託されたもの

「それで、神様を倒そうって話をしてるって奴らはお前らか。」

「はい、僕達は神々を打倒するべく、この地にやってきました。」

「……。まあ良いだろう、倒してくれるってんなら、俺達の復讐心も満たされるってもんだ。もしも出来なかったとしたら、世界と一緒に滅ぶってだけの話、そんだけだからな。」

 長の家に一泊して、翌朝。

 長老に集められた3人の人物が、竜太達に情報を与えると言う話だ。

「ゼウス様の居場所が知りたいのか?なら、ここからずっと西、山沿いの地域にいる。」

「ハデス神は、北の大地にいらっしゃります。冥界タルタロスを守護する神ですので、タルタロスはハデス神の宮殿から入る事が出来るでしょう。」

「ポセイドン様ってのは、海の神だからな、ここから東、海沿いの神殿にお住まいだ。ただ、お前達に本当に倒せるのかは疑問だがな。」

 それぞれの情報を、竜太は地図に書き記す。

 神の持つ気配、それを探知しながら、どこに向かえばいいのかを確認して、どこから行けば良いのか、と悩む。

「それじゃ長、俺達は帰るぜ。もしもこの会話が聞かれてでもしてたら、プリズ行きになっちまうからな。」

「ふむ、相分かった。よう話してくれたのぅ。」

 そう言って3人は家を出ていき、竜太と長が2人残る。

 5人はまだ休んでいる、朝食を食べた後、少し休んだ方が良いと竜太が提案し、二階にいる。

 確かに、どこで誰に見られているかわからない以上、手の内は明かさない方が良いだろう、と。

「それで、おんしらはどこから向かうのかのぅ?」

「うーん……。冥界に行くのが目的なので、ハデス神の所が一番最後かなっていうのはわかるんですけど、他はどうしたら良いのか……。」

「おんしらの中に、雷の魔法を使う者はおるかの?いるのであれば、ポセイドン神を先に行くと良いじゃろう。彼の神の唯一の弱点、それはゼウス神の雷なのだと、昔何処かで聞いた事があるのじゃ。」

 神のレベルの魔法、となると、使えるかどうかと言われれば否だろう。

 しかし、最上級魔法であれば、通じるのではないか、と竜太は一瞬考えた。

「とにかく、回らねばならんのであれば、ポセイドン神から攻略を考えた方が良いと思うがのぅ。彼の神は神々の中では温厚、と言う話じゃ、もしやするに、クロノス神を打倒する手だてを授けてくれるかもしれぬ。」

「わかりました。」

 竜太は考えを纏めながら、二階に向かう。

 二階では5人が休んでいて、竜太を待ちながら話をしている様子だった。


「そう言えばディン君、この世界での敵の事、あまり聞いていなかったわね。オリュンポス十二神、と言うのが敵の名称だったかしら?」

「ん?そっか、あの頃はリリエルさんはあんまりそこらへんに興味がなかったんだもんな。」

「そうね。それで、どんな敵なのかしら?神と言っても仏陀や貴方達竜神とも姿かたちが違うのでしょう?」

 朝の運動、と言って、軽く打ち合いをしていたディンとリリエル。

 お互い本気は微塵も出していないが、軽くさび落としに、と結界を張って打撃戦を行っていた。

「オリュンポス十二神、それはセスティアでは神話と呼ばれ、かつて崇拝されていた存在達だ。かつては存在し、そして今ではディセントに追いやられた神、とも言えるな。」

「でも、セスティアでは全ての文明と知識は失われたのでしょう?何故今でも神話として語り継がれているの?」

「それは、世界の近さが影響してる、って俺は考えた。この世界群は、近ければ近いほど、電波の様なものを受信して、そして神話として書き連ねる存在が現れる、って感じだな。例えばリリエルさんのいた世界は、丁度世界の中間くらいの場所にある、だから、リリエルさんの世界の神の話は、チャンネルが合って神話に記す人間がいない、って所だ。」

 運動でかいた汗を拭きながら、ディンは持論を展開する。

 セスティアにおいて、すべての世界の神や魔物、魔法や力と言うのは、本来そこにあったものだ。

 それを先代竜神王が細分化し、数千に分け、世界を守った、と言う経緯があった。

 しかし、記憶を消した所で、渡れる存在がいる程度には壁の狭い世界群だ、それを探知出来る存在がいたとしても、不思議ではない。

「じゃあ、先代の竜神王と言う存在、貴方の祖父が行った事は、不完全だったという事かしら。破壊の概念を完全には封じ込められなかったのだし。」

「そうなるな。先代は、歴代の中でも異質な存在として、初代竜神王に予言されていたんだ。竜神王は、その魂を次世代の竜神王に受け継がせる、その結果、竜神王は代を重ねる毎に、能力が強化されていく。俺も、もしかしたら世界をさらに細分化したり、統合したりする力は持ってる、って推測は出来るな。ただ、その結果が見えてるから、俺はしようとしないってだけだ。」

「結果、つまり破壊の概念はそれでは倒せない、という事かしら。」

「そうだな。新しい秩序を生み出して、善なる存在だけを連れて行ったとしても、そこに悪は生まれてくる、つまり破壊の概念はそこに入り込む余地がある。それに、俺だけがどうこう出来る箱庭を作った所で、誰も喜ばないだろう?」

 それは、破壊の概念と竜神王が、裏と表で紙一重の存在だから、ともとれる。

 竜神王にしか、破壊の概念は倒せない、そして破壊の概念にしか、竜神王は殺せない。

 互いに生存権を握り合っている存在、それが竜神王と破壊の概念だ、とディンは思っていた。

 だからこそ、自分の代で完全消滅をさせたい、次代である竜太に、それを背負わせたくない、と心の底から願っていた。

「貴方が死んだ場合、竜太君に全ての力が継承される、と言う話だったわね。その場合、竜太君の肉体は人間ではいられなくなる、と。……。そうなった場合、竜太君が孤独になってしまう、独りになってしまう、それを貴方は嫌がってるのね。」

「そうだよ。俺が死ぬかどうかは、重要だと思ってはない。ただ、生きれたら良いなとは思ってるけど、それだって、子供達を見送ったらどう思うかもわからない。ただ、今俺が死んだら、竜太が独りになる。それは嫌だ、それだけは嫌なんだよ。俺は、俺の責任を自分で取らなきゃならない。」

「……。でも、それだと貴方は孤独になってしまうのよ?大切な人達が逝って、その後は独りっきり。それは、良いのかしら。私は何百万年と生きる、なんて想像がつかないけれど、でも、孤独でい続ける事は、辛いんじゃないかしら。」

「……。それが、世界の守護を成し遂げた結果であるのならば、俺は受け入れる、と思ってるよ。あの子達を守って、世界を守って、その結果として孤独が待っているんであれば、それは俺が守り続けた世界が、正しかったって事だ。それなら、俺はそれを誇りに思うよ。ただ、世界を守れなかった結果、俺だけが生き残って、なら話は別だけどな。」

 リリエルは、意地悪は質問をしたつもりだった。

 ディンでも、この質問に対しては言葉を詰まらせるだろう、恐らく、恐怖しているのではないだろうか、と。

 それをディンは誇りに思うと言ってのけた、それにリリエルは驚く。

「何を驚いた顔をしてるんだい、リリエルさん。俺が異常者なのは、今に始まった事じゃないだろう?」

「……。いいえ、貴方の答えに驚きはしたけれど、異常者だとは思わないわ。きっと、貴方にとってそれは、誇らしいと思える事なんでしょうね。世界は醜い、人間は疎いと言っておきながら、人間を守る選択をした、そんな貴方らしいわね。でも、寂しくもあるわね。きっと貴方は、後悔をしないんでしょう、きっと、後ろを見る事をしないでしょう。でもね、ディン君。寂しい時は、寂しいと言っても良いのよ?」

「寂しい、か。そう思う日が来るのは、なんとなくわかってるよ。今は子供達が一緒にいてくれてる、でも、いつか別れの日は来る、それが俺の死か、あの子達の死なのかはわからない、でも、必ず別れの日は来る。寂しいんだろう、俺はその感情に、今は鈍感ってだけでな。ただ……。ただ、あの子達が生きた証を、ずっと遺せるって言うのは、嬉しいかもしれないな。俺が生き続けたのなら、あの子達が生きた証は俺の中にある。リリエルさん達だってそうだ、いつか死んでしまう日が来るんだろう、恐らく俺は、それを見送る立場になるんだろう。でも、俺は皆の存在を誇らしく思う、生きた証を、俺はずっと忘れないだろう。」

 生きた証、それは何なのだろうか。

 竜炎で燃やされた魂、それは生きた証と言えるだろう、しかし、その事ではない、とリリエルは感じ取っていた。

 きっと、また別の事だろう、清華がそう言えば何かを言っていただろうか、と思い出す。

「清華さんの父親が言っていたと聞いたわ、人は、二度死ぬのだと。二度目と言うのは、記憶から失われた時だ、と。そう言う事かしら?」

「似てる様で違う、違う様で似てる、って所だ。俺は、皆の愛した世界を守りたい、皆が命を掛けて守った世界を、守りたいと願った。それは、小さな力かも知れない、小さな意思かもしれない。でも、それを覚えている限りは、その意思はなくならない、と思うんだ。」

 空を仰ぎ見ながら、ディンは掠れている記憶を思い出す。

 それは、デインを救ったときの事だった。

 前の世界軸、ディンを兄と慕ってくれていた子供達がいた、その子供達が、最期の力を使って、悠輔を呼び戻してくれた。

 結果として、ディンは前の世界軸の記憶を失いつつある、しかし、失ってはいけないと思う記憶がある、意思がある、想いがある、愛があると。

 それをディンは誇りに思うだろう、寂しいと言う感情が無いわけではない、しかし、それよりディンは、子供達の存在を誇らしく思っていた。

「……。貴方って、本当によくわからないわ。命を掛けて守りたいものが、世界の命運を賭けて戦う理由が、意思を誇りに思うから、だなんて。貶しているわけじゃないのよ、それは凄い事だとは理解しているの。ただ、私には、何年生きたとしても、思えない事なんだとも思うわね。きっとそれが、竜神王たる所以なんでしょうね。」

「どうだろうな。竜神王は世界の為に魂さえ犠牲にしてる、って言うのが、九代目までの事実だからな。歴代からしたら、俺は異質な存在だろうさ。」

 それでも、守りたい者の為に戦う事を、ディンは止めないだろう。

 竜神王として間違っていたとしても、誰に間違っていると言われたとしても、ディンはその考えを曲げないだろう。

 それが、ディンと言う男なのだ、とリリエルは理解した。


「では、ポセイドン神の所から向かう、という事でよろしいでしょうか。穏健という事は、もしかしたら戦わずに済むのかもしれませんし……。」

「それで良いんじゃねぇか?どうせ三か所回らねぇといけねぇんだろ?」

「俺も賛成、戦わずに済むんなら、そうしたいし。」

「儂も、反対はない……。」

 竜太が長老から受けた説明をして、5人に意見を聞く。

 蓮はわからないからと椅子に座って足をぶらぶらさせていて、4人はそれに賛成、と言った意思表示をする。

「お兄ちゃんがね、神様って言うのは、本来戦うもんじゃない、って言ってたよぉ?なら、ポセイドンっていう神様もお話で何とかなるんじゃないかなぁ?」

「だと良いんだけどね……。神様が戦わないとしても、神の使徒とは戦わないといけないんだし、アテナ神みたいに好戦的だった場合、戦わないとだからね。」

「そういや、あれは神だったのか?あんなにいっぱいいたけどよ、神の戦士、だったっけか。あいつらも似た様な気配してたけどよ、皆神様だってのか?」

「うーん……。わからないです、確かに神様と同じ気配をしてましたけど、弱かったって言うか……。なんででしょう?」

 竜太は、ディンがリリエル達にした様な説明を聞いていない、だからアテナの戦士達の正体については知らない。

 それがもともと人間だった事も、無理やり神の戦士として使役されていた事も、知らない。

 ただ、なんとなく仕組みを理解していた、それを説明出来るだけの説得力が無かっただけで、竜太は本能的に、あれは神の気配を帯びているだけの人間だ、と理解していた。

「ともかく、まずはポセイドン神の都市に行きましょう。転移を使っても良いって父ちゃんは言ってましたし、東の海沿いって言う話でしたし、そっちの方向に飛んでいけば、何かしら情報なりなんなりは手に入ると思いますから。」

「そうだな……。では竜太、頼んだ……。」

「はい。」

 竜太が同時転移を唱え、6人はその場から消える。

 長老はそれを理解し、やれやれとため息をついた。


「それで竜神王サン、この後のプランはどうなってるんだ?」

「今ちょうど、皆がポセイドンの所に飛んだな。そうだな、ゼウス、ハデス、ポセイドンを討った後、皆はタルタロスに向かう、そして、クロノスと戦う事になるだろうな。俺は、その隙を狙って、破壊の概念と戦う事になるかな。」

「尻尾を見せる、という事でしょうか。ディンさんが一年間見つけられなかった、破壊の概念の居場所がわかるタイミング、それが隙だと。」

「そうなるな。破壊の概念が皆を殺しにかかる時、それが一番あれの干渉が強くなる時だ、と思うんだ。だから、その時に気配を探知して、俺はそこに向かう事になるな。」

 朝食を終え、タバコを吸っていたディン達。

 ウォルフと外園はディンの最終的な立ち回りについて、疑問を持っていた様子だ。

 ディンはまだ、破壊の概念の居場所を確実には探知出来ていない、しかし、それを出来るタイミングがある、という事だろう。

 それがクロノスと戦っている時だ、とディンは確信している、と言う共通認識を、2人は得た。

「しかし竜神王サンよ、破壊の概念の干渉からクロノスを取り払わなければ、子供達では勝てない相手になってるんじゃないか?そこらへんは、どういうプランを練っているんだ?」

「俺が向こうと対峙した時点で、干渉は止まるはずだ。破壊の概念だって、竜神王と相対してる時に、他の事に気を回す程余裕はないだろうから。だから、後はどれだけ早くクロノスに辿りついてくれるか、が鍵だな。」

「ではディンさんは、戦士達が敵わない可能性がある事を承知で、戦地に赴かせるという事でしょうか?」

「そもそも、守護者を育てるって言うのは、そう言う事なんだよ。最終的に、戦場に送り込む、それは勝てるかどうかの線引きがはっきり出来たからじゃない、それをしなきゃならない時が来たら、だ。本来なら俺も戦うんだけどな、今回は竜太に任せてる部分もあるし、竜太がどれだけの力を発揮出来るか、次第な所もあるな。」

 外園の疑問は尤もだろう、ディンは戦士達に死んでほしくないと言っていた、ならば何故、死ぬ可能性を残した状態で戦わせるのか、と。

 ディンは答える、それは戦士を育てるうえで、覚悟しなければならない事なのだと。

「竜太に任せる、って事は、竜太の事を信頼してないと出来ない芸当だな、竜神王サンよ。しかし、竜太はアテナ神に勝てなかった、それも事実じゃないかね?」

「竜太も土壇場に弱いからな、そこらへんも育ってくれないと困るって感じだよ。きっとやり遂げてくれる、俺はそう信じてるから、破壊の概念との一騎打ちに集中する事を選んだんだよ、ウォルフさん。もしかしたら、皆の力を、もう一回くらい貸してもらう事になる、可能性もなくはない。竜神の掟、それが許す範囲も何となくわかってきた。だから、そこら辺の塩梅は大丈夫だと思うよ。」

「竜神の掟、以前お聞きした時は、破ってしまったら世界が滅ぶのだと仰られていましたが、実際の所はどうなのでしょう?私が知っている時点で、その理論は矛盾している、とも取れますが。」

 竜神の掟、それは必要以上に外界に干渉してはならない、そして外界の事を基本的に話してはならない、と言う文言だった、と外園は記憶していた。

 しかし、戦士達も自分達も、世界が幾千にも分かれている事を知っている、それは竜神の掟に反しないのか、と。

「守護者は別枠、って考えだったんだろうな、先代も。俺の存在自体を知らせなきゃいけない場合とか、守護者との関係性が円滑に進む為にだとか、色々と理由は上げられるけど、多分、先代は守護者を別枠で考えてたんだろう。だから、この世界の守護者であるあの子達や、外園さん、それにセレンやリリエルさんに関しては、話しても問題が無かったんだろう。」

「俺の様な例外中の例外が現れた、ってのも関係はしてそうだな。先代の竜神王サンってのは、俺達の事は知らなかったんだろう?」

「どうだろうな、先代は何かしら知っててもおかしくはないと思う。けど、そうだな……。世界群の外側からの干渉、に関する記述は一切無かったから、もしかしたら知らなかったのかもしれないな。」

 ウォルフの干渉、つまり年輪の世界の外側からの干渉、に関しては、竜神王しか入れない神殿の中にも記述がなかった。

 初代竜神王ですら知らなかった、と言うより予言出来なかった、今現在に初めて起こった事、という事になる。

「竜神王でさえ知らなかった世界、そして今の未来、初代はどう思って、神殿に書き記したのか、何てのも気になる所だな。」

 ディンは、内包している魂に呼びかけて、聞く事も出来そうだが、聞く事はしなかった。

 それは託された未来、委ねられた未来、だから、聞くべき事ではないのだろう、と。

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