アリナと言う少女

「ディン……。ごめんね、私にも、世界を憎む気持ちが、人間を恨む気持ちが、あったみたい……。」

「アリナ……。仕方ない事なんだよ。お前は世界の為、人間の為に戦って、そして人間に殺された。だから、そう思って当然なんだ。後は俺に任せろ、お前の魂は、好きにはさせない。」

「ありがとう、私の愛した竜神王。私を看取ってくれたのが、貴方で良かった。貴方じゃなかったら、きっと……。」


「……。」

 朝、蓮がまだ寝ている中、ディンは目を覚ます。

 今日、戦士達は聖獣達の祠へ向かう、転移で飛ばすから時間はかからない。

 その時、蓮に何を伝えるべきか、どう伝えるべきか。

そして、どうすればいいのか。

「アリナ……。」

 アリナの魂の所在、それはディンにしかわからない事だ。

そしてそれは、酷く傷つけられている、それは尊厳であり、魂であり、存在がだ。

 救えるのはディンしかいない、元に戻せるのもディンしかいない。

アリナと言う最愛の人と戦わなければならない、しかしそれは彼女の重荷を取りさる行為だ。

「……。」

 きっと、近いうちに決戦の日が来る。

破壊の概念に魂を乗っ取られた、いわばデインの様な状態のアリナと、会う事になるのだろう。

 だが、ディンは心を閉ざすつもりはなかった。

アリナに世界を憎む心が、人間を恨む感情があったとしても、それは当たり前だからだ。

「俺が、守るからな。」

 死者の念すら狡猾に悪用し、ディンと戦おうとする破壊の概念。

 負ける事は許されない、それは世界の崩壊を意味するのだから。

(貴方の家族を……、きっと守ってね……。)

 守ると誓った、ならば守るだけだ。

 ディンは家族を、友を、そして守護者を守る、ただそれだけの為に、世界を守ってきた。

何十何百という世界を守り、知らず知らずのうちに破壊の概念と相対し、そして勝ってきた。

 ならば、勝つだけだ。

 今回、魔物を使役した方法ではなく、神を使役して攻撃を仕掛けてきているのなら。

直接、アリナを媒介にして活動を開始しているのなら。

 最終的な決着をつける事が出来るかもしれない、一千万年続いた竜神王と破壊の概念の戦いに、終止符をつけられるかもしれない。

「結局、俺は俺の為にしか戦ってないんだよ、アリナ。お前と違って、我儘だからな。」

 ディンは、自分は竜神王の器ではないといつからか思っていた。

がむしゃらに役目を果たそうとしていた時期もあったが、今では。

 家族より、愛するものより世界を守る事を選ぶ、それが竜神王の役割だと思っていた、だがディンはそれは自分には出来ないと思っていた。

愛するものを守る為、愛する者達の笑顔を守る為、世界を守っている。

 失ったものもあった、決別したこともあった。

だが、愛するものだけは守りたい、と。

「ふあぁ……。お兄ちゃん、おはよ!」

「おはよう、蓮。」

 蓮も、大切な弟だ。

その始まりが偽りだったとしても、ディンの魔眼による始まりだったとしても、今は違う。

 ディンが自分でも制御できない能力、それは守りたいと思った者に好かれると言う、眼に宿った魔力だ。

だから、蓮は最初からディンをあまり警戒しなかった、きっかけを作る程度の魔力だが、ディンが唯一制御出来ずにずっと発動している能力は、それだ。

 慈愛の琥珀、安らぎの翡翠。

それは、母レイラから受け継いだ慈愛の力と、自身が発現した安らぎの力。

 二つが合わさる事により、有体に言えば魅了の様な力を発揮する、しかしそれは強制力を持つものではない。

今の蓮との関係は、確かに自分達が構築してきたものだ。

「蓮、ご飯食べに行こうか。」

「うん!」

 守りたい、それは破壊の概念に憑りつかれているからではない。

弟を、兄と呼んでくれるこの子を守りたい、そう切に願っていた。


「さて、皆には四神の所に行ってもらう、周りには人除けの結界を張っておくから、集中して共鳴が出来るだろうな。そもそも、祠には現地の人間は立ち寄らない、外部の人間には認識阻害の魔力が籠められてる、誰かが立ち寄る事はないだろう。だから安心して、四神との魂の共鳴をしてくれ。」

「ディン君、現地まではどうやって行くのかしら?馬を使って移動となると、時間がかかるわよ?」

「転移で飛んでもらう。誰にも見られてないって事は、転移を使っても問題が無いって事だ。そんなに悠長に移動してる時間もない、こればっかりは仕方がないな。出来れば転移の類は使いたくなかったけど、これ以上引き延ばすと、手が付けられなくなりそうだ。」

「それは神々が破壊の概念の影響を受ける、という事でしょうか。さて、私が見た未来の通りになってしまうのか、それとも……。いえ、これは言う事ではありませんね。」

 外園の予言、それが気になる様子の6人は、少しそわそわしている。

 外園がそれに気づいて、ディンに予言の結果を話しても良いか、と目配せする。

ディンはため息をつき、仕方がないと外園に予言の事を話す様に頷いた。

「……。私の予言の結果、それは世界の滅亡でしたね。皆さんが敗れ、神々によって世界は混沌に沈む、それが、私がフェルンでした予言です。それから旅に出て、何度か予言をしましたが、結果は変わらずでした。」

「じゃあ、俺達負けるって事ですか……?」

「いえ、それが今はわからないのです。外界から来たディンさんや、リリエルさん、破壊の概念の介入によって、私が予言を出来る範疇を超えましたので。思えば、私がドラグニートで莫竜テンペシア様と話をさせていただき、デイン様と邂逅した頃から、ヴィジョンが不透明にはなってきていましたがね。私の予言は死を司るもの、皆さんの死と言うのが、明確な未来として見えていましたが、今は見えませんね。ですから、そう不安になる必要もないかと。」

「外園さんが視えるのは、この世界の中の事だけだからな。俺やリリエルさん、それこそ蓮が介入した事で、未来は煙に包まれた。破壊の概念が介入していなかったら、この世界は神々によって滅ぼされてただろうな。君達も、恐らく殺されていた。でも、その未来を変えるべく、色んな人間や竜神が手を出した、その時点で未来は不透明になってたんだろう。そう悲観する事じゃない、本来ならの未来の話だ、今は違う。」

「でも、父ちゃんが戦ってる破壊の概念の影響を受けて、敵は強くなってるんでしょ?」

 竜太の疑問は尤もだ、神々は破壊の概念の干渉を受けて、その脅威を増している。

それがディンの手によって正常化する前に、戦士達が死んでしまったら意味がない、と。

「そうだな、敵は破壊の概念の力によって強化されてる、それは事実だ。だからこそ、リリエルさん達や竜太がいた。対抗しうるだけの力を、つけてもらう為にな。」

「私達が呼ばれたのは、本来貴女達を強くする為だもの。竜太君の心配はわからなくはないけれど、でも私達は信じているわ。」

「そうだな、俺達に出来る事ってのは、信じる事だけだ。お前さん達が戦い、俺達は支援と教育をする、それが今回の任務だった。Umm,ちと事情が変わってきた節はあるが、概ねリリエルちゃんの意見に賛同だ。」

「俺も、武器造るっていうのが最初の役割だったからな。おめぇらの武器造って、そんで俊平鍛えて、で終わりだったはずだったんだよ。それが何の因果か、こうして最後まで付き合う事になった、ってこった。」

 それぞれが、予定通りには行かないものだと考えていた。

 ウォルフは少し様子を見るだけのはずだった、リリエルは情報交換だけのはずだった、セレンは武器の鍛造だけのはずだった。

 竜太は元々がディンの跡継ぎとしての修行を兼ねて、という名目だったが、ぞれぞれ予定とは違う形になり、そしてそれに納得していた。

「明日奈の事は昨日聞いたがね、残念だと思うが、それも致し方のない犠牲なんだろうさ。」

「明日奈さんは、全ての記憶を犠牲にして、デスサイドを浄化した、と。彼女の覚悟には感無量です、あんなにもお若いのに、それだけの決断をなさった、その決意と覚悟が。私達は、彼女の意思を継がなければなりません。」

「明日奈さんの事、聞いてたんだ……。でもそうだよね、短い時間だったけど、仲間だったんだもんね。ここにいないから、って思いますよね……。」

 明日奈の事は、ディンが昨晩のうちに話しておいてあった。

 ピノが今離脱した理由と、明日奈がもう戦えない事、そしてその功績も。

「あの子、私よりは年上って言っても、まだ若かったものね。……。彼女の心意気、嫌いじゃなかったわ。彼女、強かったものね。」

「明日奈が記憶無くしちまったって聞いてよ、ちとショックだったんだけどな。俺も、同じ立場だったらどうすっかって。そう考えたら、明日奈の選択は間違ってねぇなって思ったよ。」

「俺も明日奈はからかい甲斐があって好きだったな、あんな心持ちのルーキーってのは、なかなか見られない。」

 指南役達と外園も、思う事がないわけではなかった様子だ。

明日奈とは短い付き合いだったが、しかし彼女の意思の強さには脱帽する、と。

「さ、それもいいけど、そろそろ出発だ。4人とも、行ってくるんだ。蓮も、デインに会いに行くと良い。」

「デインさんに会いに行くの?」

「デインの力を最大限使える様に、な。デインはまだ半分も蓮に力を渡してない、今ならそれを受け取っても問題ないだろうからな。」

「はーい!」

「それじゃ、行っておいで。」

 同時転移と唱えると、5人が消える。

残された指南役達は、暫し待ちの時間だ。

「ディン君、貴方の考えでは間に合うのかしら?破壊の概念の脅威は、ますます満ちてきているのでしょう?」

「……。きっと間に合う、と思ってる。どこで相手が尻尾を出すかによって、俺の立ち回りは変わってくるけどな。でも、きっとあの子達なら守って見せるって、信じてるよ。」

「私のした予言、それは悲惨なものでした。彼らが、それをなぞってしまう可能性もあるのでしょうか?ディンさんが来た時点で私は正常な未来を視る事が出来なくなりました、そして戦士達の未来は死だった。それを変える為に世界を回ってきましたが、果たして……。」

 外園は、未来が見えなくなっている事に対して、不安を覚えている様子だった。

 戦士達の前では見せないが、未来が視えなくなってしまった事で、未来が確定してしまったのではないか、と。

その不安は尤もだろう、外園の視た未来は、それだけ悲惨なものだったのだから。

「そうならない様に、皆がいたんだ。セレン、竜太、リリエルさん、ウォルフさん、それにピノと明日奈。俺だけじゃカバーしきれない部分を、皆に担って貰う事で、外園さんの視た未来を改変しようとな。結果、視えなくなったんだろう?なら、変わる余地はまだ残ってるって事じゃないか?」

「Umm,外園君の心配ってのもわかるがな。確かに、俺達が介入した事で未来が変わる可能性ってのはあるだろう。そもそも、破壊の概念が干渉した時点で、未来は変わったんだろう?なら、竜神王サンの口車に乗った俺達が、何とかするのが筋ってもんだろうな。」

「ディン君が何故私達を集めたのか、は軽く聞いたけれど、詳しい所を聞いてなかったわね。そこの所、どうなの?外園さんから世界滅亡の未来の話は聞いていたのでしょう?」

 リリエルは、そういえば自分から聞く事もなかったし、ディンの口から聞いた事もなかったな、と思い出す。

 ディンが特例としてリリエル達を集めた理由、そして指南役として戦士達をある程度任せた理由を。

「そうだな。始まりはウォルフさんと出会った事だった。セスティアでの最後の決戦が終わった直後、よくわからない気配を感じ取って、行ってみたらウォルフさんに出会って、そして年輪の外の世界の事を知った。その後すぐに、ディセントでの破壊の概念の干渉を感じ取って、テンペシアに話をしに行ったんだ。そしたら、外園さんが予言をして世界を守ろうとしてるって話になって、会った。」

「そこまでは認識していますね。ウォルフさんと言う存在がいた、そして外界による干渉が行われていた、と。それがどうして、リリエルさん達を集める事になったのでしょうか?」

「それは俺の目的に関係するな。外園さんと会った直後、俺は竜神の住まう世界に行って、竜神王しか入れないっていう封印の施された部屋に入ったんだ。そこで知った、破壊の概念と言う存在、デインに憑りついていた事、そして世界を渡る力を持つ存在がいる事。そこからは早かった、皆の経歴を調べて、世界を渡る力を持つ者が、基本的に破壊の概念の干渉を受けている事を知って、もしかしたら、って思ったんだ。」

「もしかしたら、ってどういう事?父ちゃん、あの頃は色々バタバタしてたけど、教えてくれなかったよね。」

 竜太の認識としては、セスティアでの最後の大戦の後、ディンが世界を飛び回っている、程度だった。

 次元転移、それはセスティアでの時間経過は殆どない、長くて一晩程度なのだが、それを何度も何度も行っていた、と言うのがディンのあの頃の行動だ。

「もしかしたら、っていうのは、破壊の概念の完全消滅についてだ。今までは、俺は守護者を育てて世界の危機を脱して、それでお終いだった。だけど、世界を渡る力を持つ存在がいて、破壊の概念が干渉してる。それは、破壊の概念にとって、都合の悪い存在だからだ、って思ったんだ。だから、もしかしたら、それがきっかけで、破壊の概念を完全消滅させられる可能性があるかもしれない、と考えた。だから、皆を集めて、こうして俺の手が空く様にしたんだよ。」

「破壊の概念ってよ、結局のとこ何がしてぇんだ?世界が滅んじまったら、自分だってタダじゃ済まねぇだろ?」

「破壊の概念、それは世界週末の破壊装置。感情はない、感性もない、何もないただ世界の破壊を目的として生み出された存在だ。感情を持ったのは、他者を依り代に活動を始めたから、だな。破滅への衝動を抱えた存在、人間を憎む存在、そういった存在に触れて、感情を得たんだろう。」

 破壊の概念と言うのが、世界滅亡への破壊装置だというのは、初代竜神王の手記に書かれていた。

だからこそ、竜神王は封じる事は出来ても滅する事が出来なかったのだと。

 しかし今は違う、敵は感情を持ち、存在として成立しようと画策している、ならば存在として消す事が出来るかもしれない。

ディンはその可能性に賭けて、ここにいる皆を招集した、と言う経緯があった。

「歴代の竜神王様では消滅させる事が出来なかった、破壊の概念……。しかし、ディンさんは最期の竜神王と予言されていた、ならば世界の救済に賭けてみたい、と仰られて居ましたね。先代の竜神王様が、そう仰られたのだと。」

「そうなるな。先代は、俺達を必要としなくなる世界が来るだろう、って言ってくれたんだ。それは、一千万年間続いたこの戦いに終止符を打って、世界に安寧をもたらす事だって。信じてくれたんだろうな、先代は。俺ならやってのけるだろうって。」

 今のディンは、九代目ディンまでの全ての竜神王の力、そして千幾百かの竜神の力、母や叔母、従弟達の力を持っている。

 それによって破壊の概念を消滅させるに足り得る力となっているのかはわからないが、その可能性に賭けるか、それとも世界が滅亡するか、二択しかないのだ。

「父ちゃんならきっと出来るって、おじいさんは信じてくれたんだよね。もしも出来なかったら、僕が受け継ぐ。きっと、僕達が終わらせて見せるって、頑張らなくちゃ。」

「ディン君も竜太君も、大変なものを背負っているのね。私が勝てないのも道理だわ、背負っている大きさが違いすぎるもの。……。きっと、貴方ならやってくれるって、信じているわ。もしも私が自分の手で復讐を果たせなかったとしても、破壊の概念が消滅するというのなら、それを捨てる覚悟はしている程にね。」

「リリエルさんはご自身で復讐を遂げる事に執着している、と思っていましたが、そうでもないのですね。……。私達に出来る事は、ディンさんを信じてサポートする事だけなのでしょう。蓮君がそうならない様に、信じる事しか出来ないのでしょう。」

 蓮に肩入れするわけではない、しかし思い入れがないわけでもない。

ディンがどれだけ蓮を愛しているのかは知っている、そしてその愛は、自分達に伝播している事も理解している。

 破壊の概念が蓮に乗り移った場合、ディンは蓮を斬る事を躊躇わないだろう。

それは悲しい事実だが、ディンにとって、それは選択せざるを得ない事なのだから。

「……。もしも蓮が破壊の概念に乗っ取られたら、皆の力が必要になってくるかもしれないな。」

「Umm,それはどういう理屈だ?」

「デインの時は、セスティアの皆がいてくれたから、デインは還ってこれたんだ。破壊の概念は光でも闇でもない、でも今は闇を利用してる。なら、光が沢山あれば、蓮を殺さずに済むかもしれない。沢山の光、それは破壊の概念の支配から対象者を引き剥がして、戻ってくる事が出来る様になるから。だから、皆と蓮の絆が大切になってくるんだよ。」

 デインの時は、子供達と母レイラ、父ディランの協力があって、沢山の人間の光があって、デインは光へと帰還した。

それと同じ事を、今の蓮に出来るか。

 出来なかったら、ディンは蓮を殺さなければならない、それは覚悟している。

しかし、最期まで諦めたくない、とディンは心底思っていた。

 蓮の命と引き換えに世界を延命する、それをしたくない、と。

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