賢者の石

「クロノス、破壊の概念。その存在は、何故今になって皆さんの運命に干渉したのでしょうか。デイン様に寄生したのが千年前、という事は、生まれてくる因子にも干渉出来たのではないでしょうか?」

「……。それは、俺が過去に戻った事に起因するな。別の世界軸でデインを倒した俺が、この世界軸にやってきたのが500年前、その時、光に戻ってきていたデインが、破壊の概念に乗っ取られていた未来の自分の封印を強固にした。でも、それも長くはもたなかった、徐々に封印は解かれて行って、破壊の概念も活動出来る様になってきてしまった。だから、皆の運命を狂わせ始めた。外園さん、外園さんがアンクウとして覚醒したのも、クロノスが関わってると思うぞ?」

「私、ですか?しかし、私がアンクウに覚醒したのは700年ほど前の話ですが……。そうか、私がアンクウに覚醒した頃、まだディンさんはこちらの世界にはいなかった、だから干渉が出来てしまっていた、という事でしょうか。」

 セレンがむせび泣きながら、地面に両手をつけて突っ伏している間、外園は憂いを口にし、そして驚く。

 まさか、自分まで干渉の対象だったとは、と、では何故干渉を受けて、何が変わってしまったのか、と。

「私が干渉を受けた理由は、星の力を持っているから、だったわよね?セレンの場合は、体が賢者の石だったから、かしら。なら、外園さんは何故?アンクウという存在になったから?それともアンクウという存在にさせられたの?」

「記録や状況を見る限りでは、外園さんは潜在的にアンクウとしての素質を持ってた、でも本来なら覚醒し得ないはずだった。でも、破壊の概念が変に運命をいじったせいで、覚醒した。そんなところだと思ってるよ。ただ、アンクウに世界を渡るだけの力があるのか、と問われると、わからない。アンクウに最後に覚醒した人間がいたのは、約五千年前の話だから、記録が残ってないんだ。」

「では……。私も、破壊の概念に縁があった、という事ですね?もしかして、明日奈さんやピノさんも?」

「ピノは違う、あの子だけはちょっと特殊なケースだから。でも、明日奈はそうだな。」

「私?私がどうかした?」

 明日奈は寒そうに体を震わせながら、セレンの事を気遣っていて、自分が話題に上がってくるとは思わなかった、という顔をしている。

 ディンが調べた限りで、破壊の概念が干渉した結果が残っていたのが、明日奈とセレン、リリエルと外園、そして蓮とデインの6人だ。

 ピノはその出自が特殊で、この世界にいる理由も破壊の概念は関係ないが、少なくとも6人は、破壊の概念が接触した残滓が残っていた。

「明日奈の一族、それはセスティアにおける子供達の遠い親類だ、って言っただろう?それは、子供達と同じ力を持っていてもおかしくはない、だから破壊の概念は、明日奈の一族を滅ぼした。正確には、明日奈以外を滅ぼした。俺がそれに気づいて明日奈のいた世界に行った時、明日奈のお母さんからそう伝えられたよ。」

「お母さん?でも明日奈さんの母親は殺されたのではないのでしょうか?」

「正確には、幽霊にだな。明日奈のお母さんは、俺が来る事を予見してて、最期に魂の残滓を遺した。真実を伝える為に、俺に託す為に。俺が明日奈の事を知ったのは、セスティアでの最後の大戦の後、明日奈だけがディセントに渡ってしまったからだ。クェイサーに伝えられて、それで知ったんだけど、問題はその後だ。明日奈のお母さんはこの事を予言してて、俺に後を託した。」

「お母さんが……?でも、私お母さんの事何も知らないよ?」

「明日奈が生まれた日、それが敵によって滅ぼされた日らしい。だから、明日奈は何も知らずにセスティアに行ったんだ。」

 セレンの様子を伺いながら、ディンは話を続ける。

 セレンだけが真実を知るのでは不公平だ、ならば全員が知る権利がある、と。

流石に蓮にその可能性を伝える様な事はしないが、しかしここにいる面々は、知っておかなければならないだろう、と。

「明日奈さんの一族、それは竜太君と同じ一族の出だった。という事は、クロノス、破壊の概念と言ったわよね?それを封印出来る可能性があった、とかかしら。ならなんで、竜太君の兄弟達は狙われなかったのかしらね。」

「先代竜神王と、先代の陰陽王の加護によって、だな。2人の加護が、セスティアに残った守護者である子供達を守った。その代わり、レヴィノルが敵になったんだけどな。今思えば、レヴィノルも破壊の概念の影響を受けていた可能性もある。」

「……。なぁ、ディン……。」

「どうした?ルベ。」

「なんで……。平気な顔、してられんだよ……。皆の家族も……、おめぇの家族も……、そいつに狂わされた、んだろ……?」

 話をしていると、失意の底にいたセレンが体を起こし、涙ながらに聞いてくる。

ある程度は落ち着いたのか、しかしまだ心ここにあらず、と言った風だ。

「……。何も思ってないわけじゃないよ。でも、俺は戦い続けるしかない。それは、竜神王に課せられた、責務だから。それに、いつかは完全に滅する方法が見つかるかもしれない、最期の王として、俺はそれを見つけ出さなきゃならない。」

「でもよ……。」

「ルベの気持ちはよくわかる。ただ、俺は家族を自らの手で殺したってだけだ。死んでしまった事に変わりはない、それに対する気持ちも、きっと変わらない。でも、もう……。もう、俺はそうは言ってられないんだ。世界の命運を握ってしまった以上、個人の感情で動くには限界がある。」

 それは、蓮の事だろう。

蓮を斬りたくない、それはディン個人の感情だろう、と外園は考え、そしてそれが、ギリギリの所で許されている、竜神王としての個人の選択なのだろうと。

 だから、ディンは蓮が破壊の概念に乗っ取られたら、迷いなく斬るだろう。

それを選択出来なければ、世界が滅んでしまうのだから。

「……。つえぇんだな、ディンは……。俺……。」

「俺がつよく見えるか。それは間違いだよ、ルベ。俺は強くなんてない、強かったら、今頃蓮を斬ってるだろうから。俺も弱いんだ、だから、希望に縋りたくなる。ただ、それが出来なかった時の事を、考えなきゃならないってだけだ。」

 それは、ある意味蓮を救う為でもある。

 破壊の概念に乗っ取られてしまったら、蓮の意識は闇の中に堕ちて行ってしまうだろう。

それを救う、という意味でも、ディンは蓮を斬らなければならない。

 それが、蓮が乗っ取られてしまった場合の、兄として出来る最期の手向けなのだから。

「……。俺、出来っかな……。」

「俺は信じてるよ。ルベはきっと、やり遂げるって。どれだけ苦しくても、最後には立ち上がって、戦うって。だから、俺はルベを呼んだんだ。」

「……。」

 セレンは、ディンの言葉を聞いて、少し考える素振りを見せる。

 家族はもう戻ってこない、それは理解してしまった。

しかし、ここにいる意味はあるのではないか、父パトロックの意思は、何処にあるのか。

「……。俺、やる。かたき討ちなんて感じじゃねぇけどさ……。でも、オヤジ達が俺に託してくれたってなら、やる……!」

「……。ありがとう、ルベ。そう言ってくれると信じてたよ。」

 涙を拭い、セレンは覚悟を決める。

 世界を守るだとか、かたき討ちだとか、そう言う事ではない。

家族の、父の意思を継ぐ、それが世界を守る事だと信じて。


「セレン、吹っ切れたのかしらね。なんだか、真剣って感じだわ。」

「そうかもしれませんね。しかし、私まで破壊の概念に干渉されていたとは、驚きです。」

「聞かされていなかったのね、外園さんは。本当にディン君は、言葉足らずもいい所だわ。彼、伝えていない事の方が多いんじゃないかしら?」

「そうですねぇ。ディンさんは、自分で気づくまでは話さない、というのが信条の様な気がします。……。私まで、破壊の概念に干渉されていた、それは驚きですが、納得のいく部分もあります。アンクウに覚醒する条件、というのはフェルンでも明確にはなっていません、或いは教会が、或いは王家が関わっているとも言われていましたが、それ以上の存在であれば、生み出す事も可能なのでしょう。」

 外園は考える、自分が破壊の概念に干渉された理由を。

 ディンは、アンクウとして覚醒する可能性はあった、と言っていた、ならば放っておいても覚醒した可能性はあった、という事だ。

それを、わざわざ覚醒させた理由、とは。

「アンクウは、死の未来を視る事が出来る、そして暴走すると、それを引き寄せてしまう。可能性としては、四神の使い達の死を予言した私によって、四神の使い達を殺そうとした、とか。しかし、それでは時期が合わない……。」

「何かの間違いだったのかもしれないわね。破壊の概念としては、アンクウという存在を生み出さない為に、外園さんの運命を操作した、でもそれが間違って、覚醒するに至った、なんて事もあるかもしれないわよ?」

「間違い、ですか……。そうですね、可能性としてはあり得るでしょうか。世界の存続を望む私が、選ばれてしまった理由、それは本人、神に聞かねばわからないのでしょうが。しかし、ディンさんは何処までご存じなのでしょうかねぇ。全てを知っている訳ではない、とは仰られていましたが、大概の事は把握されているのでしょうし。」

「さぁ、どうなんでしょうね。彼、掴みどころがないって言うか、悟らせないのは得意だもの。私達が知らない事を知ってても、不思議ではないわね。でも、不思議と疑う気持ちにはならないのはなぜかしらね。彼の言葉って、信じていいと思わされる何かがあるのよね。」

 セレンとディンと明日奈が前を歩いている中、外園とリリエルは2人で話をしていた。

 リリエルは、ディンの言葉には偽りがない、ただ隠し事があるだけで、という風に認識していて、不思議と疑う事をしなかった。

それは外園も同じで、ディンの言葉は不思議と疑う気にならない、ただきっかけがあって気づかされる事があるというだけで、と言った風だ。

 ディンの言葉に偽りはない、それが2人の共通認識と言えるだろう。

「ドラグニートには、秘蔵の図書館があると莫竜様は仰られていました、その秘蔵図書館に、色々と記録が残っているのかもしれませんね。それに、竜神王にしか立ち入れないという場所もあると仰られていました、そちらにも様々な情報が隠されている可能性もありますかね。」

「そうじゃなかったとしても、彼は色んな世界を回っているのでしょう?知識に関しては、誰にも負けないんじゃないかしら。それぞれの世界においては、それぞれの世界に上回る者もいるのでしょうけど、全ての世界となると、彼以上に知識が豊富な存在もいないでしょうね。だからこそ、私達を呼ぶに至った、という所かしら。」

「……。ディンさんは、最期の王と予言された、と言っていましたね。最期というのが世界の崩壊か、世界の救済か、までは知らないと。孤独が待っている、それを理解したうえで、世界を守ろうとする。常人の精神では、決して出来ない事でしょう。そんなディンさんだからこそ、世界を守るに値する存在なのだと、私は思いますがね。」

 ディンが言っていた、世界の末路。

それが崩壊なのか救済なのかはわかっていない、とディンは言っていたが、望んでいるのは救済だろうとは考えられる。

 デインが言っていた、ディンには新たな世界を生み出すだけの力があると。

しかし、今の世界を守っているという事は、それをしないという事は、守らなければならない何かがある、という事になるだろう。

「ディンさんが守りたいもの、それは家族だと仰られていましたが、それ以外にもある様な気がしますねぇ。家族だけを守りたいのであれば、新たな秩序を敷けば良いのですから。」

「そうね。彼にも、この世界群を捨てきれない、何かがあるんでしょうね。」

 それを知りえない2人は、それ以上は推測するしかない。

 ディンが守りたいと願った世界、ディンが守りたいと願った者達。

それは或いは、世界を守るという使命を持って生まれた、子供達のことかもしれない。


「こっちこっち、こっちの方から聞こえてくんだよ。」

「近いか?」

「あぁ、近いぜ。おっかねぇ声も、近い。」

 一日通して歩いて、セレンがそろそろだと反応する。

 周囲の石像は少なくなってきていて、薄紅色の雪が降りつもるばかりだったが、まだちらほらと石像の痕跡が残っている。

 痕跡と言っても、石像が風化して崩壊した、いわば残骸の様なものが所々に転がっているのだが、セレンは賢者の石は近くにある、と感じていた。

「あれ、何だ?」

「あれは……。エイジスの盾だな。」

 もう少し歩いていると、この島には似つかわしくない豪奢な台座があった。

 ディンが探知をしていると、それは神の気を放っていて、それがエイジスの盾だという事がすぐにわかる。

「この辺の石像からよ、鉱石の声がつえぇんだ。」

「エイジスの盾に近ければ近いほど、純度の高い賢者の石に変貌する、って事だな。セレン、採取は任せてもいいか?」

「わかった、あいつらの持ってる属性に合わせて選べばいいんだろ?」

「あぁ、そうだな。地水火風に雷、それで足りるはずだ。」

 風化した石像の中から、セレンは賢者の石を取り出し始める。

 それは脆く、触れただけで崩れてしまう程に脆く、セレンが触るとボロボロと崩れ、中から色のついた結晶の様なものが現れる。

「賢者の石って、何も赤だけじゃねぇんだな。」

「それぞれの魂の持つ属性、根源にある性質、それが反映されてるんだろう。セレンの家族の賢者の石が赤かったのは、鍛冶師として火を扱う家系だったから、だな。」

 様々な色のついた結晶を、セレンは拾い始める。

それをセレンがしている間、ディンは少し悩んでいる様だった。

「ディンさん、どうかした?」

「朝、大地の意思に出会っただろう?あれが、グロルの魂を救ってほしい、って言っててさ。はてさて、大地を浄化するだけで魂まで救えるか、って思っててな。」

「大地を浄化?」

「その為にピノと明日奈を呼んだんだよ。2人の力と俺と竜太の力を合わせれば、大地を浄化出来るはずだからな。マナの源流も、正常な状態に戻せれば万々歳、って所だ。」

 ディンは、ウィザリアでマナの源流に触れられれば、と思っていたが、それは出来なかった時の保険をかけていた。

それがピノと明日奈を呼んだ理由であり、デスサイドと呼ばれる負の大地を浄化する、それがマナの源流を正常な状態に戻す一因になるだろうと考えていた。

「これは雷……、こっちは水……。」

 そんな話をしている間に、セレンは賢者の石を拾い集めていく。

 エイジスの盾から近ければ近いほど、純度の高い賢者の石がある、叫びの様な声を聞きながら、セレンは集中して集めている。

「この盾も、どうしたもんかねぇ。」

「どうしたもんか、とは?」

「このまま放置していいのか、って話だよ、外園さん。確かに、賢者の石の運用を阻止するには放っておくのが良いんだろうけど、これから先もマグナの人間がここに流刑にされて、石になり続けるのを、赦しても良いのかってな。」

「あら、貴方は世界の中の事には不可侵じゃなかったかしら?」

 ここにエイジスの盾があり続ける、それは賢者の石が製造され続ける、という意味合いでもある。

強大な力を持つ石だ、誰かが呪いを解析して、この地を探索する事があるかもしれない。

 そうなった場合、戦争に賢者の石が用いられてしまうかもしれない、それは世界を渡るだけの力を持ち得る存在を、生み出しかねない。

「結界だけ張っておくか。それなら、呪いの解析も出来ないはずだ。」

「結界、ですか。ディンさんのお使いになられる結界は、どの程度の期間の効力を持っているのでしょうか?」

「ん?俺が死んだとしても、壊れないぞ?俺の張る結界って言うのは、竜神術と陰陽術を組み合わせたもんでな、俺の死後でも破壊されない様に出来る、世界を滅ぼすだけの攻撃、にも耐えうるはずだ。」

 そう言いながら、ディンは結界の起点を作り始める。

 ディンの使う結界は五芒星、それに準じた魔力を足元で練り、大地を踏みしめる事で起点にしている。

「ディン、こっちはオッケーだぞ?5属性分、揃った。全部が全部賢者の石で造る必要なねぇんだろ?」

「そうだな、それだけあれば十分だろう。」

 セレンは七つの賢者の石を手に持っていて、それは丁度セレンの手に収まる程度の量だ。

赤、青、黄色、緑、茶色をした七つの賢者の石が、セレンの手元にはあった。

「良し、結界を張っちまおう。」

 ディンの方も、結界を張る起点を作り終わり、左手の人差し指と中指を立てて、瞑想をする。

『竜陰絶界』

 結界が張られた瞬間、セレンは叫び声が聞こえなくなった。

 ディンが結んだ竜陰絶界、今回の物は、普通の結界に加え、隠匿の魔力を足していた。

ディンの子供達の長男、浩輔が得意とする「気配喪失」という魔力を基に、隠匿の魔力を付け足したのだ。

「さて、じゃあささっと戻って最終仕上げだな。セレンは直接工房に送るから、先に武器を造っておいてくれ。それを四神の祠に奉納して、新しく魔力を注いでもらう、それで武器は完成だ。」

「わかった、俺に出来る事って言ったら、これしかねぇしな。」

『転移』

 ディンが唱えると、セレンの姿が光に包まれ、消える。

 全員を飛ばさなかったのは、いったんドラグニートに戻る必要があったのと、誰かに転移魔法を知られない為だろう。

「さて、島の入口までは俺達も転移で飛ぶか。戻ったら、とりあえず子供達が戻って来るまでは待機だな。」

 ディンがそう言いながら魔力を練る。

『同時転移』

 4人が光に包まれ、消える。

 残されたのは、物言わない石像たちと、エイジスの盾のみ。

エイジスの盾の周りには不可視の結界が張られ、これはもう誰にも手出しが出来なくなった。

 悲しげな声、セレンにしか聞こえない声は、何処かで喜んでいる様な、そんな気がした。

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