃんは、幸せ……?」

「……。幸せか不幸か、それはわからない。全てが終わって、初めて何かを得るのかもしれないから。ただ、蓮と一緒にいた日々は、幸せだったよ。家族と一緒にいる時間も、蓮と一緒にいる時間も、同じ位大切だった。だから……。だから、一緒に暮らそうって、そう言ったんだ。蓮ならきっと、俺の家族ともうまくやって行ける、きっと仲良くなれるから。」

「僕ね……、僕ね……。幸せ、だったよ……。お兄ちゃんと、一緒で……。みんなと、一緒で……。幸せだった、よ……。夢を見てる、みたいだったよ……。でも……。でも、僕は……。」

 蓮は、気づいていた。

 もう、戻れない事を、もう、蓮は自分自身として生きていく事は出来ないのだと。

 ただ、そうなのであれば、出来る事があるはずだ。

 戻れないのなら、せめて最期に、何かをディンにお返ししたい、と。

「僕……ね……。ずっと、幸せだだったよ……。お兄ちゃんが、いてくれたから……。ずっと、ずっと、ずっと……。だから……。だから、お兄ちゃんに、最期に……、お返し、しないと……。」

「最期だなんて言うな、蓮。まだ、戻ってこれる可能性はあるんだ。」

 ディンが、苦し気に声をかける。

 だが、蓮は覚悟を決めている、それに気づいてしまった。

 蓮は戻ってこれない、そして蓮自身が、それに気づいている、と。

「お兄ちゃんが……。僕を、斬らなきゃならない……、なら……。せめて、これで、最期に……。」

「蓮……。」

「僕の、力……。デインさんから貰った……、僕の、力……。」

 蓮はそう言うと、抱えていた頭から手を離し、竜の想いを手に取る。

「蓮!何してんだ!」

「蓮君!」

「蓮君!駄目だ!」

「蓮……!」

 戦いながらこちらを見ていた4人が、蓮を止めようと怒鳴っている。

 蓮は、自身に向けて剣の切っ先を向け、その言葉を聞いた。

「みんな……、ありがとう……。でも、僕は……。僕は、お兄ちゃんの、為に……。みんなの為に……。だから、ありがとう……。」

 蓮は、迷いなく、竜の想いを自身に刺した。

 それが破壊の概念に有効かどうか、何が起こるか、それは蓮とディン以外誰にもわかっていなかった。

「蓮!」

「蓮君!どうして!」

「蓮君……!」

「……!」

 蓮の体が、光る。

 蓮の心の中にある光、皆と生み出してきた、大切な光が、蓮を包む。

「蓮、良いんだな……?」

「うん、良いんだ。僕は、世界の為にじゃない、お兄ちゃんと、みんなの為に戦ってきたんだ。だから、これで良いんだ。」

 蓮の中で、破壊の概念がもがいている。

 蓮の光に晒されて、苦しんでいる。

 今なら。

 蓮の命と引き換えに、破壊の概念を完全消滅させられるかもしれない。

 しかし、ディンの個人的感情が、それを許さない。

 しかし、竜神王として、やらなければならない。

「お兄ちゃん、それでも僕は、お兄ちゃんが大好きだよ。」

 蓮はそう言うと、寂しそうに微笑んだ。

「……。全ての竜神剣よ、竜神王の名の元に命ずる、今ここに1つとなりて、巨悪を払う光となれ。」

 ディンが命ずる、自身の中にある、全ての竜神の魂に。

 数多の竜神の剣、それを1つにした、究極の剣を、顕現させる。

「神竜王剣、竜の心。」

 身の丈程の剣、それを握ったディン。

「ディンさん!止めろ!」

「お願いです!まだ何か手が!」

「ディンさん!」

「ディン殿……!」

 4人の悲痛な叫びが聞こえる。

 しかし、蓮もディンも、もう覚悟は出来ていた。

「……。」

 ディンの剣が、蓮を両断する。

 否、蓮の中にいた、破壊の概念を、両断した。

「馬鹿な……!わが命がぁ……!」

「散れ、破壊の概念。二度と復活するな、お前は消えなければならない。蓮の為に、アリナの為に、全ての生命の為に。消えろ、破壊の概念。」

 破壊の概念、一千万年間、竜神王と戦ってきた、世界の終末装置が、今。

 蓮の中で砕けた。


「蓮……。」

「おにい……ちゃん……。どうして……、そんなに、かなしそうな……、お顔を、してるの……?お兄ちゃんは、勝ったんだよ……?」

「……。蓮を失いたくなかった、蓮と一緒にいたかった。……。ごめんな、蓮。俺が、未熟だったから……。」

「ううん……、良いんだ……。ねぇ、お兄ちゃん……。お歌、歌って……?僕の、大好きな、お歌……。もう、眠いんだ……。だから、お歌、歌って……?」

 

 おやすみ もう

 疲れた でしょう

 おやすみ もう

 眠りなさい

 おやすみ もう

 疲れた でしょう

 竜の腕に 抱かれて


「嬉しい……なぁ……。」

「お休み、蓮。きっといつか、また会おう。」

 蓮の体が光る。

 ディンに抱かれた蓮の体が光に包まれ、そして、消えていく。

「蓮!」

「蓮君!」

「蓮……!」

「蓮君……!」

 4人が、全員が、戦いの手を止め、蓮の元に駆け寄る。

「蓮君、お疲れ様。……、貴方の事、愛していたわよ。きっと、いつか幸せだったと思える様に、貴方の事を忘れないわ。」

「蓮君、貴方は、立派でしたよ。誰が何と言おうと、貴方は立派でした。だから、ゆっくりとおやすみなさい。」

「お前さん程の英雄ってのは、中々お目にかかれないもんだ。蓮よ。……、ゆっくりと休むんだぞ。」

「蓮、俺、お前の事忘れねぇからな。ずっと、ずっと、大切な仲間だったんだからよ。」

「蓮君……。僕も、蓮君の事は忘れないよ……。蓮君は、ずっと僕の兄弟だから……。」

 指南役達が、蓮に声を掛ける。

 リリエルは泣いていた、ウォルフは悲しんでいた、外園は切ない心境になっていた、セレンは苦々しく笑ってみせた、そして竜太は、消えゆく蓮の手を取って、微笑んだ。

「蓮……。こんなとこで、終わって良いのかよ……!なぁ、蓮……!」

「蓮君……、貴方は、誰よりも勇敢でした……。きっと、世界が貴方を憎んだとしても……。」

「蓮君……!嫌だよ……!俺達、一緒に遊ぼうって、言ったじゃんか……!」

「蓮よ……。儂は……。儂は、お主を誇りに思う……。ゆっくりと……、休むのだ……。。」

 大切な仲間に囲まれて、蓮は逝く。

 消えていく、光に包まれて、蓮が消えていく。

 戦士達は、涙を流しながら、それを見送った。

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