グローリアグラント

「んぅ……。」

「明日奈、目が覚めたか。」

「終わった、んだよね。良かった、皆を守れたんだ。」

 魔物に襲撃をされる事もなく、三日が経った。

明日奈が目を覚ますと、ピノが心底ホッとした表情を見せ、ぽろぽろと泣き出す。

「明日奈……。あたし……。」

「ピノちゃん、ごめんね。でも、私は、世界を守りたいんだ。お母さんに、お父さんに、セスティアのお父さんに、誇らしいって言ってもらえる様に。私は、世界を守りたい。ディンさん、転生術、必要なんだよね?私は覚悟は出来てるよ。」

「……。良いのか?全てを失う、その覚悟は出来ているか?」

「ホントは、ちょっと怖いんだ。お父さんやクェイサー、ピノちゃんや皆の事を忘れちゃうのは。でも……。でも、きっとまた友達になれるって、信じてるから。だから、私は大丈夫。……。ピノちゃん、忘れちゃっても、友達でいてくれる?私は全てを忘れる、それはもう変えられない事。でも、友達でいたいんだ。」

 明日奈の言葉を聞いて、ピノは大粒の涙を零す。

明日奈はとっくのとうに覚悟を決めていた、きっと、転生術の事をクェイサーから聞いた時から、いつか使うのだとわかっていた。

 なのに、なのに。

ピノの友達でいたい、その気持ちを捨てられずにいた、皆と仲良くしたいと、ディンにサポートを頼まれた時点で、そうなる可能性を知っていたのにも関わらず、皆と仲良くしたいと願っていた。

「バカ明日奈……。当たり前でしょ?あたし達、ずっと友達だって約束したじゃない。……。だから、明日奈がどんな選択をしたとしても、あたし達は友達よ。」

「ありがとう、ピノちゃん。ディンさん、竜太君、お願い。私、忘れちゃうかもしれないけど、こうして皆と会えて、一緒に戦えて、守れて良かった。だから……。絶対に、世界を守って見せてね。」

「明日奈さん……。私達に、任せてください。きっと、世界を守って見せます。守り抜いて、明日奈さんがいつか、思い出された時に、選択は間違っていなかったのだと、誇れる様に。」

「明日奈さん、俺、あんたとはあんまり関わってなかったけどよ、良い人だってのはよくわかってた。忘れちまうのはちっと辛いけどよ、託してくれるってんなら、応えるしかねぇよな。」

「明日奈殿……、達者でな……。」

「明日奈さんの事、皆大切な仲間だと思ってたよ。だから、俺達が頑張らなきゃね。」

「明日奈さん!きっと思い出してね!」

「……。僕達が、守って見せます。絶対に、この世界も、全ての世界も、守って見せます。」

 皆が別れの言葉を告げる、それは転生術を使えばすぐ、記憶が無くなってしまう事をなんとなく理解しているからだ。

 きっといつか、記憶を取り戻す日が来るかもしれない。

その時に、この言葉を思い出してもらえる様に、仲間だった事を誇らしく思ってもらえる様に。


「始めよう。明日奈、竜太。」

「うん。」

「父ちゃん、僕は何をすればいいの?」

「そこに立って、念じてくれ。明日奈の力を開放する、そしてこの国の魂達を救う事を。」

 明日奈とディン、竜太が三人で方陣を組み、足元が光りだす。

「明日奈、転生術を。」

「うん。」

 明日奈が霊力を高め、ディンと竜太から方陣によって霊力を譲渡され、練り上げる。

『秘術・転生の儀』

 大地が輝きに包まれる、産声をあげ、大地が蘇っていく。

「わぁ……!」

 輝きの中、暖かな光に包まれ、たくさんの命が転生していくのがわかる。

命の鼓動が、大地に響き渡る、輝きが増し、命が蘇る。

「これで、終わり、だね。」

 その中心で、明日奈は幸せそうに笑った。

 使命を全うした、自分の選択はきっと、間違いなんかじゃない、きっと、世界を守ってくれる。

その為に、自分が出来る事が確かにあった、世界を愛した、その末路がこれだったとしても、それでよかった、と。


「竜神王よ……。私達を、開放して下さったのですね。大地に、命が芽吹いている……。嗚呼、美しい。この大地は、この世界は、美しい。」

「グロルか。お前にはここを守ってもらわないといけないからな、民もそれぞれの形で蘇ってるだろう。復興に関しては竜神も手を貸す、それを約束しよう。」

 光が収まり、大地がその姿を取り戻し、その大地に立つ一人の男がいた。

その男は白い甲冑に身を包み、無骨ながら優しい瞳をしている男で、この男がグロルだという事が、ディンにはわかった。

「戦士達よ、よくぞこの国を救ってくれた。君達がいなかったら、竜神王様の力を持っていしても、私達全員を救う事は出来なかっただろう。」

「礼は良いんだ、俺達も目的があってここに来たんだから。」

「目的……。神々の闘争、それを鎮めるべくジパングより戦士が旅立った。そして、この国で最上級魔法を習得し、その後は知り得ない事でしたが、そうでしたか、また戦争が起ころうとしているのですね。……。だが、マナの源流は現在、この地には無い。」

「わかってる、その手立てもある。ピノ、力を貸してもらっても良いか?」

 倒れた明日奈を介抱していたピノに、ディンは話を振る。

ピノは、何をするべきか、何をどうすれば良いのか、理解していた。

「あたしの力で、マナの源流を元に戻せば良いのよね。わかったわ、やってみる。」

「この子供は?」

「この子はピノ、この世界には属さなかった、外界の存在だ。ただ、マナの源流を戻すだけの力を持ってる、そんな子だよ。」

 ピノが集中して、マナの源流を探す。 

大地に刻まれた記憶、大地に遺された路を辿って、マナの源流をこの大地に戻そうと、魔力を練る。

「……。」

 ピノの力を最大まで開放して、大地が揺らめく。

「見つけたわ、後はこれを……。」

 源流の流れている場所を探し当て、そして仮の場所としてあてがわれたウィザリアに意識を向け、マナの流れを正常化させる。

「……。ふぅ……。たぶん、出来たわよ。」

「マナが満ちてる、成功したな。グロル、マナの源流に触れられる場所はあるか?」

「マナが、還ってきた……。はい、こちらです。ここからそう遠くない場所に、神殿があります。そこで、マナの源流に触れる事が出来るでしょう。」

「明日奈はクェイサーの所に転移させるか。眠ったのを起こすのも申し訳ないしな。」

「ディン、あたしもお願い。明日奈が起きたら、説明する人が必要でしょ?」

「わかった。」

 転移、とディンが唱え、明日奈とピノが消える。

7人はグロルの案内で、蘇った大地を眺めながら進んでいく。


「ここです、竜神王様。神殿は残っていた様ですね。朽ち果ててはいますが、機能はしている。」

「ここからは君達が行くんだ。最上級魔法を習得して、それを使いこなせる様にならないと。」

「僕達はー?」

「ここで待ってよう、蓮と竜太はマナの源流に触れる必要は無いからな。」

「では戦士達よ、こちらへ。」

 ディンが戦士達に行く様に促し、4人はグロルに連れられて神殿の中へと入っていく。

ディンと竜太、蓮はここで待機だ。

「……。父ちゃん、本当に、これで良かったの?」

「何がだ?」

「明日奈さん、記憶を無くしちゃったんでしょ?そこまでして、最上級魔法を手に入れる必要があったのかなって。」

「……。そうだな、竜太はまだ、世界中に探知を広げられるわけじゃないから、わからないか。今の神々は、破壊の概念の影響を受けて、強大になってきてる。それこそ、今のままじゃどう足搔いた所で子供達が倒せないくらいにな。だから、犠牲を負う必要があった、明日奈はその覚悟をしてたんだ。今更疑うのは、明日奈にとっても侮辱になる。明日奈の覚悟、それをあの子達が背負う必要があったんだ。」

 竜太にとって、犠牲を出す戦いと言うのは、これで二度目だ。

一度目はデイン、そして今回の明日奈。

 これから先、犠牲を一切出さずに戦い続ける、それは出来るのかと言われると、無理だろう。

だから、必要な犠牲もある、とディンは教えておかなければならなかった。

「明日奈さん、起きたら忘れちゃってるのかなぁ……。寂しいなぁ……。」

「仕方のない事なんだよ、蓮。明日奈はここに来た時点で覚悟してた、俺達が出来るのは、その意思を受け継ぐ事なんだよ。」

「意思を受け継ぐって?」

「この戦争を終わらせて、世界を守る事だ。それが、明日奈が報われる方法なんだよ。あの子は人生のすべてを賭けて、4人の力になった。だから、後は俺達が世界を守る、それが明日奈の意思を継ぐ、唯一の方法なんだ。」

 蓮は、難しい事を言っていると感じていたが、意思を継ぐ、という事は理解した様子だ。

 明日奈の意思を継ぐ、それはこの戦争を終わらせる事、そして破壊の概念を倒す事。

ディンにとってのそれと、戦士達にとってのそれは少し認識が違うが、戦争を終わらせる、と言う意味合いでは間違いはないだろう。

「終わらせる事が出来る、って明日奈は信じてくれたんだ。だから、俺達に託したんだよ。」

「じゃあ、頑張らなきゃ!」

「そうだな。」

 蓮はわかっているのだろうか、自分が敵になる可能性を。

ディンはそんな事を考えながら、戦士達が戻ってくるのを待った。


「こちらだ。ここから先は私も入る事は出来ない、君達が行くと良い。」

「膨大な、魔力を感じるな……。」

「まるで世界の中心みたいな感じだよね。でも、間違ってもないのかな。」

 神殿の奥深く、そこは朽ち果てた見た目とは裏腹に綺麗に整備されていて、誰にも侵入されていなかった形跡があった。

石で作られた扉があり、そこから先にはグロルは入れない様子だ。

「では、行ってまいります。」

「行くか。」

 扉を開け、4人は中に入る。


「凄い……。魔力の塊なのかな?これ。」

「凄ぇな、俺達にも探知出来るって事は、相当じゃねぇか?」

「良く参りましたね、戦士達よ。貴方達の戦いを、ずっと見守っていましたよ。」

「どなたです?」

 神秘的な光に包まれた空間の中で、声が響いてくる。

とても優しい女性の声で、なんとなくだが姿が見える様な気がする。

「私はこの世界の意思、マナの源流、大地の具現、戦士達よ、神々によって世界は滅ぼされようとしています。それを防げるのは、聖獣達に選ばれし戦士のみ。貴方達が、世界を守る最期の砦なのですよ。さあ戦士達よ、私の力を。」

「凄い、力が湧いてくる……!」

「これが、マナの源流の力という事でしょうか?」

「この力を悪用されぬ様にと、グロルはこの大地を守ってきました。戦士達と竜神王のおかげで、グロルも無事に帰還した様ですね。感謝します、戦士達。」

 力が湧いてくる、まるで今までとは別人になったかの様に、力がこみあげて来る。

今まで以上に、魔力の制御を出来る様にならないと、日常生活に支障をきたしそうなレベルだ、と戦士達は感じ取っていた。

「私の使命はここまで。さあ戦士達よ、お行きなさい。世界を守り、愛し、未来を切り開くのです。私の意思はここで消える、そしてそれは正しい事。今後の未来には、私を必要とする事はないのですから。」

「消えちまうのか……?でも、大地の意思って事は、意識は残るじゃねぇのか?」

「……。私は元より、竜神に生み出されし者。マナの源流を司る、言わば思念体の様なものです。そして、それは悪用されてしまったら、世界を滅ぼしかねない力となってしまいます。だから竜神達は、私に枷を掛けました。未来において私の力が不要だと認識した場合、私は大地に還るのです。私はそれが嬉しい、やっと、グロルの愛に応える事が出来るのだから。」

「悲しいのですね……。」

「任せましたよ、戦士達。きっと、世界を守ってくれると、信じています。」

 そこで、女性の声は聞こえなくなり、部屋の光が徐々に薄れていく。

大地に還る、その言葉の通りに、大地の意思は大地に溶け込んで消えたのだと、不思議と4人はわかった。

「……。行きましょう、私達には、私達のやるべき事が、為さなければならない事があります。それを果たして、明日奈さんの意思に報いる為に、世界の意思に報いる為に、そして私達自身の為に。行かなければなりません。」

「そうだな。俺達が生きて勝たないと、世界が滅んじまうんだもんな。」

「俺達なら、負けないよ!」

「うむ……。」

 4人が扉を開き、部屋を出ていく。

その後ろ姿を、微笑んだ美しい女性が、見守っているような気がした。


「ふあぁ……。」

「おはよう、明日奈。」

「えーっと、貴女はどなた?私は誰?えーっと、えーっと。」

「……。私達は友達だよ、明日奈。私はピノ、貴女の友達で、ずっと一緒にいたんだ。忘れちゃったとしても、それは変わらないわよ。」

 クェイサーの神殿で目を覚ました明日奈は、ここはどこで自分は誰か、と疑問を浮かべていた。

ピノは、ぽたぽたと涙を流しながら、言葉を口にする。

「泣いてるの?悲しい事があったの?私が聞こうか?」

「……。明日奈、ずっとずっと、友達だからね……。明日奈が忘れちゃったとしても、ずっと。」

「貴女と私は友達だったのかな?ごめんね、なんだか覚えてないや。でも、ホントの事なんだろうなって、思うよ。だって、とっても優しい声なんだもん!」

 明日奈は全ての記憶を忘れた、それは変えられない事実だ。

そして、ピノはそんな明日奈と友でいようと、友で居続けようと決めた、それも真実だ。

 涙を拭き、にっこりと笑うピノ。

「明日奈、忘れちゃったなら、新しい思い出を作れば良いじゃない!綺麗なお花とか、美味しい水とか、お父さんの事とか、全部また経験すれば良いのよ!」

「えーっと。よろしくね、ピノちゃん!」

「えぇ。よろしくね、明日奈。」 

 忘れてしまったとしても、失われない絆がある。

きっと、それはあると、ピノは信じていた。


「さて、グロル、この国の事は竜神に手配を取らせる。俺達はもう行かないと。」

「もう出発されるのですか。もてなしでもしたかった所ですが、復興が先なのでしょう。戦争が終わった暁には、是非また寄って下され。」

「あぁ。それじゃあな。」

 ディンが転移を唱え、7人は消える。

「竜神王様、信じておりますぞ。」

 グロルは、蘇った民達に話をしなければ、統率を取って復興をしなければ、とその場を去る。

 優しい風が吹き、グロルの頬を撫でる。

「嗚呼、君はずっといてくれたんだったね。」

 グロルは思い出す、自分をずっと見てくれていた、自分を愛してくれていた、最も愛した存在を。

「さぁ、行こう。世界はきっと大丈夫だ。」

 風と共に、グロルは歩き出す。

戦士達に希望を乗せて、世界を守ってくれると信じて。

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