グロルの開放
「……。そっちから来てくれるなら有難いな。」
「お兄ちゃん、どうかしたぁ?」
「グロルがこっちに来てる、それも結構なスピードでな。」
「えぇ!?じゃあ、ここで戦うって事!?」
何日か進んで、朽ち果てた廃墟の様な場所を進んでいた一行だったが、ディンが何かを探知した様子だ。
ここで戦う、と言うのは、少し狭いと言えばいいだろうか、廃墟の瓦礫が邪魔をするだろうという事が予測出来る。
「君達はグロルの周りの敵と戦ってくれ、グロルは俺が戦う。」
「良いのでしょうか?ディンさんは世界の中の戦いには不可侵、なのでしょう?」
「だからと言って、君達に倒せる相手でもないんだよ。俺も、無駄死にさせる様な趣味は持ってないからな。それに、これは俺が頼まれた事だ、俺がやるのが筋ってもんだろ?」
ディンの見立てでは、グロルに戦士達は勝てない。
竜太が本気を出して何とか拮抗するかどうか、と言うレベルで、戦士達が加わった所で勝ちの目はないだろう。
ならば、自分が出張る必要がある、そしてそれは大地の意思に頼まれた事でもある。
大地の意思の話を全て呑み込むわけではないが、しかしディンは自分にしか出来ない事だと考えていた。
「場所を変えよう。グロルが来るまで、もう少しだけ時間がある。ここじゃやりずらい、近くに広場があるはずだ。」
「父ちゃん……。僕達じゃ、勝てない?」
「……。そうだな、勝てない。竜太が本気を出したところで、実力がどっこいどっこいか竜太の方が少し弱いくらいだ。今の皆じゃ、ここの魔物達の仲間入りが関の山だな。」
竜太は、ディンの言葉に偽りはないと感じていた。
自分達ではグロルに勝てない、そもそも探知すら出来ない状態で、戦えるとは思えない。
だから、ディンの言葉は間違っていない、と。
「こっちだ。」
ディンが先導し、平地に向かう9人。
グロルがどんな姿をしていて、どんな敵なのか、それを考えながら、竜太はどうすればいいのかを思案した。
「ここらへんでいいだろう。ほら、たくさん来た。タイミング的にはぎりぎりだったな。」
「魔物……!?こんなにいっぱい!?」
「やるっきゃねぇだろ!全員構えろ!」
平坦な地形の場所に到着したのとほぼ同時に、南の方から大量の魔物が現れる。
「貴様……、何者だ……。この地を侵す者は……、何人たりとも……。」
「お前がグロルか。言葉が話せるのは驚きだな、だけど、意思の疎通は難しそうだな。」
魔物の軍勢を引き連れて来たかの様にも見える、馬の魔物に乗った黒い甲冑の男が、ディンに声をかけてきた。
「貴様……、竜神か……?」
「わかるのか、それも意外だな。」
「父ちゃん!」
「竜太、そっちは任せた。」
ディンは、グロルの前に立って、竜陰絶界を唱える。
グロルとディン、その他の魔物と8人の間に壁が出来て、中の会話は聞こえるが、しかしそんな事に気をふっている余裕もなさそうだ。
『竜神剣、竜の愛!』
竜太は、ディンが万全を期して戦える様にと、剣を出した。
「皆さん!ここは僕達で倒します!気を引き締めてください!」
「うむ……!」
「あたしの種、皆もって!」
『白狼!』
それぞれが臨戦態勢に入り、戦いが始まった。
敵は数千、こちらは8人。
絶望的とも言える、しかし勝たなければならない戦いが、始まった。
「竜神よ……。我らを……、見捨てたは……、何故か……。」
「俺は関与してないんだ、そもそも千年前には生まれてない。ただ、竜神達は何もしなかったわけじゃない、ただ制約があったってだけだ。」
「悍ましき……、神が……。我らを……、呪った……。竜神よ……、何故……、何故……!」
竜陰絶界の中、闇が吹き荒れる。
闇を祓う力など、このレベルの闇の前では通用しない、意味を為さない。
『限定封印、第四段階開放。竜神王剣、竜の誇りよ』
戦士達の前では初めて見せる、第四段階開放。
その力は結界を超えて、戦士達の魂を呼応させる。
「グロル、お前を開放して欲しいって、頼まれちまってな。こればっかりは、俺がやらなきゃならない事だ。」
「竜神よ……、竜神よ……!忌々しき……!」
「……。許せ、とは言わない。それは、竜神が始末をつけなきゃならない事だからな。竜神王である俺は、その統括だ。グロルよ、せめて、安らかに眠れ。」
剣を構えるディンと、ディンに向け騎乗したまま突撃してくるグロル。
『闇照らす光よ』
ディンの剣から、暖かな光が発せられる。
「こんなにいっぱい倒せるかな!」
「やるしかありません!ディンさんが戦っている間、持ちこたえないとなりません!明日奈さん!支援を!」
『支援、雷!支援、水!』
明日奈が前衛の6人に支援術を2つ掛ける、それは水による防御と、雷による身体能力の強化、そして雷と水による自動防御だ。
しかし、複数の支援術を一気に6人に送っているのだ、霊力の消費は激しい。
「……。あれ、使うしかないのかな……。」
「明日奈?」
『……。人狼!』
戦況が劣勢と見た明日奈は、更に霊力を使い、白狼に一枚の符を投げた。
すると、白狼の姿が変化していき、人間に似た体型に白狼の顔をした、人狼と呼ばれる亜人の姿になった。
「行って!みんなを支えて!」
明日奈が人狼に命じると、人狼は前線にいる6人に力を貸すべく動き、6人の動きに合わせて攻撃を始めた。
「はぁ……、はぁ……。」
30分が経過した。
30分経ってなお、まだ魔物は現れ続け、攻撃を仕掛けてくる。
ピノの魔力も底をついてきた、竜太以外の5人の体力ももう限界だ、そして明日奈は符を殆ど使い切った。
「このままじゃ、勝てない……!」
「くっそ!泣き言は後だ修平!っつ!」
「俊平さん!きゃ!」
「ぐ……!」
「皆さん!下がって下さい!」
疲弊は負傷へと繋がる、徐々にだが、魔物によって怪我を負い始めている戦士達。
「皆!こっちに来て!あれはあんまり使いたくなかったけど……。でも、そんな事言ってる場合じゃない!」
「明日奈さん……?」
『範囲治癒!』
明日奈が5枚の符を投げ、そこを起点として五芒星を描く。
そこに負傷した5人が入ると、みるみるうちに怪我が治っていく。
「これ、治癒魔法!?明日奈、使っちゃダメでしょ!」
「でも、勝てないと死んじゃうんだよ!今ここで死ぬか、寿命が削れるかなら、寿命をあ選ぶよ!」
明日奈の範囲治癒は、五芒星を起点として、その中にいる人間の傷を癒し続けると言う、高等符術だ。
だが、その代償は大きく、一度使うたびに、術者の寿命が10年削られてしまう。
明日奈はそれを理解していた、そしてそれをピノには話していた。
ピノは悲痛な叫びをあげるが、明日奈は覚悟を決めた顔をしていて、さらなる術を繰り出すべく準備を始める。
「皆!1分だけ時間を頂戴!私が後は何とかするから!」
「1分ですか!?」
「そう!1分!1分経ったら、全員下がって!」
明日奈は奥義を発動するべく、祈祷の舞を踊り始める。
これは降霊の舞、神を降ろし自身に憑依させる、明日奈が持つ最大の攻撃方法。
セスティアでいう日本舞踊の様な踊りをしながら、明日奈は神と交信をする。
「明日奈さんを守りましょう!皆さん!踏ん張りますよ!」
「頑張るよぉ!」
体力も残っていない、魔力も残っていない。
だが、ここで死んでしまったら、世界が滅んでしまう。
だから、こらえなければならない、明日奈の技にかけて、そこに至るまで全身全霊をもって明日奈を守らなければならない。
『聖竜輝翔剣』
ディンが振るう刃が、騎乗しているグロルを一閃する。
闇を祓い、癒す光の剣、デインを開放した時にも使った技、それを受けて尚、グロルは馬から転げ落ちながら立ち上がり、そして攻撃をしてくる。
「忌々しき……!忌々しき……!」
「一撃じゃ無理か。痛くはないだろうけど、辛いだろうな。」
グロルが繰り出す剣の攻撃をかわしながら、ディンは徐々に徐々にグロルの闇をはがしていく。
それは気の遠くなる様な話かもしれない、一体どれだけ斬ればグロルの闇を祓えるのか、そもそも第四段階の開放で祓えるのか、と言う疑問もある。
「……。」
「竜神よ……!我らを見捨てし竜神よ……!」
光の剣と闇の剣がぶつかる、それは闇を祓い、癒し浄める力をもって、徐々にだがグロルの闇を祓っていく。
「準備出来た!皆!下がって!」
「任せた!」
『奥義、マジックダンス!』
1分が経ち、明日奈が降霊の儀を終わらせ、明日奈の体が光輝く。
「行くよ!」
袂に持っていた符を全て発動し、同時に放つ技、奥義マジックダンス。
明日奈の全霊力をもって発せられる、最大の攻撃。
『炎龍!神鳴!』
炎と雷の最上級の符を発動し、魔物を消し飛ばし燃やし尽くす。
「危ない!」
『濁流壁!』
明日奈の間合いに、一匹の戦士の姿をした魔物が入ってきたが、明日奈の水属性の符により、大量の水が溢れ、押し返す。
『吸風!神風!』
範囲の広い風属性の符、吸風で敵を一か所に纏め、神風で切り裂く。
「凄い……!明日奈さん、こんなに強かったんですか……!?」
「私もぎりぎり、だけどね!ここで死んじゃったら、駄目でしょ!」
明日奈は脂汗をかきながら、次々に最上級の符を発動していく。
マジックダンス、その使用中に使った符は消費されず、発動している限り何度でも使えるが、その分霊力を消費する。
「いっけぇ!」
最後の力をふり絞って、炎龍を発動する明日奈。
敵に向け咆哮をあげながら炎の龍が向かっていき、炸裂してあたり一帯を灰燼に帰す。
「弱まった……?」
グロルと戦いながら、外の戦況を見ていたディンは、周囲の魔物が散っていくのと同時に、グロルの闇が弱まっているのを感じ取っていた。
今ならいける、一撃を叩き込み、グロルの闇を一気に祓える。
『限定封印、完全開放』
ディンが持つ最大の力、限定封印完全開放。
セスティアでの最終闘争の際には不完全だった、そしてそれ以来初め使う、本気。
『聖竜輝翔剣』
もう一度、最初に使った聖竜輝翔剣を使い、グロルを一閃。
「グガアァアアァァアアァァア!」
苦しみもだえ、闇が剝がされていく。
グロルは、地に伏し悶えながら、必死に何かを言おうとしている様だ。
「竜神、王よ……!我らを……、救い……!」
「わかってるよ、グロル。その為に、俺はここに来たんだ。」
「そう、か……。それ、は……、よか……、った……。」
闇が完全に消え、グロルの体から暖かな光が零れる。
黒い甲冑がボロボロと崩れ、グロルの穏やかな笑みが一瞬見えて、そして。
グロルは消えた、昇天したのだろう。
「明日奈!」
「明日奈さん!」
マジックダンスで全霊力を使い、範囲治癒を発動した明日奈が、気を失って倒れる。
それと同時にディンが結界を解き、中から出てくる。
「ディン!明日奈が!」
「範囲治癒を使った反動だな。三日あれば意識は戻る、ただ……。ただ、寿命は戻らない。」
ディンは改めて周囲に結界を張り、煙草を加え火をともし、明日奈にタオルケットを転移させて羽織らせる。
「それで父ちゃん、グロルは?」
「逝った。後は、この大地を浄化すれば、目的は完了だ。ただし、明日奈が是としなければ、それは出来ないだろう。」
「明日奈が?それってどういう事?」
「転生術、明日奈と俺、竜太が揃って初めて発動出来る、大地自体を浄化して、負の思念達を転生させる術。それは、明日奈の全ての記憶と引き換えに行われる。明日奈の一族が残した最大の術で、それはリスクを伴う。だから、明日奈のお母さんは、明日奈の記憶を消す術を掛けた。」
それは、明日奈の母親に直接聞いた事だ。
明日奈がもしも転生術を使う事になる場合、1人では使えない、ディンと竜太という、陰陽師の力を受け継いでいる存在の力が必要になる事、そして明日奈の記憶が全て消える事。
クェイサーにはあらかじめ話しておいたが、それを明日奈に伝えているかまでは知らない。
だから、明日奈がどういった選択をするのかは、わからない。
「そんな……。明日奈さんの記憶って、お父さん達との記憶もなくなっちゃうの……?戦いが終わったら、会いに行くんだって、嬉しそうに言ってたのに……。」
「何故……、その様な、事になったのだ……?儂達は、そこまでの犠牲を払って……。戦わねばならぬと……?」
「……。世界の為に生きる、それは時に、自分を犠牲にする事になる。明日奈がどういう選択をするのか、それはきっと、君達にとっても、大きな判断材料になるはずだ。」
「嫌よ……。」
「ピノさん……?」
「嫌よ!明日奈が全部忘れちゃうなんて!あたしは嫌よ!だって、あたし達はずっと友達だって、明日奈が言ったのよ!それなのに……、それなのに……!」
ピノが、取り乱しながら、涙を流しながら叫ぶ。
世界にとって異分子だと知らされ、そして明日奈は自分もそうだから、と友達でいたいと言ってくれた。
そんな明日奈が全てを忘れてしまう、それは、友を失う事に他ならない。
「ピノさん……。私も、それは悲しいです。何とかならないのでしょうか?」
「……。この大地を浄化する、それには転生術が必須条件だ。それには、明日奈の力を借りるしかない。そして、その後にピノの魔力を使って、マナの源流を元に戻す。それが、君達が最上級魔法を覚えられる条件だ。俺もそうならない未来を望んでた、ウィザリアでマナの源流に触れられたら、って言ったのは、そういう意味合いがあった。ただ、それが出来なかった以上、それ以外に方法はない。」
煙草の煙を吐き出しながら、ディンは悲しげな顔をする。
ディン自身、ここに来るまではその覚悟が出来ているかと言われると、否だった。
明日奈の21年間の記憶、楽しかった記憶も、残しておきたい記憶も、全て失うことになってしまうのだから。
だが、それをしなければ、戦士達は神々に勝てないのも事実だ。
「明日奈……。」
ピノは泣きながら、眠っている明日奈の頬を撫でる。
明日奈はきっと、転生術を使う事を選ぶだろう。
忘れてしまったとしても、何もかもを捨て去る事になったとしても、きっと。
「私……。」
「明日奈、頑張りましたね。」
「誰……?」
明日奈は、ほの暗い意識の中と言う空間の中で、ホッとしていた。
魔物を倒しきった事は確認してから意識を手放した、だから今は大丈夫なはずだ、と。
そんな明日奈に語り掛けてくる声がする、そしてその声の持ち主は、光と共に明日奈の意識の中に現れる。
「私は貴女の母、明日香。明日奈、ずっと見守っていましたよ。貴女は頑張りました、戦士達は無事、生還するでしょう。そして、貴女は……。」
「いつかクェイサーが言ってた、転生術の事。それをしなきゃいけない、んだよね?お母さん。」
「……。竜神王様にはお伝えしていました、竜神様からその話を聞いていたのですね?その通り、貴女は転生術を使わなければ、これから戦士達は生き残れないでしょう。そして、貴女はその代償に記憶を全て失ってしまう。母の事も、貴女を育ててくれた父の事も。」
でも、私は世界を守りたい、そう明日奈は願っていた。
自分ひとりの記憶で、世界が守れるのであれば、その可能性があるのであれば、それに賭ける価値はある、と。
「私ね、お母さんがずっと傍にいてくれるって、知ってたんだ。だって、とってもあったかい気持ちになる事があって、お母さんが抱きしめてくれてるんだ、って。だから、もう大丈夫。お父さんも、いてくれたんでしょ?」
「……。貴女の父は、最期に貴女の符になる事を選びました。人狼、それは貴女の父の魂を具現化するなのだから。わかっていたのですね、明日奈。」
「うん。ずっと、ありがとう。私、もう大丈夫だよ。きっと、これからだって頑張っていける。」
「……。強くなりましたね、明日奈。」
「ねぇお母さん。一つだけ聞いていい?」
明日奈は、覚悟を決めた様に気を引き締め、一つだけと質問をする。
「お母さんは、世界の為に死んだ事、後悔してないの?」
「……。一つだけ、後悔があるとしたら、貴女を独り残してしまった事。愛する娘、生まれたその日に、わが子を手放さなければならなかった事。それだけが、心残りでした。しかし、今はその気持ちを晴れました。愛する明日奈、貴女が立派に育ってくれた、それだけで、私は幸せなのですよ。」
「そっか。私、立派だったかな、頑張れたかな。」
「えぇ。貴女はずっと、私達の最愛の娘。頑張りましたよ、明日奈。」
「ありがとう、お母さん。じゃあ、私行くね。またいつか会えた時には、お母さんだって、教えてね?」
意識が消えていく。
明日奈は、母の笑みを見ながら、意識の世界から消えていった。
「本当に、貴女は頑張りましたよ、明日奈。」
明日奈によく似た、明日香は微笑む。
世界の為に命を犠牲にした、娘の為に命を犠牲にした。
その事に後悔はない、そして今、娘を独り残してしまった事に対する後悔もなくなった。
満足そうな笑みを浮かべ、明日香は光に包まれ消えた。
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