無垢な魂
「俊平さんは大丈夫でしょうか……。」
「きっと大丈夫だよ。俺達だって、修行してきたんだから。きっと、大丈夫。」
「そうだな……。信じてやらぬと、いけぬな……。」
俊平がアテナと戦っている間、急いで歩を進めていた5人。
アテナが現れたという事は、他の神々も出てくる可能性がある、ならば、一人一殺の意思を固めて、と言いう考えで動いていたのだが、そもそも俊平がアテナに勝つ前提で話を進めている、それは少し危ういのでは無いか、と清華は考えていた。
ただ、それ以外に方法を思いつかないのも事実であり、俊平の行動は正しいだろう、とも考えていた。
「次は誰が出てくるんだろう?神様には3人会ったよね?」
「もし僕達が出会った神様達が現れるんだとしたら、ポセイドン様、ゼウス様、ハデス様が出て来る事になるね。他の神様はどうかわからないし……。」
「そっか、他の神様って会ったのは竜神様だけだもんね。そしたら、誰がどの神様を請け負うのかを決めとこうよ。」
修平の言葉で、それぞれが誰を相手するか、を考え始める。
しかし、敵として戦ったのはハデスだけだ、他の2柱の強さや、使ってくる属性がわからない。
「誰が誰と戦うか……。決めておきたいですが、神様方がどの様な攻撃や魔法を使われるのかがわかりません……。唯一わかっているのは、ハデス神だけでしょうか。」
「じゃあ、俺ハデス様と戦うよ。一回戦ってるって事は、ある程度はわかるかもしれないって事でしょ?俺、大地君とか清華ちゃんみたいに、即座に考えて反応する、って言うのちょっと苦手だし、それなら俺が戦った事のある神様と戦うのが丁度良いんじゃない?蓮君と竜太君に、クロノス様の相手をしてもらうって言うのはどう?」
「僕はそれでも構いませんけど、クロノス神の強さ的に、2人で相手出来るかどうかが……。」
「そこはほら、俺達が駆けつければ問題ないでしょ?神様の偽物倒して、後から追いかけて駆けつける。最終的に6人で戦う、それならどう?」
修平は、勝つ前提で話を進めている。
信じている、と言い換えても良いだろう、俊平を信じている、この場にいる4人を信じている、そして自分自身を信じている。
勝算があるわけではない、必ず勝てると言う話でもない、しかし、自分達はきっとやり遂げて見せる、と。
「勝つ為には、覚悟をせねばならぬな……。」
「そうですね……。わかりました、そのプランで行きましょう。私達ならきっと、勝てると信じて下さった方達の為にも、世界の為にも、私達自身の為にも。」
「頑張ろぉ!」
決意を固め、歩き出す。
俊平が後からついてきてくれると信じて、そして自分達も勝てると信じて。
「……、来ますね。」
「来るって?」
「神の気配が強くなっています。贋作である事に変わりはないでしょうが……。ここは私が行きます、ハデス神ではなく、ポセイドン神に似た気配がします。海の神、なのであれば、水属性を使える私が一番適任でしょう。」
「わかった。じゃあ、俺達は先に進もう。」
「清華さん、気を付けてくださいね。相手はまだ戦った事のない神様です、どんな攻撃をしてくるのか、どんな魔法を使ってくるのかがわかりません。」
「はい、わかっています。皆さん、先に行って下さい。」
暫く歩を進めていると、海のさざ波の様な音が聞こえ、また周囲の景色が変化する。
先程、俊平が残ったのは、アテナに敗退した荒野だった、そして今回は、水が地面から湧いてくる。
ポセイドンが来る、と言うのは間違いではないだろう、そして、清華は得意な属性である自分なら、ある程度攻略が楽になるだろう、と考えていた。
「水が……。これは、早くいかねばならぬな……。」
「行って下さい。ここは私が引き付けます。」
水に足を取られる前に、清風を使って島の中央に向かう4人。
残った清華は、水の中からポセイドンが現れた事を確認すると、両手に刀を構える。
「やはり、虚ろな瞳……。贋作である事は、間違いではないのでしょうね。ポセイドン神は、穏やかな瞳をしていらっしゃいました。……。クロノス神、神が何をもって神の模造品を生み出しているのかはわかりませんが、戦うしかないと言うのであれば、私は戦いましょう。」
右の長刀から水を、そして左の短刀から雷を、それぞれ発しながら清華はポセイドンの動きを見る。
ポセイドンは、両手で持たないと振るえないであろう、三又の槍、トライデントを構えていた。
自分より数倍大きい体躯をしているポセイドン相手に、どこまで清華は戦えるか。
刹那、ポセイドンの金色の長髪が、靡いた。
「……!」
音速の攻撃、トライデントによる刺突。
それを、清華は読み切って、両手の刀で防いだ。
重たい、攻撃が重たい。
が、受けきれない程ではない、それが、贋作たる所以だろう。
「攻撃をしなければ勝てません、ね!」
トライデントを弾き、攻撃をしようとした、その瞬間。
一瞬視界が暗転し、清華は精神世界へと落ちる。
「清華さん、よくぞここまで強くなられました。これならば、私の奥義を使っても問題はないでしょう。」
「青龍さん……?奥義、と言うのはどういう事でしょうか?」
「貴女は見て来たはずです、お父様が時折、剣道ではない、剣術をお使いになられている所を。貴女は小さくて覚えていなかったかもしれません、しかし、その魂に刻まれた、私の奥義があるのです。」
「幼少の折……。そう言えば、父が一度だけ、二刀流をしていた事があった様な……。」
「それは、鈴ヶ峰家に代々伝わる奥義、私の力を全て使える様になった者のみが、その真価を発揮出来る、1つの技なのです。清華さん、今の貴女なら使える、それは魂に刻まれているのですから。」
「……。そうですね。私はそれを知っている、二刀流を始めた頃、ふと思ったのです。この技を、見た事がある気がすると。ただ、使えるかどうかはわからない、今の私では使えない、とも思っていました。それが、使えるのですね。」
「はい。今の貴女になら。」
『太古より東方を守護する龍よ、私は貴女の力を受け継ぐ一族の末裔。今厄災を断ち切る為の力を、どうか私に貸して下さい!水神雷光!』
精神世界から戻ってきた清華は、高らかに詠唱をする。
それは、水の長刀と雷の短刀を、最大限に生かした技、青龍の持つ、2つの属性を、合わせた奥義。
跳躍し、トライデントを払い、水の長刀で濁流の様な水を操り、そして雷の短刀でそれを感電させ、強烈な一撃に変える。
「……。」
ポセイドンは無言のまま、帯電してしびれている。
好機、と清華は感じ取り、更に攻撃を加える。
「大空を覆いし怒りの力、全てを滅せし雷、降り注ぎ世界を照らせ!原初より降り注ぐ雷光よ!今すべてを穿ち爆砕せよ!」
最上級魔法、それは使えるとはわかっていたが、それは水属性の場合、だ。
雷属性の最上級魔法は使えると思っていなかった、しかし、今なら使えると信じていた。
魔力の回路を活性化させた、ならば使えるはずだ、と。
『トニトルスヴォルト!』
雷の雨が降り注ぐ、それはポセイドンに対して、有効な攻撃と言えるだろう。
「空より届きし恵みの雨、恵みを運びし優しき大地、全てを飲み込む大河となれ!原初にありし水流よ!濁流荒ぶりし波となり世界を飲み込め!」
更に詠唱を重ねる清華、ここで出し渋っていてはいけない、全力を持って戦わなければならない、とわかっていたから、発動するのに躊躇はなかった。
『アクアエストレア!』
清華が水属性の最上級魔法を発動すると、大地が脈動し、滝の様になって水を降り注がせる。
それは、トニトルスヴォルトに反応し、感電させる範囲を拡大させる。
「まだまだ、参ります!」
2回の最上級魔法発動、そして奥義の行使。
それらが、清華の魔力を使い切ってしまう、と一瞬考えたが、どうやら奥義の方は魔力の消費が無い様だ。
まだまだ戦える、喰らい付いていく。
清華は、これから戦うであろうクロノスの事も配慮しながら、しかし全力でポセイドンの贋作と戦う。
「貴様……!守護者を鍛えただけではないな……!?」
「あの子達の魂は、何重にも守られてる、それは俺だけじゃない、聖獣達や竜神、精霊の加護があるからだ。お前がいくら生命の運命を歪める事が出来るとしても、先代のに足して俺達の加護がある子達には、手を出せないのは当たり前だろう?」
ディンと破壊の概念の戦いは、ディンが優勢に戦っていた。
クロノスの使役や、アリナの魂の変質、と言う事をしている破壊の概念は、本気で戦っているのではあるが、全力では戦えていないのだろう。
アリナの魂は、徐々に光へと帰還しつつある、それに対して、破壊の概念は闇で乗っ取りを継続し、戦わなければならない。
それらを行いながらディンと戦う、それは破壊の概念にとっても、厳しい状態なのだろう。
「アリナ、お前は世界を恨んだ、憎んだ、それは間違いじゃない。お前は世界を守った、それを誇ればいい。お前の愛した人達を、お前の愛した世界を、誇ればいい。他の人間なんてどうでもいい、俺だってそうだ。お前を守れなかった俺が言うのは間違ってるのかもしれない、それも人の営みだ、と受け入れてしまった俺が言うのは、お前にとって酷かしれない。だけどなアリナ、守護者だからって、何も全てを愛さなきゃいけない理由なんて、無いんだ。」
「何を言っている貴様!」
「お前は黙ってろ。俺はアリナと話がしたいんだ。」
剣と剣をぶつけ合いながら、ディンはアリナの魂に向けて声をかける。
訴えていた、叫んでいた。
アリナの魂が、こんな事をしたくないと、こんな風に利用されるのは嫌だと。
「アリナ、目を覚ませ。魂のかけらになったお前にそれを言うのは間違ってる、それはわかってる。でも、俺はお前がそんな風に使い捨てられるのを、見たくない。俺の愛した守護者、俺を愛してくれたお前を、斬りたくはない。」
破壊の概念は、時折動きを止める、と言うより、アリナの魂が抵抗しているのだろう、体を自由に動かせない、と言うのが正しいのだろう。
ディンはアリナに語り続ける、アリナ自身が、その魂の在り方を思い出さない限り、アリナを救い出せないと知っていたから。
かつて、デインにそうした様に、デインがそうであった様に、自らの意思で、光へと帰還しなければ、意味がない。
「アリナ……。俺は、もう人間を愛する事を諦めた。家族以外、そして守護者以外の人間は、醜いと思ってしまったから。ただ……。ただ、その中でも、失われない光はある。お前が世界を愛して、世界に殉じた様に、俺もいつかそうする日が来るかもしれない。ただ、それは俺の意思だ。お前に言われたからじゃない、家族にそう言われたからじゃない、それは俺自身の意思だ。それを、お前が教えてくれたんだ、アリナ。世界を愛する事を、世界を守る理由を。」
「きさ……ま……!」
「アリナ、帰ってこい。お前は、そんな奴に利用される様な奴じゃない、世界を愛し続けると、笑いながら言って見せたじゃないか。なら、憎む気持ちがあっても、恨む気持ちがあっても、それでも。それでも、世界を愛し続けるのが、お前の在り方じゃないのか?」
破壊の概念は苦しんでいる。
アリナの魂が、少しずつ脈動し始めるのを、ディンは感じていた。
「私の竜神王、私は……。否!否否否!貴様はここで死ぬ……!私の竜神王……、私の愛した竜神王……。」
破壊の概念が喋ったと思ったら、表情を変えてアリナが話す、と言う、ある種の多重人格の様な状態になる。
ディンは、アリナの魂の想いに賭けて、言葉を伝え続ける。
「アリナ。俺の愛した守護者は、こんな奴に操られっぱなしな存在じゃなかった。誰に疎まれようと、誰に蔑まれようと、世界を守ると信じて、まっすぐに敵に立ち向かって、そして敵にさえ慈悲の心をもって。魔物でさえ愛おしいと言った、そんなお前の言葉があったから、俺は魔物を滅するのではなくて、救う道を選んだんだ。竜神王として、知ってはいた事だった、竜神の剣は、その軌跡をもって、闇を癒す剣だって。でも、俺自身がそうしようと思ったのは、そうしようと思えたのは、お前のおかげなんだ。」
「ディン……。私、世界を憎んでしまったのよ……?黙れぇ!」
「憎んだって良いんだ。憎しみの果てに、お前が業火に焼き尽されなければならないって言うのなら、お前が裁かれなければならないって言うのなら、俺も一緒だ。……。俺がいつ死ぬのか、なんて果てしない話になるかもしれない。ただ、お前が生まれ変わったら、俺はお前を抱きしめに行くよ。アリナ、帰ってこい。俺の愛する守護者よ、お前はそいつに乗っ取られるには惜しい。」
破壊の概念は攻撃を止め、もがいている。
苦しんでいる、それはアリナの魂が、その在り方を取り戻しつつあるからだ。
守護者の魂は、その在り方を持って、先代竜神王の加護が与えられる。
歪められてしまった魂が、その在り方を取り戻そうとしている、それは、破壊の概念が憑依できない状態に戻る、と言う意味合いだ。
「私の竜神王……。お願い、私を開放して……。もう、良いの。貴方に愛された、それだけで、私は幸せだった。だから……、だからもう、眠りたいの。世界なんてどうなったって構わない、貴方の愛した人達が健やかであれば、それで構わないの。だから……。」
「本当は、お前を守りたかった。魂を竜炎で宝玉にしたのは、これ以上アリナの魂が利用されない様に、と思ったからだ。ただ、それも失敗だったのかもしれないな。魂の循環から外れて、普遍的な魂の流れから外して、なんて思った俺の、奢りだったのかもしれない。……。わかったよ、アリナ。もう、お眠り。お前は、もう休んで良いんだ。世界を守った守護者、なんて肩書きも捨てて、ただ1人の少女として、眠れ。」
破壊の概念を、今ならアリナから引き剥がせる。
そう確信したディンは、剣に魔力を注ぐ。
「闇照らす光よ……。」
それは、闇に侵された魂を救い、光へと帰還させる為に発動する、慈しみの力。
グロルを開放する時にも使った、とても、とても暖かい光。
「止めろ……!止めろぉ!」
『聖竜輝翔剣』
破壊の概念とアリナの魂の膠着を剥がし、アリナの魂を無垢なものへと戻す、その一撃。
慈しみをもって、哀れみをもって、慈悲の心をもって、放たれる光の軌跡。
「馬鹿……なぁ……!」
破壊の概念が、その姿を表す。
それは大蛇、ディンがかつてデインの生み出した闇の渦の中で戦った、人間の何倍もの体躯のある大蛇。
悲鳴を上げ、もだえ苦しみ、ディンの光によって、アリナから引き剥がされる。
「アリナ。」
「ありがとう……、私の愛した竜神王……。もう、眠るね……?」
「あぁ、ゆっくり眠れ。またいつか、お前を迎えに行くよ。」
無垢な少女となったアリナが、ディンに抱かれて微笑む。
目を細め、嬉しそうに笑う、アリナは、笑顔が素敵な守護者だ、と言うディンの認識は、間違っていなかった。
「さようなら、ディン……。いつか、きっと……。」
「会えるさ。きっと迎えに行く、きっとだ。だから、今は眠れ。アリナ、またいつか、会おう。」
「うん……。」
アリナの魂が開放される、光となって、消えていく。
ディンの手には、何も残っていない。
竜炎で遺したアリナの魂のかけらも、次の転生に向けて消えていった。
「アリナ、きっといつか。」
ディンは、アリナの魂が元の世界に還った事を確認すると、立ち上がって剣を握る。
「よう、破壊の概念。」
「貴様……!我が駒をよくも……!」
大蛇は、ディンに向けて攻撃をしてこない。
破壊の概念は、先代竜神王の封印によって、そしてデインの封印によって、依り代を必要とする。
依り代を必要とする、それは、言葉を変えれば依り代がなければ活動が出来ない、そして戦う事も出来ない、と言う事だ。
本来は大蛇の姿で戦っていたのだが、それを封じられてしまっている、と言うのが正しいだろう。
「まあ良い、これで奴に集中出来る、貴様を屠る手段なぞ、いくらでもあるのだ!」
大蛇が霧散する、曖昧な世界を抜けて、クロノスの体を乗っ取りに行ったのだろう。
「……。」
クロノスの魂、それは激しく侵されており、もう光に還る事は出来ないだろう。
後はクロノスに宿った破壊の概念を倒し、そしてその後は。
「蓮、踏ん張れよ。」
何をもって最期の竜神王なのか、そして、蓮の未来は。
それは、ディン自身、まだ知らぬ未来で、そして遠くない未来だ。
蓮がどうなるのか、そして蓮は光に還って来る事が出来るのか。
それを確かめる為にも、ディンは曖昧な世界から消え、ディセントへと向かった。
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