それぞれの家族の形
「ホントに人っ子一人いねぇんだな。って言うか、石像だらけだ。」
「呪いはすべての生物に適応される、って話だからな。生物はそもそも、寄り付かないんだろう。」
「流刑地、とはよく言ったものですね。食料もない、呪いを避ける術も与えられない、悲しい土地。それが、このプリズという事ですね。」
島を北上していると、石化した人々が沢山いると言えば良いのだろうか、あると言えば良いのだろうか、様々な形でそこに存在していた。
苦悶の表情を浮かべる者、顔が砕けてどんな表情かわからない者、そもそも年月が経ちすぎて風化しかけている者。
様々な老若男女が朽ち果てていて、痛々しい。
「寒いね、上着着てもちょっと震えるよ……。」
「そうかしら?私の故郷も、こんな感じだったわよ?」
「リリエルさんは寒くないの?上着着てるけど、スカート短いでしょ?」
「そうね。慣れてしまったわ、この格好で暗殺業に身を置いていたし、雪の中に隠れる、なんて事も多かったもの。ジャケットを脱ぐ事はあったけれど、それも本当に暑い時だけね。」
リリエルの方が、今の明日奈よりも薄着なのだが、リリエルはもう五年間、このスタイルで暗殺家業に身を置いていた。
寒い暑いとは言わない、言う事を許されなかった環境、とでも言えば良いのだろうか、感覚がマヒしている訳ではないが、口にする事はない、といった所だろう。
「セレン君は寒くないの?それ、薄いでしょ?」
「ん?俺か?そだな、寒いってのはあんま感じねぇな。暑いのも慣れてるしよ、寒さってのは感じた事があんまねぇんだ。」
「ディンさんは?」
「俺か?そうだな、俺も慣れてるから。極寒の地でもこの格好だし、灼熱の大地でもこの格好だ。パーカー脱ぐのだって、たまにだぞ?」
ディンが戦闘時や異世界で着ている服、灰色のパーカーにカーキのチノパンというのは、竜神が本来持つ格好ではない。
竜神は本来、男性なら軽装の甲冑、女性なら魔力を織り込んだローブを着ていて、八竜は後者を着ている。
しかし、ディンは現代に生まれたというのもあり、動きやすい恰好を選んでいて、その服に特別な力を与えている。
竜太の戦闘時の恰好、黒のウィンドブレーカーもまた、ディンの魔力によって特別な力を持っていて、それは治癒能力の強化や、探知能力の向上など、多岐にわたる。
「外園さんは逆に、暑そうなくらい着こんでるもんね。学者さんって、みんなそんな格好なのかな?」
「いえいえ、私が特例というだけですよ。ドラグニートで気に入ったスーツを購入し、莫竜様からローブを頂いたのです。ディンさんの戦闘装束程ではないとは思われますが、呪いに対する耐性や、治癒能力の強化の魔力が練り込まれている、と仰られていましたね。」
外園の履いている靴や、ハットや眼鏡はフェルン時代から身に着けているものだが、スーツはドラグニートのクェイサーの都市で、そして白いローブはテンペシアからの贈り物だ。
「明日奈の巫女服だって、魔力が練られてるんだあぞ?ある程度の事なら、大丈夫なようにな。」
「そうなの?私、何にも聞かされてないよ?」
「クェイサーは過保護だからな。明日奈の力を借りたいって言った時、結構難色を示してたぞ?それだけ、クェイサーにとって、明日奈は大切な子供なんだろうな。」
実際、クェイサーに明日奈を駆り出すといった時には、難しい顔をしていた。
クェイサーにとっては、明日奈は大切な娘の様な、妹の様な存在だからだ。
力を付けさせていたのは、いつか自分の生まれた世界に帰る事があったら、という話で、今回の戦争に備えてではない。
そういった所でも、ディンに文句を言っていたあたり、クェイサーは気が強いのだろう。
「テンペシアでも5千歳って言ってたけどよ、今いる竜神の中で一番年上って、どんな奴なんだ?」
「そうだな、確かマグナマインが200万歳くらいって言ってたな。もうすぐ自分も天命を終える、なんてたまに弱気になってるな。竜神の寿命ってのがいくつかまでは詳しくは知らないけど、先代の弟が150万年生きたって話だから、相当長生きだろうな。」
「そんなに生きて、孤独にならないのかしらね。近しいものすべて、自分より早く死んでしまうのでしょう?寂しいだとか、そんな感情も神は持ってないのかしらね。」
「寂しがってるよ。皆自分より早く死ぬ、でもそれだからこそ美しい、って言ってたけどな。美味いもん食って、酒飲み交わして、んで最期を看取って、なんて事がしょっちゅうだってな。」
マグナマインと合っていない面々からすれば、どんな人物なのかは想像があまり出来ないだろう。
外園だけは、マグナマインにも会った事がある為、あの豪胆な存在がそういう心を持っているとは、と少し驚いていた。
「ジパングを守護する神々もそうですが、神と呼ばれる存在にも代替わりや寿命が存在する、と聞いた時には驚きましたね。膨大な時間を過ごす、しかしそれは永遠ではないと。しかし、この世界を創造した神というのは、今どこで何をしていらっしゃるのでしょうかね?」
「さあな。少なくとも、この世界群の中には残ってない、世界群の外で生きてるのか、それとも死んでるのか。」
「わっかんねぇな。でもよ、ディンがこの世界守んねぇと滅ぶって事だけは間違いねぇんだろ?なら、歴史の勉強よりも、実働してた方が良くないか?」
「歴史を知る、それ即ち理を知る。というのですよ、セレンさん。理を知らずに世界を守る、というのは、些か危険であり、滑稽でもあります。」
知識は武器になる、という外園の主張と、知識は知識でしかない、というセレンの考え。
相容れないのだろうが、そこはお互い大人だ。
そういう考えもあるのだな、と完結し、セレンは鉱石の声を聞くのに集中する。
「ここいらで休むか。」
「いいんか?時間ねぇんだろ?」
「明日奈が疲れてるだろ?それに、あの子らが戻って来るまではまだ少しかかりそうだからな。」
「良いの?良かったぁ……。」
夜になり、体力のあまりない明日奈が限界を迎えた様子だった。
セレンが鉱石の声に魅了されてどんどん奥へと進んでいくのを、ディンが止めた。
「ほれ明日奈、これ使って寝ると良い。」
「わぁ、寝袋だ!懐かしいなぁ……。」
「これは何でしょう?」
「寝袋、キャンプとか、旅に出る人が使う寝るための道具だよ。保温性に優れてて、温かいんだ。」
ディンがウレタンの寝袋を出すと、明日奈は懐かしそうにそれを受け取る。
幼少の折、父である神主と、休みを利用してキャンプに行った思い出が蘇る。
あの頃は父と手を繋がないと寝れなかった明日奈が、初めて父の手を握らずに寝た日でもあったな、と。
「寒空の下で、だなんてなんだかいい思い出がありそうね。私の居た村は、ずっと雪が降っていたから、特別な物でもなかったけれど。」
「うん。お父さんがね、冬のキャンプは良いぞ!って連れて行ってくれたんだ。4歳くらいだったかなぁ、初めてでドキドキしたんだ。」
「良いオヤジじゃねぇか、俺のオヤジなんて、年がら年中工房に引きこもりっきりだったぜ?飯はちゃんと皆で食ってたけどよ、兄貴が大食らいでこらえ性が無くてよ、先に食べ散らかしちまうんだ。でも、母ちゃんがまた作り直してくれてよ……。あの頃が、懐かしいぜ。」
明日奈の父のエピソードを聞いて、感傷に浸るセレン。
自分は体が弱かったから、キャンプなどには行った事が無い、パトロックはセレンを気遣っていたが、その気遣いが返って居心地が悪くて、と。
しかし、いなくなってしまってから気づく、その家族の温かさに。
不器用ながらに接しようとしてくれていた父に、そんな父の後をついて行く母に、どんちゃん騒ぎをする兄に。
「外園はねぇのか?そういう、家族の思い出って言うか、そう言うの。」
「私ですか?そうですねぇ、私の家族は父と母と私、3人でした。父は村の学校で教鞭を振るい、母はそんな父の一歩後ろをついて行く奥ゆかしい方で。私は、父に影響を受け、学問に打ち込み、先生と呼ばれていましたよ。遠い昔の話ですが、ダークエルフの方々と出会ってからは、父の言葉にも反抗をする様になったものです。」
「リリエルは?」
「私?そうね……。覚えている事だと、雪遊びかしら。かまくらを作って、父と母と3人で入ったり、友達と一緒に雪合戦をしたり、そんな所かしらね。」
感傷に浸るのを防ごうと、セレンは他の3人に質問をしている。
外園は雪国での思い出はない様子だが、リリエルは雪国の出身だ、そう言った思い出があるのだろう。
「ディンはねぇのか?そういう話って言うか、そういうの。」
「正直ないな。俺の依り代だった悠輔の中に眠ってた時も、悠輔は特別な人間として鍛えられてたから、遊んだ記憶ってのがないんだ。剣道柔道空手、護身術、車の運転、なんでも教えられてたな。俺は……。そうだな、子供達と遊んでやるって事があんまりなくてな。」
ディンと子供達が再会したのが一昨年の夏、そして去年の春からはこちらに来ていたりして、あまり子供達との時間を取れていない。
父親として、子供達との時間は出来るだけ作ってやりたいと思っているのだが、魔物の出現が多かった時期や、今の事を考えると、そうも言っていられない。
「ディンさんの場合、仕方も無いのでしょう。世界を守り、世界群を守り、そして父親として、というのは、少し残酷にも思われます。」
「本当は、もっとかまってやりたいんだけどな。仕事もあるし、中々って所だ。」
「ディンの仕事って、魔物の盗伐じゃねぇの?」
「俺、向こうでは青少年保護の仕事してるんだよ。多くの闇を抱えて死にそうな子供と会って、保護して、って仕事。今は本社しかないからな、俺が抜けると面倒が多いんだ。」
青少年保護、と聞いて疑問符を浮かべるリリエルとセレン。
明日奈は、この世界に来る直前にニュースでディンの事をやっていたのを覚えているのか、それを今でもやっているのか、といった風だ。
「その仕事は、何の目的でやっているの?貴方が何の目的もなく動くとは考えられないのだけれど。」
「理由は二つあるな。一つは、子供の闇って言うのは強力な魔物を生み出しやすい。純粋な分、死んでしまうと噴き出す闇が増えるんだ。」
「もう一つってのは?」
「約束だったからだよ。とある世界の守護者との約束、世界の為に何かをする、人の為に何かをする、それが約束だったからだ。今際の際の、願いと言い換えても良いな。」
ディンが今でも忘れられない、というよりディンは行った世界すべての守護者を覚えているが、その中でも特別だった存在。
彼女との約束は、今でも守っているつもりだ、とディンは思っていた。
「世界なんかより、あの子達の方が大切だ。でも、アリナは世界の為に愛して欲しいと願った。自分は人間に迫害されて、剰え殺されたって言うのにな。笑えるだろう?世界で最も人間を愛したアリナは、世界の人間によって殺されたんだ。世界を守って、脅威から脱した、その直後にな。」
「ディンさんが人間を嫌う理由、というのは、どうもそのあたりから来ていそうですね。確か、依り代だった少年も一度殺されている、と仰られていましたか。人間は脆い、そして醜い、と。テンペシア様が仰られていました、ジパングの守護者達、彼らはその強大な力故に、受け入れられなかったと。その為、力を封印してセスティアに渡ったのだ、と。」
「どの世界でも、人間なんてそんなもんかもしれないな。力の認識されてる、魔法も力もある世界でさえ、人間は力を恐れる。いつか反逆されたら、いつか自分達に牙を向けてきたら、なんていう、被害妄想でな。」
ディンが人間を嫌う一番の理由は、そこだろう。
自分が恐怖されている事に苛立っている訳ではない、守護者に対するその意味の無い恐怖や欺瞞にうんざりしているのだ。
どの世界でもそうだ、勇者と言われて凱旋したはずのものが、いつの間にか恐怖の象徴として祀り上げられている、守護者と謡われていたはずのものが、いつの間にか迫害の対象になっている。
そんな人間の悪性を、ディンは嫌っているのだろう。
「人間って難しいわね。私も、力を恐れていた時期はあったもの。でも、自分が力を以て初めて、悪意を持つかどうかで変わってくる事を知る、そう感じたわ。私は暗殺者、悪意を以て人を殺す存在。でも、力を使う事を、悪だとは思わなかったわ。そう言えば、私の世界にも、守護者と言うのは存在するのかしら?勇者だとか、そういったものとは無縁の世界だと思っていたけれど、ディン君の言葉が正しいのであれば、世界に守護者は存在するのでしょう?」
「リリエルさんの世界の魔物は、実社会とは隔絶された存在だからな、勇者や守護者が表に出てこないのも当たり前だろう。いるとすればそれは、きっと……。」
「きっと?」
「リリエルさんの世界の守護者、それは或いはリリエルさんかもしれない。リリエルさん程の力の持ち主は、リリエルさんの世界には存在しない。それに、暗殺者だって言うのに、光を持っている、闇に侵されてないって言うのは、ちょっと変じゃないかって思うんだよ。」
リリエルは、心底驚いた顔をしている。
すべての世界に守護者が存在するのなら、自分の世界にも知らないだけで魔物と戦っている存在がいるのだろう、とは予想していたが、自分がその守護者に名指しされるとは思っていないかった様子だ。
「ありえないわね。私は暗殺者よ?世界に害を成す者、世界の闇に生きる者。貴方の言う守護者は、光に生きる者でしょう?」
「でもリリエルさんには、光がある。淡い光だけど、確かに光が存在してる。闇の中にいても失われない光、それは守護者足りえる素質だと思うよ。」
「私が、光を……?」
「じゃなかったら、ここに呼ばずに倒す選択肢を選んでたよ。闇に染まった者、それは魔物と同義だ。もしかしたら、リリエルさんに力を与えた存在が、そういった理由だったのかもしれないな。」
ディンは、リリエルの中に光を見出していた。
生物はすべからく光と闇を持つ、そして力を持つ者もそれは同じだ。
その中で守護者と言われる存在は、必ずしも光に生きるわけではない。
闇に生きる者、その中でも光を失わない者、それも守護者を守護者たらしめる魂の在り方に起因する事柄だと言える。
だから、ディンはリリエルを指南役に選んだという側面もある、世界を超える力を持っている者を仲間にしておきたい、という感情と共に、リリエルを守護者として育てる為に。
「確かにリリエルからは、魔物のなんか嫌な感じって感じねぇんだよな。俺はそういうのには疎いけどよ、ディンが言うのならそうなんじゃねぇか?」
「きっとそれは、家族や友達がくれたささやかなプレゼントだったんだろうな。シードル君が遺してくれた、最後の意思かもしれない。俺はその子を知ってるわけじゃない。でも、リリエルさんからは、温かい光を感じるんだ。リリエルさんが自分を闇に生きているというのなら、それは友からの贈り物かもしれないだろう?」
「……。シードルが、私に……。」
友の温かさ、失ってしまっていた感情、それを思い出したリリエルは、一筋の涙を零す。
シードルを殺したのは自分なのに、自分は恨まれていても仕方がないと思っていたのに、そうかもしれないと思わされた、凍てついていた心に、光明が差す様な感覚。
「友、それは苦楽を共に分かち合い、育むもの。私達が仲間である様に、リリエルさんの友も願ったのではないでしょうか?闇の中に生きようと、光を失わぬ様に、と。」
「私は……。私は、闇に生きているしかないと思っていたわ。でも、彼が願ってくれていたのなら……。そうね、そう生きるのも、悪くないのかもしれないわね。」
旅に出よう、と考え始めた頃から、リリエルの心境は変化し始めていた。
世界を回り、美しいと思える最期を迎える、と墓標の前で話をした、この命が何かに使えるのなら、そうしたい、と。
それはディンの言葉だけではない、エドモンド達の死や、清華達との関わり、そして蓮や竜太とのふれあい。
そういった様々な要因が、リリエルの心を変えるきっかけになったのだろう。
「俺も、家族が戻ってきたの確認したら、色んなとこ行きてぇな。置いてきぼりにする気はねぇけどさ、色んな世界を見て回りてぇ。ディンに頼めば、出来るだろ?」
「それが許されるかどうかは、俺じゃなくて世界が決めるけどな。まあ、セスティアに行きたいって言うのなら、セレンならいけるよ。旅費も言語もどうにか出来るし、協力してくれた礼くらいはしたいからな。」
「皆で揃ってセスティアへ行く、というのも面白そうですねぇ。私は研究がしたいですが、セレンさんは何故色々な世界を見て回りたいのでしょうか?」
「ん?色んな世界があるって事はよ、色んな武器があって、色んな鉱石があるって事だろ?一人前の鍛冶師になる為にも、オヤジと肩を並べて槌を振るう為にも、見識を広げておきてぇんだ。」
セレンは、帰ったら父パトロックの跡を継ぎたいと思っていた。
それは兄の役目だったかもしれないが、今ではこうして、父の代わりに自分が世界の命運を握っている子供達の武器を作ろうとしている、それが自身の向上心に影響を与えているのだろう。
「にしても明日奈、あっちゅうまに寝たな。」
「疲れてたんだろうよ。火を起こすから、皆休憩すると良い。椅子も出そうか。」
立ち話をしている中、明日奈はさっさと寝袋に包まれて眠っていた。
ディンは、流石に雪の降る中地面に直接は辛いだろうと、火を起こして椅子を転移で出現させ、食料もと転移を発動した。
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