蓮の状態

「休憩していいよって言われたけど、やっぱり来ちゃうよね。」

「お、修平も来たんか。これで全員揃ったな。」

「俺が最後だった?ちょっと悩んだんだよね、ディンさんが休んでいいって言ったって事は、休めって意味なのかなって。でも、基礎鍛錬と組み手なら良いって言ってたの思い出してさ。」

「父ちゃんは意味深な事よく言いますからね、僕も一瞬悩みましたよ。でも、やる事に意味があるんじゃないかって、大地さんと話してたんです。」

 修練場に来た修平は、ピノと明日奈含めて全員が来ていた事に驚く。

特にピノは修行と言っても種を渡す相手とそれを受ける相手がいなければ成立しないと考えていた為、来ないだろうと思っていたのだ。

 だが、ピノも基礎鍛錬が必要、というよりより多くの魔力を練る為の修行をしようと、ここにやってきた、というわけだ。

「始めましょうか。基礎的な連携の練習くらいなら、父ちゃんも許してくれるでしょうし、僕は能力開放……、はしない方が良いのかな。」

「そうですね。竜太君の能力開放は、体力を消耗してしまうのでしょうし、使われない方が良いでしょう。では、戦略の組み立てを……。」

 清華は、戦略を立てる事にだいぶ慣れてきた様子だ。

それぞれの持ち味を理解し、戦略を立てて、全員が生き残る様にする。

 戦場では誰かが持っていないといけない技術だったが、それをウォルフやディンを見ているうちに学んだのだろう。

「じゃあ僕は……。」

 蓮も理解出来る様に陣形を組み、全員が得意とする分野で戦えるフィールドを整える。

 リリエルには教えられなかった、リリエルは1人で戦ってきたのだから。

それはどちらかと言えば、ディンやウォルフの分野だろう。


「ふむ、上手い事やってるな。」

 甲板でのんびりしていたディンは、飛眼を使い戦士達を眺めながら、少し安心していた。

これから先、自分達は離れなければならない事があるだろうが、それでも大丈夫かどうかを確かめたかったのだろう。

 清華の戦術の組み立て方はまだまだ未発達、伸びしろだらけのものだったが、しかし戦う分には足りうるだろうレベルまで来ていた。

ウォルフの修行が功を奏した、とディンは考えていた。

「さて、こっちも。」

 もう少し、グロルに関する知識や情報が欲しい、と思っていたディンは、修行の合間にドラグニートの秘蔵図書館を探す様に依頼していた。

 テンペシアが一番理解しているだろうと踏んでいて、そのテンペシアにグロルに関する情報の提供を求めていて、その結果が今手元に丁度転移で飛んできた。

「グロルは歴代の王が冠する名前、それはわかってる……。」

 デスサイドがグローリアグラントと呼ばれていた時代から、現在に至るまでの、竜神達が知りえている情報。

それらを統括したものを、テンペシアは用意して来た様子だが、大体の事は理解している。

 問題は、現在のグロルの状態と、デスサイドの闇の侵食具合と、そういった情報だ。

「ふむ。」

 デスサイドの闇の侵食を、竜神が食い止めている事は理解していた。

問題は、何故そこまでの闇を抱える様になってしまったのか、何故グロルは負の思念を集め守っているのか。

「ん……?」

 羊皮紙のページをめくっていると、気になる言葉を見つける。

 グロルに関する推測、と目録をうたれていたその文章が、どこか引っかかる。

「……。って事は……。」

 グロルが負の思念を集めている理由、それは守る為だとわかっていた。

問題は、一人間でしかなかったグロルが、何故それを為し得るだけの存在になってしまったのか、だ。

「……。」

 グロルの家系、そしてグローリアグラントの土地、それが関係しているのではないか、とテンペシアは纏めていた、それはディンも概ね賛同出来る推測だった。

ただ、少しだけ引っ掛かりを覚えるとでもいえばいいのだろうか、少しだけ意見の相違がある、と言った程度の認識だが、ディンはテンペシアとは違う結論を出した。

「という事は、あの大地の意思の言葉っていうのも。」

 プリズで接触してきた、グローリアグラントの大地の意思。

 何故そこにいたのかはわかっていなかったが、本人は誰にも見つからないから、と言っていた。

 流刑の地プリズと、闇に侵された地デスサイド。

その2つの共通点と、そこにいた理由。

 ディンを待っている様にも思えた大地の意思、まるでディンが現れるのを理解していたかの様な素振りさえ見せた意思の、プリズにいた理由。

「マナの源流の正常化、はてさて……。」

 グロルの開放、だけでは足りないであろう、マナの源流の正常化。

その為に明日奈とピノを連れてきたわけだが、これは悪い事を提案しなければならなくなるな、とため息をついた。


「ふー……。清華ちゃんの戦術の立て方、上手になってきたね。俺、ついていけるぎりぎりって感じがするもん。」

「そうでしょうか……。まだまだ私も未熟の身、修行を怠ってはいけない身です。最終的にはディンさんも戦いに参加されるのだとしたら、それに見合った戦略はまだまだたてられないでしょうし……。」

「ディンさんが戦いに参加すんのか?あの人、育てるだけじゃねぇの?」

「わかりません。が、なんとなく、ディンさんと共闘する事がある様な気がするのです。竜太君は、そのあたり何かお聞きになられていませんか?」

 組み手を終え、休憩していた8人。

ピノが無限の若木の種を出すスピードも上がってきた、それに合わせて動く方法もわかって来た。

 ただ、実戦経験が乏しい、それは否めないが。

「うーん……。確かに、父ちゃんが戦う事はあるかもしれません。でも、多分僕達とは別の場所で戦う、そんな気がします。なんて言えばいいんでしょうか……。僕達が豊穣神クロノスと戦っている間に、世界に手を伸ばしている元凶と戦う、っていうか……。」

「破壊の概念、と明日奈さんは仰られていましたね。その相手、というのがディンさんの敵なのだと。という事は、私達がクロノスという神様と戦っている間、ディンさんは破壊の概念という存を相手に戦う、という事ですね。納得です、ディンさんが世界を守るだけなのならば、私達など必要ともしないのでしょうし、ならば何故、世界を守る守護者という戦士が必要なのか、その答えが出た様な気がします。」

「ディン殿は……。儂達とは、違う敵がおるのか……。」

「そう、ですね。竜神王しか戦えない相手だ、って父ちゃんは言ってました。それがなんで、十代目である父ちゃんの代まで続いてるのか、どうして倒しきれないのか、っていうのは聞いた事がないですけど……。でも、父ちゃんが大きな敵と戦ってるっていうのは、事実だと思います。デインおじさんの時の、あの大蛇……。あの大蛇の正体が、破壊の概念なんじゃないかなって。」

 竜太は、竜神の掟として言っていいものかと悩んだが、自分達で気づいた事は話しても大丈夫だろう、と話す。

 ディンは言っていた、竜神の掟もある程度柔軟な考えで守らなければならないと、ならば、ディンが見せた素振り、ディンが誘導したと言えるこの事柄は、この戦士達には話しても大丈夫なのだろうと。

「破壊の概念、ってなあに?」

「うーんとね。世界を滅ぼそうとする、そんな存在だって父ちゃんは言ってたよ。それぞれの世界で起こってる争い事に手を出して、それで世界を滅ぼそうとするんだって。」

 ディンが言っていた、蓮の状態。

考えるのが少し苦手な竜太でもここまでくればわかる、蓮は今、破壊の概念に乗っ取られそうになっているのだと。

 それを防ぐ為にディンはこの旅に蓮を加えた、それはディン以外の光を知ってほしいからと言っていたが、それ以外にも何かがあるのだろう。

「……。リリエルさん達は、この事を知らされてたのでしょうか。リリエルさんの運命を狂わせた相手、というのもその破壊の概念だというお話ですし、もしかしたらピノさんや明日奈さんも……?」

「あたしは違うってディンは言ってたけどね。どんな存在が世界を観測しちゃったんだか、って感じじゃない?」

「私はそうだね、多分破壊の概念に色々されたんだと思う。だから、お母さん達と離れ離れになっちゃったのかなって。」

 明日奈の元々の家族、竜太の遠い親戚、破壊の概念によって滅ぼされた一族。

 だが、竜神王しか戦えない相手、という話なのに、何故そういった因子の様なものを滅ぼしているのか、という疑問が残ってしまうだろう。

「うーん……。竜神王しか戦えない相手、なのになんで、明日奈さんやリリエルさんに手を出す必要があったんですかね……。だって、竜神王しか戦えないのなら、そんなことする必要もない、と思うんですよね。」

「わっかんねぇけどさ、もしかしたら、リリエルさん達にもなんかの素養があったんじゃね?明日奈さんみたいに、竜太の遠い親戚とか、そんな感じでよ。」

「それなら私はわかるけど、リリエルさんと外園さんはどうしてなのかな?私もわからないけど、何かがあるのかなぁ。」

「うーん……。」

 疑問ばかりが残る、これはディンに聞いても答えてくれるかどうかはわからないだろう。

何せ後継者である竜太にすら話していない事だらけなのだ、疑問を持ったからと言ってそうやすやすと教えてくれる、という事でもないだろう。

 疑問を持つ事は大切、という信条を持っているディンだが、それとこれとは少し話が変わってくるだろう、とも。

「とりあえず、明日には到着でしょ?今日はもう休みましょ、万全の状態で戦わないといけない相手なんだろうし。」

「そうだね、それは賛成。俺、ちょっと休憩したいかも。」

「そうだな……。」

 竜太はディンに疑問を聞きに行くつもりだったが、他の7人は休憩する事を選択した。

 修錬場はお開きになり、それぞれの部屋へ一旦武器を置きに戻った。


「あ、父ちゃん。」

「竜太か、どうかしたか?」

「えっとね。リリエルさん達が、破壊の概念に巻き込まれた理由、って何なのかなって。」

「破壊の概念って事は明日奈あたりに聞いたな?」

「うん。」

 甲板で風に吹かれていたディンを竜太が見つけ、問う。

ディンは、明日奈あたりが話をしたか、と考えを纏め、どれから話したものかと悩んでいる。

「そうだな……。破壊の概念は竜神王しか相対せない、それは竜神王の遺した書物に書かれてた事だ。ただ、例外がある可能性、を向こうが考えていたとしたら、それを潰そうと動くと思わないか?」

「例外……?リリエルさんとかセレンさん、それに外園さんは、何か特別な力を持ってたって事?」

「リリエルさんは世界を渡る力を、セレンは世界を守るだけの武器を、外園さんは世界の未来を見る力を、そして明日奈は自分を封印しうる力を。それぞれが持ってて、それが破壊の概念にとって脅威になりうる存在だとしたら、どうだ?」

「えっと……。じゃあ、竜神王しか戦えない存在だけど、それでもサポート出来ちゃう人達がいた、って事?」

 ディンの話を聞いて、竜太は自分なりに話を纏める。

もしも竜神王しか戦えない相手なのならば、それならばサポート出来る存在、というのが妥当な所ではないか、と。

「ちょっと違うな。デインの時の闇の渦、それは破壊の概念が顕現した状態に近かった。なら、竜神王である俺しか、あの中には入れないのが道理だろう?でも、ケシニアは入れなかったのに、竜太と悠輔は入る事が出来た。それはどうしてだと思う?」

「ケシニアさんが入れなくて、僕と悠にぃが入れた理由……?」

 約二年前の事を振り返る、ケシニアは闇の渦に入れず、そして自分と悠輔が入れた理由。

「……。竜神王の加護……?」

「その通り。竜神王の加護を受けた者は、破壊の概念に相対するだけの存在になりうる。だから、破壊の概念は自身にとって脅威になりうる存在を潰そうとしていた。ただ、デインに封印されていたせいで、直接殺すまでは出来なかったみたいだけどな。そして、リリエルさん達は基本的に守護者の立ち位置にいる事が多い、竜神王だけを相手にするのと、竜神王とそれに足らずとも力を持った者達を相手にするのでは、相手にとって勝率が変わってくるだろう。」

「リリエルさんが守護者なの?でも、守護者ってその世界を守る存在なんでしょ?その世界を離れても問題ないの?」

 竜太の疑問は尤もだろう。

 守護者とは世界を守る者、基本的にその世界を守る存在だと聞いていた。

それが、他の世界をうろついていていいのか?という疑問は、至極全うなものだろう。

「そうだな……。リリエルさんのいた世界、それは魔物による脅威が少ない世界だ。天災、災害と言われる程度にしか魔物が現れない、基本的に人間同士が争っている世界。だから、リリエルさんがたとえ守護者だったとしても、今はその力を必要としていないんだ。多分、リリエルさんの力が必要になったら、世界はリリエルさんを連れ戻すと思うぞ?}

「そうなんだ……。復讐者、って言ってたから、そうは思えなかったな。」

「って言っても、俺もそれに気づいたのはつい最近だよ。リリエルさんの纏ってる空気、光と闇のバランス、そういったものが、他の世界の守護者に近しいと思ったんだ。彼女はそれを悟らせなかった、復讐の言葉で自分を固めて、それを覆い隠していた。一口に守護者と言っても、光に傾倒してる訳でもないしな。リリエルさんみたいに、闇の中に失わない光がある、それも守護者足りえる素質だ、って事に気づいたのは、本当に最近の事だよ。」

 竜太は、そういったケースもあるのか、と頷いている。

確かに、リリエルは復讐を遂げる事を第一の目標としていた、その頃のリリエルの気配は、自分達には優しいが、他人に対しては氷のように冷たい、と思っていたのが、いつの間にか、清華達にも優しい視線を向けているというか、態度が柔らかくなっていた。

 闇の中に失われない光、それはそういった変化の事もいうのだろうな、と認識する。

「それで?他に聞きたい事はあるか?」

「え?」

「まだ聞きたい事残ってる顔してるから、なんかあるんだろうなって。」

「え、うん。……、蓮君、大丈夫なの?破壊の概念に、乗っ取られそうになってるんでしょ?」

 竜太が問うと、ディンはやっと気づいたか、という顔をしていた。

 問われるのを待っていた訳ではないが、幾つかのヒントを出している中で、竜太がいつ気づくかを待っていたのだろう。

「今の蓮、竜太からして、デインの力をどれくらい使いこなしてると思う?」

「うーん……、わかんない。おじさんの本気って見た事ないし、父ちゃんと戦ってた時は破壊の概念に乗っ取られてた時なんでしょ?」

「そうか。じゃあ聞き方を変えようか。竜太からして、蓮の光と闇のバランスはどうなってる?」

「バランス……。あんまり感じた事ないけど、最近光が強くなってるな、とは思うなぁ。それが、乗っ取られるかどうかに関係あるの?」

「例えば、デインは半分破壊の概念に侵された状態で、ああなった。今の蓮は、光が三割、闇が七割。多少の誤差は出てきてるけど、大体それくらいだと認識してくれ。破壊の概念が他人の体を乗っ取るには、最低でもその存在が半分は闇に染まっていないとっていうのが必要条件だと俺は思ってる。」

 という事は、今のままの蓮だと、破壊の概念にいつ乗っ取られてもおかしくない、という話になってくるだろう。

しかし、デインの時もそうだったが、すぐに姿を現さずに、時間を置いてまた出てくる、という事の説明が出来ない。

 竜太は眉間にしわを寄せながら、悩む。

「でも、そしたら蓮君は、今の時点で乗っ取られててもおかしくないんじゃないの?」

「そこが奴の狡猾な所でな。俺達が感情移入した所、一番隙を見せた所で、一気に乗っ取るみたいなんだ。デインの時もそうだったろ?光に帰還して、俺達が安心していた所を乗っ取られた。デインが封じていられた限界の時間だったっていうのもあるんだろうけど、俺は一番の理由はそれだと思ってる。」

「じゃあ、蓮君が一番危ないのって、父ちゃんがもう大丈夫だって思った時、って事?」

「多分だけどな。敵は一千万年竜神王と戦ってきた存在、俺はまだまだ子供。悟られない様にしようにも、見えちまうんだろうさ。一瞬の隙、それを狙ってるんじゃないかって。」

 ディンの表情は険しい、それはどれだけ覚悟していたとしても、どれだけ注力していたとしても、ばれてしまうという事なのだから、と。

 伊達に相手は歴代の竜神王と争いを続けてきたわけではない、ディンにとっては最悪な、相手にとっては最善な行動を選択してくるだろう。

「破壊の概念、今はクロノスに憑りついてるの?」

「半分はそうだな。そうして、この世界を破壊しようとしてる。もう半分はそうだな……。俺にとって、最悪の形での再会になりそうな気はしてるな。」

「……?」

「これはまた今度だ。今は、それよりも子供達を育てる事に専念しないとだ。勿論、竜太にもまだまだ覚えてもらわないといけない事はたくさんある。」

 ディンだけが知っているであろう、現在の破壊の概念の状態。

しかし、それを話すのは、きっと今ではないのだろう。

 それは、ディン自身が話したくない、という気持ちを含めて、の事だ。

「組み手はどうだった?清華ちゃんの戦術の立て方、上手くなってきてるだろ?」

「え?うん。清華さんの指示、どんどん的確になってきてるよ。なんだか、昔からやってたみたいに。」

「そっか、それは何よりだ。俺も守護者を育てる事に関しては慣れてるけど、戦略の立て方に関しては門外漢だ。清華ちゃんがそこを補ってくれてるっていうのは、ありがたい話だ。」

 きっと違うのだろう、竜太はそう考えた。

ここで自分の方が優れていると言ってしまったら、清華に戦略を立てさせる意味がなくなってしまう、それはきっと、ディンがいない時に困ってしまうだろう。

 だからあえて、口を出さずに成長を見守っているのだろう、と。

竜太は、そういう事のやり方も学んでいかなければ、と気を引き締めて、7人がいる食堂に戻った。

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