アテナの軍勢

「到着だな。これから先は、6人で動いてもらう事になる、俺達は一旦、雲隠れだ。」

「お兄ちゃんは違う敵を倒しに行くんでしょぉ?でもリリエルさん達はなんでぇ?」

「甘えない様にだよ。リリエルさん達がいたら、万が一の時に甘えが出そうだからな。それを無くして戦ってもらう為にも、6人で行動する必要があると思うんだ。」

「じゃあ、ここからは僕が先導すれば良いの?えーっと、タルタロスにいる豊穣の神クロノスを倒す為には、まず3柱の神様を打倒する必要がある、だっけ。」

 船がマグナに到着した。

 暗雲立ち込める中、。港は閑散としていて、一応旅人用に宿が用意されているが、荒れ果てていて誰かが訪れた形跡も殆どなかった。

 そんな中、船は巻き込まれる前にとドラグニートに向かい、一行だけが残される。

「そうだな。ゼウス、ハデス、ポセイドンの3柱の神を打倒して、タルタロスへの道を開く必要がある。それぞれの神がいる地域までは、ある程度移動の制限は無しだ。そんな事を言ってる場合でもなくなってきたからな。俺達は一旦離れる、竜太が先導する、神の気配はわかるだろう?」

「なんとなくだけど、12人くらいいるかな?その中で3柱を倒せばいいんだよね?」

「そうなるな。後の情報収集や、倒し方は、それぞれに任せる。」

 ディンはそういうと、転移でリリエル達と消えた。

 竜太は、ディンが移動はある程度自由と言った意味を考えて、5人にこれからの事を伝えようとする。

「えっと、じゃあ……。ここからは、転移で移動になると思います。神々のいる場所の近くに行って、情報を集めて、それで戦う事になるんじゃないかな。まずは、この辺りにいる神様から当たっていきましょう。」

「いよいよ、戦いが始まるのか……。」

「緊張するね、俺達神様と戦うんだもんね。」

「……。緊張している場合ではない、と言うのは理解していますが、やはり手は震えてしまいますね……。」

「って言ってもよ、戦うっきゃねぇんだろ?」

「頑張ろ!」

 ひとまずこの地域を支配している神を調べて、そして情報収集をしなければ、と6人は動き出し、港から移動を開始する。

 港には人一人おらず、誰もその姿を見る者はいなかった。


「凄い地形だ……。ここら辺は、戦争で地形が変わっちゃったみたいですね……。」

 港を出て三時間程歩くと、広大な荒野が広がっていた。

 でこぼこの地形に自然の姿が見えないこの大地は、戦争によってマナが枯れ果ててしまったのだろう、と言う事が伺える。

「……。皆さん!構えてください!大量の敵が来ます!」

「なんだって!?」

「あちらの方から巨大な魔力が!何故気づかなかったのか不思議な程です!皆さん!構えて!」

「凄い量……!こんなに戦えるの!?」

「やるしか、無いだろう……。」

 竜太は探知を発動し続けていた、しかし気づかなかった。

 大量の敵、神の気を帯びた者達が、こちらに向かってきている事に気づいた竜太と清華、大地。

 そしてそれは、膨大な量である事が理解出来た、本当に、突然に理解してしまった。

「あっちだ!」

「あんなにいるのぉ!?」

 北の方向から、小さい粒の様に見える者が大量に来ている。

 竜太の探知でわかる範囲で、その数およそ100万。

 竜太は個々の存在までは探知しきれない、だからおおよそではあるのだが、その数の膨大さには違いは無いだろう。

「わぁ!」

「我らが神に抗いし愚か者どもよ!神の制裁を受けるが良い!」

「貴方達は何者だ!」

「我はアテナ!そしてその使い魔たる戦士達である!聖獣達に選ばれし愚か者どもよ!消え去るが良い!」

 大量の戦士、その先頭には、美しい甲冑に身を包んだ翼の生えた女性がいて、その女性の神がアテナだという事がわかる。

 アテナの戦士達は、まるで北欧神話のワルキューレの様に、背中に翼を生やし、剣や槍、斧などの近接武器と盾を構えている。

「皆さん!突破します!着いてそうそうですけど、踏ん張って下さい!」

 竜太の怒鳴り声で、5人は武器を構える。

 敵の数が多すぎる、それだけで心がくじけてしまいそうだが、竜太の言葉に鼓舞され、戦士として戦う事を選んだ覚悟を思い出す。

「行け!我が戦士達よ!」

 戦争、6対100万と言う、途方もない数の差の戦争が始まってしまった。


『フルミネブルクスト!』

『雷咆斬!』

『地獄より呼び覚まされし紅蓮の炎よ、全てを無に帰す禍渦となれ!クリムゾンインフェルノ!』

『ランドメイカー……!』

「せいやぁ!」

 神々の戦士達は、大体10人小隊程度の戦術で攻撃してくる、それくらいの相手なら、戦士達も対応出来る。

 ウィザリアで対人戦を経験し、デスサイドで魔物の軍勢と戦い、そしてディンとの過酷な修行を経て、戦士達の能力は段違いに上がっていた。

 神々の戦士達があまり数の差をうまく扱えていない所に、各個撃破を目標として戦っていた。

「でやぁ!」

 そんな中、竜太は先陣を切って、敵に突撃していた。

 竜太はこの数の敵と戦った事がある、それは数多の竜神達も共にだったが、数多くの敵と戦ったと言う経験としては、間違いがないだろう。

 一振りの刃で敵の小隊を打ち倒し、次の小隊へと突撃する。

「貴様の相手は私が直々にしてやろう!」

「来い!」

 数では相手にならない、と判断したのか、アテナが直々に竜太の前に降りてきて、戦いを挑む。

 この相手には、手加減をしている場合ではない、と竜太は感じ取って、封印を限界まで開放して、アテナの攻撃に構える。

「喰らえ!」

「これくらい!」

 アテナは大振りなバスターソード、身の丈程ありそうな大剣を振りかぶり、叩きつけてくる。

 竜太はそれを正面から受け、横にいなして攻撃を繰り出した。

「甘い!」

「くっそ!」

 竜太は、大きな武器であればそれだけ大振りになるはずだ、ならばスピードで攻めるべきかと考え、連撃を繰り出す。

 しかし、アテナはそれを軽々といなし、そして攻撃を出してくる。

「よそ見をするとはな!嘗められたものだ!」

「っ!」

 戦いながら、5人の様子を見ていた竜太だったが、それを許してくれる程、アテナは弱くは無かった。

 本気を出さなければ、こちらが死んでしまう、それを理解した竜太は、探知を切って戦いに集中する。


「くっそ!後どんくれぇいんだ!」

「わかりません!ですが、竜太君があそこで敵将と戦っています!私達が抑え込まねばなりません!」

 一体どれだけの戦士を倒したか、わからなくなってきた程度には、戦いは続いていた。

 敵の攻撃が激しすぎて、集中力を使う最上級魔法を使えない、これでは消耗戦になる、そしてこの量の敵には、確実に勝てないだろう。

「大地君の最上級魔法が、一番強いはずだから!大地君をカバーしよう!」

「うん!」

「うむ……!」

 4人が大地を囲んで、大地は最上級魔法を発動する為に、魔力を練る。

『宇宙の果てより来たる流星……、母なる大地に眠りし引力……。降り注ぎ全てを穿て……!原初よりありし星々よ……!今こそ全てを破壊せよ……!』

「伏せろ!」

『コメットチューン……!』

 大地が全力の魔力を注ぎ、コメットチューンを発動した。

 普段なら人の大きさ程度の隕石が降り注ぐのだが、全ての魔力を限界まで使用し放った一撃は、それをはるかに超える大きさの隕石を降り注がせる。

「た、退避ー!」

 アテナの戦士達は、空に向かい飛び隕石を回避しようとする。

 が、それは追尾性のある隕石の弾丸、空に飛んだのであれば、空に向かい放たれる。

「はぁ……、はぁ……。」

 大地は、発動の反動を受け、倒れてしまう。

 敵を何千と倒したであろう魔法、しかし、敵はまだ腐る程いる。

「大地!」

「俊平さん!今は戦い二集中して下さい!私が大地さんをかばいます!」

「わあった!」

 体力を一気に使い切ってしまった大地を庇いながら、清華は戦う。

 アテナの戦士達は、倒れた大地から殺そうとしているのか、攻撃が激化する。

「くっ!」

 清華は必死になってそれに対抗するが、徐々に追い詰められ、負傷し始める。

「清華!」

「清華さん!」

 少しだけだが、清華の方を見て戦っていた俊平と蓮が、清華の方を見た瞬間。

「……!」

 清華の右の肺に、戦士の剣が深々と刺さり、貫かれる。

 清華は倒れてしまう、すぐにでも止血しないと、そのまま死んでしまうだろう。

「清華!」

 清華は、痛みの中意識が朦朧としている、俊平の声がかろうじて聞こえたが、心臓の音がそれを邪魔してしまう。

「隙だらけだな!」

「俊平君!」

 清華に気を取られてしまった俊平に、斧を持った戦士が襲い掛かり、首の動脈を叩き斬る。

「ぐ……!」

 衝撃が、痛みが、脳に駆け巡る。

 これが、戦う痛み、死ぬ痛みなのだ、と俊平は瞬きの間に理解した。

「皆!」

 それを見て、何とか風の上級魔法である治癒魔法を発動しようとする修平、しかし修平は上級魔法を発動するのにさえ、多大な集中力を使う。

「がは……!」

 脇腹に、鋭い痛みが走る。

 槍を武器にしていたアテナの戦士の投的攻撃、普段なら防げたであろう、その一撃が致命傷だった。

 4人が倒れ、残るは蓮と竜太のみ。

「みんな!」

 蓮は必死に、戦う。

 必死になって、敵をなぎ倒して、本能で、まだ皆は死んでいないと理解し、守ろうとする。

……蓮、僕の剣を使うんだ……

「デインさん……?うん!」

 大地にとどめを刺そうとしている敵に向けて突撃する刹那、声が聞こえた。

 それはデインのもので、蓮は自然と何をすればいいのかを理解した。

「竜神剣!竜の想い!」

 ルミナ&ウィケッドを投げ捨て、背中に背負っていた竜の想いに手を掛ける。

 今なら引き抜ける、そう確信して、蓮は剣を引き抜いた。


「皆さん!」

「どこを見ている!」

「くっ……!」

 蓮が竜の想いを引き抜いた時、竜太はかろうじて戦況を理解していた。

 このままでは4人が死んでしまう、しかし自分はアテナとの戦いに集中しなければ、勝てない。

 続々と戦士がこちらにやってくる。

「しまった……!」

 蓮に気を取られた瞬間、全方位からの一斉攻撃が飛んできた。

「ぐ……!」

 幾つかは防いだ、しかし手が回らなかった。

 何方向からも串刺しにされ、痛みで目の前が真っ白になる。

「ダメ……、だ……!」

 空中に浮いている余裕もない、竜太は、重力に従って落下し、大量の血を巻いて倒れる。

「竜太君!」

 蓮が、必死になって独りで戦っている。

 範囲技である雷咆斬を連発し、魔力の限界をも超えて戦っている。

 しかし、勝てない。

「みんな!」

 死んでほしくない、皆で笑いあって帰ると決めたのだ、と蓮は叫ぶ。


「さて、俺達の出番だな。こんな風に攻撃してくるってのは、ちょっと予想外だったよ。」

「おにい……、ちゃん……?」

 5人が瀕死になり、蓮が討たれようとした、その時。

「私の怒り、受け取ってくれるかしら。」

「oh!俺のはらわたの煮えもプレゼントしようか!」

 5人にとどめを刺そうとしていた戦士が、5人が瞬時に消えた事に驚く。

 それと同時に、蓮は声を聴いた。

「蓮、後は任せろ。」

「お兄ちゃん……!みんなが……!」

「大丈夫だよ、ほら。」

 一瞬蓮を5人のもとに連れていくディン、そこには、大地以外が致命傷を負っていたはずだったのに、傷一つついていない仲間達がいた。

「蓮、皆を頼んだ。」

「……、うん!」

『竜陰絶界』

 一瞬血まみれになったディンが、瞬時に傷を癒し、そして結界を張った。

 蓮は、ディンが移癒を使って4人の傷を癒したのだと認識し、ホッとした。

「さて、たまには俺達も体を動かさないとな。ウォルフさん、リリエルさん、たまにはどうだ?」

「えぇ、そうね。これだけ的があるんだもの、貴方との討伐数勝負では負けるでしょうけど、中々良い運動になりそうだわ。」

「hahaha!さて、まずは俺から行こうか。竜神王サン、リリエルちゃん、少しばかり後ろに下がってくれるかね?」

 ウォルフが飛ぶ、大気圏まで跳躍し、マクミランを構える。

『衛星迫撃砲』

 刹那、巨大な質量を持った光が、アテナの戦士に飛来する。

 蒸発、その言葉が正しいだろう、数万の敵が蒸発し、そしてウォルフは優雅に着地した。

 大地にぽっかりと穴が空いた様に見えてしまう程、大地が抉れている中、ウォルフは踏むと唸った。

「ふむ、久々に錆を落としてみるってのも、良いもんだな。」

「ウォルフさん、貴方あんな技も隠していたの?」

「それはリリエルちゃんも変わらんだろう?」

「……。そうね、ちょっとばかり、仲間を傷つけられた事に怒りを感じているもの。」

 今度は、リリエルが跳躍した。

 リリエルは、スホルターからアコニートを取り出し、星の力にチャンネルを合わせ、そして、ディンが以前見たものとは限りなく近く、限りなく遠い力を発現する。

『冷たい恒星』

 リリエルがアコニートを振るう、そしてそれは、気の塊となって、アテナの戦士達を引き裂いていく。

 ディンが受けた攻撃は、対個人用の遠距離攻撃、今回のそれは、対軍団用の攻撃。

 リリエルの気を最大限まで練り上げた、その攻撃。

「やっぱり、リリエルさんと戦った時は隠し玉を持ってたな。」

「状況の違いよ、貴方と戦うのに本気を出さなかった訳じゃないわ。」

「にしては、地面の抉れ方が全然違うけどな?」

「気のせいじゃないかしらね。」

 リリエルが着地して、ディンはその威力に少々驚いていた。

 リリエルは対個人が強いのであって、対軍団に対しては強く出られない、と思っていたが、違った様だ、と。

「さ、私達は手の内を明かしたのだし、貴方にも少しは見せてもらおうかしらね。仲間なら、見せても問題はないでしょう?」

「ん、そうだな。」

 アテナの戦士達が驚き戸惑っている、そしてアテナは一気に数万の戦士が殺された事に驚いていて、動けずにいた。

『限定封印、第四段階開放。竜神王剣、竜の誇りよ。』

 ディンも、不意打ちでこの数と戦わせる事に怒りを感じていた訳であり、それが力の開放段階に現れている様子だ。

 竜太の封印開放や、蓮の封印開放より段違いに強い気を纏い、そしてそれは、リリエルが数か月前に目の前で見た、その力だ。

『全てを喰らう雷よ……。』

 ディンが腰に剣を落とし、雷の魔力を発動する。

 リリエルとウォルフは、これが聞いていた蓮の魔法剣の強化版の放つ気配か、と感じ取っていた、確かに、この力なら誰にも負けないと言う言葉も現実的だろうと。

『淵絶雷咆斬』

 静かに、ディンが剣を振るった。

 右の腰から、左の肩の方にかけて、一度だけ、剣を振るった。

「……。」

 雷鳴、爆音とともに、アテナの戦士達が消えていく。

「まさか……!」

 アテナは、数十万の戦士を盾にしたが、一瞬で悟った。

 死、無慈悲な雷光による、絶対的に抗えない、死。

 呑み込まれる、アテナはその刹那、全能の神ゼウスの言葉を思い出す。

「竜神王と言う存在には、何者も敵わぬだろうな……。」

 ゼウスを以てして、そこまで言わしめた存在、竜神王。

 それは、今しがた剣を振るった男で間違いはないだろう。

 呑み込まれる、意識が蒸発してしまう。

 神に伝達するまもなく、アテナはその命を落とした。


「凄まじいわね。あれだけいた敵を一撃だなんて。」

「Umm,竜神王サンの技ってのは、いつだって規格外だからな。」

「お兄ちゃん!」

 ウォルフとリリエルが感想を述べていると、蓮が走ってきた。

「お兄ちゃん、みんなは……?」

「大丈夫だよ、蓮。皆傷は癒した、死ぬ心配はない。」

「良かったぁ……。良かったよぉ……!」

 守ろうとした、しかし傷を直す手立ての無かった蓮は、泣きじゃくりディンに抱き着く。

「蓮、竜の想いを引き抜いたんだな。」

 そんな蓮の頭を撫でながら、ディンは土壇場で蓮が竜の想いを抜いた事に少し安心していた。

 これから先、アテナより強い敵と戦う事になる、そして自分達は毎回介入する訳にもいかない。

 蓮が竜の想いを扱える様になる、それは僥倖だと。

「さ、俺達は引っ込むかな。蓮、皆が起きたら、安心して戦う様に言っておいてくれ。」

「え……、もう、行っちゃうの……?」

「今回はサービスだからな。本来なら、俺達はもう戦う事は無かったんだ。ただ、今回だけは特別に、な。」

 それだけ言うと、3人は転移で消える。

「僕……。」

 蓮は、皆が死なないという事に安心しながら、そう言えばと握っている剣を見る。

 紅玉の填まった剣、竜神剣、竜の想い。

 ディンが、誰かを本気で守りたいと願った時に、初めて引き抜ける様にとまじないをかけた、その剣。

「僕、頑張る……。」

 ひとまず、皆が起きるまでは自分が守らなければ。

 蓮は、皆を守る為に剣を持ったまま、暖かな気持ちに包まれていた。

 竜の想いから伝わってくる、デインの想い。

 それは、暖かく、とても優しいものだった。

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