二つの属性

『凍りし涙を運ぶ風よ!』

『その涙を糧とし降り注げ!』

 船に乗って一週間、今日でマグナ到着までは折り返しだ。

 修平と清華は、氷属性の魔法を扱う為に、お互いの魔力を調整し合っていた。

「駄目ですね……。」

「発動しないね……。」

 しかし、中々順調にとはいかず、その道中は険しいものだった。

 一週間ずっと、魔力を共鳴させて魔法を発動させようとしていたのだが、それが上手くいかず、氷属性の魔法が発動出来なかった。

 あと一週間しかない、その焦りが、戦士達の表情を険しくさせる。

 そもそも、修平と俊平はまだ、最上級魔法を使えていない、それも焦りに拍車をかけていた。

「清華の魔力が強いって感じじゃねぇか?修平、もうちっと魔力上げらんねぇかな。」

「うむ……。清華の、魔力が強いと感じるな……。」

 俊平と大地は魔力を探知して、二人の調整を手伝っていた。

 ディンの様に細かい所までわかる訳ではないが、なんとなく感じると言う部分で、言える事があるのではないか、と。

 実際、清華の魔力の方が強く、修平の魔力が弱い為に、発動出来ていないのだから、その推測と感覚は当たっているだろう。

「魔力を練るのって、集中力が必要なんだよね……。実戦で上級魔法使えるくらいにはなったけどさ、清華ちゃんの魔力の方が強いから、合わせられるかな……。」

「逆に、私が魔力を抑えるというのはどうでしょうか?それならば、中級魔法程度なら使える様な気もしますが……。」

「それじゃ意味がないよ、きっと。俺達も、上級魔法くらいは使える様になってるんだし、敵だってそんなに弱くないと思うし……。だから、俺が頑張らなきゃ。」

 真剣になって、魔力を上手く練ろうとしている修平だったが、やはり魔法を使うのが苦手、と言うのは変わらない。

 しかし、打開策はあるはずだ、と必死になって考えていた。


「そこだぁ!」

「甘いよ!」

 4人が氷魔法の事で云々している間、蓮と竜太は一対一で修行をしていた。

 お互い封印開放はしている、竜太が少し手を抜いているが、それに喰らいついていく蓮の技量もなかなかのものだろう。

 竜太は魔法剣は使えない、そういった意味での技量としては、蓮の方がやや上だが、実戦経験と知識、基礎能力では竜太の方が何段階も上だ。

 いつかディンと肩を並べて戦える様に、と修行を積んできた竜太には、中々届かないだろう。

「やぁ!」

 しかし、蓮はそれに喰らいつく、竜太も注意して手を抜かなければ、怪我をしてしまいそうだ。

『爆塵波!』

 蓮の火属性の魔法剣、爆塵波は、ディンの使う業竜爆塵波と言う技の簡易版だ。

 剣をぶつけた瞬間に魔力を炸裂させ、爆発を起こして敵に攻撃する、と言う技になる。

 竜太はそれをいなして後ろに飛ぶ、結界を蹴り、蓮に向けて攻撃を仕掛けた。

「あぶなぁい!」

 爆塵波の爆炎の中から飛んでいた竜太、それを炎の揺らぎを目の端に入れ、防ぐ蓮。

 今の蓮はデインの力を5割は使えている、それ以上は魂が変質してしまうから、とデインが力を与えなかったが、それでも5割は使えている。

 それをフルに発揮した時の蓮は、竜太にとっても良い修行相手になる程度には強かった。

「蓮君、強くなったね!」

「まだまだいけるもん!」

 鍔迫り合いをしながら、褒める竜太。

 まだ竜の想いを使うに至ってはいない蓮だが、両刃剣を巧みに操り、そして竜太の修行についていく、それは11歳と言う子供がするのには、至難の業だろう。

 竜太やディンの様に、元々が竜神と言う基盤があるわけでもなく、ただの人間だった蓮が、ここまで成長する、それはディンにとっても、嬉しい誤算だっただろう。

「どりゃぁ!」

「まだまだ!」

 蓮は巧みに攻撃を振るい、そして竜太もそれを的確にさばいていく。

 もう少しレベルをあげても良いかもしれない、と竜太は考えながら、どこまでの力を使えば蓮が成長出来るか、を思案していた。

 そもそも考えるのが苦手、思考が単純だった竜太が、ここまで考えて戦う様になった、それもディンにとっては嬉しい事だろう。 

 1から10までディンの考えに倣っていた頃から比べれば、竜太も飛躍的に成長したのだろう。

 いつかディンが言っていた、竜太はディンを超え得る力を持っている、その片鱗は見えているのかもしれない、と。


「お悩みかな?」

「あ、ディンさん。えっと、氷魔法って、どうすれば発動出来るかなって、皆で話してたんです。中々うまく発動出来なくて……。」

「そうだな……。今の清華ちゃんの魔力と、修平君の魔力、その総量としてはあまり変わりはない。つまり、やろうと思えば同じ出力で魔力を発現出来る、って事だ。修平君が魔力のコントロールが苦手なのであれば、得意な方法で使えばいい、と思わないか?」

「得意な方法……?修平さんが魔力を使われる時、と言うのは、主に近接攻撃の際だと認識していますが、それが関係あるのでしょうか?」

 暫く4人であーでもないこーでもないとやっていると、ディンが結界の中に入ってきて、助言をする。

 一週間、6人で修行を基本的にはして欲しいと思っていたが、しかし何もしない、と言うのは違うのだろう。

「修平君は、打撃攻撃に魔力を乗せて戦う、その時が一番魔力を放出する強さが高い。なら、そこに清華ちゃんの魔力を上手く乗せてみたら、魔法と言わずとも氷属性の攻撃を出来るんじゃないか?」

「でもよ、それじゃ蓮の魔法剣は強化出来ねぇんじゃねぇのか?」

「清華ちゃんが水の魔力を修平君の武器に乗せる、そして修平君が風の魔力を発現してそれを蓮の両刃剣にぶつける、それならどうだ?」

 そうか、その手があったかと清華はハッとする。

 何も魔法である必要はない、魔力をぶつける事が大事なのだから、それを出来れば方法は問わないのだと。

「蓮君、竜太君、試してみたいので、少しよろしいでしょうか?」

「はーい?なあに?」

「ディンさんが仰られた様に、私の水の魔力を修平さんにお渡しして、その流れで蓮君の瓦解撃が強くなるかどうかを試したいのです。竜太君に受けていただく事になりますが、よろしいですか?」

「僕は大丈夫ですよ。方法が見つかったんですね?」

 ならばやってみよう、と竜太と蓮を呼び、竜太が少し離れた場所に動く。

「蓮君、剣の横の部分に俺の攻撃するから、構えておいて?」

「うん!」

 蓮が剣を構えて、清華が修平に向けて水の魔力を発現し、そして修平は風の魔力をグローブに掛ける。

「お、つめてぇ空気になって来たぞ!」

「うむ……。」

 風のが雹に変わり、修平の拳から冷気が発せられる。

「せいやぁ!」

 ガキン!と言う鈍い音と共に、蓮の武器に修平が拳を振るう。

「わぁ!」

 蓮は、剣に流れ込んでくる氷の魔力を感じて、瓦解撃を発動する。

『瓦解撃!』

 そのまま竜太へ向けて突撃して、瓦解撃を発動、剣から発せられた冷気が氷柱の様に鋭く尖って、竜太へ襲い掛かる。

「……。」

 竜太は、それを冷静に打ち破り、そして威力が増している事を確認した。

「やった!上手くいった!」

「そうですね、良かったです。では、これを戦術の中に組み立てる修行を……。」

「ディンさん、ありがとうございます!」

「良いんだよ、ちょっとしたヒントだけでここにたどり着いた、それは君達が成長してる証拠だからな。」

 それだけ言うと、ディンは結界を抜けて外に出る。

 6人は、今やった事を修行の中に組み入れようと、相談をし始めた。


「あの子達はどう?修行は上手くいってるかしら?」

「中々筋が良くなってきてるよ。リリエルさん達でも、中々善戦しそうなくらいにはね。」

 甲板で風に当たっていたリリエルの所に、ディンがひょっこりと現れる。

 リリエルは何か思うところがあるのか、ディンに聞いた後、少し眉をひそめる。

「私で善戦しそうなレベルで、神々と戦えるのかしら。仏陀、と言う存在は、弱い方だと言っていたわよね。私は、あの存在と戦うのに、少し苦労しそうだと思ったのだけれど。」

「そうだな、個人個人で戦ったら、仏陀にすら勝てないだろうな。でも、今あの子らは6人で1つになってる。6人で力を合わせれば、それなりに戦果は上げられるくらいには強くなってるよ。それこそ、勝てるかどうかはわからないけど、俺は勝てるって信じられるくらいにはな。」

 風に揺られながら、リリエルは6人の未来を憂う。

 自分が神々に勝てる程強いとは思っていない、そんな自分と善戦する程度の実力で、勝てるのか、と。

 しかし、それは一対一の場合の話であって、6人同時の話ではない。

 今の6人を相手するのには、リリエルでも勝てないだろう、と言う所までは来ている、とディンは認識していた。

 それこそ、修行で全員が全力を出す時には、第三段階開放での全力が必要な程度には、戦士達は育っている、と。

「きっと勝てるさ。あの子達を信じる、それを選択したのは俺達だろう?なら、信じてやらないと。」

「……。そうね、信じてあげないといけないわね。……。不安なのかしら、負けて、死んでしまう事が。」

「そうかもしれないな。リリエルさんもまだ若い、そういった不安があってもおかしくはないな。」

 独りだった頃にはなかった感情、仲間を想うという感情、それをリリエルは心地良いと感じていた。

 しかし、それはいずれ来る別れが悲しくなってしまうのではないか、とも。

「この戦争が終わったら、なんて考えているけれど、彼女達が勝てなければ、それも出来ないのでしょうね。貴方は破壊の概念を倒して戦争を正常化させればそれで良いのかもしれないけれど。……、いえ、ごめんなさい、過ぎた言葉だったわ。」

「……。間違ってはいないよ。俺の最終的な目的は、破壊の概念の打倒。それが叶うのであれば、究極は誰が死のうと竜神王としての役目は果たせる、って事だ。俺の個人的感情が、それを許さないってだけでな。竜神王としては、間違ってるって自覚はあるよ。ただ、俺は犠牲の基に築かれた平和、って言うのが嫌いなだけだ。」

「それは、貴方自身も、という事かしら。」

「そうだな。俺自身、平和の礎の為の犠牲になるつもりはないよ。人間と長く触れ合ってたからかな、人間臭いって言われるんだろうな。でも、俺はそれが正しいと信じてる、世界を守る、守りたい人達を守る、その為に、出来る限りの事をする。蓮の事も、子供達の事も、あの子達の事も、約束も守りたい。我儘かもしれないけどな、でも、俺はそうしたいと願わなければ、それは叶わないとも思ってる。」

 いつだったか誓った、守りたい人達を守る、と言う誓い。

 それを果たさずに死ぬつもりはない、そして自分が犠牲になるつもりもない、とディンは考えていた。

 それはきっと、誰かにとっての願いだったのだろう、とリリエルは解釈した。

 誰かにとっての願い、ディンは、願いを受けて運命に抗っているのだろうと。

「貴方ならきっと、出来ると信じているわ。きっと、破壊の概念を打倒してくれるって。だから、その為に出来る事があるのであれば、私にもさせて頂戴。復讐を捨てたつもりはないの、ただ、今はそう思うわ。」

「その気持ちが、何処かできっと報われる日が来るよ。きっとな。」

 リリエルは、寂しそうな表情を浮かべていた。

 それは、失ってしまった者への悲しみであり、全てを終えた後のディンの孤独を思ってだった。

 誰かを想う、それはリリエルにとっては、捨ててしまった感情だった。

 しかし、それを取り戻した今では、それも心地良いと感じていた、それが人間にとって、正常なのだろうと。


「はてさて、未来はどうなっているのでしょうかね。」

「視えなくなった、と言っていたな。外園君の見える世界を超えた、それが今の世界なんだと。」

「未来が視えるってよ、辛くねぇか?だってよ、人が死んじまう事とか、わかっちまうんだろ?それって、辛くねぇのか?」

「辛い、と言う感情は、何処かに行ってしまいましたね。何百年か、死の未来を見続けた結果、私の中でそういった感情が無くなってしまったのでしょう。ただ今は、未来を視えずとも、信じる事が大切なのだと思っています。」

 食堂で銃を磨いていたウォルフと、それを眺めていたセレン、コーヒーを飲んでいた外園、と言う珍しいメンバーが話をしていた。

 外園は、正常な未来を外れた世界、と言うのが未だに信じられない、と心のどこかで思っていたが、ヴィジョンが視えない以上は、それは正解なのだろうとは考えていた。

 未来を視る、死の未来を見続けると言うのが、アンクウの役目だった、それを何百年と続けて、200年前にフェルンを脱した後も、その未来に抗おうとしながら、しかし未来を視てしまい、幾度となく絶望しかけてきた。

 それが、今では視えない、破壊の概念が干渉し、ディンが現れた事によって、完全に未来を視る術は無くなってしまった。

 それが良い事かどうかは置いておいて、明確に世界が滅ぶと予言していた身としては、それは安心出来る材料としてあろう、と考えていた。

「未来予知、なんて芸当をする連中も何人か見てきたがね、大概の場合は、どっかで外れるもんだ。外園君が見続けた未来、それが滅びだったとしても、それが外れる場合もある。不安がるのはわかるがね、俺達って言うのは、そういった未来を変える為にいるんだがな。」

「俺も未来なんて視えねぇけどさ、でも、信じてやる事しか出来ねぇんだよな、結局。世界を守るっていう、あいつらの事、破壊の概念を倒すっていう、ディンの事。信じてやる事が、俺達に出来る唯一の事なんだって、最近になって気づいたぜ。」

「信じる、それは大切な事なのでしょう。……。私が何百年も見続けた滅びの予言は、外れる可能性が僅かにもありませんでした。必ず、世界は滅ぶのだと、何千回と予言してきましたが、確かに、彼らを信じない事には、救える世界も救えないのかもしれませんね。」

 未来が視えなくなった事、それは不安であり、安心であった。

 未来を視る事が苦痛でしかなかった外園にとって、未来が視えなくなる事は、不安になると同時に、ホッと出来る要素だった。

 眠れない夜があった、悲しみや恐怖でおちおち眠っていられない日々があった、予言をしては世界の滅びを見てしまい、絶望した日々があった。

 今ではそれはない、不安がないわけではないが、視えない方が良い事もある、と言う話だ。

「未来が視えない、それによって不安になる事もありましたが、少し安心したのですよ。……、ならば何故、彼女の未来を視なかったのか、と過去の己を叱責したくもなりますがね。」

「彼女?って誰だ?」

「キュリエと言う女性のダークエルフがいたのですよ。共に旅をして、私の手で命を屠りました。それが彼女の願いであり、最期の望みだったからです。あの頃、心を閉ざさずに未来を視ていれば、回避出来たのかもしれませんでした。しかし、彼女はそれを是としなかった、未来は視えないからこそ希望があるのだと、自身の未来を視てくれとは言いませんでしたね……。」

「悲しい過去だな、外園君よ。しかし、その彼女の言葉が、今ならばわかるんじゃないか?未来は視えず、しかし希望はそこにある、という言葉は、中々確信を得ていると思うがね。」

 キュリエの未来を視ようとした時、外園はそれを止められた。

 キュリエと言うダークエルフの少女は、最期まで希望を捨てなかった。

 だから、死を視る予言者である外園に、その末路を視られたくなかったのだろう。

 それは悲しい事だ、それは憐れむべき事だ、と考えていたのだろう、と外園は思い出す。

「……。彼女は、最期まで自分らしくあろうとしました。自我を失う前に、殺してほしいと。私はそれに従い、彼女を屠った。それを後悔していない、と言えば嘘になるでしょう、ダークエルフの暴走の原理を知っていながら、連れて行ってしまったのだから。私は未来を変えたいあまりに、身近なものを見落としていたのです。」

「世界の未来、なんて膨大なものを見てたんだ、それも無理はなかろう。竜神王サンは、それを失わなかったと言うだけだ。彼は稀有な存在だろう、英雄とさしてやっている事は変わらない、しかし人間としての精神を失わない。とても稀有な存在だ、俺はそういった人間性を失ってきた連中を腐る程見て来たからな。」

「ディンってよ、すげぇよな。最後には独りっきりになるってわかってんのによ、それでも守りたい、なんて言ってるんだぜ?俺だったら、世界守ったら、って言うか、家族とか友達とかが皆死んじまったら、そこで終わりにすると思うけどな。」

 ディンの精神性、異常ともとれる、正常ともとられる、その精神性。

 未来を見続けた外園は失ってしまった、ウォルフは失った者達を見て来た、そしてセレンだったらそこで終わるだろうと考えた、しかしディンは、それでも世界を守ると言う選択をした。

 それが叶うかどうか、はそれこそ誰にも分らない事だ、誰よりも永い時を生きるディンが、最期に見る光景が何なのか、そして何を思い、何をしていくのか。

 わからない、自分達はきっと、その時までは生きていないだろう。

 ただ、ディンは世界を守る選択をした、ならば守って見せるだろう、と言う信頼はあった。

「ディンさんがいつか、報われる日は来るのでしょうかねぇ……。」

 800年の年月を生きて、これからも生きていくであろう外園は、そのディンの憂いに一番近い所にいる、と考えていた。

 だからこそ、世界を守って見せた後、ディンが何を選択するのか、何を見出すのか、それともそこで終わりになってしまうのか。

 興味、と言うよりは羨望、守る物がある存在、と言うのは強いのだ、とディンは言っていた、その通りだと。

 ディンはきっと負けないだろう、きっと破壊の概念を完全消滅させるだろう、と言うのが、外園の思い描いた未来だった。

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