破壊の概念

「次が第三層かね?」

「はい、魔物の気配も強くなってきてます。」

「Umm,では俺が行こうか。リリエルちゃん程大群相手に強く出れる訳じゃないが、まあ何とかする。」

 第三層の門は、固く閉ざされていた。

 それは、クロノスが破壊の概念に干渉された事によって出来た、防御機能の一種だろう。

 しかし、今の竜太は光の属性を使える、闇に覆われた門、と言うのは、障害にはならない。

「行きます。」

 光を剣に灯して、一閃する。

 闇に覆われていた門が破壊され、第三層への道が開かれる。

「これは……。」

「ひでぇ有様ってか、なんてっか……。」

 第三層の門が開かれ、中の様子が見えてくる。

 そこは、ドロドロに溶けて腐臭のする、そんな空間だった。

「足を取られたら駄目な気がするよ?」

「竜太君の魔法で飛んで行けば良いんだよ!」

「そうですね。この泥は触れてはいけない様な物の様に思えます。竜太君、ウォルフさんに持続して魔法を掛け続ける事は可能でしょうか?」

「はい、ある程度の時間なら出来ると思います。」

 竜太が清風を発動し、全員がその場に浮く。

 竜太は清風の移動の仕方を説明し、軽く全員がその場で動いてみる。

「ふむ、これならいけるな。さ、お前さん達は行くと良い。ここは俺に任せたまえ。」

「ウォルフさん、任せました。俺達がクロノス神を倒すまで、堪えてください。」

「hahaha!ルーキーだと思ってた坊やにこんな事を言われるとは、俺も年を取ったもんだ。任せろ修平君、俺も戦場ではベテランだ、そんなたやすくやられたりしないさ。」

 ウォルフはそう言うと、弾倉に手を掛け、魔力を籠める。

「炸裂弾、なんてのもオツかね?」

 魔力に魔物が反応し、ウォルフに向けて大量の敵が突撃してくる。

 ウォルフはそれに動じる事なく、マクミランを構え、そして一撃放った。

「爆発!?」

「あら、ウォルフさん、そんな手も持ってたのね。大群戦は苦手とか言っていたけれど、出来るじゃないの。」

「まあ、性には合わんがね。さ、行きたまえ。」

 炸裂弾の爆発で、道が拓いた。

 7人は清風を操って、その道を行く。

『flechette』

 7人が次の階層に行った事を確認したウォルフは、更に攻撃を重ねる。

 小さなライフル弾を空中に向けて一発撃った、と思ったら、それはフレシェット弾、鉄の矢が降り注ぎ、魔物を一気に倒していく。

「こういう戦い方ってのは、俺の美学には反するんだがね、まあ仕方ない、これも英雄としての役目だ。」

 フレシェット弾を何発か撃ち、敵が減った事を確認して、ウォルフはライフル弾に弾を切り替え、第四層への道を背にして、一撃一撃で敵を粉砕していく。

「弾が減らんって言うのは、つまらんがね。まあ、それも致し方のない事だろう。俺の在り方がそうなってしまった、と言った所か。Umm,これは帰ってからの土産話が楽しみだ。」

 どろどろに溶けて、何が元だったのかさえわからなくなってきた魔物を打ち倒しながら、ウォルフは気の抜けた声を出す。

 実際に気を抜いている訳ではない、張り詰めた空気、それはウォルフの傍にいればよくわかる。

 この魔物達は毒を持っている、とウォルフは察していた、一撃が致命傷になる、それも理解していた。

 しかし、魔物を相手する、と言う経験は、この世界に来て初めて体験した事だ。

 ウォルフの相手は基本的に人間、敵方の英雄だったり、戦争の相手だったりだ。

「魔物、なんていう存在を知ったら、あの神サマは何を言い出すやら。」

 ウォルフを使役している神は、魔物に関する言及はしていなかった。

 派遣された理由、それは世界存続の為に、であり、魔物と言う存在が世界を蝕んでいる、とまでは理解していなかったのだろう。

 だから、最初魔物を見た時は、年甲斐もなく驚いたものだ、と思い出す。

 人外、そして生物ですらない、そんな存在を、ウォルフは知らなかった。

 心躍った、と言えば語弊があるが、倒しても良心の呵責に苛まれない相手、と言うのも珍しい、と。

 実際、ウォルフが戦場で良心の呵責を感じているのか、と問われると、否と答えるだろうが、それでも、新米だった頃感じていたその感情は、ここでは感じない。

「さて、仕上げと行くか。」

 跳躍。

 タルタロスは空間として際限がない、とでも言えば良いのだろうか、天井と言う概念がない。

 そんな中、ウォルフは大きく跳躍した。

『衛星迫撃砲』

 アテナの軍勢にも使った、その技を発動する。

 それは、ウォルフが英雄の皮をかぶると決まった時に、神に与えられた技だ。

 大群相手にスナイパーやハンドガン、近接戦闘だけでは生き残れないだろう、と神が憂い、ウォルフに与えたギフト。

 それが、衛星迫撃砲と呼ばれる高出力のビームの正体であり、神の権能であるが故に、ウォルフはそれを自分の技だとは思っていなかった。

 足元を覆っていた沼、泥の様なものも、衛星迫撃砲の前には意味をなさない。

 後から来るであろうセレンと外園の為に、泥を消し飛ばした。

「ふむ、この程度か。」

 着地。

 清風を必要としなくなった状態、まっさらな状態で、ウォルフは煙草を出し、一服する。

「さぁ、後はお前さん達の出番だ、ルーキー。」

 戦士達が何処まで戦えるのか、その未来は、そしてその先は。

 ウォルフには未来を視る力はない、だからこそ、楽しみだと。


「ここが第四層ね。じゃあ、私の出番ね。」

「リリエルさんは、大群相手の技をお持ちなのでしょうか?単純な強さ、で順番を選んでしまいましたが……。」

「あら、そう言えば貴女達には見せてなかったわね。」

 第四層に到着した7人、次はリリエルが残る番だと、門の前まで来ていた。

 門は竜太の剣で簡単に突破出来る、しかし、リリエルは対軍団相手に技を持っていただろうか?と清華が疑問を浮かべる。

「……。」

 リリエルは、妖刀アコニートを取り出し、気を籠める。

『羽ばたく彗星』

 リリエルの練った気が、膨大な質量となって、魔物に飛来する。

 数千の敵を一気に倒し、両断した。

「リリエルさん、凄おい!」

「さ、行きなさい。貴方達には、まだやる事が残っているでしょう?」

「行きましょう、僕達にはやるべき事がある、やらなきゃならない事があります。リリエルさん、お任せしました。」

 第五層、最深層に向けて、6人は走り出す。

 リリエルは、今までよりも強いであろう魔物達を軽々と倒しながら、これからの事を考え始めた。

 この戦いが終わったら、旅をしよう。

 どんな世界があって、どんな旅になるのか、それはわからない。

 ただ、知見を広げて、自分の満足いく生き様になる様に、旅をしよう。

「なんて、考えながら戦ってたら駄目かしら。貴方達に失礼かしらね?」

『水面鏡の星空』

 水面鏡の星空、それは軽やかなステップと共に繰り出される、連撃だ。

 ディンが一度受けた事があるその技は、大群戦において、羽ばたく彗星の次に使える技と言えるだろう。

 再び夢想する、この戦いが終わった後の事を。

 蓮はディン達と暮らすと言っていた、ならば蓮と竜太、そして清華達に会いにセスティアに行こう。

 そして、セレンの故郷や、明日奈の故郷を回って、そして新しい世界を見に行こう。

 そんな事を考える、リリエルは、もう自分は暗殺者には戻れないと思っていた。

 復讐者である事に変わりはない、と言いながら、今こうしてディンが破壊の概念と戦うのに手を貸し、剰え時間稼ぎの様な真似までしている、そして、倒してくれるのであれば、構わないと思っている。

 そんな自分が、暗殺者に戻れるのか、と問われると、否だろう、とリリエルは感じる。

 光に触れすぎた、とでも言えば良いのだろうか、闇に埋もれていると思っていた自分が、こうして光に帰還した、と言う事実を、心地良く思っていた。

『貪る流星』

 巨人の様な魔物に向けて、十八番の技、貪る流星を繰り出す。

 対象の脇腹から刃を入れ、そして首を掻き切って絶命させる技、それはリリエルが最も得意としている技だった。

 暗殺家業の際、何回か対象と戦う事があった、そしてその勝負は基本的に、この技で仕留めてきた。

 シードルを殺した技も、この技だ。

「私が、武器を捨てる事を考える、なんてね。」

 敵を倒し、無双しながら、リリエルはこの戦いが終わったら、武器を置こうとまで考えていた。

 この戦いが終わったら、自分が武器を持つ理由はなくなる、武器を置いていくのも在りかもしれない、とリリエルは感じ取っていた。

 両親とシードルの魂が宿った、妖刀アコニート、星の力を媒介とし、リリエルと外の星を繋げるパスの役割をした武器。

 これを置く、という事は、それ以上人を殺さない、と言う覚悟でもある、何かあったとしても、これ以上殺人をしない、と言う証左になるだろう。

「でも、今は、ね。」

 リリエルの強さに反応した魔物達が、溶けあい融合して、強力な魔物が生まれてくる。

 今はそれを考える時ではない、まだ戦いは終わっていない、戦いが終わったら、は今の話ではない。

 今は、世界を守る為に武器を振るう、その事を誇らしく思える様に、遺していった者達が、誇らしく思える様に。

「通すわけが無いでしょう?貴方達の相手は私よ。」

 いつか、平和になったら。

 煙突、と呼ばれていた、故郷の村にあった兵器が無くなった世界を、見てみたい。

 その為に、今は戦う。


「この先に、クロノスはいます。皆さん、覚悟は良いですか?」

「とうとう……、なのだな……?」

「頑張ろぉ!」

「……。私達なら、きっと勝てます。その為に修行をして来たのです、死を体感しながら、しかし戦い続けてきたのです。」

「俺達だって、やる時はやるんだ、って皆に見せて上げないとね。」

「……。行くぜ!」

 第五層、最下層の入口に到着した6人。

 静かだ、静かすぎる程に静かだ。

 静寂、それは嵐の前の静けさなのだろう、シーンと静まり返った空間に、門がぽつりと一つあるだけだ。

 門は破壊出来る、竜太の今の力は、比べるのであれば完全なる竜神王になる前のディンの、第四段階の開放と同じレベルだ。

 完全なる竜神王となったディンと比べれば、第三段階の開放の本気と同等のレベル、ではあるが、かつてのディンの第四段階開放と同じレベル、に至っている竜太にとって、闇で守っている門、と言うのは障害にならない。

「行きましょう、世界を守る為に。」

 剣を一閃し、門を砕く竜太。

 冥府、冥界は薄暗い靄に包まれていたはずなのに、門の先から光が零れている。

 それを疑問に思いながら、6人は門をくぐった。


「それで?我を完全消滅させると息巻いている様だが、どうするというのだ?」

「さあな。」

「フハハ!見つかるまい!我は全能の神によって生み出された存在、消し去る事など出来ぬからな。」

 にらみ合い、互いに剣を交える事なく、ディンと破壊の概念は互いの出方を伺っている。

 何時でも攻撃は出来る、だが、にらみ合いと言う選択をした、それはお互いの実力を測る為でもある。

 歴代の竜神王の力を受け継いだディンと、完全に開放されつつある破壊の概念、そのどちらが強いのか、を。

「1つ聞きたい。お前は何故、人の闇を利用した?記録では、竜神王と破壊の概念は直接対決をしていたって書いてあったんだが。」

「つまらんのだよ、小僧。直接対決し、竜神王が死すまで待ち、そしてまた、と言う我の概念に、飽きていた。ならば、別の策を練るのが貴様ら生物のやり方であろう?」

「その為に、種をまいたのか。デインに、アリナに、そして蓮に。」

「気づいておったか。そうだ、我は種をまいた。忌々しい竜神デインの肉体に封印されると言う屈辱を経て、やり方を変えた。」

「リリエルさん達の運命を狂わせたのは?」

 話をして、自分の疑問を1つずつ解消していくディン。

 敵を知らずに倒せるとは思っていない、何しろ相手は破壊の概念、一千万年竜神王が戦ってきた相手だ。

 初代の頃はまさに破壊装置、話の通じる相手ではない、と記されていたが、今はこうして、言葉や感情を得ている存在だ、何か糸口が見つかるかもしれない、と。

「守護者を育てるが貴様の役割、ならば守護者を破壊するが我の目的。守護者とは忌々しい加護によって守られている、ならば精神を破壊する、それが摂理であろう?」

「……。九代目竜神王が掛けた、加護の魔法。それによって、守護者はその魂を強固に守られる。それは本当だったんだな。俺も半分位信じてなかった、先代には未来は視えない、そして今の未来は初代の予言を超えた世界。保険の為に掛けておいた、が正解なんだろうな。」

 各世界の守護者に、ディンが感じていた事。

 うっすらとだが、竜神王による守護の魔法が掛けられている様な気がしていた、しかし、ディンは完全なる竜神王ではなかった為、掛けられなかった。

 ならば、誰が掛けた守護の魔法なのか、破壊の概念から身を守るだけの加護を与えられる、そんな存在は限られている、と。

「余興はここまでだ、哀れな竜神王となり果てた男よ。貴様はここで息絶える、そして世界は破壊される、それが摂理である。」

「そうさせない為に、色んな人が犠牲になったんだ。させてたまるかよ。」

 竜太達は第五層、クロノスの元まで辿り着いた。

 ならば、これ以上の会話は必要ない、敵は向こうの操作に気を取られるだろう。

 剣を握る、しっかりと、片手だが、万力の力で。

「お前を完全消滅させる、それは俺に与えらえれた、宿命だ。全能の神が作った存在であろうと何だろうと、綻びはあるはずだからな。」

「来るがよい!貴様を屠り、世界を終末へと誘おうではないか!」

 世界が揺らぐ。

 ディンの本気の力の開放と、破壊の概念が力を開放した事によって、曖昧な世界が揺らいでいる。

 世界が、悲鳴を上げている様だ。

 2つの強大すぎる力によって、軋み、歪み、悲鳴を上げ、今にでも崩壊してしまいそうな世界。

 戦いの舞台としては、これ以上の場所はないだろう。

 何せ、何を破壊したとしても、この世界が滅んだとしても、世界群には何も影響が無いのだから。

「行くぞ、破壊の概念。アリナの魂は、返してもらう。」

「来い!十代目竜神王!」

 戦いは始まってしまった。

 ディンはアリナの魂を開放し、破壊の概念を完全消滅させる為に。

 そして、破壊の概念は、竜神王を殺し世界を破壊する為に。

 守護者と破壊者の戦いが、今始まった。

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