向き合う事

「さて、今日からは精神的な修行に入る。肉体的な修行とはまた別で、辛いだろうから覚悟しておいてくれ。」

「精神的な修行、って何するの?僕、そんなのした事なかったよね?」

「竜太にとっても初めての経験だな。ただ、必要だとは思うから、安心してくれ。」

 最終の修行を終えてから丸一日休んだ8人は、ディンに修練場に呼び出され集まっていた。

 肉体的な修行ではない、という事は体を使わないのだろうが、ならば何をするのか?と各々疑問符を浮かべている。

「時間はあんまりない、さっさと始めよう。さ、皆座って、座禅を組んでくれ。」

「座禅?って何?」

「胡坐をかいて、足を膝に乗せるんだ。それで、両手を輪っかにして結んで、それが座禅だよ。」

 座禅という言葉を知らなかったピノがやり方を聞いて、そして8人は素直に座禅を組む。

「これから起こる事は現実じゃない、それは頭にしっかりと入れておいてほしい。その上で、君達が成長する為に必要な事が起こる。」

「はーい!」

「さ、目をつむるんだ。」

 言われるがままに、8人は目を閉じる。

ディンは魔力を練ると、8人の頭にとあるイメージを刷り込む魔法を唱えた。


「あれ、ここ……。」

 竜太は、先程までとまったく別の場所にいる事に気づく、それはセスティアにある自分の邸宅の目の前だ。

「なんで……?」

 ディンが言っていた、精神的な修行と、何か関わりがあるのだろうか?と疑問を持ちながら、しかし一年半ぶりの自宅に心が動き、自然と中に入ろうとする。

「あれ……?」

 気づく、気配がおかしい事に。

家にいる子供達、兄弟達の気配はすれど、何か違う様な気がする、違和感とでも言えばいいのだろうか、何かが違うと心が囁いている。

「ただいまー!」

 竜太が玄関を開け中に入るが、誰も出てこない。

普段なら末っ子の陽介あたりが飛んでくるのだが、しかし陽介の気配はすれど出て来てはくれない。

「誰かいないのー?」

 リビングに向かう竜太。

「え……?」

 そこで見たものは。

「陽介、大丈夫だよ。僕達が、ずっとそばにいるから。」

「竜にいちゃ……。」

「僕……?これって、昔の……。」

 今より少し幼い自分に、今より少し幼い弟達。

悠輔もディンもいない、皆泣いていて、竜太は体を血で染めている。

覚えがある、それは二年前の事だ。

「なんで、今になって……。」

 家族を失い、弟達をこの邸宅に連れてきた日。

力に目覚めた、そして戦う運命を知った日。

 ディンがなぜその光景を見せ、何がしたいのかがわからないが、胸がきゅっと苦しくなってくる。

「お前の選択に間違いはなかったか?」

「え……?」

 どこからともなく、声が聞こえてくる。

 それは誰の声とも言えなかったが、まるで耳元で囁かれている様な、そんな気分だ。

「お前の選択は正しかったか?」

「……。」

 泣いている弟達、血にまみれた自分の姿、そして今ここにいる自分。

何が正しくて何が間違っているのか、それを理解しているつもりだった、が。

「お前の選択は。」

「間違ってないよ、父ちゃん。僕は間違ってない、皆を守る為にするべき事をしたんだ。」

 竜太が口を開く、そうすると、パッと目の前が暗くなり、一瞬で場所が変わった。


「源……、太……!」

 腕を撃たれ、血をにじませている自分、そして気絶している友、源太。

狂信者を討ち、何とか助けを呼ぼうとした、そしてディンが現れた、その瞬間。

「お前の選択は、正しいものだったか?」

「……。人間を殺した、それは過ちだったのかもしれない。でも……。でも、僕は守りたい人達を守った。その為には、戦うしかなかったんだ。だから、僕は間違っていないと思う。」

「……。俺と同じ選択をした、それを後悔はしていないか?」

「父ちゃんと同じ選択をした、それを後悔はしてないよ。僕は人を殺す事は正しいとは思ってない、でもそうしなきゃならない事もある、それはもうわかってるんだ。」

 竜太の決意は固い、ディンほどではなくとも、守るべきものや守りたいものは確かある。

「そうか、良かった。」

 声が聞こえ、目の前が暗くなる。

ホッとした声、そう聞こえた誰かの声は、もう聞こえない。


「これ……。」

「蓮、お前は間違っていなかったか?」

「僕……。」

 虐待を受けている自分と、下品に笑っている両親、そしていじめてきていた同級生。

 過去の凄惨な出来事を追体験していた蓮は、どうしてこんな事をディンがするのか、と考えていた。

「僕……。皆と仲よくしたかった。お父さんと、お母さんと、笑っていたかったんだ……。」

「夢半ばで敗れた、それは……。」

「わかんないよ……。僕、どうすればよかったのか、わかんないよぉ……。」

 11歳の誕生日、それは両親を殺した日、決別した日、ディンと出会った日、旅に出た日。

目の前で血まみれになっている両親を見て、蓮はあの時の感情が揺り起こされてしまう。

 殺さなければ殺されていただろう、そして蓮は、闇に飲み込まれていただろう。

「蓮、お前の選択を見ろ。それは、決して間違いなんかじゃない。」

「え……?」

 ディンと出会った時を思い出す、不思議と心がとかされた様な、温かい気持ちになった事を。

 そして、皆と触れあって知った、光を。

「蓮、お前の選択は正しいか?」

「……。わかんない……、僕、生きていくのも嫌になってたから……。でも、今は生きたい……!みんなと一緒に、みんなと世界を守りたい!」

「そうか……。」

 声が聞こえなくなり、視界が暗転する。

 蓮は眠気を覚えて目を閉じると、静かに今言った言葉を反芻しながら眠りに落ちた。


「ふあぁ……。」

「あ、蓮君おはよう。」

「竜太君、おはよぉ……。」

 蓮が目を覚ますと、まだ6人は目を瞑ったままでいて、竜太だけが起きていた。

目を瞑って、意識が飛んでからどれくらい時間が経っただろうか、若干腹が空いている様な気もする。

「蓮、おはよう。」

「お兄ちゃん、おはよぉ!みんなは眠ってるの?」

「寝てる、っていうか、意識が別の所に行ってるな。竜太が一番最初に戻ってきて、次に蓮が戻ってきたんだ。」

 蓮が起きた事に少しホッとしている様子のディンは、他の6人の様子を見ながら話をする。

「どうして精神的な修行になるのか、って聞いてもいい?」

「そうだな。トラウマ、それを克服する事が、精神的な成長に繋がる。それに、トラウマっていうのは、ふとした所で顔を出して、判断を鈍らせる事があるんだ。だから、それぞれのトラウマと向き合って、それを克服してもらうっていう修行が必要だったんだ。」

 それぞれに、それぞれのトラウマというのは存在しているだろう、そしてデスサイドについたら、そのトラウマをぶり返す事があるかもしれない、とディンは考えた。

だから、今の時点でそれを克服し、それに直面したとしても判断を誤らない様にと、わざわざ深層心理を覗き込んでそれを修行としたのだ。

 ディンの使う魔法の中には、名前のない、名前をつけられていないものが幾つかあるが、今回使ったのはその中の一つ、精神世界の具現化とディンは呼称している魔法だ。

本来の使用用途としては、対象の過去を見る事で、過去に起こった事を知る、という原理の魔法なのだが、ディンはそれを改良して使っていた。

「父ちゃんがそんな魔法使えるなんて、知らなかったよ。」

「アリステス、覚えてるか?最後の対戦の時に、一緒に戦った竜神だ。あいつが、この手の魔法が得意でな。教えてもらったはいいけど、使うことがなかったんだ。」

「アリステスさんって、確か賢竜って呼ばれてるって言ってた人だっけ?」

「そうだな。アリステスの一族は、竜神の中でも家系が古くてな、2代目竜神王が世界を守ってた時にはもう存在していた一族で、そういった精神に関する事に長けていたそうだ。一番の使い手になると、精神操作まで出来たらしいぞ?」

 アリステス、その竜神は、ディンが過去に戻った時に修行をつけていた、賢竜と呼ばれる知識に対する探求心がとても強い竜神だった。

 様々な世界の記録と魔法の使い方や戦い方を記していた、竜神の住まう世界にあった大図書館、その九割の内容を把握していた、そして一番の使い手ほどではなかったが、一族の中でも記憶に関する能力が高かった、とディンは記憶していた。

「精神操作?ってなあに?」

「相手の心を奪って、思うがままに動かす事だよ、蓮。悪い事には使ってはいなかったらしいけど、様は相手を操るって事だな。」

「えー!?じゃあ、お兄ちゃんも出来るのぉ?」

「俺はそこまでは出来ないな。今やってる精神世界の具象化がせいぜいだ。そもそも、竜神って一言に言ってもいろんな奴がいて、いろんな分野に長けている奴がいたから。ただ、もう竜神は俺と竜太、八竜とデイン、それともう1人しか残ってないけどな。」

 あと1人、という言葉に、竜太は引っ掛かりを覚える。

八竜とデインの事は聞いていたが、もう1人いる事については何も聞いていなかったな、と。

「あと1人って、誰かいるの?竜神の世界には、誰も残ってないんでしょ?」

「今は旅をしてるよ。グリンっていう名前の竜神なんだけど、様はデインが来る前のこの世界の守護竜だったんだが、それがデインがこっちに来た事で歴史が変わってな。今は旅に出て、世界を見て回ってる。デインの事をお父ちゃん、って言ってる子でな、今は3000歳くらいだったはずだ。」

「デインさんに子供いたのー?」

「子供っていうか、それっぽいって感じだな。せっかく守護者っていう枠組みから外れて、自由になったんだから、世界を見ると良いって話をしたんだ。だから、今はいろんな世界を回って、俺に情報をくれてるよ。」

 グリン、またの名を聖なる竜。

 八竜と共にこの世界を守るはずだった竜神であり、そしてデインがこの世界の守護を担う事になった事で、その役割から外れた竜神。

 まだ子供の様な容姿をしていて、子供っぽい言動が目立つ竜神だが、しかし世界を見る力というのはしっかりとある様子で、ディンが気づかない世界の揺らぎや歪みをディンに知らせている、そして何より、旅に出るというのが性に合っていたらしく、世界をめぐる事を楽しんでいる。

「グリンは竜太にも会いたがってたぞ?ただ、セスティアっていうのが、そもそも竜神王の家系か契約を結んだ特別な竜神しか、基本的に入れないってだけでな。」

「会ってみたいな。竜神って、デインおじさんとアイラさん達しか会った事ないし、アイラさん達はすぐにお別れになっちゃったし……。でも、父ちゃんの中にいるんでしょ?」

「そうだな。アイラさん達は、俺の中にいる。ただ、会えるかと言われると、難しいだろうな。母さん達みたいに意識を残して眠りについた訳じゃないから、俺の中に力として溶け込んでるんだ。だから、個々の意識があるかどうかといわれると、わからない。」

 セスティアでの最後の大戦ののち、ディンが竜になった時の事だ。

アイラ、ケシニア、アリステス、レヴィストロという4人の竜神が、ディンを人間の姿に戻す為に、魂を1つに初代竜神王の中に吸収された。

 その際にデインが竜となったのだが、それはデインの力をすべて使い切り、ディンを人間に戻す代わりに、デインが人間でいられるリミットを超えて、赤子に返り竜となった、という経緯があった。

 竜太はその事は知っていた、だからアイラ達に会えないかと思っていたのだが、どうやらそれは難しい様子だ。

「お兄ちゃんって、いっぱいの人が一緒になってるの?」

「そうだよ。俺の魂の中には、数多の竜神の魂が眠ってる。それぞれの意識はないとしても、俺の生きる為の力になってくれてるんだ。」

 竜神達の対立闘争の際、幾千の竜神の剣を継承した、そして先代竜神王ディン、その妻ライラ、母レイラ、父ディラン、そして別の世界軸のデイン、アイラ達。

ディンの中にはそれだけの魂が眠っていて、それだけの数の剣を発現出来るのだが、それをしようとは不思議と思わない、とディンは考えていた。

 使役しようと思えば使役も出来るのだが、眠っている魂を揺り起こしてというのも性に合わない、と言った所だろう。


「ん……。あれ、私は……?」

「清華ちゃんが最初に起きたか。」

「夢……?ではないのでしょうね……。母の姿を見ました、母が床に臥せっているいる所を……。私は、母に愛されていたのですね……。」

 清華が目を覚まし、一筋の涙を流す。

 母から愛されている実感が無かったまま、母親が死んでしまった清華は、ずっと母に愛されているかどうかがわからなかった。

置いて行かれた、という感情が残ってしまっていて、それが心に曇りを作ってしまっていたのだろう。

「親ってのは、基本的にどうしたって子供を守りたいと願うもんだ。清華ちゃんのお母さんの想い、それを思い出せたか?」

「はい……。母は、とても慈悲深く、愛情深く、優しい方でした。私もいつか、母の様な存在になりたい、そう強く思いました。」

 清華は、母親の存在を強く感じていた。

 千年という時を経て、清華が戦場に駆り出される可能性を知っていた清華の母は、祈っていた。

清華が無事に帰ってくる事を、そして自分が何かあった時に守れる様にと。

「んぐ……。」

「お、今度は俊平君か。」

「ディンさん、修行ってあれの事なんか?なんか見せられて、声聞こえてよ。」

「そうだよ、君達のトラウマを克服する為に必要だったんだ。」

 次に起きたのは俊平で、俊平は何を見ていたのかと言われると、修業時代の話だった。

 才能がない、継ぐ資格がないと言われ続けていた中学生時代、それに向き合い、克服した。

 それは、些細な事かもしれない。

しかし、俊平にとってそれは、自分のすべてを否定されていた感覚であり、トラウマというにふさわしいものだったのだろう。

「……。夢、だったのか……?」

「大地君、おはよう。」

「ディン殿……。」

 次に起きたのは大地、大地は家族との確執を見ていた。

 母がいなくなってしまってから、跡を継ぐの教育しかしてくれなくなった父、そして無邪気に育つ弟。

 弟の空太が生まれてすぐ死んでしまった母親と、臨終に立ち会った大地の感情、そして母の愛。

 思い出せなかった、忘れてしまっていた母の手の温もりを思い出した大地は、少し嬉しそうに微笑む。


「ふあぁ……。あれ?私、お父さんと一緒にいなかった?」

 少し時間をおいて、明日奈が目を覚ます。

 明日奈が見ていたのは、父の姿。

トラウマ、とは少し違うのかもしれないが、幸せだった幼少期を思い出し、そして引き離されてしまった悲しみ、そしてクェイサーに拾われてからの苦労、それを思い出していたのだろう。

「んん……。」

 次にピノが目を覚ます。

「ピノ、何か思い出せたか?」

「ううん、ドリュアスって子の事も、何にも。でも不思議だわ、なんだか知ってる様な気がするの、ドリュアスを、元居た世界を。」

「もしかしたら、魂に刻まれた記憶が、揺り起こされたのかもしれないな。そのうち、すべてを思い出すかもしれない。」

「……。思い出したら、ドリュアスに謝らなきゃ。忘れちゃっててごめんねって、きっと仲が良かったんだと思うから。」

 ピノもトラウマとは少し違った様だが、過去の自分を見ていたのだろう。

 転生する前、女神として生きていた頃、ニンフと呼ばれていた頃。

ピノとして生まれる前の事を、魂が覚えていたのだろう。

「あとは修平君か。」

 そして、1人目を覚まさない修平。

 修平のトラウマというと、やはり家族の事故の事だろう。

無意識に蓋をして、妹を守るという名目で心を閉ざしていた、その感情と向き合っているのだ。

「……。あれ、俺……。」

「これで全員だな。」

 そんな修平が、悲しげな顔をしながら目を覚ます。

「俺、ずっと辛かったんだ……。でも、綾子の事見なきゃって思ってて……。」

「心を閉ざしていたんだろうな。向き合うのは辛かっただろう、よくやった。」

「ディンさん……。」

 涙目になっている修平の頭を、ディンが優しく撫でる。

修平は、ずっと蓋をしていたその感情を思い出し、そして知った。

ずっと、頭を撫でてほしかったのだと、ずっと、誰かに許してほしかったのだと。

「俺、守れなかった……。でも、守りたいんだ……。」

 家族を守りたい、その為に河伯流はある、と父が生前言っていた。

その言葉に従って、妹を守る為だけに河伯流を学んでいた。

 それが、父の言葉の意思を継ぐ唯一の方法だと思っていた、しかし、それは違った。

忘れない事、心を閉ざさない事、それも父や母の意思を継ぐ1つの方法なのだと、理解した。

「さて、これで修行はおしまいだ。あと二日間、ゆっくりとするといい。基礎鍛錬や組み手をする分には構わないけど、デスサイドに到着したら、休憩を取る時間はほとんど取れないと思ってほしい。だから、今のうちにゆっくり疲れを取るといい。」

 ディンは満足げにそういうと、修練場を出ていく。

「あのさ、皆どんな事見た?」

「えーっとな……。」

 互いが互いを気遣いあう、というわけでもなさそうだったが、各自が見ていたものが気になってしまった様子だ。

 8人はそれぞれが見た世界を話し合い、それぞれの感情を知り、それぞれの想いを知り。

 互いに守りあおう、互いに助け合おう、と改めて想いを確かにしていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る